ほぼ30代からの心理学

自分に許しや寛容さを持って接するってどういうことですか?

いただいたご質問にお答えしています。

よろしければお付き合いください。

浅野先生へ。

 

こんにちは。
親密になるほどしんどくなるのはどうして?の質問をしたFです。
こんなにも早く丁寧な回答がいただけるなんて、すごく嬉しいです!
めちゃくちゃ感動しました!
本当にありがとうございます。

 

自分を隠すことが、「人を大切にする、大切な場所を守る方法だった」こと、「相手から関わってもらえないと自分をオープンにできないこと」…先生の言葉が的確すぎて胸に刺さりました。
そういう自分がいることはわかっていたけど、向き合わないようにしていたのだなと思いました。

 

自分のことが全くわからなかったのですが、先生のおかげで少しだけ理解できました。

 

もっと自分についての理解を深めたい、解放したと思ったので、もうひとつだけ質問させてください。
先生がおっしゃる「自分に許しや寛容さを持って接する」、「自分の心にいい感情、エネルギーを注ぐ」とは具体的にどういうことをすれば良いのでしょうか。

 

再び質問をして申し訳ないのですが、どうしても気になるので答えていただければ幸いです。

 

本当に丁寧に返答していただきありがとうございました!
これからもブログ楽しみにしています。

 

(Fさん ※原文のまま掲載しています)

Fさん、ご感想ありがとうございます!そして超おまたせしてしまいましたね、申し訳ないです。早速お答えしたいと思います~。

***

自分に許しや寛容さを持って接するとはどういうことでしょう

「何かがうまくできない自分を責める」事をやめることなんでしょうね。

僕たちは思っている以上に自分に厳しいもので、自分にルールやこうあるべきといった観念を課していることが多いんですよ。

そしてその自分のルールや望んでいるあるべき姿、とは違う自分を感じると、つい批判してしまうんです。自己否定、とも言いますけどね。

僕が長い間カウンセリングやセミナーをさせていただいて思うこと。それは「否定から癒しは生まれないよね」なんです。

もちろん自分を律しておくことは必要でしょう。何でもかんでも許したら大変なことになるかもしれない。

ただ、闇雲に自分を律しすぎて否定を続けると、それはそれで問題が起きるもの。ストレスを溜め込んだり、いい気分・感情を感じられずにそのはけ口をさがそうとしたり、いろんなことが起きますね。

だから、律すると許すのバランス感覚が必要なんだろうな、と思うんです。

だとすれば、自分に厳しく扱っている方ほど、自分を許す、寛容さを持って接することは効果的になる、と僕は考えています。

人が「何かできない」「うまくできない」ことを、僕は「できないこと=ダメ」とはあまり考えていません。

もちろん人を傷つけたり、人を貶めたり、人から何かを奪うことを肯定しているわけではありませんが、一般的に僕にいただくご相談はそうじゃない。

「アレがうまくできない」
「これが上手じゃない・得意じゃない」
「自分自身のこういった部分を愛せない」
「人をうまく愛せない、関われない」

そうお悩みの方が多いんですが、この部分には常に「理由」がある、と考えているんです。

これはとても不思議な考え方かもしれませんが、「物事うまくいかないことにメリットがある」という考え方です。

例えば・・・

「恋愛でなかなかうまく異性と関われない」といったご相談があったとしましょう。

異性とうまく関われないことで残念な思いを抱えたり、寂しさや虚しさを抱える方がいらっしゃるかもしれませんから、「それは解決したい問題ですね」と僕もお手伝いさせていただきますよ。

が、だからといって「恋愛でうまく異性と関われない」から、その方が自分をつい責めてしまうお気持ちがあったとして、僕はそれを否定もしなければ、自分を責めてしまうこと自体も否定的には見ていないんです。

ただ、「異性とうまく関わらない理由」があるんだろう、と考えるわけですよ。

そこにいいも悪いもありません。多くは必死さがあるだけだと思うんです。必死に頑張って生きている私がいるんでしょう?と。

だから自分を責めるより、もう少し自分が抱えている意味、意図を見つめていいと思いますよ、なんてスタンスでカウンセリングを進めていくんです。

例えば、異性とうまく関わらないことで得られるメリット・・・

最も考えられることは「ハートブレイクを回避できる」かもしれません。

だとすれば、ハートブレイクしちゃいそうで怖い、といった気持ちがある可能性だって考えられますし、相手に迷惑にならないようにと接するのがその方の処世術かもしれない。

それぐらい実は過去のハートブレイクの影響が残っているのかもしれないし、そのハートブレイクを抱えながらも頑張ってこられたのかもしれない。

それを「そんなことしなくていいよ」と僕は言うわけじゃないんです。最近は特にそう。

そうではなく「その自分はきっとあなたを守る意味があるのだから、そんな自分を嫌わず否定しないでいきましょう。意味のあることを否定しても辛いだけですよ」なんてお話します。

どんな自分も嫌わない。意味があるのだからその意味を見つめていく。

あなたの心が必要だと感じてる自分の一部を、ちゃんと「そこにいること・意味があること」を認めてあげるような感じですね。時には愛をもって接してみることもいいでしょう。

これが僕の考えている「自分に許しや寛容さを持って接っしてみてくださいね」の中身の一部です。

実はこれがうまくできると、「選べる」ようになるんですよ。

「自分を守るか」それとも「果敢に異性を愛し関わることを選ぶか」が。

しかし、うまくできない自分を責め続けていると辛いだけじゃなく、なかなか自分が変われないままなんですね。だからさらに自分を肯定できなくなるし、時には嫌悪してしまうかもしれません。

そこには選択肢がないんです。

「傷つくことが怖い⇔そんな自分を奮い立たせないと・・・」という葛藤しか残らないことも多いようですよ。これは相当に苦しいですし、自分を変えることがより苦痛だと感じることにも繋がりそうです。

だから、どんな自分にも意味があるらしい。だから責めずにその意味を見つめていく。

そしてそこにある意味が解放されたとき、私達はもっと自由になれます。

先の例であれば「過去のハートブレイクの影響」を解放する、感情や感覚レベルで傷ついていた自分を癒すことです。

すると、「異性と関わらないメリット」は外してもOKになりますよね。だから「異性とうまく関われない」という状態が変化していくんですね。

これはどんなご相談にも応用できる話だと僕は思うし、上手に心理メソッドを使えば、楽に自分を変容させていくことも可能です。

***

Fさんのお話ならば

>自分を隠すことが、「人を大切にする、大切な場所を守る方法だった」こと、「相手から関わってもらえないと自分をオープンにできないこと」…先生の言葉が的確すぎて胸に刺さりました。

ここにいるFさん自身を愛する(理解する)ことなのかもしれませんね。

その私がいる意味を感じて、一体そうすることで「誰を守っているの?」「誰のために頑張っているの」そう問いかけてみることです。

きっとここに書いてあるあなた自身は、何かしらの意味を持っているはずです。

だとしたらそれは一体何でしょうね。きっとそこには以外なほど愛が眠っていることが多いものですよ。

悩んでいる私、うまくできない私を一切責める必要なんてないんだ~
そこに理由があるだけなんだ~
それを見つけて癒やすお手伝いをするのが僕の仕事だ~
あなたはあなたで頑張ってきただけなんだ~
スコイじゃないか私って思ってていいんですよ~
僕はそう思うよ~

どんな自分にも意味があるんですよ、きっと。

自分を責めるとその意味はとても曖昧担ってしまうことも多いんですね。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。