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自立と依存 〜心の成長プロセス〜
「自立と依存」とは、「今の自分の心の状態を示す言葉」で「自分の成長プロセスと課題を示す指標」です。
私たちの心は「依存からはじまり、自立へと向かう」のです。(その先には相互依存というステージがありますが、これは別の機会にご紹介します。)
自分では何もできないから相手に何とかしてもらおうという「依存」から、
誰にも頼らず生きていこうとする「自立」へ。
私たちの体が子供から大人に成長するように「心」もまた、成長していきます。
また、考え方次第では「私達の対人関係性」も「依存」から「自立」へと成長を遂げていきます。
なお、ここに示す心理モデルは一つの考え方として捉えてください。絶対的なものではありません。
ただ、「自立と依存」という考え方は、私たちの心の成長プロセスをわかりやすく表現したモデル・枠組みであり、自分の整え、成長させるためにとても役立つものです。
「依存」とはなにか
「依存」とは「自分では何もできないから誰かに何とかしてもらわなければいけない状態」を指します。
文字通り「依存」とは「何かに頼っていないと生きていけない状態」。
私達の子供時代、会社で言えば新入社員時代、などがそれに該当します。
依存していてもいい時代に私達は「いかに愛されるか」を学びます。
この依存時代に親に愛された経験が「恋愛・結婚」に反映されていきます。
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ただ、「依存」は常に相手次第、環境次第、置かれた状況次第で、傷つくことも多々あります。
例えば
- 彼に愛してもらわないと寂しくて生きていけない
- 親に金銭的支援を受けないと生活できない
- 先輩に手伝ってもらわないと仕事ができない
などが典型例ですね。
このように傷つくことで自信を失い、不安や怖れを始め、あらゆる感情を感じます。
その感情を誰かに何とかしてもらいたくなって相手にしがみ付いてしまうのです。
それが「執着」です。
そして、「自分が幸せや成功しないのは誰か(何か)のせいだ」と文句や批判する立場を取りがちです。
これを「被害者の立場(被害者意識)」「他責」と呼びます。
ただ、いくら被害者の立場をとったとしても、自分に力がないのだから何ごともうまくは行きませんよね。
わかりにくい「依存」のかたち
また、執着のように分かりやすい依存もあれば、人によっては理解しづらい「依存」も存在します。
それが「犠牲」「補償行為(埋め合わせの行動)」です。
犠牲は、自他ともに幸せにすることがないのですが、犠牲をしている人は「犧牲することが正しい(愛情だ)」と感じていることが多いのです。
なぜなら
「犠牲も補償行為(埋め合わせの行動)もできない自分は、何もできない自分だ」
そう感じるからですね。
例えば
「彼に尽くさないと捨てられてしまう(尽くす恋愛)」
「稼げる男でないと女性に見限られる(ハードワークへ)」
「見た目が良くないとモテない(見た目を整えることは他人への配慮だという意図はない)」
など、それがなくなった自分は「価値がない」と感じてしまうわけです。
よって、犠牲や補償行為の裏側には「罪悪感・無価値感」が存在することが分かります。
「依存」を手放す方法
この依存の状態を手放し、更に成長するには
- 目の前のことに集中し頑張ること
- 人から謙虚に学び、行動につなげること
- 自分の考えや態度を整えること
- 自分で決め、行動すること
などが求められます。
いわば「自分で自分の面倒をみること」が課題となるんですね。
ただし「依存」が悪いわけではない
ただし、「依存」自体は悪いものではありません。
例えば、
- 上司が部下を信頼して仕事を任せる。
- スキルアップに必要な教育支援を受ける。
- 恋人とイチャつく♡
- 大好きな人に「寂しいな、連絡がほしいよ」と伝える。
これら全て「依存」です。誰かに頼っています。甘えまくっています。
ただ、だからといって「一人で生きていけなくなる」わけではありませんよね。
つまり、「依存は悪、間違い、キモいっ!」という判断は明らかに行き過ぎています。
依存が絶対悪と感じるなら、それは「自分の心の傷、もしくは観念などの影響」ですから、自分を見つめ直すと「依存を受け容れる」こともできますよ。
あくまで「依存の問題」とは
「本当は自分で自分の面倒を見ることができるのに、何かに依存しないと生きていけない態度を続けること」
そうご理解いただくとわかりやすいんじゃないでしょうか。
自立とはなにか
「自立」とは、「いかに傷つかないように、失敗しないように生きるか」という態度のことを指します。
一般的に自立という言葉は「自分で自分の面倒を見ること」を指しますが、ここでの自立は若干意味が違います。
自立とは「誰にも頼らず生きている状態」という意味です。
例えば、心から自分以外何かを信じない、頼らないことで
- 期待を裏切られて失望しない
- 信頼を裏切られることで傷つかない
- 一人でいることで人との関わりでつらい思いをしない
- 結婚しなければ離婚の危機もない
- 誰の指図も受けなくてすむ
そう感じるわけです。
これら全て自分が失敗しない、傷つかない方法なのですね。
だから「自立している人」ほど、この自立にしがみつき、絶対に手放さない態度を取ります。
この状態を「自立を強める」といいます。
自立を緩めると傷つきそうで怖いのです。
だから、好きな人に好きとか、委ねるとか、素直にできず、命令口調になったり、マウントを取るようなことをします。
この自立が究極まで強まり、一人で生きていけるけれども、誰とも心の交流がない、全く孤立したような状態を「超自立」と呼ぶこともあります。
この「超自立」になると、自分の価値観に合うもの以外のものは一切受け付けない状態になります。
依存から自信へ 〜自立の心理1〜
そもそも自立は
「誰かをアテにしたかったのに誰も助けてくれない」
「自分の思うようにならない」
といった、依存時代に抱えた心の傷や被害者意識から始まります。
要は、依存時代のような失敗(痛み、不満、失望、不自由さなど)を感じないように頑張りはじめるわけです。
この頑張りが成功すると「自信」を手にれます。
起業して成功する。
有名大学に合格する。
社内でトップの成績を収める。
めっちゃイケてるパートナーと恋愛する。
一人、海外で生活する。
仕事で活かせるスキルや能力を身につける。
一軒家やマンションを自分の力で買う。
などなど。
自分に自分への期待をかけ、それを実現するために努力する。
そこで得た自信は
「こうすれば成功する(失敗しない)」という「個人の成功法則」を作ります。
何もできない自分から、自信を得るために僕たちは毎日頑張ってきた、とも言えるのです。
自信から競争へ 〜自立の心理2〜
この努力で手に入れた「自信」は「自分の成功や幸せの手段」となりますね。
例えば
- 恋愛なんてヌルゲー。こうすれば異性は落ちるわ。
- 起業したければ、こうするといい。
- 受験には勉強方法は〇〇だ。
- 男なら家を買って一人前だ。
- もっと気合と根性で努力したらうまくいく!
そんなことを考え始めます。
この「自分の成功や幸せの手段」のことを「自分の正しさ」といいます。
これら全て「自分の努力と結果、体験」によって培われているもので、素晴らしい価値があるものです。
が・・・
「自分の成功や幸せの手段」「自分の正しさ」で、すべての人が幸せになれるわけではありませんよね。
ここがよくスコーンと抜け落ちるのです_| ̄|○
自分の正しさで、幸せになり成功する人もいますが、そうではない人もいる。
当たり前ですけど、考え方などが合わない人もいる。
これが「許せない!!!!」わけです。
ま、実際は自分と違う価値観を持つ人が怖いだけなのですが・・・。(仲良くすれば成長するのにね〜)
競争の心理・正しさの争い・主導権争い
すると、「自分の正しさ」と「他人の価値観」との全面的な競争をおっぱじめる人が出てきます。(共存する気なんてサラサラありません)
これを「主導権争い(パワーストラグル)」といいます。
例えば
- 自分とは違う価値観を持つ人間をすぐ「頭おかしい扱い」する人たち
- 妻のやり方に反発する夫
- 高圧的な夫、妻、上司、親・・・
- 彼女の価値観を「それおかしいでしょ」としか言わない彼
- 親のやり方に反発する成功した2代目社長
- コンプライアンス部に「それで売上が上がるか!」と喧嘩を売る営業部長
- 自分と違う価値観を持つ部下を見るとイライラして責めるパワハラ上司
あまりいい事例を書かなかったことを反省していますが(^^;
この「主導権争い」も、お互いに前向きになれる議論ならいいのです。
他者の意見にも配慮し、お互いに相手の価値を認め合い、前向きで建設的な議論をすることはさらなる成功のために不可欠です。
が、実は「依存時代に傷つきまくって自立した人」ほど、こうなります。
「なんでだよ!こっちが正しんだよ!お前が間違っているからじゃないか?」
はい、「他責」が出ましたね♡
つまり、依存が出たということです。
依存時代の心の傷を癒やさずにいると、この他責や依存が出てしまうのです。
なぜなら、自分の正しさ(=自立して得た傷つかない方法)が役に立たないことで、無意識的な恐れを感じるからです。
そう、まだ「傷つくことが怖い」のです。
デッドゾーン 〜自立の心理3〜
そのような主導権争いや競争ばかりしていると、次第に
- 「もう夫婦ゲンカする気力すらも失せてしまった」
- 「もう何もしたくない」
- 「パートナーや家族を裏切ってしまいたくなる(裏切ってしまった)」
- 「せっかく成功したけど、誰も幸せにできていない気がする」
- 「何をやっても虚しいだけだ・・・」
- 「とりあえず深く考えず、死ぬまで働いたり、今の環境で生きていけばいいや」
そんな「デッドゾーン」と呼ばれる状態に突入します。
ここでは、離婚、不倫、浮気、借金、病気、セックスレス、家族問題など、人生において大きな問題と認識されることばかりと出会うことになります。
そして、人生全体が燃え尽きたような、何をやっても幸せではない状態に突入します。
確かに、今まで努力して手にれた自信も、自分なりの正しさにも大変な価値はある。
けれど、それに固執(失敗したくなくて執着)しているだけでは、幸せも成功も感じられないのか・・・。
そうつくづく思い知るステージです。
むしろ、ここでこの学びを得ないと、いつまでも燃え尽きた感覚を覚えることになります。
デットゾーンに至る理由こそ「自立」
では、なぜ幸せが実感できないかというと、理由は簡単。
「自立」しているからです。
いかに傷つかないかばかり考え、悪意なく、無意識的に、気づかないところで(たまに悪意がある人もいますが)
他人の価値観、愛、気持ち、成功体験、意見、考え方などを否定するように競争ばかりしているからなのです。
しかし、この競争、正しさへの固執に気がつく人は、ほんの一握りです。
むしろ
頑張ることは正しいこと
愛することは正しいこと
私の考えは正しい
僕の考えの方が優れている
そう疑うことなく信じているのです。
しかし、その方法で幸せが得られないのは、自分が「自分の成功や幸せへの手段(正しさ)」にこだわり続けてきたからに他なりません。
正しいことではなく「本当に望む幸せを選ぶこと」ができないかぎり、自分の正しさの海に溺れてしまうだけなのです。
それが「成功しているのに、結婚しているのに、家族がいるのに、何をやっても虚しい」と感じる理由なのです。
つまり、デッドゾーンを抜ける方法は
- もう一度誰かを信頼すること。
- 受け取ること。
- 本当の自分の幸せを見つめ直すこと。
- 自分が誰かに愛されていることを思い知ること。
- そして、その人達とのつながりや絆をもう一度結ぶこと。
それによって相互に支え合い、共に成功する「相互依存の時代」が始まるというわけです。
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