こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日は「人のため、誰かのためにがんばてきた人が、行き詰まりを感じたり、苦しくなってしまう理由」というテーマで、いつもより真面目さ3割増のテキストをお届けします。

仕事、恋愛、結婚、家族、子育て、人間関係・・・

自分なりにちゃんと考えてきたつもりだし、人のためにも、それなりに頑張ってきた。

それなのに、なぜか虚しさが溢れてくるし、苦しくなる。

「冷静に考えると、自分が悪いとは思えない」
「でも、どこかで自分が間違っていたような気もする」

そんな感覚の間で、立ち止まってしまうことはないでしょうか。

今のこの気持ちを解消しようとしているのに、
考えれば考えるほど、身動きが取れなくなっていく感覚。

これ、苦しいんですよね、本当に。

特に人のため、誰かのためにと頑張ってきた方ほど、もう本当にしんどい。

今日は、そうした状態が生まれる背景を、
「被害者意識」と「加害者意識」という二つの視点から整理してみたいと思います。

「なぜ、ここで止まってしまうのか」

その理由が少し見えるだけで、選べる立ち位置が変わることもあるからです。

よろしければ、今しんどさを感じている感覚と照らし合わせながら、読み進めてみてください。


被害者意識という立ち位置で起きやすいこと

  • 恋愛で「私はこんなに頑張ってきたのに」と感じることが増えている
  • 仕事で「ちゃんとやっているつもりなのに評価されない」と思う場面が続く
  • 家族や身近な人に対して「どうして分かってくれないんだろう」と思うことが多い

人生の中で、望まない出来事に巻き込まれることはあります。

そのとき心の中に立ち上がりやすいのが、

「私は〇〇に△△された」

という捉え方です。

たとえば、

  • 私なりに受け止めてきたのに、愛してもらえなかった
  • ベストを尽くしたつもりなのに、評価されなかった
  • 家族のためにやってきたのに、報われないことばかり起きる

こういう感覚自体は、ごく自然に起きるものだと思います。

ただ、この立ち位置に長く留まっていると、心がしんどくなりやすいんですよね。

なぜなら、目線が

「この状況を変えるのは、原因となった誰か(何か)だ」

のほうに寄っていくからです。

つまり、いま起きていることに対して、自分がどう関わり直せるか、何を選べるか、が見えにくくなる。

この状態、「被害者の立ち位置に寄っている」と表現されることもあります。

(ここでいう被害者とは、人格の話ではなく、“選びにくさ”が起きている状態の説明に近いです)

被害の事実があることと、「被害者の立ち位置からしか動けなくなること」は、同じではないかもしれませんからね。


加害者意識が影響しているかもしれない状態

  • 誰かのために頑張ってきたのに、どこか報われない感覚が残る
  • 「自分がちゃんとできていないせいだ」と考えがちになる
  • 幸せを選ぼうとすると、なぜかブレーキがかかる

被害者意識と対になるものとして、「加害者意識」という捉え方もあります。

これは、

「自分が〇〇を△△してしまった」

という認識が強く残っている状態ですね。

たとえば、

  • 本当は優しくしたかったのに、きつい言葉を投げてしまった
  • 守りたかった相手を、結果的に傷つけてしまった
  • 良かれと思ってやったことが、誰かの負担になっていた

もちろん、起きた事実に向き合うことや、必要な謝罪や修正をすることは大切です。

ただ、ここで加害者意識が強く立ち上がると、「向き合う」より先に、罪悪感や無価値感が前に出てきやすい。

すると、心の中ではこんな感じになりがちです。

  • 自分は人を不幸にした側だ
  • だから幸せを選ぶ資格がない気がする
  • 間違えないように、正しさを固めないと怖い

この状態もまた、別の形で“選べなさ”が起きていると言えます。

表面的には「常識的でしっかりしている人」のように見える場合もありますが、
内側では「罰」や「禁止」が強くなっていて、自由に動けなくなることがあるんですね。

だから、ここでも大事なのは、“正しいかどうか”ではなく、

いま自分がどんな立ち位置に立たされているか、の確認かもしれません。


被害者意識と加害者意識が絡まるとき

  • 相手に不満があるのに、強く言えずに溜め込んでしまう
  • 「本当は私も悪い気がする」と思いながらモヤモヤする
  • 関係を良くしたいのに、どう動けばいいかわからなくなる

ここから少しややこしい話をします。

ものすごく極端なケースを除くと、

「被害者意識」が「加害者意識(罪悪感)」を覆い隠す形で出てくることがあるんですね。

たとえば、こんな相談があったとしましょう。

彼がいつも愚痴ばかりでしんどいんです。

ここだけ読むと、「被害者の立ち位置」の話に見えます。

ただ、実際のセッション現場では、

もう一段奥に、こんな感じの心の動きが隠れていることがあります。

  • 彼がしんどそうだと、自分が役に立てていない気がして苦しい
  • 自分が十分に支えられていない、愛せていない、と感じてしまう
  • その無価値感や罪悪感がつらくて、早く状況を変えたくなる

つまり、表の言葉は「被害者の感覚」でも、

内側では「加害者の感覚(役に立てていない、という罪悪感)」がある。

この場合、本人もそれに気づいていないことがあります。

だから、外側の言葉は

「相手をなんとかしたい」

になりやすいんですよね。

でも、もし本当に苦しいのが「役に立てていない自分」だとしたら。

今の問題解決の入口も、少し見え方が変わってくるかもしれません。


被害者の立ち位置が続くと、関係が動きにくくなるとき

心理の文脈でよく出てくる言葉に、「許し」があります。

ただ、ここでも先に言っておきますけど、

許しって「やらなきゃいけないこと」ではないと思います。

それでも、許しが大事だと言われるのは、

許せない状態が続くと、心の立ち位置が固まりやすいから、かもしれません。

たとえば、別れた相手が許せない、という状態が続くとき。

そこには、

  • 傷つけられた自分(被害者の立ち位置)
  • 相手を責め続ける自分(加害者の立ち位置に触れる)

が、同時に立ち上がります。

その結果、

  • 自分の価値が揺らぐ
  • 関係に対する信頼が戻りにくくなる
  • 「また責められるかもしれない」という怖れが強まる

そんなふうに、心がじわじわ固まっていくことがあります。

許す・許さないの話というより、

「この立ち位置のままだと、自分が回復しにくい」

そんな構造が見えてくる感じですね。


被害者の感覚を手放せない背景にあるもの

被害者の立ち位置がしんどいなら、手放したい。

頭ではそう思っても、うまくいかないことがあります。

たとえば、職場の上司との関係で悩むケース。

私は誠実に仕事をしているつもりです。私にも至らなさがあると思いますが、もう限界です。

ここでポイントになりやすいのは、

「私にも至らないところはある」

という言葉の“重さ”です。

もし、この言葉が本当に穏やかに言える状態なら、

  • 「改善点があれば教えてください」
  • 「ここは私の課題でした」

と、相手に伝える余地が残ることがあります。

でも、そう言えないとしたら、

内側では「認めた瞬間に、自分が崩れる」みたいな怖さがあるのかもしれません。

そして、その怖さの奥には、

「本当は役に立ちたい」

という願いがある場合があるんですね。

役に立ちたい。信頼されたい。味方でいたい。

でも、それが叶っていない気がする。

その痛み(罪悪感・無価値感)に触れるのがつらいとき、被害者の立ち位置が“防波堤”みたいに働くことがあります。

「相手が悪い」と言っているというより、そうでもしないと自分がもたない、という感じに近いかもしれません。


いちばん避けたくなる感覚の奥に残っているもの

ただし、加害者意識(罪悪感・無価値感)に触れていくプロセスは、

たいてい気分が良くないんですね。

むしろ、

  • 「自分はもうダメだな」
  • 「何もできてない気がする」

みたいな感覚が出てくることも少なくないんです。

もう限界、やっぱダメ。そんな気持ちになりやすい。

だから、人はそこを避けたくなるんです。

また過去と同じように頑張って埋め合わせようとしたり、正しさを固めたり、忙しくしたりします。

ただ、ここで過去と同じように走り続けると、どこか燃え尽きやすくなるんです。

すぐ息切れる、というか。

頑張ろうと思っても気持ちが持続しない感じ。

なぜなら、どれだけ頑張っても、心の奥の「足りなさ」の感覚が回復しにくいからです。

ここで、もし少しずつでも、

「役に立てていない気がする」「喜びになれていない気がする」

そんな感覚を否定せずに見つめられるようになると、

不思議なことに、その奥から、別の感覚が出てくることがあります。

それが、

「本当は、誰かの喜びでありたい」

という願いだったり、

「大切にしたい」

という素直さだったりします。

ここが少し掴めると、“ふっと自分の心に軽さや自分への希望”を取り戻し始める感覚がやってくることがあります。

元気が出る、というより、立ち位置が戻る感じですね。


最後に:被害者・加害者の視点が教えてくれる「立ち止まり方」

まとめると、こんなふうに整理できるかもしれません。

  • 被害者の立ち位置:原因の側に目線が寄り、選びにくくなる
  • 加害者の立ち位置:罪悪感や禁止が強まり、選びにくくなる
  • 被害者の感覚が強いとき:奥に「役に立てていない痛み」が隠れている場合がある

ここで大事なのは、「どっちが正しいか」ではなく、

いま自分が、どの立ち位置から今を見ているか、かもしれませんよ。

もし最近、

  • 頑張っているのに苦しい
  • 正しさを固めたくなる
  • 自分を責めるか、相手を責めるかの二択になる

そんな感覚があるなら。

それは“あなたが弱い”という話ではなく、

心の中で何かが必死にバランスを取っている状態、とも考えられます。

どこから立てば、少し息がしやすいのか。

どの感情を、見ないふりをしてきたのか。

ひとりで整理しにくいときは、信頼できる人に話してみたり、必要なら個人セッションで一緒に整理するのも一つの方法です。

それでは今日はこの辺で。

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ABOUT ME
浅野寿和 | 心理カウンセラー・トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 個々のご相談を心理学の視点で整理して、明快に言葉にしていくカウンセリングが人気。 キャリア17年・臨床実績10,000件/東京・名古屋・オンライン対応。リピーターさまが多いカウンセラー。口癖は「どんなことにも事情があるよね」。
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