ほぼ30代からの心理学

オトナなのに言いたいことが言えない 2

心理カウンセラー浅野寿和です。いつもありがとうございます。

 

オトナなのに言いたいことが言えない 2

 

よろしければお付き合い下さい。

 


前回からの続きです。

オトナなのに言いたいことが言えない、は、どこかあなたの「意思」の表現がテーマになっていると考えられますよ。

もちろん、無理に自分の意見を押し出す必要もありませんが、大事なときにビシッと自己表現できる、そんな感覚は一体どこからやってくるのでしょうか?

***

今日は少し妙なこと?を書きます。

実は、オトナなのに言いたいことが言えない、というお悩みをお聞きしていると、こういった心のあり方が出てくるように僕は感じています。まぁいつも、ではないんですけどね。

「人に自分の意志を伝えることや、周囲に拡散することはとても迷惑なことだ」
「自分の感情を周囲にばらまくのはどこか汚いこと(人によっては排泄に近い感覚がある)」

だから、そんなことはできない。
それってとても「恥ずかしいこと」だ。
罪悪感を感じることだ。

だから、自分の思いや行動はコントロールするべきなんだ。
そうではないと、とてもじゃないけれど、人との関係性の中で調和が測はかれないように感じる。

だから、自分の意見を強く押し出さない。

逆に、周囲から、言いたいこといいなよ、頑張って自分を表現しなよ、と周囲から催促されてもなかなか難しく感じる、なんてことが起こるようです。

もし、自分を表現することは、ダメなこと。汚いこと。罪なこと。

この感覚を私達が長い間感じていれば、確かに「自分がダメ、汚い、罪」といった感覚を持って行っても不思議ではないな、と思います。もちろん誤解なんですが、そういった「自分の中で長い間感じ続けている感覚で自分を判断する」動きもまたあり得ることだと思うので。

また、どうもここにある感覚は、「自分の行動や意思を表現すること」への「疑い」や「恥という感覚」のようなものなのであるように僕は感じることがあります。

なので、こういった感覚をお持ちの方って
「職場のホウレンソウや必要な話」はとんでもなくできるけど、オフサイトな場面やプライベートな会話がとても苦手、なんて思いを持たれている可能性だってあるわけです。

そういった感覚があればあるほど、たとえ決まりきった型にはまった形式ではコミュニケーションできても、日常的には自信がないといいますか、「本当に私は自分で何ができるだろうか」といった、不安や疑問を持つようになることもあるようですし。

だから、自分自身の意見をそのまま表現することに何故か意味不明な抵抗感を感じていることがあれば。
あなたの言いたいことを過剰に美化したり、盛ったり、本意をうまく隠して伝えたり・・・
なんてことが起きても不思議じゃないなと思います。だからといってまぁそれはそれで自分を責めなくていいと思うんですけどね。

ここが、前回に書いた、「日常生活の中で、怖れを感じてもどこか抵抗感を感じながら自分の意思を押し出して生きている人」との違いかなーと僕は感じます。

違いの理由は、「ちゃんと自分の意志を表現し行動した経験がどれだけあるか」なんだろう、と僕は感じています。

これは結果的な話ですけど、何事もハッキリ言うことが(いいかどうか別にして)、結局は自分の意志を表現するという意味ではうまく行った、という感じでしょうか。

ただいくら自分の意志を押し出せたとしても、心の中には、恥や疑い、罪悪感や嫌悪感は残っている可能性があって、だからいつも強く自分の意志を押し出さなきゃいけない状態になっている、なんてケースもあると思うのですけども。

さて、こういった状態から抜け出す時は、オトナでも子供でも「人との関係性の中で自分の意志を持つこと」って大切なんでしょう。

社会性やルールの中で「自分が今したいことを自分で決める」

できれば、それをどこか仲間、友達やパートナー、家族などに応援してもらう、認められる経験があればなおいいですね。とはいえ、あんまりリスキーな関係性で求めないで欲しいんです。一番今のあなたにとって求めやすいところから求める、という部分が大切かなと思います。

例えば僕はこんな経験をしています。

僕が20代前半の頃。その当時抱えていた重度アトピーが少し回復し就職した頃の話。
僕は自分の中の嫌悪感が強く、また社会にでることに対する恥や劣等感を強く持っていました。正直、それまでの僕はあまり多弁ではなかったし、劣等感から社会に出るのが怖かったんです。

が、そこで出会った上司がまぁ面倒見のいい素敵な人で、確かに仕事面はシビアで、自分の意見を否定されたくさん怒られたことも、お互いに対立したこともありましたが、仕事が終わればノーサイド。可愛がってもらいました。
この「上司との意見の対立」また「可愛がり=見守り」を「恥」だと思わず、「感謝」に変えられた時、僕の抑圧されていた「意志」を開放するきっかけになったと思います。

上司に意見も提案もでき、自分なりの意思で仕事ができることが可能になった。
もちろん、そんなプロセスは一つの親子関係の疑似体験ですから、両親に対する感謝も増えたといえば増えました。これが後の恋愛や今の仕事に効いているという実感はたしかにあります。

そんな大人になってからの「出会い」や「学ぶ場」はとても大きなファクターなんだろうと思います。

この要素に係る幼少期の発達心理も、「母的な存在」の重要性を確かに説いています。
そして、私達が社会の中で過ごすという意味では、もう一度オトナになってからの成長プロセスを歩むわけです。

ただ、オトナになってから母の存在を求め続けることもまた難しいことです。
そこで考えられるのは、あなたがどういった人との出会いを求めるか。自分を知り心を育てる場所をどう選ぶかなんでしょう。

同時に、両親、ことさら母親との関係性について見つめなおすのか?はカウンセリングのテーマにもなりえることだったりするんですよね。
なので、両親。、家族、母との心理的距離を適正にしたり、自ら理解し許すことは効果的でしょう。

また、あなたにとって、今の状況に加えて、何かしらのパートナーシップを持つという意味はここで大きな意味を持ちますね。それは恋愛という意味でも、相談できる人という意味でも、相棒や親友という意味でも、お互いに信頼し合えるならば、同じような意味があるように思います。

とはいえ、それがまだ難しいと感じるなら、焦らなくてもいいんです。

まずは、ゆっくり自分の心を見つめ、あなたが身近なことで「自分の意志で何かを決める」経験をしてみてもいいと思うんです。
毎日の過ごし方、お仕事、住む場所、買いもの・・・できることから自分で決めてみる、その意味を感じてみるといいかもしれません。

ゆっくりそういった経験を積んで次のステップに進む、そういった積み重ねって大切だと思うんです。

カウンセリング・セミナーのご案内
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

ブログ上であなたの質問にお答え

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...