恋愛・夫婦の心理学

もう一度人とつながるために「問題」が登場するという心理を解説する

もう一度つながるためにパートナーとの問題が登場する

カウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。

さて、今日はちょっと不思議な視点で私達にとっての「問題の意味」を見つめてみたいと思います。

よろしければどうぞ。

問題とはつながるためにある、と聞くと、どう思いますか?

さて、まずはこの見出しの言葉が全てなんですが・・・どう思います?

「その問題、もう一度はつながるためにあるんですよね」

もちろん「問題は自分の問題点を示すサイン」と理解されている人も多いと思いますし、それも間違っていないと思うんですよ。

ただ、もう少しココロの影響をも詰めていくと、ここでの「問題」の意味は

「自分の正しさ」を主張した結果起きること

といいますかね。

この正しさを主張していろいろやらかすことが実は(無意識レベルで)「つながりを求める気持ち」と繋がっているというね。

そんな話を聞いたとしたら、あなたは信じられるでしょうか?

そこで今日はこの話を少し解説してみようと思うのです。

 

その問題が生まれるプロセス

僕たちが自立する、つまり一人で頑張って生きる意味は、「自分のことは自分で面倒を見れるようになる」という前向きな意味もありますけど

「人に振り回されて傷つきたくない」「自分だけの安全な領域を確保したい」

なんて意味もあるわけです。

まぁ僕たちの依存時代というのは、いかに愛されるかを学ぶ時代でもありますけど、「周囲に振り回されてしんどい思いをする」部分もあるものですから、しんどい思いをした分だけ自立したくなるわけです。

まぁ周囲に振り回されるというのは、親や他人からあーだこーだ言われる、ということだけではないんですよ。

親がしんどそうにしている、助けなきゃと思う、もそう。
家族が大変で気持ちの面で不安にブンブン振り回された、もそう。

自分以外の人の影響でブンブン自分の気持が振り回される、ということを意味します。

そういった経験からしんどい思いをした人ほど、早く大人になりたい、と思うようにもなります。

それぐらい「傷ついた」「つらい思いをした」ってことなんですけどね。

だからまぁ早く楽になりたいと思うでしょうし、「何事も自分でやったほうが早い」「人の話なんて聞かない」と思うようになるわけですよね。

つまり、人の存在は不要ってことです。

人がいてもいなくても一緒のスタンスで行動するともいえますし、若干依存的な表現をすれば「人に期待して失望するのは嫌だ」って感じている人も少なくないわけです。

こういったカタチで自立をしている人ほど、人からの影響を受けないように「分厚い壁」を心の中にもっていて、その壁の中で生きているわけです。

もちろん自分を厳しく監視して、妙な感情を表現しないようにもしています。

この壁のことをネガティヴな意味でのプライド、と呼びますし、この壁が相当分厚い人のことをロックマン(岩男)と呼びますが、まぁどんな大人も多少なりともこういった壁は持っているものですね。

この状態はなかなか自分の気持に素直になれない、自分を解放できない、ということなんですよ。

素直になれないことがダメということではなくて、それだけのダメージがあって、素直になれない事情がある、ということですけどね。

この場合、なかなか素直になれないがために「問題」を必要とするわけです。

ほう、なんだそれ?って感じですが、まぁ話を続けまする。

 

たとえば「自分のやり方を突き通して周囲との軋轢を生む」という現象について考えてみましょう。

パートナーや周囲に対して

それはおかしい
私はこう思う
そのやり方は間違っている
どうしてそんなことも理解できない
なぜそんなことをするんだ

自分なりのやり方、正しさを突き通して周囲と衝突するわけですね。もちろん恋愛や夫婦関係ならパートナーと衝突するわけです。

そう言いたくなるのは、「良かれと思って」「相手のためになると思って」という同期もあると同時に、自分自身の価値観を変えたくない、プライドで守っている内面を変化させたくない、という思いがある場合が多いわけですね。

まぁ一種のコントロールですけれども。

自分のパートナーにこのような行動を取られ続けて、「あぁ私は愛されているわ」と理解されます?

そうではないですよね。

どれだけ自分の本音ではパートナーを思っていても、またパートナーから愛されていても、自分のプライドを守るための「正しさ」で相手を負かしていたり、相手の思いを受け取れないでいれば、この関係はどうやったって消耗戦にしかなりません。

その結果、いつか愛想を尽かされてしまいます。周囲からもとっても利己的な人だと解釈されるはずです。

ということは、いわゆる「プライドで自分を守る」目的はきっちり果たされているわけです。

自分の内面にある傷や感情は守れている、ということ。

なお、こういった問題は、何も正しさの主張という形ででてくるわけではなくて、「ハードワーク」「燃え尽き」「人の思いを強く拒絶する」「自暴自棄」といった形で出てくることも多いんです。

ただ、こういった状態を続けていれば、プライドで自分を守っている本人も、自分自身に変化を感じませんし、素直になれているわけではありませんから苦しい。

その苦しさの中に居続ければ、どこか「先」が見えなくなり、行き詰まり・限界(つまり関係性や自分自身の終わり)を感じる人も少なくないわけです。

その結果、自分は一人がふさわしいだとか、大切な人を傷つけてしまうとか、人を傷つけた分だけ「罰」がふさわしいと考えるようになるんですね。

実は、「もう傷つきたくないわ」と、自分自身の正しさ・プライドを守ろうとした結果、そこで待っているのは自分の限界であり、行き詰まりであり、燃え尽きであり、自分自身の素直な気持ちが実現できない状態なんです。

 

しかしこういった状態を深く見ていくと、まったく逆の意味が見えてきます。

実はこういった問題は、「自分のプライド・正しさを崩壊させる目的」のもと、無意識が引き起こした出来事である、という意味ですね。

結局の所、問題というものが自分を追い込むわけですけど、ここまで追い込まれた結果、素直な気持ちを表現したり、人の助けを借りざるをえない状態になる。

結果的に、自分のプライドを手放さないとどうにもならない状況になることが多い、ってことなんです。

多く、僕たちはその状況を恥じたり、屈辱と捉えることも多いんですけど、見方を変えればプライドを手放すプロセスでもある、ということですね。

つまり、自分自身の心がプライドにガッチガチに覆われ、孤独な感覚手放して、また誰かとつながりと親密感を感じ、本来自分が持っていた愛を取り戻すために、こうした問題が起こることも多いのです。

このような話を聞いたことがないですか?

自分の力を過信し、自分の正しさを追求して若かりし頃にブイブイいわせていた人が、ある時、あまりのワンマンぶりに周囲から見放されて孤立し苦境に立たされる。

そこで、ようやく「自分は一人で生きていたわけじゃないんだ」と気づき、もう一度誠意を持って人と接しようと気持ちを入れ替えたあと、もう一度味方が登場し、その後成功する。

問題を通じて、自分の内面を解放しようとすることもまた起きるって感じですね。

ただ、こういったプロセスは自分が相当追いつめられた状態になることも多いので、そのプロセスは簡単ではなかったり、しんどいからつい自分一人の世界に戻ってしまうことも少なくないんですよね。

また、問題を使ってつながりを取り戻そうとするからこそ、それまでの自分の振る舞いによって周囲からの信頼を失うこともありますし、パートナーシップであればパートナーを傷つけてしまう、ということも起きやすい。

よっぽど自分を信頼し愛してくれる人がそばにいない限り、関係が壊れてしまう可能性が非常に高いということなんです。

もちろんそういったプロセスを経ても、自分自身を取り戻せば、人は手を差し伸べますし、愛してくれる人はいますし、何度でも再起は可能ですですけどね。

ただ、僕たちには常に「自分を癒やしてつながる」という選択肢も残されているわけですから、どちらが自分に、そして周囲の人に優しいか、と考えてみるのもいいのかもしれません。

 

プライドの問題には女性性が効く

では、こういった問題を作るプライドはどのようにすれば、もっと楽に解放されるのでしょうか。

一つは「素直な気持ちを受け入れたり、解放・表現していく」ことです。

本当の自分の望むもの、本当に望む人とのつながり、ときには隠し続けていた痛みや感情・・・そういった今まで押し隠していた気持ちに素直になって、それを受け入れ認めることです。

依存時代に傷ついたりつらい思いをした分だけ、どうしてもココロがチクッと痛む場合もありますけど、その痛みを癒やし、乗り越えて素直になること、なんですね。

そしてもう一度人の思いや、自分の中の愛のような気持ちに気づくことによって、このプライドは徐々に溶けていくものです。

これは「女性性を使った癒やし」を取り入れる、という意味合いが強いんです。

このようなプライドなど「自立の問題」には女性性の要素がとても効果的です。

まさに男性性(自立)と女性性(依存)のバランスを整える、というイメージです。

では具体的にどのようなことをすればよいかといいますと・・・

たとえば、女性的な感性が強い人と触れ合ってみる。

多くは女性なることが多いですが、男性の場合もあります。

素直な人、寛容な人、需要的な人、心が美しい人・・・こういった人の要素にふれることが癒しになることも多いんです。

日々、思考や理性が強まっている状態から、ふっと肩の力が抜けるような人との会話は大きな癒やしと言えますね。

また、自分の好きなことに触れたり、音楽や絵画などの芸術に触れることもいいですね。

アートもまや大きな心の癒やしになります。思考・理性ではなく感性に響くものを日常に取り入れる。

あとは、人を支える、愛することもその一つです。

パートナーや家族を愛そう、会社の仲間や同僚、上司の支えになろうとすることも癒やしなんです。

誰かを受け入れ愛することによって、より心のバランスが取れるわけです。

だからまぁ・・・

苦しいけどなかなかパートナーと別れられない
家庭を失ってしまったら本当にダメになってしまう気がする
パートナーと別れたら心の支えを失ってしまう感じがする

というお話が登場するわけですよ。

なるほど、それは別れられないよね・・・いくら自分で「理解」していても心は離れないよね、と思うわけです。

しかしそれが執着になってしまうと自分が辛いですから、僕も「自分自身の心のバランスを取るようにしてくださいね」とクライエントさまにお願いすることも少なくありません。

もちろんこれは自分を肯定するプロセスでもありますから、自分自身の女性的な側面に対して、上手に評価できなかったり、自分自身があまり人を頼ってこなかった人ほど、頑張ることを通じて愛してしまうんですね。

そこで無理に頑張ってしまうと、今まで使い続けてきた自立(男性性)を中心に要素を使うことになってしまって、更に苦しむことにもなりますからね。

僕たちがご提供しているカウンセリングや癒やしのセミナーも同じような部分があって、思考や理性に凝り固まった状態から、感情というものを大切にする、本音を話したり、時にはちゃんと泣いてみたりと、内面的で女性的な要素を大切にすることで、心のバランスを整えている部分があるんです。

感情を解放するとスッキリするよ、気持ちも整理できるよ、前向きにもなれますよ=心のバランスを取りましょう、ということなんですね。

うーん、今日は長くなりすぎたのでこのへんで。

この続きの話も書いているんですが、それは明日アップします。

この考え方を使うと、「今まで普通に付き合っていたのに、どうして彼が音信不通男子やリスクヘッジ男子になってしまうのか」も見えてくるんですよ。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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