ほぼ30代からの心理学

最近、とみに心の中が荒みだし他人と関わることが上手くできません。

いただいたご質問にお答えしていますー。

よろしければどうぞ!

【浅野先生にご質問】
いつもブログなど拝見し、勉強させていただいています!
ネタを募集しているということで、ぜひ浅野先生に聞いていただけたらとメールしました。

 

最近、とみに心の中が荒みだし他人と関わることが上手くできません。
元々コミュニケーションは下手でしたが、その中でも関わりのある人については、自分なりに向き合い、指摘などにはムッとしながらも反省したり噛み砕いたりしながら受け入れ、期待に応えられるようにしてきました。
しかしここ2年程は、人の意見は受け入れられず、受け入れる振りをしながら心で悪態をつくということばかりで、更に私がいなくてもいいんでしょとばかりに人と距離を置き、どんどん孤立していきました。
孤立することは寂しく嫌なのに、自分からへらへらと相手に近より心を開くことができないのです。

 

心理学では
「欲しいものは与えることで貰えるようになる」
「うまくいかない時は感謝の心を忘れているとき」
などといった考え方が頻出しますが、そういった言葉にすら拒絶反応が出ます。
例えば愛が欲しいとして、誰かに愛されたことがない人間は愛を知らないし与えたくても与えられないと思うのです。
それなのに与えないと貰えないということは、一生愛を貰えないということなのでは?欲しいものは与える~…という言葉は愛されたことがある人間が言える言葉では?
それに与えたとしても返ってくる可能性も低く与え損というか、こちらの愛が枯渇するだけでは?と1つの言葉にすらピリピリ苛々してしまう現状です。

 

もともと自己肯定感は低く、自分という存在で相手が喜んだり幸せになるということが想像できません。私は愛されていると感じたこともありません。
私が存在している理由も価値も分からないですが、誰かから必要とされないと生きている価値がないとは思っています。
何か褒められる才能や美貌、資産がないと誰かに必要とされないと思っていますし、事実、人は何かその人にしかない物を持っているから、他人から愛されるのだと確信しています。

 

とにかくもう、誰からの言葉も行動も信じられないし信じたくないし、うるさいうるさいうるさーい!!!!と拒絶してしまいたくなります。

 

こんなことどんどん孤立するだけなので止めたいのですが止められません。
どうしたらいいのでしょうか。

 

(Sさん ※原文のまま掲載させていただいています。)

Sさん、ネタ募集にご協力ありがとうございます。お待たせしました。今日はあなたのご質問にお答えしますねー。

んー。

Sさんはきっとものすごく正直にこのご質問を書いてくださった気がします。だから僕も重要なポイントだけサクッとまとめて書きますね。

>もともと自己肯定感は低く、自分という存在で相手が喜んだり幸せになるということが想像できません。私は愛されていると感じたこともありません。

最初に答えを書いてしまいますが、

「あなたがその自己肯定感を犠牲にしてまで『喜ばせたかった人・助けたかった人』は誰ですか?」

この心の謎を解く鍵がありそうですよ。

もうこれ以上、自分を偽っていい子・いい人をして人と付き合うことが苦しいわけですよね?

であれば、それは何のために行っていることか・・・

>誰かから必要とされないと生きている価値がないとは思っています。

どうやらここが今のSさんにとっての重要な価値観、あなたにとっての価値基準になっているように僕は思うんですよね。

ならば「あなたは(その内面で)誰に必要とされることにこだわっているのでしょうか?」が鍵になりそうです。誰でもいいわけじゃないですよ・・・ね?

この感情・思いが完了しないと自分のことを考えない、自分に対してOKを出せないようなんですよね、お話を読ませていただくと。

これがいわゆる「こだわり」でもあり、「物事に対するしがみつき」でもあり、「Sさんの今の愛情の込め方」でもありそうです。

ここを手放す、完了させることで前にすすめると思いますよ。

 

>人は何かその人にしかない物を持っているから、他人から愛されるのだと確信しています。

そう思われるのであれば、あなたの中にある価値のあるものを、他人と比較しないで認めてあげてください。それでいいはずです。

そこで出てくる「自分にはそんなものはない」という感覚は、愛されないし愛せない、自分を好きじゃないから、自己肯定感が低いから、というループをつくるだけなので。

>何か褒められる才能や美貌、資産がないと誰かに必要とされないと思っていますし、

何か褒められる才能や美貌、試算・・・この誰に褒められるかの「誰」はなんでしょうね。少なくとも特定の個人にしないと厄介です。「社会」「世間」といった話になると、相手が大きすぎて扱いきれないかも、ですよ。その結果、努力しても完璧主義に陥るので僕はオススメしないですねー。

 

>例えば愛が欲しいとして、誰かに愛されたことがない人間は愛を知らないし与えたくても与えられないと思うのです。
それなのに与えないと貰えないということは、一生愛を貰えないということなのでは?欲しいものは与える~…という言葉は愛されたことがある人間が言える言葉では?
それに与えたとしても返ってくる可能性も低く与え損というか、こちらの愛が枯渇するだけでは?と1つの言葉にすらピリピリ苛々してしまう現状です。

これは完全なるエゴがもたらす誤解、が前提にあるような気がします。あ、Sさんがダメとかそういう話ではなく、私達はついそういう誤解をしがちだ、ということですね。

まず「与えないともらえない」。与えなくても愛をくれる人、気遣いをくれる人はいますよね。きっとゼロじゃない。それがこちらの望むものだったのかどうかは別にして、ですよ。

ただ、「自分の欲しいものだけよこせ!」「お前の愛し方は不満だ!」と貰いっぱなしな私になると人は罪悪感を感じて自分を肯定できないんです。いい気分にもなれないし依存的でダメな人間だという自己評価が入ってしまうことが多いんです。

だから、自分に自信を持って与えているときのほうが自分の気分がいい、自分を評価できる、ということです。

また「それなのに与えないと貰えないということは、一生愛を貰えないということなのでは?欲しいものは与える~…という言葉は愛されたことがある人間が言える言葉では?」

これは、愛されたことがある人が言える言葉というより、自分を許した人が言える言葉ですね。

自分には価値があるよ、素晴らしいよ、自分は自分でいいんだよ。

そう思えるから人にそう伝えたくなる。だから与えないともらえないではなく、与えると返ってくる~返報性の法則~なんですね。

あと「こちらの愛が枯渇するだけでは?」ですが、枯渇するならそれは愛ではなく「期待」です。

愛と期待は全く違うものですし、そもそも心の法則は物質と真逆。「使えば使うほど増える」のです。

私が相手に親切にすれば、基本こちらもいい気分になるもの、と同じです。

一方、どこかで「私が親切にしているのだからこんなレスが欲しい」と期待すると、期待はずれになることもあるし、ガッカリするし、受け取れないわけです。

しかし・・・だからといってあなたの中に愛がないということは僕には考えにくいのです。

>孤立することは寂しく嫌なのに、自分からへらへらと相手に近より心を開くことができないのです。

こう書いてくださっているからですね。

へらへらと、はきっとあなたが自分を守る方法でもありますし、劣等感を感じやすい方法でもありますが・・・・これ自体が相手に対しての気遣いの側面もありませんか?

もしかするとあなたは人を傷つけたくないので、この方法を使っているのかもしれません。

だからあなたはあなたなりに頑張って「誰かを想ってきた」けれど、そのリターンが手に入らない・・・そんな「心のあり方」があるのかもしれません。

この話の前提には、先に書いた「あなたはその自己肯定感を犠牲にしてもいいと思える人がいたんですよね」があります。

僕達のココロは常に「目的・意図」で動いています。

だから「この人のことを助けなきゃ、愛さなきゃ」「この人から愛されなきゃ意味がない」と思っていると、他の人から愛されても全く受け取れないのです。

ただその一方で・・・ある特定の人との関係では、自分でも驚くほど「相手に要求する私」を感じるかもしれません。特にあなたが安心感を感じる人との関係では、心がオープンになるかと思います。

つまり、こう言ったケースではあなたが何かにこだわって、自分のエネルギーを投資し続けてしまっている、だからもう疲れ果てているし人に気が使えなくなっている可能性が高い、と僕は感じているんです。

この典型例が「ママっ子」です。子供の頃から母思いのいい子。

このママっ子がそのまま大人になりますと、恋愛しても結婚しても仕事をしても、ママを助けなきゃ、ママを喜ばせなきゃ、と思いすぎているがゆえに、その目的・意図は全てママの笑顔になるんです。だから会社で評価されても、パートナーに愛されても、友人に優しくされてもココロが晴れない、嬉しくない、といった状態になるんですよ。

だから、今のSさんの心の目的・意図はどこに向いているのか、まず見出すことですね。それなしにいくら頑張っても辛くなるだけかもしれない。

その結果、与えれば受け取れる・・・といった言葉にキーっと反応してしまうのかもしれない。

しかし、ここでそう反応するということは「もう与えているものもある」のかもしれませんね?じゃなきゃ、「そうなんだー」としか思わないと思うんです。

そしてできればこの心の目的・意図を、できるだけ早い段階で自分に向けて自己実現方向に進まれることを僕はオススメしますよ。

きっとSさんは人に多くを求めるタイプじゃないですよね?むしろ遠慮したり謙虚な様子で過ごしていませんか?僕にはそう感じますがいかがでしょうか。

もしそうだとすれば、できるだけ早い段階で自分の心の目的・意図を見つけて、解放する。自分を肯定できる感覚を手に入れたいと願い、自分の心を整えることをオススメします。

それまでは「常識の範囲内でそれなりに」人に対して気を使っておいていいと思いますよ。毎日自分を守り頑張りながら自分を変えようとするより、自分の心に関することに優先順位を置いてみてください。

最後になりますが、心のレベルの話をすれば、否定から変化や癒しは起きません。

だから今、自分を肯定できないことも否定するものではないんです。

今の自分は自分で頑張ってきたんだな、もっといいものを与えてあげたいな、疑わずにその自分の真意に気づいていこう・・・と進むことが自己肯定を道とも言えるんですね。

何か参考になれば幸いです。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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