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我慢志向の忍耐主義者 ~相手次第の毎日を変える心理学~

突然ですがあなたは

「あなたの好きにしたらいいよ」という言葉を聴くと

ちょっと突き放されたような、ドライな印象を受けますか?

それとも「そりゃそうだよね」と思います?

僕自身、あまり普段は文字にしないことだけれど

「一人で幸せになる自信」

これも大切なことだよなーと僕は感じていますよ。

 

ただ、誤解がないように書いておきますが「一人ぼっちで幸せになる」ことは心理的にかなり難しいので、「孤独になる」「人と分離する」という意味合いではないんですよ。

 

僕がお伝えしたい「一人で幸せになる自信」とは

 

「自分の意思でよりよい人生を選択できる」「自分で自分にOKを出す」

 

そんな自信のこと。

 

誰かの影響を受けすぎて自分の選択がぶれてしまっり、人に合わせて自分の意見がなくなったり、押し殺すしかないといった状況から抜け出す自信はありますか?

 

人の評価ばかり気にするのではなく、自分で自分を大切にできますか?

 

そんな感じです。

 

もっと言えば「アカウンタビリティ」

 

今の現実は自分の選択の結果である、だから自分で選べる、という考え方でもあります。

 

自分が選んでいるだから、自分で変えられる。葛藤や悩むことはあっても、自分の気持ち次第でこれからを選択できるということ。

こういった感覚を手に入れると「自分次第で人生を選べる」と思えるので

「あなたの好きにしたらいいよ」という人の言葉を「応援」のように感じることもできるんです。

「そんなに応援してくれるなら頑張るよ、また何かあったらよろしくね」と思える。

しかし、「あなたの好きにしたらいいよ」という言葉に、ちょっと突き放されたような、ドライな印象を受けるなら・・・

どこかあなたは「自分で決める」ことよりも「我慢してなにかに自分を合わせる」ことを優先しているのかもしれませんね。

それは時に、愛のような体裁を整えていることも多いのですが、実は犠牲だった、という話は少なくないのです。

だから

夫のために尽くしたのにうまくいかなかった
彼女のためにできることは尽くしたのに、関係が終わってしまった。
元カレのことが忘れられない、見捨てるようで辛い。
昔の彼のことが忘れられない、見捨てられたような気がして許せない。

このような思いが募ることもあり得る、と僕は見ています。

もちろん、このように感じる人が、いい悪いという話ではありませんよ。

そんな悩み・葛藤を持つ人の多くは、どうやら

 

「依存時代にあまり人の手を借りてこなかった」

 

そんな経験をお持ちの方が多いようです。

 

いわば「いい子」だったことが多いようです。

 

実は「いい子」ほど「いい人・努力家さん」になるのですが、その内面が常に穏やかであるかどうか、は別の話です。

 

むしろ「人に甘えたい、頼りたい」という欲求が強まっている可能性があるんです。

 

それを良かれと思い我慢していて、それが今も続いているのです。

だから・・・というと妙な表現ですが

実はこのタイプの方の気持ちって、ひょんなきっかけで「荒れる」ことがあります。

自分なりに我慢して頑張っていても報われない、自分の思いがうまく相手に伝わらない・・・

そんな状態になると

「もう勘弁してほしい、これ以上何を頑張り、我慢すればいいかわからない・・・。」

彼に、彼女に、仕事に、夫に、妻に、子供に・・・もううんざりだ。もう放って置いてほしい。

そんな風に怒りを表現する人も少なくないのです。それぐらパンパンに我慢して生きているんです、「何か」のために。

これが離婚の危機の原因になっていたり、離職、失恋の理由になっていることもよくある話です。

こういったタイプの方ほど「誰かのために」という意識が行き過ぎている可能性があります。

相手には相手の人生、生き方、考え方、自分を守る力があるのに、そこが見えなくなっているんです。

だから、「自分がしっかり相手のために頑張らないと・・・」と感じてしまうわけです、良かれと思ってね。

しかし実際、人には人それぞれの力、パワー、才能があるわけで、この生き方をしてしまうと、人をアテにできない、ということが起きてしまいます。

これこそが罠、というか、苦しさのループを生み出すわけです。

「自分が大切な人のために我慢して生きることが正しい」

そう思うがゆえに

「自分が大切な人の力、エネルギーを借りて支えにしたいけど、それが難しい」

そう感じてしまうんです。

だから、このタイプの方に「あなたの好きにしたらいいですよ」と伝えると

どこか突き放されたように感じたり、ドライなイメージを持つわけです。

本当は「誰かに頼りたい」という思いが強いからこそ、そう感じるんです。

つまり、我慢志向の忍耐主義者さんほど

「誰かの面倒は見れるけど、自分の面倒が見れなくなる」

なんて状態になるわけです。

そんなお話を伺うと、僕はこんな風にお伝えするんですよ。

『あなたの持っているポテンシャルを使えば、きっと幸せに豊かになれます。

でも、慣れ・習慣の問題で、あなたは自分を満たすこと、自分のより良い扱い方を見失っちゃっているだけかもしれません。

だから、いつも追い込まれちゃうんです。

しかも、「僕が私が相手のために良かれと思って・・・」と思うことで自分が追い込まれるんです。

そんな、あなたが追い込まれるような愛なんて僕は聞いたことがありません。だからその正体は罪悪感なんです。

「誰かを助けられない、誰かの役に立てない自分はダメ・・・・」

その思いに自分の愛情なんて乗っけては辛いだけですよ。

愛とはもっと純粋でシンプルなものです。

ただ「相手のことが大切だ」と感じていればいいんです。

もう少し発想を変えましょう。

同時に、自分のことをもう少し考えましょう。

我慢しなくても人はあなたを支えてくれます。誰かを心配して忍耐ばかり募らせなくても、あなたが笑っていたり、愛情を伝えていれば相手は喜びます。

それで相手が喜ばない、満足しないなら

それは「相手の問題」か「今のあなたでは力不足」なんです。

だから、今は解決できない問題。つまり、時間と経験、学びが必要なんです。

例えば、小さな子供が親のことを心から心配し、いい子になって頑張った、とします。

しかし子供に心配される親って、どんな気持ちになると思います?

そんな親の私ってダメだなぁ・・・って感じやすいですよね。

でも子供がそう感じさせたくなくて、もっと頑張れば・・・親はどうでしょう、どんな気持ちになります?

だから、子供が親を愛しても、このレベルでは力不足なんです。

それは仕方のないことで、ダメなことではありません。

ただ、子供が親の愛を受け取って、守られていたり、感謝していたほうが、うまくいくんです。

なので、心理的に「親を許す」ということが大切になるんです。

もし、あなたがいい子だった過去があり、誰かを当てにしたり、依存することを遠慮してきたのなら、そこに何かしら「マインドのねじれ」があるかもしれません。

まずそこに気づいてくださいね。

自分だけが頑張ればなんとかなる・・・そう考えすぎないことです。

あなたのために、大切な人のために、今できることは「努力と依存のベストバランス」をとることです。

自分が頑張っても、自分が不満を貯め込むぐらい無理をしているなら、それは愛ではなく、きっと犠牲なのです。

もしあなたが誰かを愛したいのなら、それは自分の選択だ、と言い切れるぐらい、自分の行動にいい意味での責任と意味、そしてその価値を感じましょう。

しかし、もしあなたが自分に対して疑いの目を向けたり、厳しい評価をしているなら、それが難しくなります。

なぜなら「投影の法則」で、

自分で自分を疑えば「人も同じように疑っている」と感じるし、
自分に厳しい評価を与えていれば「人も同じように厳しく扱う」と感じるからです。

だから、いい意味でもそうではない意味でも

「誰かのために」生きるという動機を一旦手放しましょう。

自分のために、自分にしっかり向き合ってみてください。

自分をもっと知りましょう。自分をもっと評価しましょう。自分が楽になることを実践しましょう。

あなたのココロが楽になり、自分のために生きることを許せれば、そのうち人のことも大切にできます、自然と。そして今よりも無理せずに。

そういった自分になれれば、ちゃんと自分も人もいい意味で面倒見れるようになれますから、大丈夫なんですよ。』

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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