ほぼ30代からの心理学

私史上”最高”に魅力的な私になる心理学 1 ~私らしさ・セクシャリティの解放について考える~

私史上”最高”に魅力的な私になるために

「もっと魅力的になれれば、恋愛も仕事もうまくいくのに。」

そう思った経験、なかったでしょうか。

だから、自分磨きを頑張る方もいらっしゃれば、どうすればもっと魅力的になれるだろうか、と考えてしまう方もいらっしゃるかもしれません。

そこで今日は「私らしい魅力」「私史上最高の魅力的になるメソッド」についてコラムにしてみます。

複数回に分けて書いていきます。よろしければどうぞ。

魅力的な私とはなにか

僕たちの学ぶ心理学での「魅力的な私」とは

「生来の魅力に満ち溢れている自然な状態の自分自身」

 

であると考えられています。

一般的に言われる「私らしさ」「ありのままの自分」のようなもの、とも言えますが、この言葉、ちょっと曖昧で、いくらでも解釈の方法があるといえます。

そこで今日は

・生来の魅力に満ち溢れている自然な状態の自分自身、とはどういうことか
・魅力的な私になる方法・秘訣と、魅力をブロックをする心理

について少しまとめてみます。

  • 性的な魅力

例えば、「大人の男らしい」「大人の女らしい」などの魅力のことを指します。

もちろんここには「自分の心としての性らしさ」という意味も含まれています。

大人である私たちにとっては、「大人としての魅力的である」という部分が重要になってきます。

つまり、セクシーさ、色気など、セックスを感じさせる要素は、魅力の要素に絡んでくるといえます。

もちろん、人それぞれどのような自分を好むか、どのような要素を得意にしているか、という判断があると思います。それは尊重されるべきことですよね。

ただ、恋愛や結婚という男女関係や、大人としての魅力について考えるとすれば、このような要素も見つめていくほうがいい、というわけです。

何かしらの事情や理由があって、心理的に大人としての魅力を否定するとすると、大人の魅力を飛び越えて、お父さん・お母さんキャラになっていたり、少年・少女キャラのまま、ということも起こりえます。

  • その人らしい魅力
「その人らしさが表現され、イキイキとしている状態」ということも、魅力の定義です。

 

「その人らしさ」とは、自分自身を受け入れているときに高まるものです。

 

この状態になると、生命力・愛・表現力・リーダーシップやカリスマ性なども高めていくことができます。

だから、自分を大切にしましょう、というアプローチが効果的、というわけです。

 

魅力を感じられない理由

実際のカウンセリングで

「自分なりに頑張っているのに、なかなか自分が魅力的だと思えない」

というお話もうかがいます。

だからこそ「どうしたらいいでしょうか」とご質問をいただきますし、僕もそのご質問に、会話・セッションというカタチでお答えしているところです。

ただですよ。

僕のカウンセリングって「あーしましょう」「こうしてみてください」という提案型なのですよ。カウンセラー側からご提案するスタイルなのですが、反面、やっぱり「その人らしさ」「その人のあり方」は大切にする要素も同時にご提供しています。

ここが稀に矛盾しているようにお感じになる方がいるようなんです。

例えば、あなたが誰かのスタイリストさんになるとして

・こうすればうまくいきますよ、という選択肢だけを渡すか
・その人が輝く選択、その人が最も美しさ、かっこよさが引き出す選択肢を考えて渡すか

こう考えてみるとはっきりすると思います。

この話、当然のことといえばそうなんですけど、「こうするといい」という考え方と、「その人らしさ」という部分が矛盾しているように感じることも起こるわけです。

ここは本当に難しい話なんですけどね。

例えば、「今の自分を受け入れたり肯定すること」は、自分らしい魅力を高めていくプロセスです。

しかし、そう意識しているのに、なぜか魅力や自分らしさを感じ取れない、ということも実際に起こるんです。

そんなときって実は「自分らしい私」と「なりたい私」が、かなり違ったイメージになっている場合が多いんです。

言い方を変えて表現すると

「今の自分にあるものに未熟さ、無価値な感覚、罪悪感、嫌悪感、否定感などを感じ続けている場合」

がそれにあたります。

向上心があることはいいことであるのは間違いないですが、自分のことを否定的に見つめすぎているからこそ「誰かのように」なろうとすることもあるわけです。

もちろんその根っこで「私は私だから」と感じ取れているといいのですが、あまりに自分に否定的な思いや、ネガティブなイメージを抱えていると、「自分ではない何かになりたい」と思うようになることがおきます。

「今の私なんて、という思いが消えないから、〇〇のようになれたら」という思いがその典型例です。

これは、「自分らしさ」を受け容れることに抵抗感があるということでもありますし、自ら努力して「自分が理想としている人間像」に近づくことはできても、それが「私らしさ」ではなかった、という場合もありえるわけですよね。

例えば、「役割」

いい子の役割、忍耐女子、愛したい女子、真面目な私など、いわゆる自分が作り上げた「キャラ」自体が否定されるべきことでは決してありませんが、その役割、キャラを担うことで「本来の魅力・私らしさ」から遠ざかるとすれば、自分自身がいい気分を感じにくくなるのです。

もちろん自分が「人にこう思われたい私」には近づけるでしょう。

一方で「私らしく、ワクワクして生きるているはず」なのに、充実感や喜びを感じられないといった状態になる可能性がある、ということ。

この場合、頑張っているのに、なかなか自分が魅力的だと思えなくなることもしばしば起こります。

この話の根っこには、いろいろと細かい心理学の話が横たわっているのですが、「自分の本質・才能・魅力」が、今の私がなりたい私とイコールになっていない場合

・自分を受け容れることを拒否している
・自分を嫌っている、受け入れられずに悩んでいる
・私はこうあるべきだという判断が強い
・どうしてもこの自分を満たしたい(欲しい)という感情が強い
・絶対にこうなりたくはない、というイメージがある
・性的なエネルギーに対して嫌悪感がある

などのココロの動きが影響していることも少なくありません。

 

本質的な才能は、時に自己嫌悪の理由になることもある

また、その人らしさのコア、最も輝いている魅力は、なんと自己嫌悪の理由になることも少なくありません。

例えば、子供の頃、利発でしっかりしていたお子さんがいるとしましょう。

それこそ、その人の良い部分ですね。

ただ、いいか悪いかは別にして、周囲から「子供らしくない」「可愛くない」といった声が向けられることもあります。

思春期あたりから急に大人っぽくなった方がいるなら、好奇な目で見られてしまうこともあります。

おとなしい性格に何ら問題はなく、むしろその穏やかさが魅力である場合もあるでしょうが、「おとなしいことが君の問題だ」と言われてしまうこともあるでしょう。

これらは自分以外の人の「判断」ですね。

ただ、その周囲の判断が自分の内面に取り込まれたとき、自分が持っている要素は「人に嫌われる」「人のためにならない」と感じてしまうことがあるわけです。

ときにこれは「誰かの役に立っている(たちたい)」という欲求、「誰かの喜びである」という自尊感情とは逆の方向に作用します。

その結果、自分にとっての個性や才能、魅力が、意味と価値のあるものとしてではなく、「恥ずかしくて意味のないもの」にしてしまうこともありえる話なんです。

この恥という感情の影響は、私達にとって相当に手強いものになります。

特に大人になればなるほど、タブー視されるわけですね。

例えば、恥をかかされる、恥の上塗り、といった言葉に代表されるように、恥にはいいイメージがない事が多いんです。

だから、人目を気にしたり、自分らしさを隠して、誰かと同じように振る舞ったり、人と違う自分を隠そうとすることなどが起きます。

そのために担う役割、自分に課すルールもたくさんあるでしょう。

私はこうすべき、こう見られないようにこう振る舞うべき、といった感じで。

これは「なりたい自分」になるために「こう行動しよう」と思うこととは意味や目的が違うわけですが、ここになかなか気づけ無いことも多いようです。

だから、どんどん自分らしさから遠ざかり、気分が高まらない、モチベーションが沸かない、楽しいこと・好きなことがわからなくなっていく人もいるのです。

ただ、感情としての恥ずかしさ自体、何ら悪いものではありません。むしろ僕たちの魅力を高める際には、この恥という感情を意識することが求められることもあるほどです。

自分のセクシャルエネルギーを活性化させる手法として、この恥という感情を感じるチャレンジをして、「見られていること」を意識する、というものも存在します。

要は恥という感情、観念に、「人の役にたてない」「人の迷惑になっている」という罪悪感、無価値感がくっついて解釈されてしまうと、恥ってかきたくないもの、恥ずかしい私は隠さなければいけないもの、となっていきます。

ただでさえ、恥ずかしさは多くの人が感じることが苦手な感情であるにもかかわらず、そこにネガティブな感情・イメージがくっつけば、更に隠さなければならないことにもなりかねませんね。

稀に、自分をやたら褒めても落ち込んでしまう、いう方がいらっしゃいますけど、その場合はどこかで「自分本来の才能や魅力」を意味のないもの、価値のないもの、存在していると困るものとして扱っている可能性について見つめたほうがいいかもしれません。

本当は、その魅力、才能が人の喜びになりえるものであったとしても、自分がそう感じられないと難しい場合はあるんですよね。

よって、魅力や才能を扱うというプロセスは、とても繊細なものだと僕は考えています。

魅力の根拠、才能の根拠をしっかり見つめながら、丁寧に理解し感じていくことが必要なことも多く、ただ認めればいい、感じればいいというものではない、が僕の実感です。

クライエントさまにも、どうか丁寧に扱ってくださいね、とお願いするんですよ。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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