恋愛・夫婦の心理学

「私、いい恋愛してないな」と思う心理とその処方箋

「私、いい恋愛してないな」と感じたら

みなさんね、こっそり僕に相談してくださるんです。

「私(僕)って、今までいい恋愛してきていないな」って思うんです。

(カウンセリングには守秘義務がありますから、常に「こっそり」なのですけど。)

まぁそもそも「いい恋愛」の定義(価値観や感覚)自体、個々に違うものだろうなぁと僕は思うんですけどね。(そもそも人の恋愛のあり方にアレコレ口出して馬に蹴られるなんて僕は嫌なんでねぇ(^^;)

ただ、一つ言えるとしたら「幸せになるはずの恋愛が喜べないものにばかりなっちゃった」ということなのかもしれませんね。

少なからずそういったお話は僕のもとに「こっそり」いただいているところです。

例えば、メッチャメチャ困った彼とばかり付き合ってしまう、いつも彼に何か隠された問題がある(借金や浮気などなど)、実は相手が既婚者だったとあとになって発覚する、音信不通系男子とばかり出会う、モラハラっぽい言動をする彼とばかり出会う、などなど。

そんな出会いと別れを繰り返すうちに自分のことが信じられなくなったり、「私って男の人を見る目がないんでしょうか」なんて思うようになっちゃう方もいるとかいないとか。

まぁ切ないですよね、自分を疑っちゃうとね。

とかく恋愛や夫婦関係にまつわる疑いって「自分自身の存在、そのあり方」にまで影響することがあるようで、「もうこんな自分が嫌だ」とか「誰かを好きになるところまではいけるけど、そこから先に進んでも傷つくだけかも」と思いこんでしまうなんてことも起きるようです。

実際に恋愛中の方の場合、「彼にもういい加減にして欲しい」と思っちゃうことが増えて、モヤモヤ・イライラは増すばかりだし、不安になるし、感情のジェットコースターに乗っかっちゃって降りられなくなっちゃった〜なんてお話を伺うこともしばしばです。

ある方が僕にこんなことをおっしゃってくれましたよ。(掲載OKのネタです。)

もう自分勝手な彼を見て「いい加減にしろ!」と心の底から思うんですけど、私、こんな恋愛ばかり繰り返している自分に「いい加減にしろ!」って言っているんですね・・・。

・・・。

まぁまぁ「自分を責めてるから相手を責めたくなってる」ってことがお分かりっていうことではないですかね、と、さっとお茶を濁すように話した記憶だけが残っておりますけどね(^^;

あぁ、その方にはその後でしっかりと癒やしにまつわる話をしておりますので、ご安心を。

 

私はいい恋愛をしていないという問題の本質

まぁまぁ「私はいい恋愛をしていない」って悩まれている方の多くは、「自分はどこか呪われているのかもしれん」だとか「ロマンスの神様に見放されているのかも」なんてことをおっしゃってくださる方もいますよ。

あれだけ縁結びの神様に手を合わせたのになぜ?なんてお話を伺うことも稀ではありません。

まぁ、僕はカウンセラーでして、いわゆる神様とか呪いとか、いわば広瀬香美サンの話はよくわからんのですけど、ただ、こういったお話をしてくださる方もマインドについてなら理解させてもらうことができるんですよねぇ。

これはいわゆる「いい人がいない症候群」に陥っておられる皆さんにも共通しているんですが、このいい人がいない呪いだとか、縁結びの神様からも遠く感じるような感覚をもたらすものって、罪悪感なんですよ。

私はダメ、とか、私はいい恋愛ができない、愛されないっていう観念です。

そもそも罪悪感とは、自分は愛されるべきではない、間違っている、罰を受けるべきだ、毒だという感覚をもたらすものですからね。

ただこの観念ってただの被害者意識になっちゃってるので、このまま解釈すると身も蓋もないような救いのない理解になってしまうのですわねぇ。

だってねぇ、呪われてるとか、私はダメとか、これってもはや「詰んだ」って感じがしません?

こんなときは、罪悪感の本質を暴くために言い換えることが必要なんですよね。

ここで使う法則はこれ。

「被害者意識は加害者意識を覆い隠すもの」

つまり「私はダメ、とか、私はいい恋愛ができない、愛されないっていう観念」はこう言いかえることができます。

「私は大切な人をいい気分にして幸せにしてあげることができない」

「私は大切な人に上手に関わることができず、相手との絆を結ぶことができない」

そんな自分を感じては嘆いていて、すごく苦しくなっているってことではないでしょうか。

つまり「いい恋愛をしてきていない」ってのは、「相手を幸せにする喜びを感じられない恋愛を続けてきた」ということではないでしょうか。

少なくとも僕はそう解釈します。

つまり、この「いい恋愛をしてきていない」という問題は、こう言いかえることができます。

「私はどうにかして彼をいい気分にしてあげたいと思っているのに、それができない。どこか問題があるんでしょうか。」

いい恋愛をしていないという問題の本質は、うまく愛せないという罪悪感にあるってこと。

かつ、そもそもその人には人の幸せを願える素晴らしい愛情があるってことなのです。

あまりに罪悪感が強すぎて、本当の自分の愛を感じることができず、時には信頼することができなくて、素敵男子や好きな人に拒絶されるイメージしか持てず、上手に関われなくなっているのではないでしょうか?

これが僕の見立てなのでございます。

だから、「呪われているんでしょうか?」とか聞かれましても、僕としましてが「うーん、呪いは鈍いのでそんなに効かないはずなんですけど」と我が師匠がよく使うダジャレを使ってお茶を濁してしまって、「浅野さん、もっと真剣に話を聞いてください」とツッコまれるなんてことが稀に?おきるのですな。

でもね、呪いなんてものが分かったら、僕は他の仕事をしている気がするんだな・・・うん。

とかいいつつ、運命に関しては信じていたりしているんですけどね(笑)ただ、きっと僕の運命という言葉の使い方は一般的な使い方とは違うと思うんですけど、その話はまぁ横においておきましょう。(知りたければセミナーやカウンセリングで聞いてね)

いい恋愛をするためには「ちゃんと自分の愛を見つめること」

たとえいい恋愛ができなくても、恋愛が失敗に終わっても「あなたの中にある誰かを喜ばせたいという気持ち」は本物です。

もう一度言いますよ?

本物です。

そもそも誰が偽物だって言えるんでしょうね?

あなた以外の人がなんと言おうと、あなたが本気で相手の幸せを願ったなら、喜ばせたいと思ったならそれは真実以外の何物でもないのです。

ただ、それが真実であればあるほど、うまく伝わらないことが痛いのです。

うまく伝わらないことが辛いのです。

そしてそんな自分を責めてしまうのですよ。

自分を責めてしまうから、自己肯定感がだだ下がったり、自分を大切にするという意味での自己愛(セルフラブ)を感じられず、自分を嫌ったり疑ってしまうのです。

つまり、自分の愛は本物なのに、自分が疑っちゃってダメなモノ扱いしているのです。

もちろんそう思うにも事情があるわけですから、そう思う自分を責める必要はありません。

ただゆっくりとでも「自分の思いが本物だ」ってことに感じられるように、あの手この手を使って自分を見つめていくことってとても大切です。

時には「本物だ」と感じるために、「うまく愛せなかった自分」を受け止めていく必要もあるんです。

「きっとうまくいくはずだったのに」「私はすごく好きだったのに」という後悔や、「相手が受け止めてくれなかった」という被害者意識を強めると、どうしても罪悪感の罠に引っかかって自分を信じきれなくなることもあるわけですよ。

だから、ここは勇気を持って真摯に、素直に、「うまく愛せなかった」ということも含めて受け止めていくことですよ。

すると「うまく愛せなかった」→「それだけ愛したかった」という気持ちに気づくことができるでしょう。

まぁ失敗は成功の糧をいいますけど、「いい恋をしてこなかった私」をどう見つめ、受け止めていくかってとても大切なことなんですよね。

その先で出会う自分こそ「本物の愛」を持っている自分なんです。

だから、うまくいかない恋愛を繰り返したとしても、その内面に秘められたパートナーシップ力は失われているわけではないのですよ。

ま、それをもとに戻すのが僕のお仕事ってことなんですよ。

人の恋愛についてあれこれ言うのが僕の仕事じゃないんです。

あなたの愛がどのようなものだったかを思い出していただき、かつ実感していただくようにアプローチするのが僕のお仕事なのです。

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