恋愛・夫婦の心理学

パートナーを責めてしまう人の心理とその処方箋

パートナーを責めているときの心理状態とは

「つい、パートナーを責めてしまって・・・」

「ダメだと分かっていたのに、パートナーにひどいことを言ってしまって・・・」

「ケンカなんてしたくないのに、つい『あなたが悪いのよ』と問い詰めてしまったんです。」

「『私だけが悪いの?!』と突っぱねたら、相手も『オレが悪者なのかよ!』と言い始めて話し合いにならないんです。」

そんなお声を伺うことがありますよ。

誰しもパートナーとトラブルになることを望んでいるわけではないですよね。しかし、人間ですから望まないにしてもパートナーのことを責めてしまうことがあるのかもしれません。

冷静になって考えてみれば、まぁ相手を責めたり罵ったり、相手の責任を一方的に追求するだけでは、お互いが納得できる答えは出にくいですよね。

だから、できる限り冷静に話し合いたいところ。

しかし、そう思っていたとしても、どうしても「相手が悪いんだよ」と思ってしまうことってないでしょうか?

実はこのように「相手が悪い」などと責めたくなっているとき、自分自身の心がとある状態になっていることが多くて、この状態を続けると些細なことでも「相手が悪い!」と責めたくなってしまうんですよね。

ということで今日はそんな話をまとめてみます。

 

相手が悪いと責めたいのは、自分の外側に「自分より悪い人」を作らざるをえないから

心理的に見れば、相手を責めたい、相手が悪い、といった気持ちにかられている自分を肯定することは相当に難しいものです。

もちろん、人を責め、罰してしまうなら、自分自身にも何かしらの事情があることは事実でしょう。

だからその事情について見つめて、自分を取り戻すことはお互いのためになります。

相手を責めてしまった自分がその非を認めることは必要であったとしても、自分を罰し続けることで得られるメリットはあまりないのです。

だから、このようなときに何が正しくて、何が間違っていて、どちらが正しいのか、などと考えつづけていても、まぁまぁお互いの気持ちがスッキリすることはないでしょう。

とはいえ、少なくとも相手を責めたなら、その事実に対しての謝罪をしておいたほうがベターな選択だといえます。それは間違いないです。

実は、自分の非を認めず、謝らないことのデメリットは意外と大きいものなんですよ。

これを放っておくと「自分が自分の非について謝っていないのだから、相手も謝るはずがない(相手は悪いと思っていないだろう)」という、まぁ自作自演の投影が働いてしまうのです。

だから、終わりが見えないケンカや対立など、相手が悪いと責めているときってのは、既に「相手は自分を非を認めないだろう」と思うような、もはや落とし所のない戦争を挑む感覚にならざるをえなくなるんです。

だから余計にむかつくし、怖くなるんですな、相手のことが。

相手が謝らないからムカつくのではなく、こちらも「私悪くないし」と思えば思うほど、まぁ自分が罪悪感を感じるわ、ムカつくわで、自分の気分が最悪になってしまうんです。

だから、責めたくないのに相手を責め続けるしかなく、結果、その関係がどんどんぶっ壊れていくわけですな。

ふ~しんどいな〜って話ですけどね。

さて、こういったご相談を伺うと「私、どうしてそんなに相手を責めたくなるのでしょう」という率直なご質問をいただくことがあります。

実はその答えは意外とシンプルなんですよ。

 

「相手を責めている(愛していない・理解しようとしていない)自分が悪いと思う(罪悪感を感じる)から、自分以上に最低で最悪な最強の極悪人を作りたくなる」

 

以上です。

これも立派な?罪悪感の作用なのです。

自分が罪悪感を抱え、それを否認していることで、結局自分以外のなにか・誰かをより悪いやつにしないと自分が最低だってことになってしまうという罠なのです。

そう考えると、意識ではそう理解できなくとも、深層心理で「自分が悪い(ダメ・愛される価値がない・不十分など)」と感じていると、パートナーや世の中にあるものすべての中から「私よりも最悪なもの」を探そうとしてしまうのです。

これを僕は「低め安定」と呼んでます。

自分よりも価値がない物を探すことで、自分を慰めるという意味でね。まぁこれも自分が報われない心理の罠ってことなんです。

 

私が悪い・相手が悪いという発想よりも大切なこと

人は生きていればミスをするし、パートナーの機嫌を損ねることがあるものです。

だから、それが起きたときに、自分がどのように振る舞い、どのように相手と関わり、どのように自分と向き合うかが重要なことだと僕は思うのです。

ミスを起こすな、ケンカするなってのは、たしかに思考としては正しい答えなんでしょうが、そもそも現実味がなさすぎると僕は思うのですな。

だってニンゲンだもの。

 

では、パートナーとの意見が対立したり、思いが通じ合わないことでケンカになったとき、炎上する人と、そこまで炎上しない人の違いってどこにあるのでしょう。

その答えの一つが「自分で自分をどのように扱っているか」なのですよ。

いわば、自分を毒だとか、価値がないとか、そういった感覚で扱っているのか、それとも価値ある存在だと扱っているのかの違いです。

真に自分に価値も意味もあると思えれば、自分より最悪な存在を探して低め安定で安心しようとするなんてことはありえないわけです。

自分が悪いとか、自分には価値がないと思うから、それ以上に最悪なものを探さざるを得ないわけでしょ?

 

ってことで、僕がこういったパートナーとの激しいせめぎあいに関するお話を伺うとき、どうしてもこだわってしまう「私が悪いの?相手だって悪いでしょ」というお話は丁寧に伺うんですけど、同時に「その発想よりも大切なことがありますよん」ともお伝えしているんです。

「あなたはそもそも自分より最低で最悪な人間を探さなきゃいけないほど、価値がない人ではないはずですよね」

しれっと、何事もなかったかのように、こうお伝えします。

そもそもその前提自体が違うんじゃないっすか?

ご自分のことをどこか誤解されていないっすか?と。

また、自分より最低な人を探さなきゃいけないことも一つの「慰め」のようなものなので、ここには深い悲しみが存在していることが多いんです。

だからでしょうか。

僕が知る限り多くの方が「本当は相手のことを責めたいわけじゃない。好きになった人のことを責めたいなんて思いたくない。」とおっしゃってくださいますよ。

その言葉は「きっと苦しかったことでしょう、一番苦しんだのはあなたですよね」と、僕なりに受け止めさせてもらっているとことです。

「そんな苦しみはあなたにふさわしくないですよね」とお伝えしながらね。

もし、「パートナーにこんなことをしたくないのに」と思われるなら、一度自分が自分のことをどう思っているか、チェックしてみてもいいかもしれませんよ。

万が一、私なんて、とか、私じゃ相手は喜ばないかも?とか思い込んでいるなら、「それこそ誤解じゃないっすかねー」「そこ、なんとかしますかねー」と、僕にしれっと言われるはずです(^^;

つまり、自分を責めても、相手を責めても、この問題は解決しないのです。

どちらが正しいかを考えたところで、結局「どちらかが間違っている」という答えが出て、それを許しあえない限り、共に勝つことは難しくなるのです。

ここがパートナーシップの難しいところでもあり、しかし、上手にやれば「すんごい幸せになれる可能性」が出てくる部分なのです。

だから、ガチで「諦めたらそこでゲームセット」なんです。

 

また僕は、たとえあなたがどれだけパートナーにムカついても「オトナなんだから我慢しなさいよ」とか、「相手を責めちゃダメでしょ」「あなたも悪いっしょ」とか、あまりお伝えしないのです(実害が出ているケースや、あまりに一方的なケンカの場合は別でっせ)

そうではなく「あなたには価値も意味も愛情もあると僕は思うんですけど、さてどうでしょうねー」とお伝えしたいだけなのですよ。

そこにある解けない知恵の輪が解ければ、まぁもっと素直に幸せに向き合っていけると思うのです。

カウンセリング・セミナーのご案内
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

あなたの質問にお答えします

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...