恋愛・夫婦の心理学

嫉妬の心理 〜「頑張っていない私は愛されない」こそ嫉妬の種〜

嫉妬しない私になりたいというご相談

「普段はそんなふうに振る舞っていないのですが、実は私って嫉妬深いんです」

「些細なことで嫉妬してしまう自分を変えたいんです」

このような嫉妬にまつわるご相談をいただくことがあります。恋愛や職場の対人関係にまつわるお話の中ででてくることが多いでしょうか。

まぁ嫉妬とは誰もが感じる可能性があるものなので、嫉妬心を感じること自体をどうのこうのいいたいわけじゃないんです。

ただ、嫉妬していると嫌な気分を感じてしまうものだ、という意味で、なんとかしておきたいところですなぁ、と思うのですね。

 

嫉妬とはなにか

さて、「嫉妬」について辞書で調べてみるとこのように書かれています。

1.自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。
2.自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられるのを恨み憎むこと。やきもち。
(出典:Goo国語辞書)

ここからまぁ嫉妬にも「向ける対象の違い」があるということが見えてきますね。

ただ、嫉妬は「自分の大切なもの(愛情)が誰かの影響によって失われる(た)・得られなくなった」と感じているときに感じる感情です。

言い換えるなら、「私の欲しい物・状態が誰かや何かのせいで手に入らない」と感じているとき、人は嫉妬するというわけです。

嫉妬は「相手を羨み妬む気持ち」なんですけど、その根っこには「私は大切なものを奪われる」「居場所を奪われる」「誰かのせいで幸せになれない」といった意識がある状態だ、といえますね。

これでは気分が良くないどころか、不安や怖れもたくさん感じるでしょうし、なかなか自分を肯定することができないかもしれませんね。

 

嫉妬しやすい人の特筆すべき特徴

さて、嫉妬しやすい人の心の中を見つめていくと、このようなことが言えるのです。

「頑張らないと愛されない(欲しい物が手に入らない)という思い込みが強い」

僕たちは子供時代に「頑張った分だけ愛される」という経験をします。

いい子でいれば
ちゃんと親の言うことを聞けば
理想的な(模範的な)子供であれば
優等生であれば
自分になにか優れているものがあれば

きっと愛されるのだ、ということを学んでいる側面があります。

ただ、これは「こうすれば愛される」という秘訣であり、自分の意志で決めたことを相手に与えているようで、実は「愛されることを待っている」ような状態でもあるんです。

自分が行動した後で「相手がどう出てくるか」次第で、自分がホッとすることもあれば、とても悲しい気分になることがある、というわけです。

ここにいわば依存的なスタンスが見えるわけですね。

 

そんな風に努力しているあなたの周囲に、自分の意志で(自分の好き勝手に)行動して(そうに見える)人が、幸せになっている姿を見ると、さて、どう思うでしょうか。

自分は必死こいて我慢して、人に合わせたり、欲しい物ややりたいことを我慢しているのに、とっとと自分で稼ぎまくったり、パートナーと幸せになっている人を見ると、どんな気分になるでしょうか?

おそらく「悲しくなる」でしょう。「切なく」もなるでしょう。

「私はこんなに我慢して、たくさん人に合わせて頑張っているのに、どうして?」と思うことが多くなるはずなのです。

心理的には無力感、無価値感、罪悪感、劣等感などが強まっている状態ですね。

が、その悲しみや切なさを感じたくはないので、怒りで感情に蓋をするわけです。

すなわち「イラッとし始める」。

これが嫉妬による怒りのようなもの、と言えるでしょう。

ここでの問題は、嫉妬してしまった結果、自分の価値を上げるのではなく相手の価値を下げようとしたり(引き下げの心理)いたずらに相手を攻撃したい気持ちで溢れてしまうことにありますけどね。

だから、なぜか自分とは縁もゆかりもない人が幸せになっているだけで、妬ましい気持ちが溢れてくるのです。

なかなか困ったものですよね。

ということは、そもそも嫉妬しやすい人は「人から愛されている・認められている」ということをあまり感じられずにいた(だから他者の承認がないと自分の幸せや自分に向けられた愛情は失われてしまう)、とも考えられるわけで、ここに嫉妬してしまう理由がありそうですね。

だとしたら、嫉妬してしまう自分を責めたり、嫉妬深い人を責めたって問題は解決しないってことになりますね。

 

そもそも嫉妬深いということは、「そもそも私は人に愛されている」と感じられないような、何かしらの事情があったということなのでしょう。

だから、頑張っていないと愛されない、という考え方を未だ採用しているのかもしれません。

それぐらい、いつも我慢して頑張っていたのは自分だ、ということでもあるんですけどね。

しかし、この事実を更に言い換えるなら「自分から人の愛を否定していたり、拒絶していた」ってことなんです。

ただこれはちょっと難しい考え方かもしれません。

少しだけ解説すると、自分自身が「頑張っている私は愛される」と思っているということは、「そもそもの自分は愛されない・何もしていない自分は愛されない」と思いこんでいる可能性を示すわけです。

だから、たとえ周囲の人があなたの存在を尊重しようとしても「頑張っている私のことを愛してくれているんでしょ」と感じてしまう。

そういう意味で、人の愛を拒絶していたのかもしれませんね、という話になるんです、ハイ。

 

人はどうして嫉妬してしまう自分を変えないのか

さて、ではどうして人は幸せになりたいのに嫉妬してしまうのでしょうか。

実は嫉妬しやすい人の深層心理ってこうなってるんですよ。

「私は自分の幸せより嫉妬を選ぶんだ」という無意識的な選択があり、その結果「私は幸せより不幸を選んでいる」と人に見せつけて、実際に自分が幸せにならないようにしている。

まぁ嫉妬することで、人から「えー」って言われるように振る舞っているってことですね。

もちろん多くの人がそんな自分を他人に見せて批判されることを恐れていますから、隠しているとは思うんですけどね。

ただ、僕は「嫉妬には他人をコントロールする意図があるものだ」と思っています。

ここでのコントロールという言葉は、どちらかというと「操る」に近いニュアンスですけどね。

自分自身を幸せにすることなく(自分を変えることなく)、相手の意識を操るために嫉妬する、というちょいと難しい考え方です。

でも、多くの人がこれに引っかかりませんか?

嫉妬深い人を見ると「えー」ってなりません?

「ん?一体どうしてそんなに嫉妬するんだ?」「相手の中で何が起きているんだろう」とは思わないでしょ?

そう思うのはおそらくよーく人を見ている方か、僕たちのような人と関わる仕事などをされている方ぐらいではないでしょうか。

 

そして、なぜ自分自身が嫉妬してしまうのに「自分自身を幸せにすることなく(自分は変わることなく)」という態度をとってしまうのでしょう。

僕の臨床経験から導き出された答え・視点は、「そこに悲しみがあるから」です。

これは悲しみよりも深い、とても深い悲しみ(痛み)と呼ばれるものなのです。

要は、つい人に嫉妬していたり、「頑張っていないと愛されない」と思いながら頑張ってきた人も、「自分のやり方で誰かを幸せにしたい」と願ってきた部分があるわけです。

例えば、いい子でいることも、優等生でいることも、頑張り続けることも、そこに多くの辛苦が伴ったとしても、それでも「そうすることで誰かの笑顔が見たい、喜んでほしい」と思っていた時期があったはずなんです。(今もそうかもしれませんね。)

その思いの根っこは、その人なりの思いやりであり、愛情と呼べるものだと僕は思うのです。

だから、いくら今の自分が嫉妬してしまうことで悩んでいても、自分自身の今までの努力やそのプロセスを否定してまで、嫉妬しない自分にはなりたくない、と思ってしまうこともあるのではないでしょうか。

いわば「頑張っていないと愛されない」と思い込むに至った根っこの気持ち、「自分の本当の願い(誰かを笑顔にしたいという気持ち)」まで否定して自分を変えることは望まない、と感じている人が少なくないと僕は思うのです。

だから、今が苦しくとも、嫉妬の感情が消えなくても、今の自分のままでいるのかもしれないな、と僕は思っていたりします。

それほどまでに「自分自身の本当の願いまで捨ててしまったら、自分の価値はないように感じてしまう」という、罪悪感や無価値感の罠がそこにあるのだ、とも言えると思うのです。

でもね、そりゃ誤解なんですよ、きっと。

いわゆる嫉妬の理由になっている「頑張っていないと愛されない」という気持ち・パターンを手放したとしても、自分の中で愛情や誰かを思う気持ちは消えませんよ。

むしろそれが鮮明に感じられるようになるし、自分の意志と行動で表現できるようになるので、楽になるんです。

つまり嫉妬してしまう気持ちを手放すことができるなら、「もっと自分らしい表現ができる自分になる」ということなのです。

 

だから、これは妙な話なんですけどね。

僕個人としては「嫉妬やその向こうに見える悲しみの中に、その方の愛情や本当の願いを垣間見る」ことが少なくないんです。

それを何となく感じることが多いんですよ。

そしてその気持ちを「つい人に合わせてしまう行動パターン」があるから、上手に表現できずにいたのかもしれないな、と思っていたりするんです。

 

嫉妬を手放すための処方箋

では、最後に嫉妬を手放す方法についてまとめます。

嫉妬とは「自分次第では幸せになれない」という思い込みや、それを作る感情によって生じるものなんです。

だから、「頑張っていないと愛されないと思ってしまう」わけですよ。

つまり、嫉妬を手放すには

1.「我慢を手放すこと」
2.「自分の幸せを一度人任せにしないという態度を持つこと」

ここは求められると思います。

(※嫉妬を手放して幸せになったら、人任せにしないって考え方を手放す場面も現れますが、それはまた別の機会に。)

すなわち「自分は自分として人を幸せにできるのだ」「大切の幸せに貢献できるのだ」という体験を積むことが大切なんですよね。

誰かの顔色をうかがったり、相手の反応を気にしすぎて自分を表現しないようにするのではなく、「私なりに与えたい」という気持ちを超絶大切にする必要があると言えます。

つまり

3.嫉妬を乗り越えるメソッドは「貢献意識」をもつこと

あなたが誰かの幸せを願い、祈り、行動する。

その積み重ねが自信〜私は人の幸せに貢献できる〜に変わり、自分自身の罪悪感や無価値感を癒やします。

だから、自分の幸せは自分で選べるんだ、と思えるようになる。

このとき、人を妬む気持ちはなくなり、自分らしく生きていけることでしょう。

 

もちろん必要なのは貢献であって犠牲ではないんですよ。

誰かを幸せのために自分が傷ついたり、我慢ばかりしたり、無理ばかりしても意味がありませんからね。

人を幸せにする力が十分にあるのに、何故か嫉妬してしまう人

実は人を幸せにする力が十分にあるのに、何故か嫉妬してしまう人がいます。

この場合、浮気や三角関係、他の誰かへの攻撃心・競争心が強まる、といった問題が起きやすいんですよ。

これは、かつて嫉妬しちゃう自分を「無力だな」と思って嫌い、「自分の人生は自分次第なんだから」という考え方の元、誰の愛も受け取らないように自立的に生きた結果、かつて抑え込んだ嫉妬心が残っちゃったパターンなのです。

だから、愛を受け取っていない分、自分がどれだけ素晴らしいことをしていても、ついつい誰かの成功、幸せ、功績を見ると嫉妬しちゃうんですね。くそーって思っちゃうんです(^^;

この場合は、自分のことを愛してくれている人、評価してくれている人の愛を受け取ったり、自分の貢献について見つめてその価値を受け取るといいと思いますよ。

実は自分自身が知らないうちに、誰かの幸せに貢献していたことに気づくこと。

自分が誰かを喜ばせていたことに気づくこと。

その気持ちに素直になること。

そういったプロセスを経ることで「自分次第」という考え方にこだわらなくなるんです。

こうなると嫉妬ではなく「共生」という概念が生まれてくるので、恋愛も対人関係もかなり楽になりますよね。お互いを認め合える関係になれるんです。

 

つまり、自分を信じられない人は「貢献」、自立を強めている人は「受け取ることと自分のやり方にこだわらない」ということを通じて嫉妬を手放すことができる、と僕は考えています。

なにか参考にしていただければ幸いです。

カウンセリング・セミナーを利用する
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

あなたの質問にお答えします

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...