恋愛・夫婦の心理学

彼に「どうしてわからないんだ」と詰め寄られて困ってる女性の話

相手の”どうしてわからない?”が、わからない私

人はわからないことを目の前にすると、不安を感じる。

これはどんな人にも共通して言えることかもしれませんね。

わからないことが不安だから

その不安を切り離すために「そんなことどうでもいいや」と物事に興味を持たない人もいれば
不安に興味を持って、深く知ろうとする人もいれば
「わからないこと」が不安すぎて、気持ちが落ち着かなくてしかたない人もいそうです。

どうしてこの話を書いているのか、といいますと

「相手のわからない」が「わからない」と、まぁ対人関係やパートナーシップはこんがらがるよね、という話が書きたかったからなのです。

わからないことは恥ではない

もう10年以上前の話です。

僕がカウンセラーとしてのトレーニングを開始した時、我が師からこんな言葉をもらいました。

「わからないことは何ら恥ずかしいことではない」

これ、どういう意味だと思います?

僕は、「僕一人の人生経験でわかることなんてたかが知れている」ってことだと理解しています。

だから、自分にわからないことがあって当然で、全てを知ろうと努力することは素晴らしいけれど、わかったふりをしたり、わからないことから逃げるのは簡単だけれど、意識を集中させて相手を知ろう、わかろうとすることが大切だ、と師匠に言われた気がしたのです。

少なくとも僕はそう解釈しています。

まだまだ僕も修行中の身でして、日々、僕の知らないこと、わからないことに対して気づいて、関心を持ち続けているところです。

そもそも、誰しもわからないことがあって、それは自ら興味を持ち、学ぶまでわからないままですからね。

だから、わからないことがあることは恥でもなんでもないのです。

しかし、僕たちはついつい「わからない」ことを恥にしてしまうことがあるんですよ。

わからないことがダメだと考える人もいるかもしれない。

つい「わからないことがない」と思いたくなるんですよ、プライドを高くしてね。

しかし、わからないことの前でわかったフリをすると、追い込まれるのは自分ですからね。

そして、本当に人のことを理解できない、わからないと思うときに、相手に対してわかったフリをした
としても、結局それはバレてしまいますよね。

わからないことを学ぶ意識は大切ですけど、わからないことを「わからない」と認め、表現することもまた勇気が必要なことなんですよね。

 

彼に「どうしてわからないんだ」と詰め寄られて困ってる女性の話

例えば、ある女性のケース。

その女性には彼がいたのですが、彼との関係でとても困っているとのご相談。

その彼は事あるごとに「どうしてわからないんだ」「それぐらい分かって当然だろう」と彼女に詰め寄ることが多いそうです。

あまりに詰め寄られることが多くなったある時、彼女はもう彼とは一緒にいられないと思い、別れを切り出したわけですが、そこでも彼に「俺の気持ちはなんにもわかってないんだな、君は本当にダメな人だ」と言われ、ひどく落ち込んだそうです。

その経験がずっと彼女の心に引っかかり、私は人を理解できない冷たい人間なのかもしれない、と思うようになったそうです。

ここで僕はこう考えたのです。

確かに彼女は彼にかなり強く言われて傷ついているのは間違いない。彼の言い方にもいろいろ問題があるだろう。

しかし「彼にも問題があるよ」と問題の原因を切り離すだけでは、彼女の自己評価は変わらないだろう。

今ここで、辛い気持ちを感じているのは彼女自身だから。

確かに彼の言動に問題があったとしても、彼が悪かった、で済まそうとすると、彼女は被害者になってしまい余計に不安を強めるだろう。

そもそも彼女がその彼の気持ちを(できれば)理解したいと思っていなければ、彼女は彼の言葉でそこまで深く傷つくこともないだろう。

しかし、彼女にとって彼を理解できないことは、彼女にとっても辛いことだったのだろう。

そこに彼女の素晴らしい部分が残っている、と。

だから僕はこんな話をさせてもらいました。

「彼を理解したいと願ったあなたは素晴らしいと思います。

そして、彼を理解できなかった、わからなかったことは何ら恥ずべきことではないですよね。

ただ、あなたが彼の言葉や、自分自身の意識として【わからないことは恥・ダメ】と思っているとしたら、もう一度自身を取り戻すことは難しくなるかもしれません。

彼のこと、わからないと悩むほど、わかりたかったのもあなたですよね?

わからないことはまた学べばいいんです。

だから、もう一度自分の素晴らしい部分とつながりましょう。」

そこから彼女は、自分の素晴らしい部分、愛や人を大切に思う私を取り戻すプロセスに入っていきました。

この話、考えようによっては「彼がヒドイ」という部分に話が着地するものなのかもしれません。

たしかにそういった意見があっても自然なことだと思います。

ただ、僕たちの学ぶ心理学でいう「アカウンタビリティの概念~感情を感じているのは私~」から考えれば

彼の言動に関して、彼女に責任はない、と考えます。

※もし万が一、彼女が彼のネガティヴな感情を刺激していたとしても(刺激していた部分は彼女の責任ですが)彼の言動は彼の責任の範疇のものなんです。

ただ、彼の言動で彼女が何を感じたか、は、彼女の責任の範疇にあるものです。

だから、「彼女が彼の言葉で何を感じたか」という部分に癒やしが入ることで、もう一度自分と向き合えるようになれますし、自分を肯定できますし、また自分から主体的に行動したり、もう一度、人を愛する意欲も湧いてくるようになっていきやすいんですね。

 

わからないを受け入れることも自分を大切に見つめる方法

彼女の辛い気持ち、その前提には「大切な人を理解できない私」に対するネガティヴな評価が入っていたんです。

そこを何度も刺激されたので、どんどん彼女は自分自身をネガティヴに感じていきました。

しかし、彼を理解したいと願っていたのも彼女なのです。

ただ、なにより厄介なのは、「理解できない私」も「理解したいと願っていた私」も、「彼のことが理解できない」という事実を否定的に見ていると、どちらも自己攻撃の材料になってしまうことなんです。

愛がある私も、能力がない私も、どちらも自分を責める理由になるってことです。

その前提には「わからないことは恥」だと彼女が思っていたという事実があったんですよね。

それぐらい「わからないことを恥にする」といろいろな問題が起きやすいということなんですよね。

わからない不安から開き直ってもメリットは少ないものですが、自分にはわからないという事実を謙虚に受け止め、自分を責める理由にしないことは、本当の自分を知るためにも、とっても大切なことなのですね。

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