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好きな人と離れたいけど離れられない
初めまして。
最近浅野さんのYouTubeや記事を読み、私が求めていた答えに初めて近づけたような気がしています。
私には4年お付き合いしている男性がいますが、彼は別れた奥さんと子供達と今も一緒に暮らしていて、私は2年目以降大事にされたことがありません。それでも私が彼を好きなら仕方ないと思い、寂しい気持ちや嫉妬心などを我慢したりしてきました。今年に入ってからはコロナで会えなくなり、会えなくて辛いならもう会わないほうがいいと言われたりもしました。
浅野さんにお聞きしたいのは、もう辛いのは嫌だから離れたいと思っているのに、邪険にされたり離れそうになってくると捨てないでとばかりに(言いませんが)追いかけてしまいます。日々彼の事ばかり考えて自分でもかなり執着しているのがわかります。
けれど彼が優しく前の様に接してきたりすると、なんとなくですが離れられるような気がするのです。気持ちが穏やかに冷静になるからでしょうか。
気持ちの浮き沈みが激しく、我慢をすることが当たり前の様になってしまい自分でも訳がわからず戸惑っています。
こんな気持ちをどうにか紐解いていただけるならと思いメールしました。他に背景を補足する必要があればメール下さればお伝えします。
よろしくお願いいたします。
ネタ募集ネーム:水玉さん
水玉さん、はじめまして。ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m
それでは本編へ。
離れたいけど離れられない恋愛心理
離れたいけど離れられない状態が示すものは「怖れ」です。
例えば、「今の恋愛がすごく辛くて嫌だから離れたいと思うけど、相手が離れていきそうになると彼を追いかけてしまう」のは確かに執着といえそうです。
ただ、だからといって
「執着を手放しましょうね、ほら彼を自由にして、自分も自由になりましょうよ」
とお伝えしているわけじゃありません。
そういったことはきっとご相談頂く皆さまもご存知なのです。
今の彼・恋愛を手放せば自由になれるのは分かっている。けれどどうしても手放せないし追いかけてしまうから困っている。
きっとこのようなお悩みをお持ちの方が多いのだと僕は思いますよ。
そこで「じゃ、自信がないから執着するのだと思うから、自己肯定感を高めればいいの?」というご質問もたくさんいただくのですが、たしかにそうなんですが、それだけで問題が解決するとは限らないな、というのが、僕のカウンセリングの現場で得る実感です。
なぜなら、そもそもこういった問題は「我慢」によって作られていることが多いからですね。
まずこの「我慢」についての話を書かないと先に進めないので、先に我慢がもたらすものについてまとめます。
「我慢」は続けると不安や落ち込みを作る
「我慢」には様々な効果があります。(ここではいわゆるホルモンバランスの話は引用せず書きたいと思います。)
いわゆる「我慢」をすると、ストレスに対する抵抗力がつくと考えられます。いわゆる我慢強くなっていくのですよね。
ただ、我慢も一時的なものであれば(上手に気分転換ができるなど)まだ良いのですが、慢性的に続くと、気持ちの面での不安や落ち込みを感じるようになります。
これが心の面でのストレスであり、不安や落ち込みはその影響ですよ、という考え方ですね。
身体的に頑張ることで感じるストレスとはまた違うものなんです。
我慢が続いていたから執着が起きている、という考え方
この考え方を元に今回のご質問を見ていくとすると、僕はこう考えられると思うのです。
まず、「彼は別れた元妻・家族と一緒に住んでいる」「彼と付き合って2年目以降大切にされていない」と書いてくださっていますから、きっとたくさんの我慢をされてきたのではないかな、と僕は想像します。
だから、次第に不安や気分の落ち込みを感じていったのかもしれません。
その結果として、どこか自分を信じられなかったり、肯定的に捉えられなくなってしまうことが起きても不思議じゃないんですよね。
この状態で「彼が離れていく」と感じたとしたら、どうなるでしょう。
いや「自分の愛する人、好きな人がいなくなる」と感じるとしたら、どうなるでしょう。
なんだか心細いし、自分自身の存在をちっぽけに感じてしまうことも有り得る話ではないでしょうか。
だから「他にもいい人がいるよ」と友達や家族、ときにはカウンセラーなどから言われても、なかなか腑に落ちないこともあるんじゃないかな、と思うことがありますよ。
その励ましの言葉自体は応援であって間違っていないと思うんですけどね。どこか「もう諦めなよ」という言葉に聞こえちゃう人も少なくないんじゃないでしょうか。
だとしたら、それは嫌だと思う気持ち、分からなくもないのです。
なぜなら、僕たち大人にとって「自分が愛すると決めた人がいない状態」ってものすごい停滞感をもたらします。
また、そもそも自分が「誰かを愛したいタイプ」ならば、愛する人がいなくなることに対する悲しみや辛さ、それに伴う自分を責める気持ちなどを感じやすくもなるでしょう。
それぐらい「好きな人・最愛の人」がいなくなることは「生きがい」「心の支え」を失うことに近いものでもあり、場合によって自分の意味すら見失うことでもあります。
たとえ客観的に見て「パートナーが自分を大切にしてくれない人」であったとしても、自分が愛すると決めた人ならば、愛する人・愛してくれた人を失う恐れを感じるの可能性はありますよね。
だから今のパートナーの執着することもあるわけです。
ただ、その執着は不安から生じるものであって、その不安は我慢から生じるものであった、というケース、たくさん扱わせていただいていますよ。
「彼がもう一度向き合ってくれたなら」という願いの意味を考える
水玉さんはこう書いてくださっていますね。
『けれど彼が優しく前の様に接してきたりすると、なんとなくですが離れられるような気がするのです。』
これは水玉さんの気持ちの話だから「離れられるような気分」ということですよね。だとしたら、僕も全くそのとおりだと思いますよ。
なぜなら、彼がもう一度向き合ってくれたときに、水玉さんが我慢から解放されると想像できるから、でしょう。
この我慢からの解放によって、自分が不安から解き放たれる。だから、私も次に進めるような気分を想像できる様になるのだと僕は思います。
ただ、この状況は「彼が向き合ってくれたなら」という条件付きの話でもありますよね。
いわゆる「その目的を見失った我慢」は忍耐とは感じられないので、めちゃめちゃ辛いし、不安ばかり感じることになりますよ。
きっとそれは水玉さんもご理解いただいていることなのだと思うのですけどね。
だとしたら、彼が向き合ってくれない限り、自分の不安、我慢は続くことになる、となります。
ここが自分で自分を許し、解放するか、それともその選択肢をパートナーに委ねているかの違いであり、自立と依存の違いのようなものともいえます。
いわゆる彼への執着の話って「まだ彼のことが好きだし、不安があるから離れられない」という解釈も僕は間違っていないと思うのですけど、実は「長い間、自分が我慢を続けてきたから不安が生じて離れられなくなっている」ケースもとても多いんですよ。
だから、「もう辛いから彼と離れよう」と思っても、自分自身が不安や辛さ、彼への気持ちなどをまた「我慢」してしまうと、更に彼から離れることができなくなるし、自分に幸せを許し、解放することも難しくなってしまうのです。
そう考えると「もし彼がもう一度向き合ってくれたなら」という願いって、「もう我慢ばかり続けて辛いし、自分の幸せを考えたいから、彼にもう一度だけ向き合って欲しい。私の背中を押してもらえないかな。」といった切ない気持ちじゃないか、と僕は思っていますよ。
我慢しがちな自分と上手に付き合う方法を取り入れてみてください
ただ、実際に彼が向き合ってくるとなれば、つい「またうまくいくんじゃないか」と期待してしまうこともあって、我慢がまた続くなんてこともありえる話です。
なかなか彼に背中を押して欲しいと思っても、自分の我慢のパターンが変わっていないなら、また同じことが起きる、というわけです。
僕の考え方では、今の不安を誰かに話すなどのプロセスで気分を軽くしていくこともとても重要なことですが
・自分の慢性的な我慢のパターンに気づいているかどうか
・つい我慢をしてしまう自分と上手に付き合うことを考えているか
・強い我慢があるならそれを解放するアプローチをとっているか
ここも大切なことだと思います。
また、注意してほしいこともあるんです。
もし「我慢ばかりしてしまう自分のことを否定的に見る」としたら、ぶっちゃけ手の打ちようがなくなる、と僕は思っています。
我慢にも良い面とそうではない面があるだけなのです。
我慢するとストレス耐性はつきやすくなる。だから多少のことでは動じない自分になれたり「もうひと頑張り」というときの「よいしょ」ができる自分になれているかもしれません。
けれど、それが自分の成功法則(自分にできること)だと思い込み続けていくと、やはり不安や落ち込みが強まる、ということなんです。特にずっと我慢してきた人にとっての我慢は、かなり不安や落ち込み、自己否定感を伴うものになることがある、ということですね。
だから、「つい我慢しやすい自分」であっても、大きな問題がなければ、それを一つのパーソナル・スタイルと捉えて受け入れ、どう自分と上手に付き合っていくかを考えていけばいい、とご提案することも多いのです。
「あぁ、私って我慢しやすいから上手に緩めてあげないとなー」と自分を上手に整える意識が持てる分だけ、楽に生きていけますし、自分の我慢の解放を彼や誰かに委ね続けていくこともなくなると思うのです。
これこそ「主体的に生きる」ということではないでしょうか。
*
そう考えると、上手な気分転換を日常の中で取り入れることには大きな意味がでてきそうですね。
だから、自分の気持ちと上手に付き合う方法は知っておくとメリットがありそう。
おぉ、そういえばこんなワークショップが来月に開催されるんですよ(しれっと宣伝)
https://www.asanohisao.jp/archives/20201018spws.html
おまけという余談ですが
実は僕も「我慢タイプ」の人間で、気になることは多いですし、不安や落ち込みは感じやすいタイプなのです。
だから、過去の恋愛の中で、不安や離れられない気持ち、相手に何かを望む気持ちが強かった時期がありましたよ。
ただ今は、自分のことをある程度知っているので、我慢が募ったときは、そのまま自分を放置しておくことはないというわけです。
どうしても我慢になれちゃっているので、ずっとそのままでいられるんですよ(笑)
そこまで我慢しているから、大事なときに飽きちゃったり、行動できなかったり、エネルギーを発揮できなかったんですけど、昔は「こんなに我慢できない自分は根性なしだ」と思い込んでましたね。
それは今でもよく出てくる思い込みなので、自分を放置するとより思い悩むし、自分が大変なことになると知っています。
なので、普段からも自分の好きなものに触れている時間は取り入れているし、自分の不安や落ち込みは我慢によるものかなぁ?という発想を持つことが多いです。
気分転換に近所を散歩して空を眺めにいきますし、子供と遊んだり、家族と出かけたり、筋トレしたり、好きなお笑い芸人さんのDVDや動画を見たり、自宅に気に入ったプレイヤーとスピーカーを置いて音楽を浴びている(かなりマニアックだと言われていますが)、というわけです。
簡単にできることから、ハードルの低いことからはじめて見るといい感じになりますよ。継続していくと自信もつきますしね。
たまにカウンセリングでもおすすめするのが「近所に公園があれば芝生の上に寝っ転がってみる」です。ボーッとできるし、意外と空をじっくり眺めたことってなかったなーと思うかもしれません。
もちろん水玉さんの好きなこと、落ち着けることでいいんですけどねー。
ちなみに、カウンセリングやセッションで我慢を解放することもオススメです。
最近のブログでも書きましたけど、僕のご提供する「カウンセリングセッション」にリラクゼーション系のものがよく登場するようになっているのは、こういった考え方が背景にあるからでもあるんですね。
最後に、もう少しだけ突っ込んだことを書くならば、「なぜ自分が我慢しやすいのか」には他の理由が存在する場合もあります。
更に深層心理に受け入れがたい感情が眠っている場合もあるわけです。だから何でも我慢して、自分の感情を感じないようにしているというわけです。
また、自分を愛してくれない我慢ばかりさせる人をパートナーに選ぶ場合、それが「自分の投影の影響だった」という場合もあります。
この話は以前に書きましたので、よければまた読んでみてください。
こういった深層心理に深くアプローチしていくことは、僕たちカウンセリングサービスのカウンセリングならではの方法かなーと思います
今日は以上です。なにか参考にしていただければ幸いです。
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