恋愛・夫婦の心理学

どうしたら素直に表現できるのか分からず、相手を避け続けてしまいます

36歳男性です。私は、半年ほど前から職場に好きな女性がいます。相手は23歳の方です。

同じ部署に所属しており、初めは業務的な会話を時々する程度でしたが、職場内のグループで食事にいったことから、好意をもつようになりました。

それまで人間関係に疲れ自分を閉じることが多かったのですが、彼女と話していると自然に楽しくなり、それがきっかけとなって職場でも自分を出せるようになっていきました。毎日彼女の笑いを私が一番引き出したいと頑張り、彼女の笑顔を見ていると私を好きなのではと久しぶりの片想いに舞い上がっていました。

ところが、1か月ぐらい前から彼女のことを意識し過ぎてしまい、うまく関われないことが増えてきました。ずっとバレないように目で追っているのですが、彼女が近づいてくるとどうしても避けてしまったり、素っ気ない態度を取ってしまうのです。彼女は沢山の男性に話しかけるタイプで、違う誰かと親密そうにしている姿を見て嫉妬する毎日です。

そうした中で彼女からも距離を取られていると感じたりぎこちなく接せられることが増え、私も以前のように自分を閉じるようになってしまいました。

欲を言えば彼女から特別扱いされたい、そうでなくてもまた仲の良い同僚の関係に戻りたい。でも自分をどうしたら素直に表現できるのか分からず、避け続けてしまいます。私はどうしたら良いでしょうか?

ネタ募集ネーム:マタタビさん

マタタビさん、おまたせしました。ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

ご質問拝見しました。そうですよね、異性を特別な人と意識すると、今までのように自然に接することが難しくなることもありますよね。

また、ついつい嫉妬してしまうこともあるでしょうし。

それぐらいあなたにとって彼女は魅力的で、特別だということなのかもしれませんね。

さて、このようなご質問を拝見すると、僕はいつもこう思うのです。

「あぁ、あなたは喜ばせたい人なんですね」と。

彼女に選ばれたい、という意識も強くなることがあると思うのですが、それ以上にあなたは「人を喜ばせたい」と思うのではないか、と。

人間関係に疲れた、自分を閉じた、という表現からもそう感じるのです。

我々大人が感じやすい人間関係の疲れは、他者のニーズを引き受けすぎてしんどくなったか、他者の意見・やり方と対立して疲れてしまったか、そのあたりが最も多い理由になりますからね。

だから、相手を喜ばせたい、与えたいと思う人ほど、人のニーズを引き受けすぎていたり、他者との意見の対立の中で葛藤するんですよね。相手のためにと思っているのに、それがうまくいかない感じがするのでね。

なぜこの話を書いているかといいますと、マタタビさんってその同僚の女性を喜ばせたいとお考えではないのか、と僕は感じたからですよ。(もちろんその彼女も笑顔を与えてくれる人なのでしょうけどね。)

しかし、いわゆる恋愛感情としての好意を抱くと、途端に「喜ばせたい」が「選ばれたい」という意識に変わってしまうことって少なくないんですよね。

「選ばれたい」が「相手の興味を持って欲しい」という思いに変わることもあります。

このような気持ちが溢れてくると、途端に自分の気持ちを上手に扱えなくなることも少なくないんです。

だから、どのように自分の感情、気持ちを見つめて、扱っていくかがポイントになりますね。

ではここから本題へ。

 

好意を抱くことは恥ずかしいこと?

異性に好意を抱くことって何ら恥ずかしいことではありませんよね。

でも、恥ずかしいんです、自分は。

人に「好き」って思うこと自体恥ずかしい。

だからつい人への好意って隠したくなるものではないでしょうか。

「あのさー前から思ってたんだけど、めっちゃ好きやねん」

とか素直に言えるって、相当な勇者か、相当感情を切って話すか、という場合が多いものではないでしょうか。

気持ちを込めて「めっちゃ好き」と表現するってすごく勇気がいりますよね。

 

人に好意を持つと「自己嫌悪」が発動する?

僕はよく「自己表現すると自己嫌悪とぶち当たるよ」と表現しているんですけどね。

人に好意を持つと、なぜか強力な自己嫌悪を感じることがあります。

実はこれ、僕もよく感じることがあって。例えばセミナーなど人前でお話した後ほど自己嫌悪を感じることがあるんですよ。(もはや気にしていませんけど)

「ううぅ〜ん」「あれでよかったのか」「あの話で十分だったのか」と、自己反省モードの突入することが今でもありますね(笑)

ま、そのうちすぐに回復するんですけどね。ここでの回復のスピードが早くなったのは、カウンセラーになるプロセスで行った「感情のトレーニング」の効果かな、と個人的には思っていますけどね。

 

このようなことは恋愛でも起きることなんですよ。

自分の気持ちを表現しようとすると、普段気づいていない自己嫌悪、自己否定を、相手への好意を持った途端に感じるようになるんです。

とかく恥という感情を悪いものだと認識していたり、とにかく感情表現を苦手にしている人(普段は真面目で常識的な方や、感情表現をそんなにしない人)の場合、自分の中で芽生えた「自己嫌悪」の分だけ、相手への「好意」自体を否定したくもなります。

いわば、自分の内面(感情)を相手に悟られたくないわけです。

だから、自分の気持ちを隠そうとする。

例えば、相手に興味のない態度を取り始めたり、そっけない態度になったりもする。人によっては急に距離を置くなんてこともありますね。

また自己嫌悪を強く感じるからこそ「今の自分じゃダメかな」「好きになってもらえないかな」「自分が好意を持ったって・・・」と感じるようにもなる人もいます。

本来は恥を受け入れればよく、受け入れることでとても心地よい感覚を感じられるのですが、恥という感情にはよく罪悪感を伴うので、なかなか素直に恥を受け入れられないことも多いんです。

かんたんにまとめると

「好意を持つ」→「恥ずかしい」→「罪悪感・自己嫌悪」→「やっべー」

みたいな流れでしょうかね。

 

自分のことを隠すより、相手にどんな気分を感じてもらいたいかを考える

欲を言えば彼女から特別扱いされたい、そうでなくてもまた仲の良い同僚の関係に戻りたい。でも自分をどうしたら素直に表現できるのか分からず、避け続けてしまいます。私はどうしたら良いでしょうか?

だとしたら、「彼女から特別扱いされたい」という気持ちは一旦認めながらも、「彼女の素晴らしさを誰よりも見て感じられる自分でいる」ことを目指してみるといいと僕は思いますが、いかがでしょうか。

僕も、恋愛のご相談で「相手から特別だと思われたい」というお話をかなりの数、伺うのです。

ただ、実際に相手にうまく近づけないという現実があるなら、おそらく自分の中の自己嫌悪なり罪悪感なりが強く影響している状態であることは間違いなさそうです。

だから、今の状態で相手に特別扱いされても、結局のところ、相手の好意は受け取れないことのほうが多いのではないかなーと僕は思います。

受け取れないから与え返すか、もしくは相手に依存しちゃうかみたいなカタチになることが多いように思うのです。

(ちなみに与え返せば、相手との主導権争いになりやすく、依存すれば相手にどっぷりハマって自分を見失いやすくなってしまいますね。)

このようなときは、相手にどう見られるか以上に、あなたが相手をどう思っているかを大切にしたほうがいいと僕は思います。

人からいいところを見てもらって悪い気はしないはず。それはきっと彼女も同じでしょう。

彼女の素晴らしさを感じているのはあなたなのでしょうから、まずはそんな自分になることでしょう。

ただ、それはただ彼女の味方になるとか、肩入れするってことよりは、彼女の輝いている部分を誰よりも承認する自分になる感じです。

「なんて彼女は素晴らしい人なんだろう」と、相手の尊厳や存在を承認するようなイメージでしょうか。実際にそれを伝えてみてもいいですよ(相手がひかない程度の表現からはじめてみる感じで)

ご質問には「彼女と話していると自然に楽しくなり」と書いてくださってありますけど、彼女のどこがどう素晴らしいんでしょう。彼女があなたに与えてくれたものってなんでしょう。

そこが明確じゃないのでなんとも言えない部分がありますけど、僕が感じるところでは、彼女の心は自由で人を元気にする笑顔(天真爛漫さや癒やし)を持っているようですね?

もしそうだとすれば、そこを意識してみてはいかがでしょう。

また、彼女の素晴らしさに承認や感謝を向けてもいいと思いますよ。

自分の気持ち以上に大切にするべきことは「好きになった人の素晴らしさや価値」を大切にすることであり、「相手の素晴らしさを知っている自分であること」ですからね。

そんな自分でいるからこそ、相手に内面を探られたって痛くも痒くもなくなる。自分が「相手の素晴らしさを見る人」になれれば、自分を知られる恐れはかなり少なくなるものですよ。

この時、自分の意識が内面(相手にどう思われているか、知られたくないなど)ではなく外側に向きますから、そんなに自己嫌悪や怖れなどの影響は受けなくなり、自然に振る舞えるようになりますよ。

もちろんそうであっても「相手に気に入ってもらいたい」といった期待は消えないですけど、今までよりは不安を感じずに行動できるでしょう。

最後になりますけど、相手の気持ちってのはコントロールできないものです。むしろコントロールしようと思うからイライラも募れば切なさも募ります。

だから、相手に好きになってほしいと強く思うときは、相手のすばらしさを見て承認する人間になるとき、だと僕は思っています。

いわば、自分が欲しいものを相手に与える、の法則です。

大人であればあるほど「なんで分かってくれない?」と思う自分と出会うことが嫌なものです。

それは分かってもらえないという傷ではなく、「自分は大切な人を理解しようともせず、ただ求めているだけの存在だ」と思う自分をちっぽけに感じ、ガッカリしてしまうわけです。

かつ、自分は何もしていないわけですから「何もしていないという罪悪感」も感じることになり、まぁ泣きっ面に蜂って感じになります。

だから、まずはどんな自分でいたいかを考えてみることではないでしょうか。

相手への好意で胸が苦しくなることも、自分らしくいられなくなることもあるでしょうが、そんなときほど「自分はどんな自分でありたいか」を考えるとき。

普段の自分を取り戻すことより、ステップアップした自分を意識して、そう振る舞うときだと僕は思いますよ。

 

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