恋愛・夫婦の心理学

1年も会話や関わりがない夫との関係

1年も会話や関わりがない夫との関係、さてどうするか?

浅野様

こんにちは。ネタ募集とのことで、取り上げていただけたら、と思い、メールしています。

私は趣味で登山を夫とスタートしたのですが、5年ほど前から、登山が嵩じてアルパインクライミングへ進み、クライミングをするようになり、とんとん拍子で海外へ登攀に行くくらいまでになりました。

ところが夫はアルパインクライミングやクライミングへの適性がなかったため、私は、夫以外の人をパートナーにしないといけなかったのです…。

色々な人と組みましたが、できるだけ結婚生活に支障がでないように、おじいさんを選んできました。クライミングのパートナーには、とても感謝しています。

2年ほど前に私のクライミングに危機が訪れました。夫の3回目の転勤で、福岡に転居となり、私は築き上げたものを失いました。今、やっと安定的な環境を取り戻しているところです。丸2年です。

夫との心の絆よりも、クライミングのパートナーとのほうが心の絆が必要になってきてしまう、というのが、私たち夫婦の問題です。というのは、クライミングには命がかかるからです。

しかし、夫の理解が得られていません。

今、夫は1年ほど引きこもっています。私と合うのを避けて、家の中でもこそこそと自室に閉じこもっていますし、自室は汚部屋状態です。

彼は私のシャドウになっているのではないか?と思います。しかし、心を成長させようとしない夫をどうしていいのか私も分かりません。

夫は、毎日会社に行って帰るだけの生活をしており、誰と結婚しても一緒ねという感じです。もともと、依存的というか、何かを決めるとき、なんでもいい、というので、私が主導権を取らざるを得ない、というのが私にはとても不服でした。家のこと、休日をどう過ごすか、何を食べるか?すべてが、なんでもいい、で私は、彼を接待しないといけないような気持にさせられます。これは共依存であると思い、依存を振り切って、自分のしたいことをしてね、とすると、汚部屋&引きこもり&コンビニ弁当です。まるで17歳みたい。

私と夫の結婚は最初から、私のマンションに夫が転がり込むような形で始まりました。夫は次男で末っ子、未熟児で生まれたそうで、夫の幸せの形は、お母さんが家事をする傍らで、一人遊びをすること、なんだろうなーと思います。

私は優等生型の長女でバリバリ仕事をするタイプで、家に縛り付けられると力が余ってしまい困るタイプで、だから、クライミングなんて普通の女性はできないようなリスクがあることに適性が合ったのだろうと思います。海外では水を得た魚のようです。

妥協として、平日にクライミングし、土日は夫のために家にいる、というように山梨時代はしていましたが、福岡では、パートナーの関係で、そんな贅沢を言えず、クライミング環境を整えるために土日も目をつぶっていました。

ので、夫は拗ねて、私を懲らしめるために引きこもりをしているのだと思います。

こんな膠着状態が1年続いていますが、夫側が何かをすることは能力的に無理かもしれないので、どうしたものか、男性の恋愛カウンセラーの方に夫婦でかかるのがいいかなぁと思ったりしています。

私の理想は夫婦でクライミングしている方です。

ネタ募集ネーム:趣味を分かち合えない夫 さん

 

趣味を分かち合えない夫さん、ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

なるほど・・・あなたにとって趣味のクライミングは本当に大切な存在なのですよね。

そして、あなたも長い間、ご主人のことをお考えになってこられたようですね。

さて、実は僕の見立てでは、お二人ともある感情を共有していて、それゆえに対立していると考えています。

ただ、このテーマに取り組むには正しさやモヤモヤを抱えたままだとついつい怒りが湧き出しやすく、冷静に物事に対処しづらくなります。

だからこじれてしまったり、気持ちがすれ違うことになりやすいのです。

今回のテキストがあなたの気持ちの整理につながればと願いながら、今日のコラムを書きすすめていきますね。

 

シャドウ~生き残れなかった私~の話

彼は私のシャドウになっているのではないか?と思います。しかし、心を成長させようとしない夫をどうしていいのか私も分かりません。

シャドウ、「心の影」のことですね。

なるほど、そう思われるお気持ちも分かる気がしますよ。

特に「ココロを成長させようとしない夫」という言葉にその思いを感じます。

きっとあなたなら自分を変える意欲を持たれるし、二人の関係をよりよくしようと思われるのでしょうね。それはとても素晴らしいことですよね。

だからこそ、ずっと同じ状態を続けているご主人を理解できないのかもしれませんね。

そもそもシャドウとは「生き残れなかった私」を意味するものです。

パラレルワールド(夢の中)に住むもうひとりの私、と表現することもできますね。

そして、私のシャドウになる人とは「私の中で生き残れなかった私を表現する人」といえます。

例えば、人に頼りたくても頼れなかった私、がいるとしたら、人に頼って生きている人、はシャドウになります。

「そうしたくても事情があってできなかった・・・」

そんなハートブレイクや悲しみなどの感情がそこにあるのです。

よって、自分を癒やし、シャドウと統合することは、自分自身を更に大きく成長させ、自分自身を制限の世界から解き放つ意味を持つのですね。

そこにチャレンジするぞと思えることは、自分の限界を超えるチャレンジですから、本当にスゴイことなのです。

ただ、このシャドウを統合するには、ある程度の「自分のココロの癒やし」が必要になることも多いのが実情です。

いきなりシャドウとの統合を考えると、結構な確率で空振るのですよね・・・。

それぐらいシャドウとは受け入れがたく、見ているだけで気分が悪くなる存在。受け入れようと意識してもココロが激しく抵抗するのです。

また、僕たちはあまりにシャドウを苦手にしているので、「相手(シャドウを思い出させる人)が変わって欲しい」と感じやすいのです。

相手への愛や思いやりがあったとしても、そう感じやすいのです。

「私はあなたのことをパートナーとして受け入れているのだから、変わって欲しい」とね。

まぁそれが一般的な考え方だわね、と僕も思っちゃうのです。

しかし現実では「相手をコントロールする」ことになり、コミュニケーションとしてはあまりうまくいかず、なかなか問題が解決しないことも多いのです。

シャドウだと思わせる人を前にして「私とこの人は合わないな」と思うなら・・・ぶっちゃけそう考える選択もアリだと思います。

一方、シャドウだと感じるパートナーであっても、しっかり向き合うプロセスを持つことに大きなメリットはあります。(暴力などの現実的な問題がある場合は別です)

もし、お互いがわかりあえたなら、今までに感じないようなものすごいロマンスがやってきますし、自分の成長も実感できるでしょう。

もし別れる選択になったとしても「向き合って出した答え」が手に入るので、自分自身を許せますし、お互いに幸せになりやすくなります。

逆に「何もチャレンジせずに逃げた」という後悔と罪悪感はなかなか消えてはくれないという意味でしんどいものなのですよね。

そうであっても自分は許されるわけですけど、自分で自分を許せないという罠が存在するのが厄介なところでもあります。

 

2つのシャドウの話

夫は拗ねて、私を懲らしめるために引きこもりをしているのだと思います。

そもそも自分が禁止してきた私を目の前で見せられる。

とても嫌な気分になりますね。

だからこそ、ご主人の行動はすべて私へのあてつけ・・・そうお感じになるのも無理はないと思うのですよ。

実際にそういった意味もある、その可能性は高いと思いますしね。

ただ、僕の見立てでは、ご主人さんにとってもあなたがシャドウになっている可能性は否定できないかもしれない、と考えています。

実はシャドウには大きく分けて2種類存在します。

「ポジティヴシャドウ」と「ネガティヴシャドウ」

ネガティヴシャドウとは「あんな人には絶対になりたくない」と思わせる人。

ポジティヴシャドウとは「私はあの人のようにはなれない」と思わせる人。

もしかすると、ご主人さんにとってあなたは「ポジティヴシャドウ」なのではないだろうか。

今回のお話を伺って、僕はそう見ています。

ご主人があなたにものすごく価値を見ていると、ポジティヴシャドウになるのです。

「あなたが離れていくことで葛藤を感じる」

そんな感覚がもしかするとあるのかもしれない、という推測です。

もしそうだとしたら、ご主人があなたの趣味を容認しない理由もここにあるのではないか、と僕は推測しているのですね。

そもそも引きこもりとは怒りの表現です。

一方で、引きこもり続ける行為は「これ以上傷つかないように」という目的で行われることが多いものです。

では、なぜご主人がこれ以上傷つかないように・・・と考えているのでしょう。

このあたりがこの問題を理解する鍵になりそうです。

 

色々な人と組みましたが、できるだけ結婚生活に支障がでないように、おじいさんを選んできました。

あなたも二人の関係を大切に思うからこそ、ずっとご主人に気を使っていたようですよね。

それが全く理解されていないとなれば不快感を感じる話です。

そういった関係が長く続けば、ご主人が「私のやりたいこと、かけがえのない大切な趣味を邪魔する存在」といったふうに感じやすいかもしれません。

ご主人が「ネガティヴシャドウ」となりやすく、「主人は私を嫌っている」と感じはじめる可能性は極めて高いでしょう。そのご主人を見てうんざりしてしまうかもしれません。

ただ、こうなると相手を理解する気になれず対立が深まってしまうんですよね。

あなたの趣味は、あなたを支える大切なものなんですよね。

であれば、これを邪魔されることの不快感も相当高いと思います。

なにより私の気遣いを全く理解されていない、と感じると思いますから、相手に気を使いつつも、ついつい相手を責めたくなるかもしれません。

それも切ない話ですよね、、、。

 

二人の絆を切り離すもの・つなぐもの

今回はご質問に「シャドウ」という言葉がありましたので、あえてシャドウの切り口で解説しました。

お二人の間にある溝、絆を切り離すものは「お互いに相手を尊重できていないという罪悪感」のようですね。

できれば二人で趣味を楽しみたかった。しかしそれが難しい事情ができた。

この時点ではまだ絆は切れていなかったのだと思います。

ただ、ご主人と趣味を楽しめない事実がわかったときに、お互いに関わり合うことができないという意味で傷ついたのかもしれませんね。

しかしその後いろいろあって、お互いに自分なりのパートナーへの望みをもち、自分なりにやりたいことを持ったときに、「お互いに相手を尊重できていないという罪悪感」を感じはじめたのかもしれません。

だから、「自分のやりたいことを満たすには、相手に気持ちを譲ってもらわないといけない」と考えてしまうんです。

それこそ自分が勝つには相手に負けてもらわないといけない「win-loseの関係」ですね。

「お互いに自分を満たせば相手が負ける、一体どうすればいいの・・・」という深刻な問題です。

そこで罪悪感が生まれるから「私は間違っていない、相手は私の気持ちを理解しない」と自分を守らざるを得なくなることが多いわけですね。

これは共依存であると思い、依存を振り切って、自分のしたいことをしてね、とすると、汚部屋&引きこもり&コンビニ弁当です。まるで17歳みたい。

ただ、今回のご質問を読ませていただくと、あなたはご主人様にも幸せになってほしいと思われているように僕は感じます。

だからこそ「自分のしたいことをしてね」と自分と同じ幸せの形をご提供されたのではないでしょうか。

しかしご主人は違った。あなたが思うような反応はされなかった。

それにあなたが付き合うことにもうんざりとした気持ちをお持ちなのかもしれませんね。それぐらいあなたがご主人に合わせてきた、ということなら、きっと大変なご苦労があったのかもしれませんね・・・。

それでもこのご夫婦の絆をお考えになるあなたは素晴らしいと思います。

一方、僕たちが最も嫌うものは「上手に愛せていない自分」です。

上手に愛してくれない人は離れれば済む話。

しかし「上手に愛せていない自分」はいつも自分の中に存在しているから苦しいわけです。

この自分はなかなか許せないので自分の中で罪悪感が生まれ、自分を責め続けることにもなります。

だから、その苦しさを理解しないパートナーを責めたくなるのです。

ただ、そもそもあなたの葛藤は、あなたのご主人への思いと、自分自身にとっての心の支え、この2つが両立しなくなったあたりから始まっているようです。

そんなあなたはきっと愛情深く、人思いで、誰も傷つけたくないと願っている方なのではないでしょうか。

私達が本当に理解されずに苦しみ、悩むものは「相手への愛情や思いやり」だと僕は考えます。

「私なりに相手のことを愛した、受け入れた、考えた」という部分。

自分なりの愛が拒絶されたと思えば、お互いが「自分なりの愛情を溝に捨てられた」と怒りはじめるのです。

それはきっとあなたも、そしてご主人も同じなのだと思います。

もしそうだとすれば、まずは個々に自分と向き合うプロセスを持たれるといい、と僕は思います。

二人の言い分をどこか対立し合ったまま話し合っても、「今、言いたいことを言い合ってはっきりさせる」ことだけになってしまうことも多いですからね。

まずは今までの自分をじっくり見つめて、自分の愛情を大切にすることからはじめてみてはいかがでしょうか。

自分は正しいというより、自分なりの愛情を見つめていく先に、自分への許しがあります。

自分を許せていれば、少なくとも人を裁く気分にはなりません。

その上でこの二人の関係を見つめてみることをオススメしたいのです。

僕の経験上、「パートナーに何か学んで自分を見つめ直して欲しい」と思いカウンセリングの利用を考えてくださる方もいらしゃいます。

もちろんパートナーさんもカウンセリングを望んでくださるならばいくらでもお受けします。

が、そうでなければ、おそらくそのカウンセリングはうまくいきません。

少なくとも僕はそう考えています。

それはまるで不登校で苦しんでいる子供を心配する親が、子供に「カウンセリングにいってこい」というようなものです。

子供の立場からすれば、自分が苦しんでいる最中に無理強いをされ、知らないカウンセラーのもとに送り込まれるわけです。そうなれば「また親に理解されないのか」と悲しい気分になるはずです。

しかし親に愛ゆえに自分を罰する罪悪感があり、自分ではどうにもできないと感じ、更に子供に申し訳ないという気持ちがあると、ついついそう言いたくなるわけですね。

この場合、親御さん自身が自分を見つめ、癒やし、理解するプロセスが欠かせません。そうでない限り、親御さんが自分を責め続けることになり、その結果子供さんと上手に関われなくなってしまうからです。

だれも親を苦しめたくて不登校になる子供はいません。結果的にそうするしかない、という深い事情があるはずです。

そう考えると、どんな問題も「仕方なく」起こっている可能性は否定できないものです。

その事情を理解しないままで、「人と人との間に起きている問題」を解決することはなかなか難しいとお考えいただけるといいかもしれません。

今回は以上です、何か参考にしていただければ幸いです。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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