恋愛・夫婦の心理学

彼との関わりが乏しくて苦しいです

浅野さんへの質問

婚活で付き合って一年です。でも会った回数は1桁です。電話は頑なにしたがりません。LINEもほぼ返してきません(良い時は2日、悪い時は1週間以上)。コロナの影響もですが、半年会えませんでした。

これだけ書くともう別れるべき案件なのに、自分でも驚いているのですが、相手は出会った一年前と全く変わらずの熱量?で私を好いていてくれてるのです。(冷めた感は全く無い)私もとてもしんどいですが、好きさは変わらないです。

元々あまり恋愛に重きを置いている人ではないです。友人を優先する人です。
さすがにきちんと話をしました。大切にしたいものが同等であるなら仕方ないと思い、
・デート後に友人と会うなら早い時間から私と会う事(これは守ってくれました)、
・3週間に一度は会う事(守られたのは次の時だけで、なあなあになり半年会えず)を約束しました。

彼はとても素直で、一度も怒ったりイラついたりする事がありません。常にニコニコして、私を気遣ってくれ、とても優しい人です。
代わりに、たぶんネガティヴなマイナスな匂いというか空気が人一倍苦手なんだと思います。
会社では、周りから嫌われてる人でも自分は話をしたり、争いが起こるくらいなら違うと思ってもその通り動くし、日常的に平常心と言っていました。

私は逆にハッキリ物事を伝えるし、喜怒哀楽が激しく、全てが真反対です。たぶんそこに惹かれたんだと思います。癒されるんです。

私は好きなものをとにかく語りたい人なので、彼にも彼の素敵で好きな所をめいいっぱい伝えています。
そして、繊細すぎる彼を壊さないように、悲しい事寂しい事もとても言葉を選んで慎重に伝えています。
数日後既読はあっても返事はないです。その度に焦るのですが、後日こんな事あったんだという日常LINEを送るとそれについて和やかな返事がきます。

私は良い恋愛をしてませんでした。
一度目は恋に恋をして、友人を深く傷つけました。もう会う事は無いですが、勝手ながら傷つけたという傷は一生消えず苦しむと思います。
二度目も付き合ってみたものの合わず、男性不信になりました。
そこから数年、恋愛としての男性が怖くて気持ち悪くて駄目でした。しかしあるキッカケで恋愛にまた挑戦してみたくなり、出会ったのが彼です。
男性の怖かった部分全てが、まるで無い人でした。世の中にはこんな人もいるのかとびっくりしました。

彼に救われ、幸せな気持ちを貰いました。なので私も彼を大切にしたいのです。
でも私も一緒に幸せになりたいのです。
その葛藤で日々悩み苦しんでいます。

たぶん彼は変わらず私を好きです。
私は私が嫌いで自信もありません。いつか私からフェードアウトするのだろうと不安と寂しさで、内緒で婚活に出向きます。その度に虚無感とやっぱり彼が良いと落ち着きます。

自分がそうだから相手もそうなるだろう、という鏡的な気持ちで決めつけにかかっている事にも気づいてはいます。
恋愛(他人)を幸せの主軸にするのは不安定だから、幸せの1つと捉えて、趣味とか他の楽しい事を充実させたい気持ちもあります。
でも、なかなか難しいです……

個人的に来年転職しようと考えてて、それをタイミングとして同棲・結婚の話を少ししました。
周りに結婚話が無く実感がないのかふわっとしてましたが、否定的な印象はなく、ひとまず考えてみるよという事でした。
…またなあなあにされるかなあ、という不安も出てきてしまいましたが。

長くなりましたが、
彼は何を考えているのか、
彼のマイペースさと私の勢いの強さが、
お互い負担なく上手く馴染んでいくためのアドバイスを頂けたらと思います。

ネタ募集ネーム:あおさん

あおさん、おまたせしました。ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

なるほど、彼との関わりが乏しくて苦しい、というご質問ですね。

それは苦しい、といいますか、ご質問を読んであおさんの葛藤が僕にも伝わってくるようですよ。

ただ、ご質問を見る限りなんですけど、彼はあなたとのことを否定的に見ているわけではなさそうな印象を持ちました。確かに会わない、会う時間が少ない、などの面からこの関係を見ると不安が募ると思うんですけどね。

ではご質問に僕なりにお答えします。何か参考になればと願いつつ。

恋愛に求めるものは人それぞれ違うもの

当たり前と思われるかもしれませんが、人それぞれ恋愛に求めるものが違います。

ここでの求めるものとは「感覚」のようなものでもあり、「価値観」のようなものでもあるのですけどね。

また、心理的に見て、恋愛において何を重視するか、は、その人それぞれの個性、特性によっても変わるものです。これは、いわゆる恋愛観ではなく、その人の情報の集め方、物事の感じ方の違い、のようなものなんですけどね。

ご質問を読ませていただく限りの話なんですけど、あおさんの彼は「居心地の良さ」を求めるタイプなのかもしれませんね。

このようなタイプの方って、物事の理屈やあるべき姿よりも、「その場の雰囲気や感覚」をなにより大切にする方が多いんですよ。

理屈も考えるけど、理屈以上に居心地が良いかどうか。

もしそうだとすれば、彼は友人関係の中で居心地の良さを感じているから、その関係性を大切にしている可能性も高いですし、あなたとの関係でも穏やかで、ネガティヴな空気感を苦手にしている、という部分も理屈が通りそうなんですね。

また、彼が居心地が悪くなるようなことはしたがらないと思うので、電話連絡をあまりしたがらない場合もあるかもな、と思います。

もちろん「電話嫌い」「連絡嫌い」って、また別の理由・心理が考えられるんですけど、そこは抜きにして考えればの話です。

 

このタイプの方は、ある意味独特といいますか、周りとの違いが明確に見えるタイプとも言えます。

一般的に人って、損得や利害を理由に物事を考えたり、行動する場合が多いんですけど、このタイプってそうじゃない場合が多いので。

だから、なぜそんなことができるの?と思えるような行動を取りますし、いわゆる恋愛や一般的な常識でみると、その人の真意がわからない場合も少なくないんです。

なので、僕の経験上、居心地の良さを求めるタイプの人って、意外と人からの批判やツッコミを受けやすい、といいますか。「どうしてそうなの?」と言われやすい側面があるといいますか。

そういった経験から「自分は人を責めないし、人のことは理解したい」と考えている人も少なくなく、いわゆる平和主義だったり、人との衝突を避けるようになる方もいますよね。

一方で、孤独を抱えやすい部分もあり、だから自分だけの世界を持ってそこに居心地の良さを求めている方もいると思いますよ。

 

だから、このタイプのパートナーって周囲から見るとめちゃめちゃマイペースに見えるかもしれませんが、いいか悪いか別にして、理屈抜きに、その肌感覚で感じる心地よさを求めているものです。そのためにときには我を捨てることだって平気で行う場合もありますよ。

もちろん居心地の良さを求める動機が、不安や恐れである場合も考えられますけど、まぁ全般的な言動がそのようになるんですよね。

ちなみに、居心地の良さを求めているタイプの方ほど、話し方が穏やかでゆっくりだったり、使う言葉も「胸が熱くなる」「腑に落ちる」のような体を一部を使った表現をされる場合も少なくないんですよ。全てそうだというわけではないんですけどね。

どうでしょうね、あおさんの彼はそんな感じでしょうか?

もしそうだとしたら、理屈云々よりも先に、二人の居心地について考えてみるといいかもしれませんね。

二人の関係が「お互いに居心地の良いもの」になっているかどうか。

そして、そのお互いの影響をお互いに恩恵として受け取れているかどうか。

ここが一方通行になっていると、なかなか関係が前向きにならないことも少なくないようですよ。

あえてネガティヴなことを書いちゃいますと、このタイプの方は、二人の関係の中で居心地の悪くなるようなことは言わないし、居心地が悪そうにしている相手を見ていると身を引きたくなるものです。

なぜなら、多くの居心地の良さを求めている人は、お互いの空気感、二人の間にある居心地の良さを求めるだけでなく、それをパートナーに与えようとするでしょうから。

人は自分がいいと思うものを人に与えようとする。たまにこのブログでも出てくる「お中元の法則」そのものですね。

 

自分の投影に気づくこと

私は良い恋愛をしてませんでした。
一度目は恋に恋をして、友人を深く傷つけました。もう会う事は無いですが、勝手ながら傷つけたという傷は一生消えず苦しむと思います。
二度目も付き合ってみたものの合わず、男性不信になりました。
そこから数年、恋愛としての男性が怖くて気持ち悪くて駄目でした。しかしあるキッカケで恋愛にまた挑戦してみたくなり、出会ったのが彼です。
男性の怖かった部分全てが、まるで無い人でした。世の中にはこんな人もいるのかとびっくりしました。

なるほど・・・。いろいろと辛いことがおありだったんですね。

さて、いい悪いということではないのですが、この部分の話を読ませていただくとと、なるほど、と見えてくることがありましたので、まずそのお話を書かせていただきますね。

あおさんにとっての一度目の恋愛は、誰かを傷つけたという罪悪感がある、というお話のようですね。

二度目の恋愛は、うまくいかない、噛み合わない、ことからの男性不信。

きっとその時々でつらい気持ちを抱えられたのかな、と勝手に想像していますよ。

ただ、この2つの出来事が生み出す感情って、やっぱり罪悪感・無価値感のようなものだろうと僕は考えるんですね。

もちろんそれはあなたに罪悪感・無価値感がふさわしいという話ではなく、このような感情を感じ、抱えた可能性についての話です。

もし、自分の内面に罪悪感や無価値感が強く生じているなら、おそらくその感情を通じて恋愛やパートナー(異性)をみることになっても不思議ではないんです。

心理学でいうところの「投影の法則」ですね。

自分自身の内面にネガティヴな感情が生じている分だけ、人も同じように自分を見るだろうと、感じるようになります。

が、実際は、自分がネガティヴな感情を通じて人や世界を見ているのだとは気づかず、「周囲にあるものは脅威に感じ、自分を傷つけるもの」のように感じるんです。

だから、愛することが怖い、関わることが怖い、と感じ、その結果、自分から関われないから、相手の気持ちを確かめないと不安でたまらない、という気持ちになります。

この怖れは、いわゆる「はっきりさせないと気がすまない」という気分を作ります。

はっきりさせないと気分が落ち着かない、でしょ?この不安があるならばね。

 

また、このような投影が生じている時に問題となりやすいのは、自分自身の中にどれだけの愛情やパートナーへの気持ちがあったとしても、自分の内面に罪悪感や無価値感の影響で、自分に愛があることを実感できずにいたり、その結果、相手に自分の愛を与えることが難しくなることにあります。

実は相手も自分と関係を構築することで喜んでくれていても「そんなわけがない」「もっと頑張らないと」と感じやすくなってしまいます。

その理由は、罪悪感や無価値感の影響を強く受けている自分の価値などを自分で肯定できなくなることにあります。

だから、もっと頑張らなきゃ、相手に合わせなきゃ、と考えてしまうんですね。

もしこの関係がライトな、今だけの関係じゃないなら、相手は今のあなたがいいから付き合っているはずなのですけどね。

よく恋愛のご相談で「私は愛されない」「愛されるように思えない」というお話を伺います。もちろん僕もそのお気持ちは大切に伺わせていただいているところですよ。

ただ、その感覚やイメージの正体は、私がパートナー(世界)に求められない(拒絶されている)という感覚よりは、「自分がパートナーを求められない(拒絶している)」というものであることが圧倒的です。

愛されないという受け身のスタンスで解釈されていることの多くは、「自分が求められていない」ではなく、「今の自分では誰かを大切にできない、喜ばせることができない」という加害者的意識そのものなんです。

僕たちにとって愛されないことも辛いですが、それよりも苦しいのは「自分が大切に想うもの、人をこの手で愛せない、触れられない、なにもできない」ということですから。

こうなると、「自分のことを相手が愛してくれているかどうか」次第で自分の幸せが決まり、自分からは何もできない、してはいけない、ということになってしまいます。

これこそが他人軸とよばれるものなんですけどね。

ここでは「自分は誰かの役に立っている、喜びである」という自尊感情の対極、「自分は誰の役にも、喜びにも、愛にもなれない」という無力感、無意味感、罪悪感、無価値感の海に飲み込まれてしまうわけですから、そりゃ苦しいわけです。

ただ、その自分のこともなかなか肯定できないし、受け容れることも拒みたくなります。

誰も自分のことをちっぽけに感じたくないですからね。

だから、相手や人に自分の感情を映し出して、相手が何を感じているのかが知りたくなる、つまり他人軸から抜け出せなくなり、自分の気持が置き去りになってしまうことも少なくないのですよ。

ただ、もしあなたがそう感じていたとしても、パートナーがそばにいるとしたら・・・。

さてパートナーの気持ちってどこにあるんでしょうね。少し想像してみていただくと分かってきませんか?

そう、多くの「大人の恋愛の問題」は「自分から愛を向けられない」というところから始まる、「相手の愛情を受け取れない」ことにあります。

大人だから、もらってばかりでは申し訳ないって思っちゃうんですよ。子供じゃないんだから依存ばかりしていても申し訳ないって思いませんか?

それぐらい僕たちは愛したいし、大雪な人を喜ばせたい存在なんです。

そんな自分には愛や許し、喜びがふさわしいんですよ。

ただ、自分から相手を喜ばせて、笑顔にしたいんだけど・・・と考えていると、そのうちに愛を与えていない自分に気づき、「相手は私のことを愛してくれるの?」と不安になるんです。

これは僕個人の考えかもしれませんけど、このような話もじっくり見つめていけば、「罪悪感などの影響で愛する人に触れられない」と苦しむほど、「本当は誰かの役に立ち、愛し、喜びになりたい」と願う自分がいる、とも考えられると思うんですよ。

つまり、愛にふさわしいのは自分であり、大切な人に愛を届けたいのだけど、過去に自分が誰かを傷つけたり、自分が傷ついたことで、自分のことを許せず、自分を認めることができなくなってしまっている、と考えることもできるわけです。

だから、もしあおさんの過去の辛い気持ちは、できる限り解放しながら、過去を見つめ直し、自分を許す、理解することも一つの癒しになるかもしれませんよ。

その癒やし、許しこそが、おそらくあなたの目の前にいる「彼の思い」なのでしょうから。

誰も愛する人を罰したくて関係を持ちませんよね?

だからこそ、あなた自身が「自分は愛(愛すること、愛されること)にふさわしい」と感じられるように、「自分自身が何度も愛を実感する」ことを続けていただきたいなと僕は思うのです。

愛を感じること、そして、自分を許し、人を許すことが、罪悪感や無価値感に対する癒やしです。

自分の中で何度も愛を実感したり、過去の自分や許せない人を許すことができる分だけ、いつしか罪悪感の影響は弱まり、愛し愛される、居心地の良い関係に自分自身が飛び込めるようになります。

ここで求められているのは、自分や人への罰や批判ではなくて、自分や人への癒やし、なんですよね。

ぜひそう考えて、自分自身を癒やす、許す、愛を感じる、という経験を積み重ねてみていただくといいのではないか、と思います。

 

ちなみに、日常でできる最も簡単な愛を実感し、許す作業は、自分から人に感謝すること、です。

例えば彼の存在に感謝したり、彼の言動に感謝したり、彼のためにかんたんなことでいいので与えてあげることです。

心の法則は物質の法則とは逆で、意識したもの、感じたものが増える(強化される)ものなんですよ。

だから、愛や感謝は使えば使うほど、自分を許し、愛にふさわしい自分に近づいていくことができます。情けは人の為ならずって、ホントそのとおりなんですよね。

 

自分は相手の喜びであり、そうなる!と決めちゃいましょう

個人的に来年転職しようと考えてて、それをタイミングとして同棲・結婚の話を少ししました。
周りに結婚話が無く実感がないのかふわっとしてましたが、否定的な印象はなく、ひとまず考えてみるよという事でした。
…またなあなあにされるかなあ、という不安も出てきてしまいましたが。

長くなりましたが、
彼は何を考えているのか、
彼のマイペースさと私の勢いの強さが、
お互い負担なく上手く馴染んでいくためのアドバイスを頂けたらと思います。

ここからは普段の?浅野節全開でまいりますよ(笑)

彼が「同棲や結婚の話を考える」と話しているなら、それは彼の熱量云々ではなく、本当に二人の間にその思い、機運が高まっているかどうかを見つめてみるといいですよ。

パートナーの視点で見れば、自分とあっているとき不安な表情だとか、喜んでくれていないと感じる相手に「どこまで自分のことを求めてくれているのだろう」という疑問を感じても不思議ではありませんよね。

つまり、お互いに幸せになる話に抵抗がないのに進まない時というのは、お互いの自己表現について見つめてみるとき、ともいえます。

あなたは相手の喜びで、癒やしなのではないですか?

あなたが「こんな人いるんだ」と思えたように、彼にとってもあなたの存在が大切だと思えたから一緒にいるのではないでしょうか。

 

あなたと彼の性格が違い、あなたの勢いがどれだけ強くても、彼は今も関係を続けているのでしょう?

だとしたら、それって問題じゃないですよね?

むしろこの話は、あなたが彼を大切に想うから気遣っている、ということじゃないでしょうか。

一度こう考えてみてください。

あなたの中に、どれだけの彼への思いがあるか?と。自分に愛を許してみてください。

彼に触れて、そばにいて、幸せにしたい、笑顔にしたい、一緒に居心地の良い関係を作りたいって思うとしたら、その自分を許してあげてください。

こんなにも彼を幸せにしたいって思ってた自分を、許してあげてください。

 

あなたは大切な人の前でどんな自分でいたいですか?

どんな自分を表現したいでしょうか?

僕がカウンセリングでお手伝いしている部分はここ、です。

僕たちが何より悔しいのは、本当は愛があるのにそれを表現できなかったり、自分の痛みの影響で自分の本心をうまく伝えれないことですからね。

 

自分が愛しいと思う人に、どんな自分を見せるか、と考えるか、それとも自分の中の痛みを見るか、不安を見るか。

その選択は自分で決められます。

それは頑張るのではなく、自分をいたわり、認め、本当の自分に戻るということなんですよね。

もし、本当の自分に戻って、最高の自分をパートナーに表現したいと思われるなら、僕で良ければいつでもお手伝いしますよ。

 

ただ、あまりに自分の中の不安や痛みが強いときは、どうか無理はなさらないでくださいね。

そこを丁寧に癒やすことを通じて、自分の気持ちを表現しやすくなりますから。