恋愛・夫婦の心理学

女性は好きな男性を追いかけちゃダメなんですか? ~無価値感を癒やし類似性でつながる~

浅野カウンセラーへの質問
ブログのネタにしてください

男性は「昔、狩をしていたから本能的に追いかけるのが好き」とよく聞きます。
恋愛カウンセラーのブログや恋愛指南書、YouTube動画などいたるところで、「男性は追いかけたい」「自分から好きになって女性を追い求めて落とす時に恋に落ちる」のだと。

実際どうなんですか?

最近話題のバチェラー3もそうでした。
「好きな人と結婚するか vs. 自分を愛してくれるホッとする人と一緒になるか」
永遠のテーマ、究極の選択ですよね。

追いかけたいのは「自分がコントロールできる」という意味では女性も同じだと思います。
でも女性は追いかけちゃダメなんですか?

「なんでも合わせる女性は魅力がない」「片思いでしてはいけないこと◯箇条」とか、追いかける女性に世間は冷たいです。

言い寄られて口説かれて押しに負ける女性もいますし、女は愛されてなんぼ、というのもあると思いますが、女性だって基本的には好きでもない人と一緒になれないと思います。

好きじゃないと相手のために頑張れないです。

浅野さんどう思います?

ネタ募集ネーム:ブロッコリーさん

ブロッコリーさん、ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

うーん、たしかにこれは難しい問題ですよね。

男性は本能的に女性を追いかけるのが好き、という話は僕も知っていますし、そういった男性もいらっしゃると思いますよ。むしろ逆に追いかけることを躊躇する人もいるでしょうし。

ただ、心の世界には何が良くて何が悪いという判断はないものなので、今日はその視点でお答えしたいと思います。

よろしければどうぞ。

好きな人と結婚するか vs. 自分を愛してくれる人と一緒になるか

「好きな人と結婚するか vs. 自分を愛してくれるホッとする人と一緒になるか」
永遠のテーマ、究極の選択ですよね。

確かにこれは永遠のテーマですよね。

実際にこういったお話も伺うことがありますよ。

僕はこのようなご質問をいただくと、こう考えることがあります。

好きな人と結婚するか、それともホッとできる人と一緒になるかって、

自分が何をパートナーに求めるか、という考えでもありながら
「自分がその人を愛し続けることができるか」と感じるからこそ思うものだろう、と。

自分にとっての幸せな恋愛を考えるとき、「どんな人に好きになって欲しいか」という部分も大切ですけど、「誰と一緒にいて、誰を愛し続けることができるか」という部分も大切なこと。

仕事なら、「好きな仕事かどうか」も大切ですけど、「ちゃんと続けられるか(何をどう貢献できるかなど)」も大切になってきませんか?

ブロッコリーさんのおっしゃる「好きじゃないと相手のために頑張れないです」という言葉はその通りだと思いますし、多くの恋愛に対する不安は「自分が相手の喜びになれるだろうか、という不安」だと僕は考えています。

つまり、自分の選んだ人を幸せにしたい・不幸にしたくはない、とココロの深い部分で感じているものだと思うんです。

それぐらい僕たちは大切な人を心から大切にしたいし、それができないと辛いと感じるものなのでしょうね。

この考え方からズレると、この永遠のテーマの答えも出なくなるのではないか、と僕は思うのです。

女性は追いかけちゃダメなんですか?

追いかけたいのは「自分がコントロールできる」という意味では女性も同じだと思います。
でも女性は追いかけちゃダメなんですか?

そう考えると、「男性が本能的に追いかけたいと感じるもの」という考え方は、男性が女性を本気で愛したいと感じやすくなるための一つの見解、だと僕は思うんですね。

愛されることも喜びですが、愛することも喜び。

この喜びの要素を感じやすくするための一つの手段、といいますか。

つまり、「女性が追いかけてはダメ」という結論を導くものではないのではないでしょうか。

実際、グイグイ男性を追いかけて幸せになった女性を僕は知っていますし、その逆で「追いかけられると逃げたくなる」という男性も知っています。

これはカウンセリングと同じで、どのような愛し方をするかに関しては、相手のお人柄、相性の問題が大きくて、まさにケースバイケースだということを僕はお伝えしたいと思うんです。

その思いは伝わっているか

ただ、もしブロッコリーさんが「追いかけていたほうが自分をコントロールしやすいから」と考えているならば

 

それは「自分の気分を上手に保って、相手を愛するため」になされること、という意味でしょう?

僕にはそう思えるし、そこにブロッコリーさんの愛情を感じるんです。

もっと上手に愛したい、好きな人を喜ばせてあげたい、という気持ちを感じるんですよ。

ただ、多くの人がそう解釈するのだろうかと考えると、そこは僕も疑問なんですね。

つまり「それはあくまで自分の愛し方」であって、「自分の思いを受け取る相手の状況を考えているか」というテーマが出てきそうですね。

もし、ここで「どうして私なりの愛情を受け取ってもらえないのだろう」と感じるとしたら、自分も辛いし、そう思わせた相手も辛くなりますよね。

ここが恋愛の難しいところで、自分としては上手に愛するために頑張っていたつもりが、相手にはそう伝わっていなかった、ということもよく起きることなんです。

もちろんその思いが善意なら、誰も悪くないのですよ。

自分なりに得意な愛し方で、自分なりの思いの込め方で、相手のことを大切にしたいと願っているならば、それ自体は素晴らしいことですから。

ここでのポイントは「恋愛はコミュニケーションだ」ということ。

恋愛は「自分が相手といてどんな感情を感じるか」も大切ですが、「相手が私の前でどんな感情を感じるか」がとても大切なことです。

もし、あなたの目の前にいる相手が「愛したい人」や「自分から追いかけて与えたい人」なら、おそらくお互いの愛し方がぶつかります。

ここで勝ち負けがつくと、お互いに嫌な気分になる。

お互いの大切な思いが尊重されていない気分になる、ということになってしまうことも、しばしばおきます。

また、私達の中には、愛されることが得意な人と、愛することが得意な人がいます。

もし、自分の得意な愛し方を選べず、相手の通じ合えないとしたら、それもまた辛い気持ちを感じることになりますね。

だから、相手が追いかけたい人なら、自分は待ったほうがいい、という考え方が生まれるというわけです。

心理学でいう相補性の考え方ですね。

お互いの得意不得意を相補うことで、愛している感覚、愛されている感覚が高まりますからね。

これは「相手に喜びを感じてもらう」という意味で、恋愛の成功確率は上がりますよ、ということですね。

ただ、ブロッコリーさんのご質問をよくよく読ませていただくと

「自分は愛することが得意で、追いかけるほうが上手に愛せる」ということを伝えてくださっているようですね。

その部分がなくなると自分が辛くなる、ということでしょうか。

もしそうだとしたら、その気持ちも僕なりに分かる気がするんですよ。

なぜ、大切な人を愛するために、自分が不得意なことをしなければならないのか、と考えてしまうこともあるでしょうし。

もしそうであれば、このように考えみてはいかがでしょうか。

お互いが同じような愛し方であってもいい

僕の恋愛カウンセリングでは

お互いが同じような愛し方であってもいい」と考えています。

もちろん相手を喜ばせるために、自分のやり方に工夫をしてもいいですし、どちらでもいいんですよ、そこは。

もし、自分が追いかけるのが得意で、相手も追いかけるのが得意なら、その愛し方がぶつかってトラブルになる可能性ってたしかに高いんですが

逆に「追いかけたい」「与えたい」という気持ちで相手とつながることだってできるはずです。

心理学でいうところの「類似性の法則」ですね。

自分が追いかけることに込められた愛情の意味を知っているなら、相手が追いかけ、頑張ってくれることが「相手にとってどれだけ重要なこと」で「どれだけの愛情表現であるか」を理解できるはずですから。

ここで競争するか、つながるかの違いは、自分自身(の愛情)にどれだけの価値を見ているかにかかっています。

また、似た者同士であれば、得意な部分も似ていれば、苦手な部分も似ている可能性は高いはず。

つまり、お互いに「相手の愛情を素直に受け取ることが苦手」という部分が似ている可能性が高いかな、と。

いわゆる「愛させろ男子&女子」なわけですよ。

ここを隠さず、許しあい、分かちあえばいいんです。

ここで分かち合うか、それとも隠すかの違いも、自分自身(の愛情)にどれだけの価値を見ているかにかかっています。

ただ、多くの場合「こっちが愛したいんだ、おめー受け取れよ!」となりやすいものですよ。

場合によっては、「さっさと弱さを差し出せばいいって!愛してあげるのに!」となるケースもある。(あえて厳しめの表現にしてますよ♡)

これは自分なりに大切な人の役に立ちたいから、でもあり、自分の好意を受け取ってもらえない辛さを避けたいからです。

だから、ここで相手が抵抗すると

 
どうして私の気持ちを(俺の思いを)分かってくれないんだ!
 
と思いやすくなりやすいし、ここで感じる不安が強い人ほど、相手に思いが伝わっていないことが辛くて怒っちゃうか凹んじゃうんです。
 
この根っこにある感情は無価値感(罪悪感)であり
 
「自分のやり方を貫かないと不安で仕方がない」
 
という防衛的要素が見え隠れする、というわけです。

こうなると

 
「確かにあなたは相手のことを考えている。だけど、その表現はどうなのよ。ほんとに相手のことを考えてるの?どうなの?
 
という話が聞こえてくるわけです。
また、自分のやり方ばかり貫こうとすると、何故か申し訳ないな~という罪悪感を感じることにもなり、そんな自分を「わがままだ」と感じるようになるわけですよ。

ならば、ここで衝突するのではなく、ちゃんと自分の思いや愛情を表現すればいい、ということになります。

例えば・・・

「いやー愛されるって苦手だよね、なんだか気分がソワソワして居心地悪いよね。それは私も同じだよ。昔から苦手なんだよねぇ~。

でもさー、好きな人には喜んでほしくない?私もそうだしあなたも同じだよね?あなたの仕事を見ていてそう思ったよ。すごく人を大切にする人なんだなぁって。

だからさー、私はあなたにも喜んでほしいと思っちゃう。

ただ、分かるんだよね、あなたの気持ち。人に優しくされてもうまく反応できないことってあるよね(笑)

そこも分かるんだよね。私も苦手でつい頑張っちゃうから。

でも、たまには喜んでくれると嬉しいな。」

ぐらい言えればいいですよねー。

もちろん、相手に愛されたい一心で犠牲的に伝えてしまうと辛さが増しますが、心からそう思うなら、さらに大きく包む感じになりますね、相手を。

だから、自分も良い気分になりやすいです。

もし男性が、このような女性と出会ったら、少なくとも強く印象に残るし、そのハート大きさを感じるのではないでしょうか。

なぜなら人間は「自分の弱いこころ」を愛されると、うまく反応できないけど嬉しいものだから。

例外は、ネガティブ・プライドが強い人(例:ロックマン・ロックウーマンなど)で、一切自分の痛みや弱さに触れたくないと頑張っている人ですね。

受け取る力を磨くために、無価値感を癒やすこと

こういった関係を導くための癒やしのポイントは

「追いかけていないときに湧き出してくるであろう、無価値感を癒やすこと」につきます。

追いかけることが悪いという意味ではなく、追いかけざるを得ない事情があるなら、そこを癒やし、手放すことで、もっとお互いの気持ちを尊重し、分かち合うことができますよ、という意味です。

相手があなたのことを思っている気持ちの価値を受け取ること。

自分には自分が思っている以上に愛される価値があること。

ここと向き合うことが、自分の本心や愛情を表現する際の「怖れ」を癒やすポイントです。

だから、万が一「無価値感」の影響が強いならば、癒やしたほうがいいケースもありますね、というご提案です。

無価値感が強いと、自分が追いかけている間、相手に無価値感を押し付けることになる(相手はあなたのことを愛せない)。

これがまぁ「愛したい人の不満」の理由になっているわけですよねぇ。

しかし、多くの追いかけたい人は、相手が無価値感を引き受けているという部分に気づかないケースも多々あるんです。

むしろ自分は相手のために頑張っていると思っていますから(それもその通りなのですが)、まぁどうして相手が良い反応をしてくれないのか、と悩んでしまうことも多いようです。

つまり、自分自身が無価値感を感じないために追いかけるのは、あまりオススメとはいえないかな、と。

しかし、あなたの価値を受け取って「追いかけるのが私の愛し方で得意なこと」ならいい結果は出やすいのではないでしょうか。もちろん、相手の愛され方への得意不得意の要素も影響しますけどね。

・・・ちなみに今日はここまでガッツリ書いたので、僕も自己開示しましょう。

内緒の話ですけど(じゃあ書くなよ・笑)、うちの夫婦はこんな感じです(^^;

お互い、自分から頑張っている方が気が楽で~。

ただ、相手が受け取ってくれないことの不満より、「それが苦手なんだよな~お互いさまだ」と思っています。

僕も昔は、妻が頑張りすぎることで超イライラしましたよね。

自分が役に立てている方が気が楽なんですよ、自分の気分としては。

しかし、「頑張っている妻に向かってイラつくってどんだけ受け取れない男なんだよ」と思い直し、自分自身の価値を見つめ直すことで修正しつづけています、それは今も。

ここで受け取るということは、相手に甘えるということだけではなく、「自分にはこれだけの価値がある」と自分で受け止めるということ。

逆に「もう愛されなくなる不安を感じるのは嫌だ!」と感じるからこそ、つい与える側に回りたくなるのが自立の人のパターンです♡

ここで受け取るってねぇ、最初はめちゃめちゃ怖かったなぁ・・・。
今でも覚えていますけど、もう嫌な気分しかしなかったなぁ・・・。
自分が自分でなくなっちゃうような気がして恐ろしかった。

しかし、自分をパートナーに明け渡すってこういうことかーと学びましたよね。

そして、お互いの頑張りに込められた思いは、「自分は相手のお役に立てているんだろうか」という罪悪感や無価値感を超えて受け取るように心がけています。

悪いなぁ、より、ありがとう、といった感じで。

ここで繋がれる関係もあって、相互理解が深まるケースも僕は思いますけども、さてはていかがでしょうか。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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