こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日はとてもニッチだけど、重要なパートナーシップでの局面についてコラムにします。

「パートナーと向き合うことが怖い」。

たぶんそれって、そんなに珍しい感覚じゃないと思うんですよ。

恋愛とか、夫婦とか、ちゃんと向き合ったほうがいい。
話し合ったほうがいい。
気持ちは伝えたほうがいい。

それは多くの人が分かってる。

分かってるけど、向き合おうとした瞬間、ちょっと無理、となる。

言葉を選びすぎて、何も言えなくなる。
言えばなにか悪いことが起きる気がして、黙る。
・・・黙ってる自分にもイラっとする。

「逃げてる」
「ちゃんと向き合えない自分はダメなんじゃないか」

そんなふうに考え始めて、さらに動けなくなる。

すると、追撃でパートナーから「あなたはいつも逃げてばかり」という声が飛んでくる。

・・・刺さる。

そんなお話をカウンセリングでお話を聞いていると、
この“怖さ”を実感できている人ほど、実は、関係をいい加減に扱っていないことが多いんですよね。

雑にできない。壊してしまうかもしれないと分かっている。

だから、慎重になり過ぎて向き合うことがより怖くなる。

ただ、「だったら向き合えばいいじゃん」という声って結構他人事感満載で、この怖さを抱えた人にとっては「ただの説教」に聞こえてしまいやすい。

なので、今日は「怖さを抱えたまま」どうやって関係を扱うか。

そんな視点から、少し整理してみます。

※この記事で扱っている「パートナー」は、恋人・婚約者・配偶者など、あなたが「関係を続けたい/続けてきた相手」全般を指しています。

向き合うのが怖いとき、実際に起きていること

パートナーと向き合うのが怖いとき、

多くの人が感じている感覚は、ただ理由もなく怖い、です(笑)

それは「相手がどう思ってるかわからない」という部分なのかもしれないけど、ただただ怖いとしか感じないものです。

だから、その怖れは「最悪の事態」を想起させるに十分な材料になります。

ガチでキレられるかもしれない。
別れようと言われるかもしれない。
家を出ていくと言われるかもしれない。

ただ、実際にそういったことが起きるかというと、この時点ではそうではないことが多いです。

もうすでに十分揉めていてお互いに結論が出ている場合は別ですけどね。

むしろ起きているのは、今まで大事にしてきたこだわり(気持ち)や、自分を支えてきた意地のようなものが、消えてしまいそうな感覚だったりします。

なので、相手に食ってかかりたくなるし、準備周到に「分からせよう」という戦略を練る人が多いんです。

向き合う怖さは”変化”の怖さ

ただ、ここで起きている心の反応を言葉で表現するなら、

「自分が想像できない自分に変わってしまうかもしれない」

という怖さに近い。

なので、相手をねじ伏せても、話し合いから逃げても、相手の言いなりになっても、この怖れは突き抜けられないことが少なくないようです。

それはまるで「お化け屋敷」の中間点でずっと止まって動かないことに似てますね。

そりゃ怖い。もはや「そういう趣味がおありで?」という領域の話です。

じゃ、動けば怖くないのか、というと・・・怖いです(笑)

なにが怖いのか、というと・・・

究極的な答えだけを書くなら「お互いが分かりあえていい関係を作れる準備ができてしまうこと」です。

ここについては後述しますが、ただ、その途中にこんな事が起きるんです。

たとえば、

  • 自分から先に頑張ること
  • 我慢すること
  • 先回りして関係を守ること
  • 一人で踏ん張ること

そういったものに価値を見出してきた人ほど、それが通用しなくなる。

それがかなり怖い。

「それがなくなったら、私は何を拠り所にすればいいんだろう」
「それで、本当に大丈夫なんだろうか」

そう思うのは、すごく自然な反応。

なので、パートナーと向き合うのが怖いのです。

これは、怖がっている側に出るだけじゃなく、「このやろう、向き合わせてやる」と思う側も同じ反応が出ます。

だから「このやろう」と思うことになるのですよ。

つまり、ここはいろんな事情・層で怖れが襲ってくるぜ、という話なんですね。

・・・そりゃ足がすくむってもんです(^^;

気持ちの整理ばかり考えてもおちつかないですよね。

向き合うことは「相手を傷つけてしまうことになる」という怖れ

ただ、実際のご相談を通して見えてくるのは、

この怖さの先にあるのは、無力になることではなく、一人で抱えなくてよくなる方向であることが多い、という点です。

パートナーと向き合うことで、これまで自分一人で背負ってきた力を手放し、相手の力を借りながら、関係を「共同でつくる」ほうへ進んでいく。

言い換えるなら、相手を“頼れる存在”として扱う、本当の意味でのパートナーにしていく、という方向ですね。

また、もし二人の関係を解消したほうがいいという場合なら、その結論が今までの感謝とともに出てくる感じです。

ただ、それを「自力だけで実現しようとしているうち」は、向き合うことが怖く感じやすい。

なぜなら、深層心理レベルで

「向き合うことで、自分の力や言動で相手を打ち負かすことになる」

という反応が出るからです。

つまり、罪悪感ですね・・・。本当はそうしたくないけど、傷つけてしまう、という。

だから、向き合っても相手に打たれ続けて黙る、という人も出てきます。

このような向き合う怖さは、なかなか言葉にしづらく、ラベル付けもしにくい感覚です。

だから多くの場合、

「なんか向き合いたくない」「話す気になれない」「今は距離を取りたい」

そんな気持ちとして、表に出てきます。

でもそれは、関係を投げているわけでも、逃げているわけでもなく、変化の入口に立っている感覚なのかもしれません。

「向き合えない私はダメ」という評価が、怖さを固定してしまう

パートナーと向き合うのが怖いと感じているとき。

実は「向き合えない自分」をどう評価しているかで、さらにしんどくなっていることが少なくないんですよね。

向き合えないって、チキンだ、回避だ、弱っちい、不誠実だ、いい大人なのにいい加減すぎる・・・。

まぁ一般的にはそんなふうに思うんじゃないですかね?

こんなふうに、かなり厳しい採点をしているものです。

しかもその採点、「できる人の基準」で行われていることが多いんですよね。

仕事ではちゃんと向き合ってきた。
人間関係でも、必要な話はしてきた。
嫌なことも飲み込んで、責任も果たしてきた。

だからこそ、「恋愛やパートナーシップで向き合えない自分」は余計に許せなくなる。

でも、ここで一度立ち止まって見てほしいのは、

「向き合えない=ダメ、という式は本当に成り立つのか?」という点です。

むしろ、パートナーがいるのにその存在をなかったことにしようとする「自己完結型の思考」にヒントがあるんじゃないでしょうか。

少なくとも、僕のカウンセリングの現場では、そう扱いますよ。

だから、その一歩先も丁寧に見つめていきます。

「自己完結型の思考」の前提に多いのは、

  • 向き合った結果、深く傷ついた(傷つけた)経験がある
  • 正直に話したのに、関係が壊れた記憶が鮮明に残っている
  • 相手の反応によって、自分の存在理由が揺らいだことがある

そういった体験を経て、心が「ここは慎重に扱おう」とブレーキをかけている状態。

そこで、

「向き合えない私はダメ」「怖がっているなんて未熟」

そう評価してしまうと、どうなるでしょうね?

怖さはなくならず、むしろ「感じてはいけないもの」になります。

すると、

  • 怖さを感じないように頭で考えすぎる
  • 正解探しに走る
  • 自分の気持ちより、あるべき論を優先する

という方向に進みやすくなる。

・・・お互いぶつかって揉めそうだと思いませんか。

向き合う怖れを扱う自分の立ち位置を確認しよう

ここで大事なのは、「怖さを消すこと」でも「無理に向き合うこと」でもなく、

その怖さを、どんな位置づけで扱っているかです。

怖さを「未熟さの証拠」「直すべき欠陥」として見るのか。

それとも、「これまでの経験から生まれた、自分にとって意味のある反応」として見るのか。

この見方の違いだけで、関係の扱い方は大きく変わってきます。

これは、このサイトで大切にしている「人は裁かない。でも、構造はごまかさない」という考え方そのものです。

つまり、向き合えない怖さとは、

そうならざるを得ない流れの中で、ちゃんと理由があって立ち上がっているもの。

だからまずは、「向き合えない自分を、どう評価しているか」に気づくことが、次の一歩になります。

そして、その怖さを超えてもいいと思えるぐらい、パートナーを信頼できるか。

そんな問いが転がっているだけなんでしょうね。

最後に

もちろん、この手の話は女性の皆さんから「うちの彼は夫は向き合わない」というお声として伺うことが多いんです。

その気持ち、分かる気がしますよ。

「私の存在理由」を軽く扱われることに耐えられないからですよね。

・・・ここに私がいるのに、と。

だから、僕は「自力に頼っているうちはこの怖さは消えないよ」と書いたのです。

それは、お互いに、ですけど、多くは男性がそういうスタンスを取ってますよね。

稀に男女逆転していることもありますが。

ただ、よーく考えてみると、どちらも「お互いの存在理由がなくなること」を怖れている。

そんな構図が見えてきませんでしょうか?

そういった見えない心の景色が見えてくると、少し向き合う怖さも和らぐのかもしれませんね。

ま、和らいでも全部は消えないですよ、嘘は書けません(笑)

必要な分の怖れ、緊張感は残ります。

でも、その向こう側にたどり着きやすくなる、ということはご理解いただけるのではないでしょうか?

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ABOUT ME
浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 個々のご相談を心理学の視点で整理して、明快に言葉にしていくカウンセリングが人気。 キャリア17年・臨床実績10,000件/東京・名古屋・オンライン対応。リピーターさまが多いカウンセラー。口癖は「どんなことにも事情があるよね」。
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「人は裁かない。でも、構造はごまかさない。」

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