愛深き忍耐女子シリーズ

忍耐女子にありがち? 良い妻・良い彼女を演じ続けてしまう心理

良い妻・良い彼女を演じ続けて虚しくなる、というご相談

良い妻・良い彼女を演じ続けて疲れている女性

今日は夫や彼の前で「良い妻・良い彼女を演じ続けてしまう」というご相談に関するコラムをお届けします。

「パートナーと何をやっていても楽しくないんです」
「夫との関係がつまらないし、虚しさばかり感じます」
「結婚してから(彼と付き合い始めてから)いつも疲れを抱えています」

これらはカウンセリングの中でお聞きする言葉の一例です。

そんなお話を伺う中で

「夫(彼)の前で、良い妻・良い彼女を演じ続けてしまう」

という、愛深き忍耐女子のみなさんがいらっしゃるわけでございますな。

そんなみなさんから「あーもうやってらんない」というお声を伺うこともあるんですね。

さて、先にぶっちゃけた話をすると

僕は「いい彼女・いい妻演じること」自体を否定的に見ているのか、というと、実はそうではありません。

演じることに意味も効果もある、と考えています。

ただ問題は、恋愛や結婚生活の中で「演じる」ということが慢性的に行われることにある、と思うのです。

それがいわば虚しさや悲しみを刺激すると言いますかね。

良い妻・良い彼女を演じ続ける心理

いつもの自分とは違った「別の自分」を演じることを

心理学では「ペルソナ・ペインティング」と言います。

例えば、夫や彼の言動でイライラする、という状況があったとき

「私は女神のような彼女なのよ」
「理想の妻になりきってみよう」
「まるで菩薩様のような私の親友になりきって振る舞おう」

なんてふうに、別の自分を演じることで、イライラしないでいられたり、自分自身が傷つかずに済む、なんて方法だと思ってください。

そもそもイライラしたり、自分自身が傷つくと感じるのは

「自分」

を意識しているときなのです。

・・・ま、そんなことは当たり前でしょ、って話なんですけど。

だから、別の自分を演じることで、自分や相手、今の状況を客観的に見つめられるようになるんですね。

特に、パートナーにイライラして怒りをぶつけそうなときや

パートナーの言動で自分自身が深く傷ついてしまいそうなときに

別の演じることに意味も価値も出てくる、と考えられるんですね。

良い妻・良い彼女を演じ続けることが本当に幸せとつながるのか?

さて、別の自分を演じることに一定の意味があるとして。

「いつもいい彼女や妻を演じていること」で「私そのものが愛されている」とか「信頼されている」と思えるか

というテーマも存在するわけですよね。

もちろん

良い妻や良い彼女でいることで、新しい自分の一面を発見して

「私ってこんなに素晴らしい部分があるんだ」

と感じる方もいるでしょう。

が、僕の個人的な体験として、カウンセリングでよく伺う話を書くならば

「良い妻・良い彼女を演じている私が必要とされ、愛されているとしたら、それは悲しいし不満だ」

というお声のほうが圧倒的なんです。

そりゃそうです。

パートナーシップって仕事上の対人関係とは違って

「どんな自分をも受け入れ合う、愛し合う」

という部分に価値があるものでもありますからねぇ。

私のいい部分だけ愛されたとしても不満や息苦しさを感じやすいし

「そりゃ私だっていつもいい自分でいたいけれど、ずっと同じ自分でいることなんて無理だし」

なんて思われる方のほうが多いんじゃないかな、と僕は思いますね。

そう考えると、良い妻や良い彼女の演じ”続けて”しまうことは

「彼や夫は私のこと何もわかってない」という傷つきや怒りを抱く理由にもなると僕は思うんです。

「愛する」と「犠牲」の違い 〜相手を理解し受け入れるにはどう向き合えばよいでしょうか?〜「愛する」とは相手の幸せを願うこと。「犠牲」とは自分を殺すこと。愛することは相手への思いがありますが、犠牲は自分の罪悪感がベースとなった行動なのです。...

良い妻・良い彼女を演じ続けてしまうときの対処法を考える

では、ここからは

「良い妻・良い彼女を演じ続けてしまうときの対処法」

について考えてみたいと思います。

ペルソナの下には「隠しておきたい私」が存在することが多い

さて、「いつも良い妻・良い彼女を演じ続けてしまうこと」には、どんな意味があるのでしょうね。

それに対する一つの答えが

「隠しておきたい私(愛されるとは思えない自分)を隠すため」

なんですね。

ペルソナ・ペインティングが示す「別の自分を演じること」には、自分や状況を客観視する効果があるわけです。

一方、「いつも良い妻・良い彼女を演じてしまう」ならば

おそらく自分自身、相手の気持、今の状況を客観視できているとか限らないと僕は考えます。

むしろ

隠しておきたい自分(愛されるとは思えない自分)を知られたくない

という反応である場合が少なくないでしょう。

そこには「弱い」「恥じている」「傷ついた」といった、自分でも受け入れたくない私が存在していることが多いと思うんです。

隠しておきたい自分って、本当は見つけてほしい自分だったりする

もし、あなたが「隠している自分を知られたくない」という意味で

「良い妻や良い彼女を演じ続けてしまう」としたら

まずは、「私が隠している自分」を見つけることが求められる事が多いです。

そもそも「隠しておきたい自分」って、「本当は見つけてほしい(誰かに愛されたい)自分」だったりしません?

ま、なかなか素直に認めること自体が難しいとは思うのですけど(^^;

なので、

「隠している自分を嫌わずに受け入れる」というプロセスがいいんじゃないか、と僕は思うわけですね。

ただ、いわゆる忍耐女子さんや、自立女子さんほど

「それは嫌だ(とても難しい)」と感じてしまうわけです。

そもそも自立とは、「いかに傷つかないかを学ぶプロセス」でもありますしね。

要は、隠しておきたい自分を隠すために、自立しているようなものですから。

なので、僕のようなカウンセラーはセラピー・セッションを使いながら、丁寧に自分を受け入れて言っていただくプロセスをご提供するのですけども。

最後に

いくら良い妻・良い自分を演じて、状況を客観したり

「これ以上傷つかない」ということが実現できたとしても

心の奥底で眠る「隠しておきたい自分」がいるかぎり、

どれだけ頑張ってパートナーや家族を愛してもなぜか満たされない、と感じたり

今、幸せなはずなのに幸せじゃない、と感じることが増えるんですよね。

もし、あなたがそんなお悩みを持っているなら

「いい妻・いい彼女を演じてしまう自分」を否定せず、それもあり!と見つめながら

「私の中にいる隠しておきたい自分って、どんな私だろう?」という部分に着目してみるといいと思います。

で、もし可能であれば

「その自分を愛してくれた人はいなかったかなぁ?」

と考えてみるといいですよ。

いつもいい妻やいい彼女を演じてしまうということは

自分を隠したいからこそ生じる「他人からの愛の拒絶」であるとも言えるんです。

人は愛しているのに、自分は愛されていないと感じている、という話。

だから、周囲にいるあなたの大切な人の気持ちを想像してみると、いい妻・いい彼女を演じる時間が減っていくかもしれませんよ。

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