恋愛・夫婦の心理学

パートナーが欲しい!けれど難しいかも?と感じるときに読むコラム

パートナーが欲しい!けれどなんだか難しいかも?と感じるとき

私、結婚したいんです。
パートナーが欲しいんです。
幸せな生活を送っていきたいんです。
このまま一人で過ごすってどうかな、って思うようになりました。

などなど、僕のもとには「幸せになりたいんです、私」というご相談・ご質問をありがたいことにたくさんいただきますよ。

ただ、僕に相談してくださる方って、今までも十分に頑張ってこられた方が多いんですよね。婚活しかり、恋愛しかり、お仕事しかり、もちろん以前結婚されていたという方も少なくないわけです。

だから、幸せになりたいし、そのように頑張ってきたんだけど、なんだかうまくいく気がしないんです、なんてお話を伺うことも稀ではありません。

厄介なのは「パートナーが欲しいし、幸せになりたいけどなんだか難しいかも」と感じたとき、多くの方が自分を疑ってしまうようだ、という事実でしょうか。

ある意味正しく自分を批判的に見るコト自体、僕は否定的に見ておりませんけれど、ある意味「いわれのない文句に近い自己否定」が起きると、なかなか自己肯定できず、いつの間にか自分をちっぽけに感じてしまうようになることもあるようなのです。

その結果出てくるのが「自信がない」「愛されるとは思えない」なんて感覚なのかもしれませんね。

 

今の自分では最愛の人に受け入れてもらえないという思い込み

カウンセリングをしていると、どこか「今の自分では最愛の人に受け入れてもらえないんじゃないか」という思い込みを抱えておられる方もいます。実際、そうおっしゃらなくても、そう感じている様子が伝わってくる場合も多いですよ。

これってものすごい悲しみ、ですよね・・・。

最愛の人に受け入れてもらえないんじゃないかと思えば、自分には幸せなんてやってこないんじゃと思うようになって自然といいますかね。

だからでしょうか。

僕のクライエントさまから「浅野さんは『あなたは幸せになれますよ』って言ってくださいますけど、私にはその実感がないし、全然そう思えないんですよ?!」なんてお声も伺います。

僕もその気持ちは受け止めさせてもらいますし、一切反論したいわけじゃないんですけど、こういった話を伺うと僕がさらにやる気になるといいますか(笑)いわば、火に油をそそぐ、いや、僕に天下一品を食べさせるような状態になりますなぁ(笑)

少なからずそう思えないあなたの可能性を僕は信じようと思うし、その上でセッションやら話やらさせていただく気満々になるんですよねぇ。

逆に言えば、それぐらい「最愛の人に受け入れてもらえないんじゃないか」って疑いは強力だし、ものすごい説得力を持って「自分は幸せになれない、無理だ」と語りかけてくるものだと思うのですよ。

ただ、この「最愛の人に受け入れてもらえないんじゃないか」と感じるには理由があるのです。

よく考えていることは現実化するので余計なことは考えないで、なんて話がありますけど、こういった話においては「考えて全然いいぞ」と僕は思っています。

ただ、その解釈には気をつけてね、という言葉を添えつつね。

 

最愛の人に受け入れてもらえないという思い込みはこう変換せよ

最愛の人に受け入れてもらえないという思い込みは、このように変換するといいでしょう。

「私は最愛の人の喜びになりたいけれど、相手は受け入れてくれるとは思えない」

更に言い換えるならば

「できるかどうかわからないけど、私は最愛の人の喜びになりたい」

もっと言い換えるならば

「私は最愛の人の役に立ちたいし、喜びを与えたい」

あなたはきっと心の奥深くでそう願っているのですよ。

でも、それができない自分を徹底的に嫌っているのです。そんな自分に意味なんてないわ、と自分を責めているのです。

この自己攻撃が強いと辛い気持ちになりますよ。

だから、まぁ理屈上はできる限り手放したいところです。

が、このタイプ人は、そもそも人を思う気持ちが強い人なのです。だから、人の喜びになれない自分にがっかりするし、そんな自分なんて受け入れてもらえるはずがねーわ、と思いこんで自分を責めちゃうのですよね。

よって浅野の解釈では「あなたに愛された人はきっと幸せになるでしょーよ」という話になるのですよ(え?)

そもそも誰かを好きになったり、愛そうと思わなきゃ、葛藤することなんてないでしょうしね。

だからこそうまく愛せない、愛されないという気持ちを感じると辛いものだと思うのです。

でもね、その葛藤って「大切な人を愛したい」というきっと宝物のような気持ちがあるから起きるんだと僕は思うんです。

つまり、「今の自分のままでいたくない」って、あなたが自分の可能性を信じようとするときに出てくる「壁」のようなもののような気がするのです。

そしてそれこそ「痛み」。つまり深い悲しみではないでしょうか。

誰かのことを心から思っていた私が抱えた痛み。ここは丁寧に解放しながら、本当の自分を取り戻していただきたいなぁ、と思っております。

 

だから、まぁこれは余談ですけど、僕のカウンセリングを受けると、僕にずっと「可能性」や「痛みの向こうにあるあなたの素晴らしさ」を見つめられながら会話することになるのです(笑)

あー嫌だねぇ、やだやだ。

ただ、僕のカウンセリングスタイルって「あなたの可能性を拓く」に近いので、まぁそうなっちゃうわけですよねー。この僕のスタイルがお好みならぜひお試しくださいね、って思います。

 

「最愛の人に愛してもらえない」と思う理由

さて、少し話を戻しますが、もしあなたが「私って最愛の人に愛してもらえない」と思うとしたら、その理由はどこにあると思いますか?

結構この答えはシンプルでしてね。

この「最愛の人に愛してもらえないのではないか」という気持ちは、きっと怖れです。

そしてこの手の怖れは、「自分が誰かを傷つけた」とか「自分がうまく愛せなかった、相手の役に立たなかった」「自分じゃダメなんだ」と思った経験の数だけ強くなります。

言い換えるなら、過去に出会った誰かに対して「自分はどうしてうまく愛せなかったんだろう」と考えている分だけ、「やっぱり自分は愛し合いされることにふさわしくないんじゃないか」と考えてしまうってことなのです。

しかも、そもそも誰かを思う気持ちが強い人ほど、この「どうしてうまく愛せなかったのだろう」という気持ちの数が増えますよね。

だから、いろんな経験をするうちに、自分ってうまく愛せない人間なんじゃ、という思い込みが強まっていきます。

もちろんそんな自分を恥にして隠してしまうことも多いでしょう。

人によってが「うまく愛せなかったけど、まぁしゃーない(恥でもなんでもない)」と思える人もいて、そういった人は「また誰かを愛すること」にすっとチャレンジできたりするのですけど、どこか内向的で「どうして自分はうまく愛せなかったのだろう」と思う人ほど、そこにひっかかっちゃうんですね。

頭では仕方なかったと思っていても、心のレベルで自分を許せずにいるのです。

この状態のまま、次の恋愛、次の結婚と向き合うことになるわけですよ。だから「愛してもらえない」という気持ちどころか、「相手は私と一緒にいても幸せにならないんじゃないか」ぐらいまで考えてしまうことになるのです。

だから婚活やマッチングアプリもやる気にならないといいますかね。実際にやってみても葛藤しちゃうといいますか。

ただ、この葛藤は多く自分の外側に映し出されますから、「どうせ頑張ってみてもうまくいかないんじゃないの?」みたいな諦めになったり、「どうせ行動しても幸せになんてなれないし、よっぽど偶然が重なって奇跡でも起きない限り幸せなんて手に入らない」と思いこんでしまう方もいるようですよ。

それぐらい自分に対する疑いが強烈になってるってことなんですよね。

この手の疑いが強くなっているときって、やっぱり幸せになろうとすると葛藤してしまいます。

だから、なかなか好きな人を作らないなんてことも起こりますし、人によっては、できる限り葛藤しない相手、すなわち、すんなり幸せになれそうには思わない人を好きになったり、相手の問題を助けようとしたりするパターンにハマる場合もいます。

でも、それはある意味否定されるべきことではない、と僕は思っていたりします。そこをとやかく評論するつもりは毛頭ありませんよ。

そもそも愛したい気持ちが強くて自分を責めちゃう人ほど、もしかすると、あなたは誰かにとっての奇跡の人になれるかもしれないのですから。

 

過去は変えられないが感情は愛と赦しである程度なんとかなるぜよ

さて、最後に「私って最愛の人に愛してもらえない」という思いを解放するにはどうしたらいいか、についてまとめてみたいと思います。

まぁ一言で言えば「いろんな人の感謝する」って感じです。

自分の葛藤や痛みにも感謝や祈りを贈る。

あなたが幸せを願えなかった人に対して、感謝や祈りを贈る。

あなたが実際に幸せにできなかった人に対して、感謝や祈りを贈る。

もし両親と葛藤しているとしたら、その葛藤を終わらせるために、親子ではなく大人同士としてもう一度向き合って理解し、感謝する、などなど。

この感謝や祈りによって自分自身が良い気分を感じつつ、自動的に「自分の不完全さ」(私が愛せなかったという事実)を受け入れることになるんですけど、それによって「自分や他人の不完全さ」を許すことができるようになっていきます。

人によっては完璧主義からおりることも可能になっていきます。

また、実は自分の周りに「自分を愛してくれる人がいた」ってことにも気づけます。

逆に、今の自分強く疑ったままだとしたら、どれだけ他人があなたのことを愛してくれたとしても、いわゆる心の防波堤(ネガティブなプライド)や防衛によって、人の愛情を受け入れず、信じたいけど信じられないって状態になる可能性が高いのでございますよ。

どこかで今の自分のままでは「人を喜ばせられない」と疑っているとしたら、やはりその自分を隠そうとするでしょうからね。これが「さっぱり人から愛されているとは思えない」って状態を作るのです。

この状態で「人を好きになる」「相手のために頑張る」「好きな人に会う」って相当怖くないですかねぇ?自分が相手のためになっているかどうか、さっぱりわからないままだと思うんですよねぇ。

だって、「さっぱり人から愛されているとは思えない」ままですからね。

この感覚のブレイクスルーを起こすには「人の弱さは愛し、愛される部分だ」ということを理解し、実践することなんです。

自分が他人の弱さや至らないところを嫌い、罰していては、相互に許し合い、愛さえていることを実感する世界には入っていけないよね、ってことになるんです。

 

すなわち「パートナーが欲しい!けれどなんだか難しいかも?」と感じているときってのは、自分自身が誰かの幸せになれないかも、と思っており、その自分を責めていて、かつ、自分の弱点を隠し、自分を責めているときだ、と言えるのです。

その時、きっと人の弱点を嫌っていて、上手に愛せなくなっているのです。

自分が本当に伝えたいことを伝えられない苦しさを感じているのです。

だから、恋愛でも夫婦関係でも「相手があなたのことを上手に愛せないと悩んでいる」ことにも気づかないまま、「なんで私を愛さないんだ」と怒り、愛してもらえないことで傷つく可能性が出てくる。

そして傷つきたくないから、恋愛から距離をおいたり、パートナー同士関わらない、なんて防衛的選択を続けることにもなるのです。

 

ただ、忘れてほしくないことがあります。

もしあなたが仮にこのような状態であったとしても、あなたの中に存在する愛情や、人を思う気持ち、そして幸せになる可能性は消えていません。

「また傷ついてしまう」という不安が、幸せになる選択を選ばなくさせているだけなのですよ。

だから、僕が「私って幸せになれる気がしません」というお声を伺っても、僕は「そーですよねぇ、まぁしゃーないですよね」って感じで受け止めさせてもらってます。

「そりゃ疲れたっしょ?まぁまぁゆっくりしましょっか。諦めなきゃそのうちなんとかなるからさー」といったスタンスで、しれっとあなたの素晴らしさをゆっくり見つめさせてもらってます(笑)

そんなこんなで、一度じっくり自分を見つめ直して、愛と赦しの選択を続けていけば幸せになる可能性が見えてくるはずです。

だから、もっと自分をいろんな意味で信じてあげません?

そして自分を信じるために何を行動したらいいかを考えてみてはいかがでしょうか。

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