恋愛・夫婦の心理学

パートナーシップと居場所問題。 ~人は欲しくても得られなかったものに価値をみる~

なんだか最近、いわゆる「愛したい人」のご相談を更にたくさんお受けするようになっています。

彼を、夫を愛したい。彼女を、妻を愛したい。

そういった思いは誰よりも負けない自負があるけれど、しかし現実は思ったように動いていかない。

どうして私の思いを受け取ってもらえないのか。それが何より切ない。

そういったご質問(ネタ募集コーナー含め)が多くなっているのです。

このブログでは普段、「なぜパートナーはあなたの愛を受け取らないのか」といったことも書いていますが、今日はその逆の内容を書きます。

ある意味自立女子・忍耐女子の皆さんに向けたコラムになりそうですが、よろしければどうぞ。

人からの承認より、居場所がほしい

多くの人は「人からの承認」を求めているものですね。

自分の作為・努力が人から承認される。それはとても嬉しいことです。

が、カウンセリングの中でお話を伺っていると

「いや、私は承認よりも、そばにいる人がほしい。それだけでいい。」

「私はパートナーにそんなに多くは求めていないはず。なのにどうして別れることになるの?」

「パートナーができたことは嬉しい。けれど、何故か喜べないし不安も感じる。」

「たしかに私は人には恵まれている。けれど、なぜか幸せではないと感じる。」

「自分でも驚くほど恋愛となると執着心が湧いてくる。普段はそんなことないのに。」

「実は自分って恵まれているのではないか。でも幸せだと実感できない。」

「長い間頑張って、家族を愛のあるものにしようと頑張ってきた。けれど今はもう頑張る気力がわかない。」

そういったお声を直接伝えてくださるわけではないけれど、暗にこのニュアンスのお話をしてくださる
方も少なくありません。

そういったお話を伺うと一つの可能性として

「それっていわゆる居場所、安全な場所を求めているのかもしれないな」と僕が感じることも少なくないのです。

 

愛する人であることは素晴らしい。しかし・・・

人に受け入れられ、自分の安全が確保され、守られているような感覚。

僕たちはこういった感覚をやっぱり求めているものです。

自分にとって「なくならない安全な居場所がない(実際には家族や仲間などが存在していても、心の中でないと感じているという意味)」と感じていると、物事や人に対しての警戒心が湧き出したり、他人を信頼し、頼ることも難しくなったりするものだと僕は思います。

人によっては、どこか根無し草感といいますか、自分の中に糸の切れたタコのような感覚があって、いつも自分の足元がぐらついた感覚を覚えてなかなか自分を承認できずにいたり、常に外のものを警戒していきているような状態にもなるんですよね。

そういった心理状態にあるときの「恋愛」「パートナー」「自分の家族」は、どこか絶対に失えないものになることが多いです。

そこに自分の居場所、安心感、安全感があるからですね。

また、これは悲しいことですけど、何かしらの理由でパートナーを失ってしまうと一気に気持ちが不安定になって、他人から見れば「そんなに?」と思えるほどの怖れを感じることもあるんですよね。

そんな皆さんほど、いいか悪いかは別にして「めっちゃ人を愛する人」「ものすごく努力する人」になるんです。

愛する人に喜んで欲しいという気持ちを持ちつつも、相手を喜ばせることを絶対に諦めないような傾向が出てくるんですね。

もちろん人を愛すること・思うこと自体何ら悪いことではありませんし、むしろそのように行動できること自体は素晴らしいことです。

ただ、この状態で人を想い続けていると、いつしか自分が喜べなくなっていくことも少なくないようです。

あれだけ好きで愛せていたのに、いつしか息切れしてしまったり。

時には、相手に自分の思いを拒絶されて傷つくことが増えていったり。

人によっては、相手の反応でものすごく傷ついたり(自分を否定されたような感覚に陥る)、相手の事情を無視して愛そうとして地雷を踏んでしまったり。

繰り返しになりますが、相手を想って行動すること自体は素晴らしいことです。

しかし、それがなんだかうまくいかなくなっているなら、もしかすると相手のことより「自分の不安や怖れ」が大きくなっている可能性は否定できないかもしれないですね。

ただ、それぐらい僕たちの安全な居場所を求める気持ちって強いものですし、それが満たされたか、そうではないかで、その人の個性や恋愛スタイルが変わることって多いかもしれないと僕は思うわけです。

「人は欲しくても得られなかったものに価値を見て与える」ものですから。

もしあなたが自分の居場所を感じられなかったのであれば、きっと人に居場所を与えようとするでしょう。

しかし、相手はそこまで求めているかどうかは・・・わからない。

この価値観のズレがパートナーとのトラブルや分かりあえない感覚を作っていることも多いんです。

でもまぁ、その根っこにあるものは「愛」ともいえますから、なんともいいがたい問題だなと僕は感じるのですけどね。

 

家族や仲間との関係を見直すと、楽に恋愛を楽しめるようになる理由

よくカウンセリングの中で

「家族との関係を良くするといいですよ」
「あなたにとって仲間と呼べる人を大切にしてみるといいですよ」

まとめますと「人を大切にするといいですよ」というお話をすることがあります。

そのための方法論や心理的なサポートを含めて。

なぜそういったお話をさせていただくかの理由の一つは、この居場所について見つめているからなのです。

それぐらい「人との関わりの中で居場所を感じられているかどうか」って重要な問題です。

居場所を感じられないから、人を拒絶して生きる人もいれば、ガンガン人を愛する人もいるわけです。

前者はどこか人や自分への不信感として問題が表面化しやすいわけです。

後者は愛することはできるけれど、相手の愛情や思いを受け取れない傾向が出ます。

だから「私はこんなに愛しているのにパートナーがあなたに不満を感じはじめる」といった問題になりやすいんですね。それは与えていないから、ではなく、受け取っていないから、というケースも多いのです。

もちろんどちらが良くて何が悪い、という話ではないですよ。そうなってしまう事情があるというだけですから。

ただ、相手の思いを受け取れないという傾向が強くでてくると

・バランスを崩した一方的な恋愛になってしまう
・相手の気持ちがばかり気にして疲れ果ててしまう
・ずっと頑張り続けていないと不安でたまらないという燃え尽きの問題
・失恋や離婚の問題が必要以上に大きな脅威・ダメージになって、自分の人生を生きられない

ということもあるわけです。

また、人の思いを受け取れないから、孤独感や寂しさが強まるという要素もありますね。

どうせ大切な人を愛するなら、もっと楽で、お互いが喜べるカタチであったほうが関係もいい形になり、長く続きますよね。

その視点から「一度ご家族との関係や対人関係を見つめ直すといいと思いますよ」とお話することがあるのです。

もちろん愛したい人ほど、居場所のために、誰よりも心を砕き、その場所を大切にしようと思ってきたのだと僕は思います。

自分の居場所より、親や家族、パートナーやお子さん、仲間や同僚の居場所を守ろうと必死になった人だっているでしょう。

いわゆるいい子・いい人や迷惑をかけないように生きてきたあなたほど、きっとそうなのかもしれませんよね。

その思いに家族や周囲の人が気づいてくれていないとしたら、それほど悔しくて、屈辱だと感じることはないのかもしれません。

しかし、あなたにとっての居場所は、あなたを受け入れてくれる人たちの思いに気づける場所でもあるはずです。

その愛したい気持ちは十分わかりますし、素晴らしいのです。

だからこそ、いろんな自分の中の葛藤を乗り越えて、家族との絆を取り戻せたとき、いろんな事に気づけますよ。

ここにたどり着けるかどうかが、愛したい人のパートナーシップ問題を解決する鍵になることって少なくないんですよね。

そして、もちろんこの話をあえて書いている僕も、そうおわかりですね、長い間、自分の居場所を感じられず生きてきた人間だということです(笑)

今の僕は「まぁ好きにしたらええやん」「しゃーないやん」とも言いますけど(笑)

「もう一回居場所を感じましょう」という視点からカウンセリングを組み立てる傾向が強いかもしれません。

そこに癒やしがあるからですね。

これが僕のいわゆる個性の一部ではありますし、まぁどう使うかはいつも試行錯誤している部分ではあるんですけどね。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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