忍耐女子はなぜ“受け取れない”のか|惚れる側に固定される恋愛構造
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日は忍耐女子の話でございますね。
「また私が惚れてる側なんですよね」
という忍耐女子の皆様は、与えても、頑張っても、彼にとって理解あるいい女でい続けても、なぜか別れることになるし、結婚できん、みたいな経験をなされています。
あなは優しいし、思いやりもあるし、与えることもできますよね。
そう言われても、そんな慰めはいらんねん!とブチ切れ、もとい、世の無常を儚む皆さまのお声をうかがい続けて何年立つのでしょう。
そんな方ほど「女性性云々」「愛される私になりましょう」という言葉をたくさん聞いてきたと思うのです。
が、何故かその言葉を理解しても、また惚れる側の恋愛を続けている自分に嫌気が差して涙が出てくるわ、みたいなお話もたくさん伺います。
が、それ、女性性云々や、愛される私になるという視点だけでは、おそらく解けないこともあるのかもね、と思っているのが今の僕でございます。
もちろん、女性性の話や愛される私になるというのは、結果的にそこに着地することになるんだと思うんですが、今その答えを渡されても心は動かん、みたいな。
ということで、今日もそんな余計な話を書いてみたいと思います。
僕が「あなたはあなたでいいんですよ」と言い続けている視点でもあります。
では、今日もゆる〜い書き方でまいります。
Index
惚れる側に回るのは、依存の位置です
えー、まず。
惚れる側に立つことは、関係性の中では“依存の位置”に入りやすい、と言えそうです。
「え、依存って重い恋愛のことじゃないの?」
うーん、そう断定はできないっすね。
たとえば、あなたのことが好きでしょうがないと思ういい男がいたら、その人は、あなたに対して依存の位置を取ってるわけですが、必ずしも重いとはならんと思いません?
依存心が溢れるといった話は、個人の内面の話であって。
ここでいう「依存」は、関係のポジションの話です。
対等な関係では、
- 惚れる側
- 惚れられる側
が固定されず、コロコロ入れ替わります。
なので、そもそも恋愛や関係性を語るうえで、依存・自立という言葉だけで切り分けて考えること自体に無理がある、と最近の浅野は思っとります。
かつては、自立女子という言葉もよく使っていましたが、最近は「一人で頑張るタイプ」と書き換えて使うようにしております。
その理由は、立ち位置の話と、個人のあり方の話をごっちゃにすると訳わからなくなりやすいからでございます。
要は、それは正確な状況把握じゃないよね、と思っているということ。
ただ、愛深き忍耐女子の場合、惚れる側に立つクセがあるのは事実でしょう。
すると何が起きるか。
彼は“惚れられる側”に固定されます。
これが、関係性の中で起きる「役割の固定」。
なんか小難しいこと書いてんな、と思われたら、この続きを更にじっくりご覧ください。
頑張って与えているのに、なぜか届かない理由
忍耐女子は、めちゃくちゃ与えます。
よって、「あたしは自立女子」という認識が深まることでしょう。
実際、本当に与えます。
なので、「与える位置にいる=自立側」という考え方はあながち間違っていないのです。
- 支える
- 気遣う
- 考える
- 我慢する
これは関係を支えたり、よい関係リードするために行われているわけですわよね?
でも、その忍耐女子の”得意ムーブ”の奥にある流れはこうです。
頑張って愛する → 受け取ってほしいと思う → 惚れる側に戻る
つまり、
与えているようでいて、気づかないうちに「受け取ってもらいたい側」に立っている。
だから、忍耐女子は混乱するのです。
私は自立女子のはず、なのに、なんかそんな気持ちになると違和感が・・・。
そうなのです。
だから、自立と依存という分け方で考えてもわけわからんよ、と書いております。
どれだけ与えても(自立側・本来は惚れられる側)
惚れられる側には移動しない。
かつ、ここでどれだけ「無償の愛」、つまり、受け取ってもらいたいと思わなければいいと思っても、すぐに惚れられる側に移動するわけじゃない。
結構聞くんですよ、セッションの中で。
「私に見返りを求める気持ちがなければいいんじゃないでしょうか?」と。
確かに無償の愛は素晴らしいこと。
ただ、現時点では立ち位置の移行が起きにくい可能性がある。
頑張っているのに、報われない構造はここにあるのかもしれないですよ?
惚れられる側に立つのが、実は怖い
忍耐女子のみなさまは、
なぜかいい女扱いされたり、惚れられる側に立つことに抵抗があります。
セッションで、「あなたには素晴らしい部分がたくさんありますよね?」とお伝えしても
「そりゃ浅野がカウンセラーだからそういうんだろう?」と跳ね返されるのでございますな。
・・・もし、仕事以外でべらべら言っていたら、ただの痛いおっさんじゃないでしょうか?
もとい。
こういった抵抗感は、いわば過去に「愛されなかった」という感覚を抱えた経験があると、強化されやすくなりがち。
つまり、愛される位置に立つのが、怖くなりやすい。
- 期待して裏切られたらどうする?
- 甘えて失ったらどうする?
- 与えない自分で嫌われたら?
そんな思いがでてくる。
でも、それは思いではなく、心の反応の結果なんです。
ただ、ここにいろ〜んなストーリーを付け加えると、木をを見て森を見ず状態になりまっせ、と。
特に忍耐女子の場合は一気に現実が停滞しやすい。
なぜなら、反応が残っているから。
反応とは怖れの反応
それはどんな反応?かというと。
「惚れられる位置に入ること」への抵抗反応です。
つまり、女性性の話や、愛される価値の話自体は間違っていない、というか、そこに正しいもへったくれもあるかい、みたいな話だと僕は思うわけですよ。
一つの人間のあり方の話だと思うので。
ただ、多くの忍耐女子のみなさまにとって、その話は「今の心の反応の向こう側にある話」なので、そこに行けないんですよ。
なので、実際の恋愛では思い切り「与えまくり」ます。
支え続けます。お世話もします。いい女であろうとします。
そのほうが、心理的に安全だからです。
ただ、その状態は、対等なポジションであるとは限らんのです。
ここが、しんどいところ。
そして、繰り返すところ。
ここで重要なポイントがあって。
それが怖いと思っていいし、怖いと思うことを恥にする必要もないですよ、と。
それが今の反応なら、丁寧に受け止めていきましょう、と。
その反応を無視して、受け取る話をしたとて、ロープ無しでバンジージャンプ飛べ、みたいな話になりかねないかも。
そりゃ受け取れんし、あなたの心は至って普通の反応をしているんじゃね?と僕は思う次第でございます。
・・・僕自身もかつては「受け取れ」と強めにお伝えしていた時期がありました。
その言葉がインスピレーションになった方も、必要な方もいらっしゃいましたし、今も間違いとは思っていません。
ただ、反応を扱わずにその言葉だけを渡すと、届かないこともあると気づいたのですね。
忍耐女子が相容れないと思いやすい”シャドー”
忍耐女子の中には、実はシャドーがあります。
それが、努力せずに受け取っているように見える女性像。
別に、そういった女性が悪いってことじゃないですよ。いろんな女性がいていいはずなので。
ただ、その要素が”心の影”(生き残れなかった自分の一部)になりやすい、ということ。
なので、多くの忍耐女子にとって、「何もせず愛される私」って、なんかムズムズするんですよね。
落ち着かない。
よって動く。愛する。支える。
それも間違ってはいない。
ただ、僕が見ているのは、そんな女性が云々という価値観の話じゃありません。
愛を受け取る位置・惚れられる位置に立つことが怖い、
その反応を、丁寧に、可能な限りリスクが少ない形で扱うことだけ。
それ以上でも以下でもない。
そして、ここが前回の記事で書いた「実はほうっておかれたい私」の一部を形成する理由にもなりやすいわけでございます。
▶関連記事:そっとしておく恋愛を繰り返す忍耐女子は、本当は”そっとしておいてほしい”
僕が扱っているのは”あるべき女性像”ではない
ここははっきり書いておきます。
僕が扱っているのは、あなたがどんな女性になるか、ではありません。
それは、あなたの自由です。
僕が決めることでも、世間が決めることでもありません。
支える女でいるか。 キャリアを優先するか。 家庭を優先するか。
それはあなたの自由。
もちろんそこにあるお悩みは丁寧にうかがいますよ。
ただ、僕が扱っているのは、関係性の中で対等な位置に入りやすくするための“反応”です。
でないと、あなただけじゃなく、あなたのパートナーも対等な位置に入れない。
これは、恋愛関係を硬直化させ、ときにお互いが
もっと甘えたいのに。
もっと受け取ってほしいのに。
もっとこちらの気持ちを見てほしいのに
私が(俺が)愛してんだから、あんたは素直に受け取れ!
と思う理由になりかねない。
よって
惚れられそうになると下がる反応。
甘えようとすると固まる反応。
与えていないと不安になる反応。
そこはどこから来ているんだ、という反応整えること。
つまり、
「あなたはあなたでいいんじゃないっすか?けど、反応は丁寧に整えませんかね?
・・・あとに残るのは”恋愛スタイル”の話だけかもね」
という仮の結論に至るわけです。
・・・なんだ、その恋愛スタイルって?最後にぶっこむなよ、と思われた方は、多分昔に書いた記憶があるので(少しだけだけど)、記事を探してみてください。
この話は、そのうち講座か何かでします。
最後に
忍耐女子の愛情の深さは、本物。
思いやりも、与える力も、何も間違っていない。
ただ、惚れるポジションが固定されている位置で、何発愛のミサイルを打ち込んでも、関係がメーリーゴーランドのように回るわけじゃないんですなぁ。
一時的に爆風で動くことはあるやもしれませんが、その後が焼け野原・・・。
・・・もとい。
ただ、そこには怖さが反応として残っているだけってことも少なくないようです。
だから、
惚れられる側に立つことが怖い反応を、扱えるようになること。
そこをチョチョイと扱いましょう、という話なのです。
そこが整えば、
今よりは対等な関係を作りやすくなりますからね。
・・・比較的きれいに書きすぎた反省がありますが、今日はここまで。
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