悩みの根っこに、愛がある——17年のカウンセリングで気づいたこと
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
いきなりですが、僕はですね、幼少期から重度アトピーを長い間患っていました。
よって、見た目のコンプレックスがひどくて、今でもその意識に引っ張られることがあります。(戻ってこれるようになっていますけどね)
ただ、多感な時期は「なんで自分はこうなんだろう」という問いを、答えのない状態のまま抱えて育ちました。
正直、自分を好きになれなかった。人前に出るのが怖かった。
「このまま生きていていいのか」と思うことも、ありました。
ただ・・・。
今振り返ると、一番しんどかったのは、そこじゃなかったんです。
一番苦しかったのは、自分を心配する親の顔を見るたびに、何もできない自分を突きつけられることでしたね。
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失恋がきっかけで、カウンセリングを受けることになりました
20代に入ってから、自分自身がはじめてカウンセリングを受けることになりました。
理由は・・・失恋です(すみません)
信じていたその当時の彼女にほかに男性がいたことが分かった。
たかが失恋、と思っていましたし、それまでに何度か経験していたので大丈夫だろうと思っていたのですが、その時は、腹パンレベルではなく、骨が軋むっていうんでしょうか・・・
自分には想像以上のダメージだったのです。
正直言って、あの時ほど苦しいと思ったことはないですね。
しかし、なかなか恥ずかしくて誰にも相談できず悶々としていたんです。
ただ、実際にカウンセリングを受け、自分を整えていく中で気づいたことは想像を超えていました。
なぜ、こんなにも辛いのか、苦しいのか・・・。
それは、自分の過去や想いのあり方に理由があったのだ、と知ったんですよ。
幼い頃から「生きることがしんどい」と感じていた、その根っこには——絶望ではなく、願いがありました。
「生まれてきたからには、誰かにとって良い存在でありたい」
そういう願いが、ずっとあったんです。
自分は人と違って、病を抱えてみんなが送るような幸せな学生生活も送れない。
だから、もし自分が出会う人がいたら、心から受け入れて大切にしたい。
書いていて恥ずかしくなるような青臭い話ですが、そう願っていたんですね。
そうでなければ、ここまで苦しまなかった、ということです。
自分への不信感は、いつの間にか人を大切にしたいという願いを深くしていたんです。
僕はよく「愛がない人間は、そこまで苦しまない」とお伝えしていますけど。
多く、お悩みや苦しみを抱えているのは、誰かのことを大切に思っていたから、ということが多いようですよ。
10,000件のご相談で、同じことを感じ続けました
僕自身、30代でカウンセラーになってから、今までにのべ10000件以上のご相談をお聞きしてきました。
恋愛、夫婦、仕事、生き方・・・
テーマは違っても、どのご相談の底にも、同じものが流れていると思っています。
パートナーへの不満を話してくれる人の奥に、「この人ともっとわかり合いたかった」という願いがある。
自分を責め続けている人の奥に、「大切な人を傷つけたくなかった」という痛みがある。
「もう誰も信じられない」と言う人の奥に、「本当は、信じたかった」という渇望がある。
問題の形は人それぞれで違いますよ。
でも根っこは、いつも同じ場所にありました。
愛があるから、怖い。
大切だから、傷つく。
誰かのことを思っているから、苦しい。
その中で、それでもなお、いい恋愛や結婚がしたい、パートナーとの関係を改善したい、もう一度チャンスを掴んで成功したい・・・そう願っておられる皆さんと出会ってきました。
そんなみなさんは悩んでしまうだめな人ではなく、それでも何かを大切にしようとしている素晴らしい方々だと思っています。
全ての問題の根っこには、愛がある
ある女性が、「女性として魅力がない」と悩む。どうしてそこまで深く悩むのか。
それは、魅力的になることで自分が救われたいだけじゃなくて、あなたとともに生きる人を喜ばせたいからじゃないか、と僕には見えることがあります。
子どもが学校で嫌なことがあっても親に言わないのは、大切な親に心配をかけたくないという、健気で誠実な思いがあるからじゃないか。
パートナーや子どものことを、心を痛めるまで心配するのは、それだけ相手の幸せを、自分のこと以上に願っているからじゃないか。
「どうせ私は愛されない」という思いが苦しいのは、今の自分が誰かを幸せにできると、信じきれないからかもしれない。それ自体が誤解なんだけど、と僕は思っています。
止めたいのに、パートナーへの文句が出てきてしまうのは、「分かってほしい」という思いがある。もっと言えば、自分がいることで相手に幸せになってもらいたい、という思いがあって、それが難しいと感じる苦しさが強まっているからじゃないか。
全ての根っこに、愛情や思いがある。
でも、それをそのまま感じると、怖くなったり苦しくなったりする心の仕組みがある。
自分の中の大切な思いを、覆い隠す何かがある。
それを「心の痛み」と呼ぶこともあるし、「罪悪感」「無価値感」「無力感」と呼ぶこともある。
そして、その覆い隠す何かでさえ、自分が生きるために必要だったことかもしれない。
だから僕は、悩みを「問題」として扱わないんです
だから、お悩みを伝えてくださる人を「問題のある人」として見るのではなく、「それだけ誰かを大切にしてきた人」として見ます。
それは慰めでも優しくしたいからでもありません。
その視点から話を整理していくことでしか、たどり着けない場所があるからですよ。
同じ悩みでも見え方がまるで変わってしまう。
それは僕自身の苦しみが、まさかそんなところから生じていたとは、と思った経験が影響しているんですよ。
実際、「自分がダメなのかな」と思っていた人が、「ああ、私はそれだけ大切にしたかったんだ」と気づく瞬間が、カウンセリングの中で数え切れないほどありました。
そのたびに、言われるんですよ。
「浅野さんに気づかせてもらえて本当に良かった」と。
「助けてもらって」ではなく、「分かってもらえた」「気づいてもらえた」と伝えてくださる方がいる。
それって僕にとって最も嬉しい言葉であり。
その言葉が示すものは「そもそも愛や優しさはその人の中にあった」ということですよね。
それでも、相談することをためらうとしたら
こんな話を書くと、こう思う方もいるかもしれません。
「でも、こんなことで相談していいのか」
「自分が弱いだけじゃないのか」
「お金を使ってまで相談する必要があるのか」
その気持ち、すごくよく分かります。
ただ、その迷い自体が、罪悪感の動きかもしれないんですよ。
自分のために何かをしようとするたびに、罪悪感はそれをさせない理由を見せてくる。
きっと今までそう思うことで、自分の中にある本当の気持ちを守ってこられたのかもしれません。
ただ、自分を守るために、自分を疑いつづけなくていい。
来ることへの迷いがあるなら、その迷いごと持ってきてください。
それだけで十分です。
それでも、渦中にいるとわからないですよね
とはいえ、この話は悩みの渦中にいるとよく分からないこともあると思います。
「そういった事はあるのかもしれない・・・私以外はね」
と感じやすい。
これもまた罪悪感なんですが・・・どうしても自分には問題があって、その問題を解決しないと幸せになれないと思い込みやすいのかもしれません。
でもね、その問題も、あなたの素晴らしい気持ちがなければ成立しないのです。
大好きな人にフラレて辛い、はありえるけど、普段気にもしていない近所のおっさんにフラレても「へ?」ってなるでしょう?
そういうことです(どういうこと?)
愛があるから、悩む。
大切なものがあるから、葛藤する。
誰かのことを思っているから、傷つく。
少なくとも僕には、そう見えることが多いです。
もちろん、すべての苦しみがそうだとは言えない。
ただ、もしあなたの苦しみの根っこに、誰かへの思いがあるとしたら——それは、あなたが誰かを大切にしてきた足跡かもしれない。
そこから見える景色を、あなたの気持ちを無駄にせず、しかし、曖昧な比喩でごまかすのではなく、心理学のロジックを使って解説し、感情や感覚まで整える。
それが、僕の目指すカウンセリングです。
「私は私でいいんだろうか」
そう思いながら、ここまで読んでくれた方がいるとしたら。
あなたが諦めない限り、大丈夫。
だから、僕は大丈夫ですよと、お伝えし続けます。
もし、あなたが僕の力を必要としてくださるなら、いつでも。
よかったら、直接話しましょう。
実際にどんな変化があったか、 来られた方の声を読んでみてください。

