恋愛・夫婦の心理学

自分で自分を制限して悩む心理 〜今以上の成功・幸せがない世界〜

今以上の成功・幸せがない世界

自分を制限しちゃってる女性

さて、いきなりですが、皆さんに少しだけ考えてみてほしいことがあるのです。

皆さんにとって「今以上の成功や幸せがない世界」が訪れるとしたら、どんな気分になると思います?

もっと幸せになりたい、豊かになりたい、大切な人と幸せを分かち合いたい、と思ったとして。

しかし、「それ自体が難しいと感じる状態」があるとしたら、どうでしょうか。

もちろん「現状に満足している」という場合は何も感じないかもしれません。

今の状態でいい、と思えるなら、今までの自分の努力の積み重ねが功を奏したとも言えるのかもしれません。

そもそも「今が一番」と思えること自体幸せなことなのかもしれませんよね。

しかし、そうではないのに「今以上の成功・幸せがない世界に生きる」としたら、どんな気分になるでしょうか。

そしてこの世界を作るのは自分。

いわば「自分自身で決めた制限がもたらす世界」だと言えるのです。

自分自身の制限を作る心理

自分自身を制限するものとして代表的なものが、「罰」と「執着」でしょう。

ここでの罰とは「自分に罰を与えること」であり、自分を責める気持ちや「幸せになってはいけない」「もっと苦労しないといけない」と感じる罪悪感のことを指します。

その結果、誰かに嫉妬したり、豊かな人や幸せな人に文句が出てくる場合もあるやもしれません。

もちろん「自分にはいつも何かが足りない」と不足感を感じすぎてしまうことも同じです。

また、「〇〇がないと幸せにはなれない」といった執着も自分自身の制限を作りますよね。

すると、自分自身で「今以上の成功・幸せがない世界」を選んでいることになるわけです。

自分自身の制限についての具体例

もう少し具体的に書きましょうか。

例えば「この仕事を失ったら幸せになれない」と思っている、しがないカウンセラーがいるとしましょうね(誰のことかは皆さんのご想像におまかせします(^^;)

このとき感じる「失いたくない」という気持ちは、「大切だから」という気持ちから生じているのかもしれません。

つまり「今の仕事に価値を見ているからだ」とも言えます。

が、「失ってしまったらもう幸せになれない」と感じることで苦しむのは、その本人ですよね。

これは「今以上の幸せなんて自分にはやってこない」と信じている状態です。

だから、仕事を使って自分を責めていたり、仕事自体に執着している状態といえます。

この状態で、今の仕事を好きになれるでしょうか。

そもそも仕事が幸せをもたらす存在だと思えるでしょうか。

むしろ現状維持で精一杯になると思いまんか。

確かに、人は「失えない」と思うから必死になれることもあると思うんです。

しかしそれが続いたとして、本当に幸せを実感できると思います?

どこかで失ったら終わり、失ったら不幸といった思いが拭えないからこそ、どうしても「今大切に感じること=不幸のシンボル」となりますよね。

これ、相手(ここでは仕事)の立場で考えたら「そんなつもりなかったのになぁ」と思うと思いませんか?

だから、仕事を失いたくないと感じても、しかし仕事がもたらしてくれる恩恵は感じられなくなります。

この状況を続けると現状維持で精一杯だと感じやすくなりますし、自分の成長も実感できなくなりやすいです。

もっといえば、好きだった仕事なのに愛せない、やる気が出ないといったことも起きるでしょう。

自分が不幸になるという意識・気持ちにしがみついている

このとき、実は「仕事」にしがみついているというより、「自分が不幸になるという意識・気持ち」にしがみついているのです。

そうです。

仕事そのものが問題なのではなく、「自分が不幸になると感じ続けていること」がポイントなんですよね。

が、そのように認識されることは少ないので、おそらく「今の仕事」もしくは「失うという不安」にしがみついたり、「自分は不幸になるかも」という気持ちにしがみつくことになります。

この状態が「自分自身を縛り付けて制限をかけている状態」といえます。

「これ以上の成功・幸せがない世界」を選択している状態だと考えられるんですよね。

※この話の「仕事」という部分を「パートナー」とか「お金」などに置き換えてみると、いろいろ見えてくることがあるのではないでしょうか。

制限を取っ払うには「どうにかなること」と「どうにもならない」の線引きが重要

さて、少し視点を変えましょう。

自分自身の制限を作っているのが自分だとしても、すべての物事が全て一人で解決できるのか、というとどうなんでしょうか。

目標やヴィジョンとして「できるできないは関係なく考える」ということは、心理的に意味があることだと言われています。

目標やヴィジョンを描く時点で制限をかけないほうがより効果的だ、ということですよ。

 

ただ、僕たちには実際にできないことがたくさんありますよね。

できることを増やすことは重要ですけど、できないこともたくさんあって普通じゃないでしょうか。

今の時代を眺めていると、どうやら全ての人にとって、自分だけではどうにもできないことはあると思いません?

しかし、その中で「今の自分にできること」は確実に存在しますよね。

この「どうにかできること」と「今すぐにはどうにもできないこと」の線引って重要だと思うのですよ。

特に、自分で自分を制限して悩む人ほど、この線引を曖昧にしてしまうことが少なくないようですよ。

「確かに今、これはできる。でも、これができないなら意味ないか」といった風に。

「彼を失ったらもう幸せになれない」というご相談事例から

例えば、恋愛のご相談中で「彼を失ったら私はもう幸せになれない」というお声を伺うことがありますよ。

それぐらい彼のことが好きで、大切だと思われているのだと思います。

そのお気持ちを誰も否定はできないでしょうし、僕も大変に価値がある気持ちだと思いますよ。

辛いお気持ちがあるならそれはぜひ一人で抱えないでいただきたいと願っています。

 

ただもし、悪意なく彼のことを、幸せではなく不幸のシンボルとして扱ってしまうとしたら。

それこそ「最も望まないことを自らが選んでいる」ということにはならないでしょうか。

これが何より切ないことじゃないかな〜と僕は思うのですが、どうでしょうね。

例えば彼にガッツリ執着する気持ちは、全てネガティヴなものだとは言い切れないと思うのです。

そもそも好きじゃなければ執着しないでしょうから。

しかし、「もし彼を失ったら」とか「私は彼に愛されない」など、本来の自分ならば「彼を否定的な意味で扱うことだけは避けたい」と思うことを信じているとしたら、誰よりも苦しいのは自分とならないでしょうか。

そして、今、自分が「彼を否定的な意味で扱う」としたら、その自分にできることはなくなってしまうと思いません?

好きでもダメ。

しかし、相手を悪く思ってもダメ。

ねぇ、どこか詰んじゃった感じがしませんか?

 

ここで「今の自分にできること」を考えるなら。

彼がどういった態度に出るかをコントロールするのではなく、自分自身が「自分も彼も幸せを実感できる方法」を考えることであり、それを実践することなんだと思うんですね。

今できることは、彼の気持ちをどうにかすることではなくて、今自分にできることをつくすことです。

そのときに、彼を不幸のシンボルとして扱っているとしたら、先に書いたように「自分にできること」がなくなってしまうんです。

彼に関わったら嫌われるとか。

これ以上嫌われたらどうしようと思って関われなくなってしまうわけです。

自分が激しく傷つくことは避けたいと思いますもんね。

つまり、彼を愛しているようで愛していない自分と出会い、自分を責めてしまうから、自分にできることがなくなっちゃうんです。

もちろんそう思う時点で、きっとあなたは純粋に彼が好きだったり、真っ直ぐなんだろうと思うのです。

ただ、そういった自分の大切な気持ちをないがしろにできないからこそ、悪意なく彼を不幸のシンボルにし、そして彼に執着してしまうことってないでしょうか。

 

ここで重要なことが自分で「どうにかなること」と「そうではないこと」の区別です。

「今の自分にできること」こそ「自分が執着や罰にしがみつかないこと」「彼を不幸のシンボルにしないこと」ですよ。

自分を愛されない存在としないこと。

またあなたの中で「愛のない彼にしない」こと。

それはあなたの中でできることです。

ここでどうにもならないことばかり考えて行動してもしんどいですよね。

だから、少し気持ちの整理をしながら「どうにかなること」から手を付けていくことと僕はおすすめしたいわけです。

とはいえ、かなり辛い気持ちを抱えているとそんな気にもなれないものなので、その場合は自分の癒やしが優先されるとは思いますよ。

自分自身で制限を作る心理・その2

また自分自身で制限を作る理由として「そもそも私は一人だから」という意識も見逃せません。

普段から「そもそも一人」という前提で物を見て考え、行動し続けていたなら、人が互いに影響を与え合う関係がもたらす恩恵を手にすることができずにいたのかも、なんて僕は思います。

考えてみれば、全て一馬力(一人)で頑張る世界に信頼なんて不要となるのですよ。

絆や親密感もいらないんです。全て一人で、と考えるならば。

逆に、人の存在は自分を脅かしたり、自分の取り分を奪っていく存在と認識されかねないんですよね。

まぁそれがいいか悪いかという話ではなく、全て一人でと考えた時点で自分や幸せ・豊かさの制限がかかる、ということなんですね。

その結果、自分への罰や執着などが生じてくる場合がある、というわけです。

ときには恨みつらみや文句も出てくるんじゃないでしょうか。

僕にはそんな実感がありますよ。

だとしたら、「そもそも一人(一馬力)」という前提を見直すことで、自分への罰や執着を手放すことも可能になると考えられるんです。

いわば、分かち合う、お互いに支え合う、って部分を意識するといいんでしょう。

ただ、全て一人でと考えてしまうにもきっと事情があるんだと思います。

また、そう考える習慣が強いと、人と関わる、頼む、自分の気持ちを素直に伝える、といったことが超苦手になるんですよねぇ。

だって、そんなに経験がないから。単純にやってこなかったから苦手になるんですよ。

だから、そのあたりの事情も丁寧に理解されるべきことだと思いますよん。

 

僕もついつい「一人のほうが気楽で手っ取り早いわ」と考えてしまいがちな人間です。

このように「自立的に行動できることが正義だ」と思い込んでいる自分がいないわけではないんですよ。

これが僕の心の反応、なんですね。

きっとそんなことをここで堂々と書くと、どれだけ人がいても一人の世界を生きることになるという意味で、仲間やパートナーを裏切っちゃうよな、と思うわけでございますよ。

だから、まぁ自分の反応を意識して変えているところがあるのです(^^;

ここが「自分で自分を変える」って部分だと思いますよ。

その結果「一人じゃないんだよな」と思うことで、制限が取っ払われる感覚を感じることも少なくないんですよね。

ちなみにこの逆が「激しい競争だけ存在する世界」ってことになるんでしょうね。

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