親に愛されたのに恋愛がうまくいかない理由|「愛されると自由を失う」という感覚
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
SNSで恋愛の悩み相談を見ていると、「子供の頃に愛されていない経験をすると、恋愛がうまくいかない」という話がでてきます。
でも、私、親には、ちゃんと愛されていたと思うんです。感謝もしています。
・・・なのに、なぜか恋愛や結婚がうまくいかないんです。
そんなお声が僕のもとに届くことがあります。
つまり、親子関係が悪かったとは思っていない。
けれど、実際の恋愛や婚活がうまくいかない、という話ですね。
具体的には・・・
- いつも忙しくて仕事ばかりしている相手を選ぶ
- 真面目なんだけど何も言ってくれない相手を選ぶ
- 相手が何かしら困っている状態の相手を選ぶ
- 既婚者を好きになりたいわけじゃないのに、惹かれる人は既婚者が多い
- 結婚する気がないと言われても、それでも・・・と思ってしまう
こういったお話をうかがうと、多くの場合「めっちゃ愛しまくっている女性」が多いと僕も思うのです。
相手がどうであれ、私の気持ちさえ続けば・・・みたいな感覚、といいますかね。
もう書いていて若干切なくなりますけど、相手のことは大切に思っていらっしゃるし、できることはずっとやってきた、というケースが多いんです。
しかし、何故か結婚に至らない、別れが続く。
ときには限界が来て、自分から突き放すように別れるしかなかった、みたいなケースもあります。
そこで今日は、このあたりの話をコラムにしてみます。
テーマは「愛されていなかったわけじゃない。けれど、恋愛がうまくいかない理由があるとしたら?」です。
Index
「親に大切にされたのに・・・」という話はなかなか言いづらい?
実はこれ、けっこう言いにくい話なんですよね。
「親に愛されなかった」からパートナーとの関係に問題が・・・なら、まだ分かりやすい。
でも、そうじゃない。
ちゃんと、愛されていた。
それは、分かってる。
感謝も、してる。
・・・なのに、パートナーとの関係がうまくいかない。
もしくは、なぜか困った人をパートナーにしてしまう傾向がある。
こうなると、「愛してもらったのに、恋愛がうまくいかないって、私になにか重大な欠陥があるんじゃないか?」と思う方もいらっしゃるようです。
・・・そこまで考える必要ってないのかもしれないんですが。
だから、誰にも言えない。
なかなかカウンセリングの門を叩くこともできない。
いつも悩んでも、そっと心の奥にしまってきた方もけっこういらっしゃるような気がします。
しかし、心の奥にしまったからといって、その違和感、消えるわけじゃないんですよね。
「愛されるよりも、愛したい」という話
同時に、ちゃんと愛されたという実感を持っている人ほど、こう思われる事が多いみたいなんですね。
「愛されるよりも、愛したい」
・・・マジで、という話。
たまにかなりの熱を持って、そうお伝えくださる方がいますよ。
誰かを大切にしたい。
喜ぶ顔が見たい。
してあげることのほうが、自分は嬉しい。
・・・それ、本物だと思うんですよ。
ただ、その熱があまりに強くてパートナーとの対等さが失われちゃってる。
そんなケースもあるようなんですね。
もしくは、愛することを成立させるために、無意識的にちょっと困った人をパートナーに選んでしまう、というケースも。
ま、過ぎたるはなお及ばざるが如し、ということに近いのかもしれませんが。
「愛された経験 = 自分を失う」という感覚
そのうえで、なんですが。
「親に愛されたと思っているのに、恋愛がうまくいかない」というケースって、お話をうかがうと、「恋愛パターン自体が固定化されていること」がけっこうあるんですよね。
たとえば・・・
好きになる人は、愛してくれない人、いつも心の距離のある人、忙しい人、だとか。
今まで遠距離恋愛しかしたことがない、とか。
・・・ここ、一見すると「愛された経験があまりないから、それにリンクした相手を選んでいる」ように思えるんです。
ただ、距離のある相手、関係を選びやすくなる理由はそこだけじゃないんですよねぇ。
それこそ「愛されることで圧を感じすぎて、自由を失った感じがする」という場合も想定されるべき、というか。
言い換えるなら
「親などから愛された経験 = 自分自身や自由を失う」
そんな感覚があるケースですね。
・・・こう書くと、「え、うちの親、そんなひどくなかったけど?」と思われるかもしれません。
そうなんですよ。
というか、むしろ逆でね・・・。
たとえば、学生時代に進路を決めるとき。「あなたのためを思って言ってるのよ」と言われる。で、こちらが違うことを言うと、親がちょっと悲しそうな顔をする。
・・・怒られるより、こっちのほうがキツかったりしませんか。
あるいは、心配性のお母さんが、いつも先に不安を教えてくれる。「そんなことして大丈夫なの」「心配だわ」とか。
これ、「愛されなかった」とは思わない人も多いんです。
大人になると特に、親の気持ちも理解できますから。
ただ、こういった話って、若干の「心の領域侵犯」が起きている可能性があるんです。
親の気持ちが、こちらの領域に入り込んでいる、というか。
もちろん親が悪いだの、あなたが悪いだのという話じゃないですよ。
ただ、親との関わりは接触回数として多いですからね。
親の期待とか、不安とか、悲しそうな顔とか。
そういうものを、いつのまにか自分の中に置くようになっても不思議ではない。
・・・で、気がつくと、自分がどうしたいのか、よく分からなくなっている。
これは、一切愛されなかった痛みとは少し違う。
「愛されたけど、自分の輪郭が消えかける」という感じ、というか。
こういった経験をすると、恋愛でも夫婦関係でも「愛されること」を警戒するんですよね。
さらに厄介なのは・・・母親ではなく、父親がそういった態度を取っていた、という場合。
こうなると、ダイレクトに「男は領域侵犯する」というイメージができかねない。
・・・あくまで「できかねない」ですが。
ただ、こうなると「自立した大人な自分でいようとする」と、どうしても「男はいらんな」と思うようになるかもしれない。
それは、単純に「男が甘えたで、めんどくさいから」という話ではなく、
「彼ができるとどうしようもなく相手に捧げてしまう自分がいる」とか、
「恋愛するといつも相手に染まってしまう(染まらなきゃいけない気がする)」
という形で出てくることが少なくない、といいますか。
よって、そもそも好きになる人が「距離ができやすい人」に傾く、というか。
でも、その関係は淋しい、という矛盾。
好きな人に私の手をちゃんと引っ張ってほしい、と思う。
けれど、その手が怖い、って話かもしれませんねぇ。
愛されたくないわけではない。けれど、愛されると落ち着かない
こうなると、恋愛や夫婦関係の「受け取る」という側面がなかなかうまく機能しなくなるんです。
愛されることで自由を失う、相手に飲まれる、自分がなくなる、相手の感覚が自分の中にドワ〜っと入ってくる・・・
それはある意味、心の危機なんですよね。
だから、愛されることなしに恋愛や夫婦関係を成立させるしかなくなる、というか。
よって、自分は愛する側、与える側に立ち続けていないと怖いし、ヤバいわけです。
なので「愛されるよ〜り〜もぉ〜、愛したい、マジでぇ」という位置に立っていないと、心理的な危機がやってくるんですね。
・・・これ、悩まれているご本人も気づいていないことが多いんですけどね。
なぜなら、愛すること自体、正しいことだからです。
世間でも「愛を与えなさい」と言われ、それを実践すれば幸せになると信じたくなるわけで。
その気持ちは一切否定できないとも僕も思うのです。
「私の愛は、相手の迷惑になっていないか」
ただ、愛されることの愛を知る人は、いつも困っていることが多いんです。
それは、愛されたら自分が消えそうで嫌だ、と感じているわけではなく。
自分が愛すること自体、相手の障害になっているのではないか、という思いを抱きやすいからです。
周囲の友達や同僚が、大好きな人を大好きだと表現している姿を見て、疑問に思うのです。
「・・・それ、相手に迷惑なんじゃね?」と。
でも、そんなこと言えないわけですよ。
アンタの愛し方、迷惑になってるかもよ?なんて言えば、ケンカ売ってるような話ですからね。
なので、自分に跳ね返ってくる・・・。
「私の愛し方は間違っているのかもしれない。」
「私の存在は相手に迷惑や負担になっているのかもしれない。」
この感覚は、愛されていない痛みからも生じますが、愛されたけれども自分を失った人も感じ得ることなんです。
愛したい気持ちは、疑わなくていいんです
ただ、どんな状況であれ、愛したい気持ちは本物なのです。
そこをいちいち疑問視する必要はない、というか、そこを疑いすぎることこそが罠。
いつしか、愛されることに対する反応が固定化されて、上手く愛されることができなくなっている。
この状態が、愛してくれない相手を選ぶ理由にもなれば、愛しても頑張っても全く自信に繋がらない、という話にもなる。
自分の気持ちは相手に迷惑にしかならないのでは?とも思うようになる。
だとすれば、そこを丁寧に整えたいですよね?と。
ちなみに、このようなパターンを持つ方ほど「普段から(責任も愛情も)何でも背負い込みすぎる」というパターンも隠れていたりしますが、その話はまた別の機会にでも。
おわりに:心を整えるとこんな感じになります
親に愛された。それは事実。
でも、その愛が重かった。それも事実。
そこに、抱え込んでいる恐れや疑念がある。
これを背負ったままにするのではなく、下ろす。
そんな心理セッションをご提供することもありますけどね。
実際、そこが少しでも下りると・・・
正直、基本姿勢としての『愛したい人』の部分はあまり変わらないんですが(^^;
「受け取る」
ということが少しづつできるようになる。
・・・受け取る、と書くと難しいですかね?
要は、パートナーの気持ちを信頼して自分を預けられる、いつも一人で頑張らないとという感覚から少し降りられる。
なので、そういった相手とフィーリングが合うようになってくる。
今までのように「助けなきゃ」「愛さなきゃ」という強い動機がマイルドになり、ちょっと自分が弱くなった感じもするけど「支えてもらう感じ」を受け入れられるようになる。
そんなイメージですね。
その状態で出会った人がいて、相手があなたのことを好きならば、
相手は「ふふん、俺が傍にいないとダメだろ?」とか思いはじめる。
・・・今までだったら「調子に乗るな、キモい」もしくは「相手に支えられるって悪いなぁ」と思っていたけど、
「それも悪くないかも、この人私のこと好きなんやなぁ〜」
と思えるようにもなる。
ま、そんなお声をうかがったこともないわけじゃないですよ。
それもこれも、今までの自分をガラッと変える必要はないし、否定する必要はないけど、自分だけではなかなか触れない心の一部を整えるとそうなる、というケースの一例かな、と。
そもそも僕たちって、自己否定で劇的に自分が変わることはないですからねぇ。
自己否定って新しい視点・行動の獲得や、いわば現状維持にはけっこう効きますが、恋愛パターンのようなものを穏やかに変えるって方向を目指すなら、
「今までの自分を認めて、気づいて、感じ方を変える取り組みをする」
ようなイメージが合っていると僕は思いますね。
ただ、この「今までの自分を認める」って、一人でやるのは、なかなか難しいんですよ。
ずっと愛する側に立ってきた人が、いきなり「受け取ってみましょう」と言われても・・・そりゃ、こわいですよね。何十年もやってきたことなので。
だから、まずは安全なところで、ちょっとだけ、受け取ってみる。そんな練習から始めることもあります。
・・・僕相手なら、まあ、失うものもないですしねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ
もし、その「受け取る」がうまくいかないなぁ、と感じているなら、僕でよければ、いつでも。
では、今日はこのへんで。
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このうまくいかない恋愛には、必ず理由があります。
ただそれは、あなたがダメだからじゃない。
まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。
「自分で決めたいとは思っている。でも、なにか引っかかる。」
そういうとき、専門家の視点が整理の助けになることがありますよ。
答えを出すのはあなた自身でいい。
ただ、どんなあなたの気持ちも、受け止めますよ。
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