アサノのコラム

美しさを見る眼

今日は久々にアサノのコラムを更新。

心理学に基づいた話のようで話でない話をボソボソ書き綴りまする。

ツッコミは一切受け付けない方向で突き進むが、その点ご了承いただきたいのである。

僕たちカウンセリングサービスのカウンセラーはとかく「美しさを見る眼を養うように」という教えを受ける。

この世に存在する美しいもの、人の美しさを見る「眼」を養いなさい、と。

この眼を養うのに僕も多大な時間をかけた。今でも養いきれているとは思っていない。

今日はこの「眼」の話を、とある「」との会話の中で感じた、という話をまとめたいと思うのである。

とかく僕も彼と話していると気付かされることが多いのである。

 

以前、彼とこんな話をする機会があった。

僕が車にまつわる雑談をしていたときである。

「そろそろ買い替えの時期なんだよな〜。本当は走る車が好きなんだけどねー。ただ子供も小さいし、次は家族カーになるかなー。」

こちらがそう言うと彼はこう言い放ったのである。

 

「それがかっこいいっす。」

 

完全に不意を突かれた。

僕も彼と同業だから、彼が何を言ったのかぐらいすぐ分かる。

正直「あぁ、やられたな」としか思えなかった。

彼のほうが一枚上手だ、と思ったのである。

少なからず彼は「あーそうですよね、家族ができると思ったような車買えないっすよね」と返してきたわけではないのである。

僕が言いたいこと、伝わるだろうか?

もちろん、どこにどう共感するかは人それぞれで、いいも悪いもないのであろうが。

 

嫌だねぇ(笑)そういうことを日常会話の中でしれっと言える男は。

(これは彼への感謝の言葉だと思っていただきたい)

何気ない日常の会話の中に、その人が見ている世界を垣間見ることができる。

その眼が何を見て、何を感じ、何を表現しようとしているのか。

それはその人の言葉を見れば分かるものではないだろうか。

もちろんその眼は言葉にだけ現れるものではない。些細な行動、態度、感情に触れれば、その人が感じられる。

そして、美しいものを見る眼から発せられる言葉ほど、自分のいまだ拓かれていない我が身の一部を気づかせてくれるものはないのではないか、とも思う。

この眼の違いで伝わるものは大きいと思うのである。

心理学では自己拡大という言葉を使うが、いわゆる「感動」とはそういうものではないだろうか。

そして人は、その眼を曖昧に、しかし確実に感じ取っているのではないか、と思うのである。

もし、あなたの周りで好かれる人、好意を寄せられやすい人がいるとしたら、ぜひその人の眼を感じてもらうといいだろう。

そこにはきっと「美しいものを見る眼」があると思う。

人の心を動かすものとは、美しいものを見る眼ではないだろうか。

最近、つくづくそう思えてならないのである。

 

ちなみに僕は彼を絶賛しているのではなく、彼の言葉を引用しているだけである。

そして僕は「彼のネタをブログで書くよ」と同意を得て書いているわけである。

というか、この話が書きたかったのである。

なぜなら、この話は具体的な話でもない限り伝えることが困難だと思ったからなのである。

カウンセリング・セミナーのご案内
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

ブログ上であなたの質問にお答え

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...