ほぼ30代からの”仕事に活かせる”心理学

テレワークによる心の疲れをセルフチェックする方法

テレワークによる心の疲れに気づく

最近は新型コロナ禍の影響で「テレワークが辛くて」「人と会えないことがストレスで」というお話も伺うようになりました。

自宅での仕事に慣れていない方にとっては、安らぐ場所であるリビンク、寝室などで自分をいい意味でやる気モード、緊張状態に持っていくことに難しさを感じる場合もあると思うんですね。

だから、仕事に集中できずにいたり、プライベートと仕事での気持ちの切り替えが上手くいかずに作業効率が落ちることも少なくないでしょう。

実際、カウンセリングをしていると「家では仕事に集中できないから日中はホテルのテレワークプランを活用しています」というお話もちらほら。それぐらい場所を変えることの意味は大きいということなんでしょう。

また、家族に仕事をしている姿を見られたくない、という方もいますし、夫婦でテレワークをしていることの違和感を伝えてくださる方もいます。

ちなみに我が家も夫婦でテレワークする機会が多くなりましたよ。ま、僕の場合はテレワークというより、そもそも書斎で仕事をすることが多かっただけなんですけど。

別の話で言えば、業務上、オンラインミーティングが多用されることで、自宅を覗かれているような気分になることが嫌だ、という声も僕のもとに聞こえてきました。

自分のプライベートが知られることに対する抵抗感を伝えてくださることが多いんですけどね。数人のMTが苦手という話もあれば、個別対話、例えばOne On Oneなどが苦手という話も伺います。

いくら画面に映り込む背景を気にしたり、ヴァーチャル背景を使っていても、職場の人にまるで他人に自分を覗かれる感じが嫌だ、というお話です。だから仕事上のコミュニケーションが減ってしまった、という事案も聞くことがありますよ。

これはまるで「他人に自分の隠しておきたい部分を覗かれている」と感じているようなものですから、そう思えば不快になる方がいても不思議ではないですよね。

この場合、深層心理で「恥」という感情を受け入れがたいと思っている方ほど、そう思うもの、といえますけどね。恥という感情を受け入れない、つまり、恥ずかしいことは嫌、恥をかきたくないと思いやすい方ほど、人のどう思われているかを気にしやすくなるものですね。もちろん悪気なんてなくですよ。

僕なんかはガサツ?なんで別に見られたってどってことないなー、むしろ普段は見かけない本や手入れが十分行き届いていないギターが放置してある部屋を見て、相手が不快に思わないかな〜とか思っちゃうんですけど(一応掃除も手入れもしているんですけどね・笑)

そのお気持ちは個人的に分かる気がします。

あと、やはりテレワークが増え、人と会えないことがストレスになっているケースって少なくないものですよね。

仕事上の対人関係から解放されて楽、というお声も聞きますが、やはり僕たちは親しい人、気の合う友人とつながることで親密感を感じますし、この感覚が大好きなんですよね。だから、大好きなものを感じられないとしたら辛くなるのは当然といえるのかもしれません。

本当にさまざまな事情から、いわばニューノーマルな時代だからこその「疲れ」についてカウンセリングで扱わせていただくことが増えているのですね。

 

心理的な疲れの理由には気づきにくい

僕たちの体が疲れているときは、その根拠がはっきりしていることが多いです。

今日は長い時間歩いたから。
久しぶりにたくさん運動したから。
たくさん重い荷物を持って帰ってきたから。
子供のお世話で大変だったから。
最近、忙しいから。
昨日はあまり眠れなかったから、など。

一方、心理的な疲れというのは、はっきりとした理由が分からない場合も多いのです。

だから、カウンセリングで「とても疲れていらっしゃるようですよ」とお伝えしても、
「え?でも、私、何もしてないですし、仕事も以前ほど忙しくないし、大変じゃないんです」という答えが返ってきたりします。

実は、この「以前ほど忙しくない」「大変じゃない」という言葉がキーワードなんです。

この言葉って「否定形」ですよね。

僕たちの世界では「否定形の影には肯定形あり」という考え方がありまして、そもそも「肯定形」がないのに「否定形」を必要とする必要はない、と見つめるんです。

だから、忙しいから忙しくないという。大変だから、大変じゃないという言葉が出てくる事が多いんです。

疲れを我慢すると恐れに変わることもある

僕たちはどんなことでも「理由が分かる」と安心します。

だから、どんなことにも何かしら理由を探すことが癖になります。

でも、その「理由」の多くが「いわゆる第三者に理解してもらいやすい理由」である場合が多い、とお気づきでしょうか。

ぶっちゃけた話をすれば、自分の心が疲れている理由は「自分の中に存在する理由」であって、第三者が見て分かりやすい理由ではない場合も多いものなんです。(その理由をただ何もしない(自分の責任を取らない)言い訳にするということなら話は別ですが。)

それは自分と他人で好きなものが違うこと、と同じようなものだと僕は思いますよ。

人と好きなものが違うことは理解できるのに、疲れの理由が違うことはないと思うって、なんだか妙じゃないですか。

今の自分が客観的に見てどういう状況であったとしても、自分自身が何を感じているのか?で決まってくるもの、といえますよね。

いわば「普通」や「常識」ではなく「自分の場合は」という部分が大切なんです。

心の疲れは自分の預かり知らぬところで溜まり続けるものかもしれません。

そもそも心は見えるものではないので、自分がどう感じるかにかかってくるものですからね。

 

例えば、最近仕事が忙しくて明らかに参っている、なら、疲れの理由はまだ分かりやすいです。

でも、仮に一日家でゴロンゴロンしてたとしても、「何もせずあっという間に休日が終わってしまった」といった徒労感を感じたことってないでしょうか。

今まで頑張れていたことが頑張れなくなった、も同じです。気持ちが乗らなくなった、パートナーのことを愛せなくなった、友達のことは嫌いじゃないけどなんだか会いたくないと思うようになった、も同じです。

このような状況になると、なかなか人に「疲れてる」なんて言いたくても言えなくなってしまうと思いませんか。

 

「テレワークが苦手・辛い」という気持ちも同じなんです。

そこで「みんな同じだから」「誰もがニューノーマルの慣れないスタイルと向き合っているんだから」なんてど正論をぶつけられたら、何も言い返せなくなりますよね。

すると「テレワークが辛い」という気持ちを抑圧しようとします。

でも、辛いのは事実ですから、それを我慢すればストレスになり、やがては心が疲弊してしまいます。時には「辛いと思っている自分がダメなのかな」と考えてしまい、自分を責めることにもなります。

このような状況では、なかなか自分が疲れてるとは認められないものです。

 

また、そうした今現在起きている問題だけじゃなくても、自分自身が持っているパターンが作り出す疲れもたくさん存在します。

例えば、「男は仕事。ちゃんと働くべき」「働かないとだめになる」という考え方があると、仕事が辛くて疲れ果て、その結果、職を失ったり、これからもちゃんとやっていけるのか、という不安が湧き出して、その考え方からものすごく自分を責めるようになることもあります。

現実的には以前の通り仕事の続けていられても、急に辛さが湧き出し、それが先々への不安に変わり、これから先もちゃんとやっていけるんだろうか、という不安を掻き立てられることだって考えられますよ。

しかも、このような自分の気持ちって、一般常識に対してはまったくもって説得力を持たないことが多いわけですよ。

人に「そう考える必然性はないじゃない」と言われてしまえばそれまでですから。

そこで「そうか、そう考える必要はないんだな」と思える人は、まだ自分の心に余裕があるタイプなのですけど、疲れが溜まっていたり、心に余裕がないと「自分が間違ってる」「辛いと思う自分が悪い」と思って、我慢してその状態を続けてしまうものなんです。

ただ、自分が辛い、ということは、あなたがそう感じている以上、自分の心にとってはそれが真実なんです。

それは一般的な常識を飛び越えて「自分自身がそうだから」という、それだけの理由で起きるもの、といえます。

そう感じるから、そうなんだ、ということ。

そもそも「自分の事情について常に第三者に対しても説得力のある理由を探さないと自分を許せず、認められない」という時点で、心がひどく疲れていたり、自分を見失っている可能性があると考えることもできるんですよ。

だから、客観的に見てどういう状況であれ、自分が感じていることに素直になること、心をきちんと見つめて受け入れてあげることが、とても大切なことではないでしょうか。

そして、心に余裕を生み出すアプローチを採って行きましょう。

その上でなら、今のニューノーマルな時代に合わせた考え方を受け入れ、自分を変え、価値観の変化に対応するなどのアプローチに臨むことができるようになっていきます。

 

知らないうちに溜まってしまう心の疲れ。そのセルフチェック方法

やはりテレワークが続く環境は、どうしても人との関わりが薄く親密感を感じにくい環境です。

だから、人と関わることで感じていた安心感や、他愛のない話をすることで解放されていたストレスを抱え込みがちになる、といえますね。

いわば、人と関わらない割に、刺激を受ける情報、処理するべきタスクが多く、どうしても癒やしの要素から遠ざかったままでいる時間が多くなりがち、といえます。

もちろんテレワークだからこそ生まれる時間を有効に活用すれば、いくらでも気分転換はできるのです。

が、なにより「疲れている自覚」があってもどうしていいのか分からない場合もあるでしょうし、そもそも「慢性的な疲れ」であれば、その状態が当たり前なので、自分が疲れていることに気付けない場合も多いものかもしれません。

そこで、自分が疲れているかどうかを簡単にチェックする方法がありますので、簡単ですがご紹介したいと思います。

今から一ヶ月前まえまでの期間を振り返って

「どれくらい笑ったか」「楽しいと感じられたか」「感動して泣いたか」「喜んだか」を見つめてみましょう。

その回数がない、もしくは片手で数えられる程度の回数なら、心が疲れている可能性がありそうですよ。

僕たちの学ぶ心理学では「エゴは笑わない」という格言めいたものがありまして、疲れが溜まっているとき、しんどいときほど私達は笑えません。何をしていても楽しめない気分になることが多いんです。

最近笑ってないな、楽しいことない、と思う裏側には、何かしらの疲れが溜まっているのかもしれませんね。

また、疲れているときに感動することはあまりない、ともいえます。心が疲れていると感情が動かないし、動かしたくないと思うものなんです。だから、感動の涙を流すことも少なくなります。

それが「心」が発している自分へのメッセージ、だとしたら。

さて、あなたは自分をどう扱ってみたいと思うでしょうか。

「癒やし」と「慰め」の違いについて知っておこう

ただ、状態で僕たちがよく疲れを感じたときに使う方法の一つに「慰め」があります。

特に普段から自立されている方に多いことなんですけど、まるで自分を慰めるような行動を続けるってことですね。

例えば、疲れがたまると酒量やタバコの量が増える。
楽しくないけど飲み歩いてばかり。
とりあえずバクバク甘いものを食べる。
全く感動しないけどとりあえず本を読む、映画を見る。
別に楽しくないけど寂しいから友達とLineばかり続ける。
何もしないけど一人でいる。
毎日儀式のように同じ行動パターンを取る。そうじゃないと眠れない。など。

これらの行為が全て悪いってわけではないんですけど、自分の気分がすごく良くなるか、というとそうではない場合も多いようです。

実際に僕のもとには「最近疲れが溜まってお酒ばかり(甘いものばかり)手が出ちゃって大変です。いけないなーって思うんですけど。」というお声が聞こえてくるんです。

ね、いけないことで癒やされることってなさそうじゃないですか。でもお酒も甘いものも上手に付き合えば癒しになりますよね。それ自体が悪者であるわけはない。

どうせ美味しいお酒を飲むなら、好きな本を読むなら、心穏やかに楽しみ味わいたいですよね。

僕は一つの比喩として、「慰め」はいわば緊急的な処置で、「癒やし」は自分を大切にすることですよ、とお伝えしています。

どちらがいい、悪いということではなく、その効果・目的が違うものだから、使い方を間違うと心の疲れが取れないことも少なくないですよ、という話です。

僕たちには、どうしたって自分を慰めないと気持ちがもたないこともあります。

ただ、ずっとそれを続けていても気持ちが晴れないこともあります。

だから、「自分が疲れていることに気づく」によって、「自分を癒やす」「慰める」どちらを自分に与えますか、という選択ができるようにもなるんですね。

 

心の余裕を持つ方法の一つ「ボーっとすること」

実際、僕のカウンセリングに来られるまでには、家族や友達に相談されたり、本やWEBを見て勉強したりして、自分なりに解決しようと頑張ってらっしゃる方も少なくありません。

ただ、それだけ頑張っても解決できなかったとしたら、それもまた自分を責める理由になって一層感情を抑圧してしまうことも起こり得る話です。

だから、僕のカウンセリングの初期段階では、そうした自分では気付かなかった疲れを解放してあげるようなセラピーを取り入れることも多いんですね。

これは一つのリラクゼーション的なカウンセリングとも言えますし、今の自分に気づくアプローチの一つでもあります。

このプロセスはいわばカウンセリングならではの方法なのですが、それを通じて自分を癒やしていくと、今の疲れの問題だけでなく、いわゆる関係性の問題(パートナーシップ、対人関係、家族関係など)も良い方向に変えていくことも可能な状態になるんですね。

ある意味、多くの問題に効果を発揮する方法、ということですね。

 

また、実際のカウンセリングでも「家でもできることがあるので取り組んでみてください」とご提案するエクササイズもあります。

最後にそれを一つご紹介しようと思います。

それが「ボーッとすること」なんです。

実は僕たちは「ボーッとしているときだけ恐れを感じない」のです。恐れは体も心も緊張状態にしますから、その逆を行うというわけですね。

ただ、一人でボーッとしていても余計なことを考えてしまうと思われる方もいるかも知れませんよね。

だから、すこし体を動かすという意味で散歩してみたり、美しい景色を見に出かけたり(出かけられる範囲で)、ゆっくりお風呂に入ったり。そんな無理のない程度のことを日常に取り入れてみてくださいね、とお願いすることも少なくないんです。

できればそのときに、今日自分ができたことを3〜5個程度、褒めてみると効果的ですね。

本当は転地といって「日常から離れる機会を持つ」ことがかなり有効なんです。ただ、このご時世では難しい場合もありそうですね。その場合は、少し今の生活圏を離れるだけも気分は随分変わりますよ。

また、日常にある「自然」に触れることも自分の心の状態を見つめ直したり、心を解放するいい機会になると思います。

自分の疲れや心の状態をきちんと把握し、その状況に応じた対応を採ることは充実した毎日を過ごすためにはとても大切なことです。

今回のコラムが少しでもみなさんのお役に立てば幸いです。

 

https://www.asanohisao.jp/archives/20201018spws.html

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