日常に使える心理学

愛することを諦めたくなるときは

心理カウンセラー浅野寿和です。いつもありがとうございます。

【ココロのコラム】愛することを諦めたくなるときは

よろしければお付き合いください


以前、あるスポーツ選手がこのような内容の話をされていました。

「自分は昔とても苦労し厳しいトレーニングを積んできた。それは毎日ほんとうに辛いトレーニングだった。

だからこそ今の選手達にはそのトレーニングはしなくていいし、もっといい方法をさせてあげたいと思う。」

この考え方って愛情だなと思うんですね。

自分は辛い経験をしたからこそ、人にはもっと楽な方法を与えたい。そう思う気持ち。

そして特に人をサポートするお仕事をされている方にはきっと、

「自分がしたしんどい思い、分からないことで躓いたことがたくさんあったからこそ、皆さんにはそんな想いをして欲しくないな」

という思いがあると思うんです。

ただ、最近このことについて、僕自身、とても考えされられることがありました。

「きっとこのままでは相手がしんどい思いをし、耐えられないだろう」
「きっとこのままでは分からないことがあって、相手が辛い思いをするだろう」

だから、何かしたい。相手を支えたいし、自分の持っているものを与えたい。

そう思ってしまうことって、間違ってはいないのでしょう。

が、それは本当に愛なのだろうか?と考えされられることに僕自身出会ったんですね。

それ、本当に相手の力や可能性を、心から信頼していることになるのだろうか?と。

もしかして過干渉、過保護ってこの発想から生まれるのではないだろうか?と。

例えば、優しさは強さ。そして人を包む力があります。

しかし、その優しさも相手への信頼を持たずに与えれば、逆に相手の不信を買ってしまうこともあるかもしれない。

例えば、相手を助けたい、かわいそうと思う気持ち、それも共感で愛情かもしれない。

しかし、その気持ちが、相手への信頼なのか?と問われれば、ちょっと違うケースもあるかもしれない。

例えば、相手が目の前で傷ついたとしても、じっと信頼して応援し続ける力。

それも大きな愛。だけど人が傷つくことを見ていることも切ないことで、いつも正しいとは限らない。

そう考えると何が正しくて何が間違ってるのか?という発想では、もう自分の中で答えは出てこなくなるような感じがしませんか?

僕たちはどこか、自分の過去が生む「価値観」や「観念」で、人を愛するでしょう。

例えば、過去に辛い時があって、誰の助けもなく苦しかったと思えば、辛い人の助けになりたいと思うかもしれない。

分からないことだらけで苦しんだなら、分からないことを伝えてあげたいと思うでしょう。

自分が自立して生きて苦難を乗り越えたと思えば、人に自立することをすすめるかもしれない。

愛された喜びをを知る人は、愛されることを相手にただ与えたいと思っても不思議じゃない。

ただ、それがすなわち、今、目の前の人のためになるのか?という事実は、確かに違うことがある。

あなたの愛情からくる行為=相手のためになるもの

と、いつもなるとは限らない。

そして自分の与えた愛情が相手にうまく伝わらなかった時。

愛を与えたいと思う人、愛している人には、これほど悔しくて辛いことはないような気もします。

そして上手く愛せなかった自分をやっぱり責めることもあると思いますし、自分の未熟さを痛感することもあるでしょう。

そして、時に自分が間違っていた?と思う度合いだけ、自分の中の正しさを求めていくこともあるでしょう。

そしていつしか、もう愛することを辞めたくなる気持ちにもなるでしょう。

どこか、罪悪感や無力感を感じる時ですね。

ただ、もしそうあったとしても。

そこであなたがあなたを裁くことも、愛することをやめることも、それはきっと間違いなんだと思います。

そこにはあなたなりの愛がある。

それを認めること。

そして、目の前にいる相手にも愛情も可能性もあると認めていくこと。

何度も何度もやってくる自分の中の正しさを手放して、自分を裁かないように生きること。

間違っていたと感じた自分を許して、自分の正しさからも降りる。

自分が自分なりに相手を愛したことは、本当に素晴らしいことなんだろうな、と思うんですよ。

そういう意味では、相手を信頼することに完璧はないけれど、それでも難しく感じることもあるかもしれませんね。

ただ、人を信頼するために必要なことは、人の愛し方を学び、そして自分を信頼することなんだろうと思います。;

今のやり方が上手くいかないのは、何か見落としていたり、自分の中の思いを上手く表現できないクセのようなものがあるのだと思います。

それに気づくかどうか?

これはとても大きなテーマでもありますね。

もちろんこう書いている僕自身、これはとっても大きな課題です。

時にいったい自分が何をどう表現したらいいのか?よく分からなくなることも正直あります。

そんな時、自分の価値を捨てることも間違いですし、自分の価値を使わないこともまた違うのだと思います。

そして、自分のクセを指摘してくれる先輩や仲間がいることに心から感謝したくなるのです。

時に、すぐには気づかなかったり、受け止められないこともあるんですが(笑)

後になって思います。あぁ、自分は守られていて、愛されてるわ、と。そしてまた謙虚さを思い出すキッカケになるんですよね・・・。

もちろんこれも、全てが正しいことであるわけではないんですけどね(笑)

カウンセリング・セミナーのご案内
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

ブログ上であなたの質問にお答え

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...