恋愛・夫婦の心理学

「私の思いが届かない」という感覚こそ・・・

「私の思いが届いていない」という感覚と愛深き忍耐女子の話

「彼が私の話を全く聞いていないんです」という話から、「彼がちょっと距離を起きたい」まで、いろいろなケースがあるのですけれど、一言でまとめてしまうと(それもどうかと思いつつ)

「私の思いが相手に届いていない」

という感覚で苦しまれている方のお話を伺うことがあります。

僕自身、お客様のお話を伺う中で個人的な感情を入れることはほぼほぼない(ように意識している)のですが、しかし、この手のお話を伺うと、胸にグッとくるものを感じるのです。

それぐらい僕自身が、自分の価値を全く信じられずにいた時期が長かったってことなのかもしれませんが。

なんといいますか、大きな切なさと、大きな愛情を同時に感じるといいますかね。

 

愛されないことより、「愛してくれるな」と言われる方が辛い

僕たちの心理学では、愛されないことより、「もう愛してくれるな」と言われる方が辛い、と言われていますけど、今回の話はまさにそのような事例なわけです。

「必要とされたいわけじゃない。ただ自分の気持ちが届いていてほしいだけ。」

 

大人になればなるほど、様々な恋愛経験をすればするほど、「愛されたい」「必要とされない」という気持ち以上に、「せめて自分の気持ち(愛情・存在)が相手に届き、相手の支えになっていて欲しい」と願うことってないでしょうか。

しかし、自分の気持ちが相手に届いていないと感じると、痛烈な無価値感(無力感)を感じるものかもしれませんよね。

だから、男性のそっけない態度に深く傷ついてしまう、というお声も伺いますし。

「私のことはいいんです。ただ相手に私の気持ちが伝わっていれば」とおっしゃる方の目から涙がこぼれ落ちることもあるわけですよ。

それは、辛い、というより、切なさ。

諦め、というより、存在の耐えられない軽さに飲まれてしまう。

そんな感覚を僕は感じながら、お話を伺っていることも少なくないですよ。

ほんと、これはめちゃめちゃ辛いことですよね。

つい、自分のことを信じられなくなってしまうこともあるだろうな、と僕は思っています。

 

相手に「伝わっている」ことで自分を確認する私たち

もちろん僕たちは、「自分の思いが相手に伝わっていると感じる」ことを通じて、自分を確認している側面があるものですけどね。

ここで心の原則から考えるなら、自分で自分を受け止めていれば、相手に確認する必要はないじゃんってことなんですけど、今回のようなケースの場合は、まぁそれ自体がかんたんなことじゃない場合も多いのですよ。

特に愛深き忍耐女子さんの場合は、ね。

耐えに耐えて、与えまくって、自分のこと以上に相手のことを考え抜いている忍耐女子さんにとって、「伝わっていない」という事実はあまりに残酷だといえるほどに、痛みを感じてしまうものでしょう。

どこか自尊心がボロボロにされる、ような感覚になっても不思議ではないと僕は思うのです。

相手に伝わっていて欲しいと願う気持ちが、愛や好意であればあるほど、伝わっていない事実が自己否定感をもたらすこともあるわけですよ。

どこまで愛せば伝わるの?

どうすれば分かってくれるの?

いつまでこれを続ければいいの?

そんな痛烈なお声、僕自身たくさん伺ってきました。

また、何度もパートナーを変えても(別の男性と向き合っても)同じ状況と出会うなら、もう自分自身のことを疑う、いや、呪っても不思議ではないわけですよ。

私には決定的な欠陥があるのではないか、なにか悪いものが憑いているんじゃないか、ぐらい思う方がいても不思議ではない、と僕は思うんですよね。

もちろんそれらは「真実のように感じるものだけど、真実ではないよ」と僕はお伝えし続けているわけですけど。

痛みと、それが生み出すエゴが、自分を欠陥品だとか、悪いものが憑いているんじゃないかといった感覚をもたらすものなんですよね。

だから、今は信じられないかもしれませんが、この問題って実は「なんとかなる」のです。

「なんとかしたい」という意志があるならば(なんとかなるのかな〜という不安があっても)。

今の自分を少しづつ受け入れること

このような痛烈な痛みを感じる時、強い疑いを感じているときって、いわゆる「結果」「現実」にこだわったモノの見方をすると、自分が追い込まれたり、否定的なイメージ、材料を集めてしまうことにも繋がりかねません。

だから、無理は禁物で、焦らずゆっくり自分の感情を解放していくことや、ただただ今の自分を受け止めていくこと、今の自分のあり方を否定的に見ない「価値観」や「人の意見」に触れることが大切になるだろう、と僕は思っています。

この時期はむしろ明確な答えは必要ではないと思うんです。

答えのない愛が届かないという感覚(痛み)に、答えを出したって、あまり意味がないでしょう。

だから、自己価値が低いだの、自己肯定感が低いだのなんだの、考えることはおすすめしてはいません。

カウンセリングでなら、ただただ今のクライエントさまの状態を大切に扱わせてもらっています。

また、マイナスの要素を扱うのではなく、プラスの要素から扱っていく事が多いです。(ケースによって違いますけどね。)

自分が選択してきたこと、自分が選んだことをいい意味で大切にすることがある意味ゴールといいますかね。

だから、今の痛みだけをただただ受け止めるのではなく、自分を攻撃しないこと。

自分を罰しない発想を持てるように進んでいくことだと僕は考えているんですよね。

だから、クライエント様にも「無理はしないでいいですよ」といつもお伝えしていますし、扱えることを扱える範囲で進めていくことを、一緒になって考えさせてもらっています。

なんだか持ったりしてんな、と思われる方もいるかも知れませんが、自分への疑いが強い時、痛みが強いときこそ、丁寧になんですね。

特に忍耐女子の方は頑張れちゃいますから。

「愛を選択して」と僕が言うと、ガチで頑張っちゃうのでね。痛みを堪えながら。

でも、痛みを堪えながら頑張って愛されてもなかなかお互いに喜べないものですしね。

だから、頑張らないこともまずは選択肢の一つなんです。

まぁまぁなんとかなるようにぼちぼち進んでいきましょうか、ってのんびりしてんなお前!って感じかもしれませんけど、この方法が意外とうまくいくんだよな、と僕は思っているんですよねー。

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