恋愛・夫婦の心理学

私なんて・・・が消えない 勇気を持って人を愛することにチャレンジするために

私なんて・・・を手放して、勇気を持って人を愛することにチャレンジするために

浅野寿和さま

こんにちわ、ブログのネタになりそうであれば教えて頂きたいです。
私には恋愛に対して『どうせ私なんて…』という思考が止まりません。

理由は分かっています。私には小さい頃から容姿コンプレックスがあります。いくらダイエットしても痩せない身体、2ヶ月に一回はストレートをかけないと収まらない癖毛…小さい頃から、からかわれて辛い思いをしてきました。

特にキツかったのが兄の対応。兄はとてもモテる人で毎月、彼女が違うという感じです。私には無視、冷たい態度、暴言という態度対して周りの女性には笑顔を絶さず神対応。

自分とその女性達との違いは、やはり容姿、相手を飽きさせない会話…まるきり自分とは正反対の女性ばかり。必ずしも容姿だけで選ぶ男性ではないと頭で分かっていても『私なんて…』と思うと同時に

もしも男性から『あなたの性格が好きです』と言われたら『やっぱり容姿はダメなのか…』と思えてきます。

ちなみに今、職場にかなりの美人が入社してきて男性人の対応が180度違うので思考が強まってしまいました。その人に対して優しくできません。

入社してきたばかりで優しくしなきゃいけないのに…最低な私です。その人に悪くて仕事中、泣いてしまいます。その人にも優しくしたいし、自分に自信を持って恋愛するにはどうしたら良いでしょうか?

ネタ募集ネーム:アキさん


アキさん、ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

おまたせしました。

なるほど・・・つらい思いを抱えてこられたんですね。いただいたテキストからその様子を感じ取れるようでした。

私なんて・・・が止まらなくなるってしんどいですよね。

こういった思いに駆られていると、褒められても否定したくなるし、本当に自分は愛されていないんだ、と証明したくなるものです。

仕方がないことなんだけど、何を言われても何をしても自分はダメという部分から抜け出せなくなるんですよね。

でも大丈夫ですよ。

『私なんて・・・』という気持ちから抜け出して自分を大切にしていくプロセスには、ある程度の癒やすプロセスがあって、そのように自分を見つめていくと楽になっていくこともありますからね。

今日はそのあたりの話を書いてみたいと思います。

 

まずは「今」の感情を癒やすこと・認めること

以前のブログに

『最近は私なんて撲滅キャンペーンをはってる』なんてことを書きましたけど、今もそれに変わりはありません。

恋愛や夫婦の中の出来事をきっかけに、そう感じてしまうこともありますし、以前から自分に自信が持てずにしんどい思いを抱えていらっしゃる方もいます。

そういった皆さんのお声は、たくさんいただいております。

まぁ・・・今となってはあまり書きたくないですが(笑)

僕もそうでしたからねぇ。

「俺なんていてもいなくても一緒だよ」と長い間思っていましたね。何をしていても、その思いから抜け出せなかったですね。年々ひどくなっていったかな、その気持ちは。20代半ばあたりでマックスを迎えていた気がします。

そんな自分を変えるために、もがき、苦しみ、葛藤し、そして心理学にたどり着いて、今があるって感じです。

こういったときに、真っ先に取り組んでほしいのが「今の感情を癒やすこと・認めること」でしょうか。

人に話して辛い気持ちを聞いてもらう、吐き出す、といったプロセス。

自分の意志で「自分のために」、しっかり時間を使って、自分の気持ちを整理したり表現していくこと。

とにかく自分に優しい時間を過ごすこと、誰かに話を聞いてもらうこと。

できれば肯定的な反応がある場所・人がいいですね。

ちょっと勇気は必要かもしれませんけど、まずそういった部分から取り組んでみてほしいのです。

これはある意味「傷ついた女性性や男性性」を癒やす意味合いがあります。

こう、「私なんて・・・」という気持ちが強まっているときほど、何かを頑張らなきゃと思いやすいんですけど、それはもう少し自分の気持ちを立て直してからでも遅くはないと僕は思うんですね。

カラダでいえば、骨折してすぐ走る人はいないわけですよね。

もし心が骨折レベルのダメージを受けていたとしたら、気持ちを奮い立たせるだけでしんどくなりますよね。

あまりに辛い気持ちが溢れてくるときって、自分全体を否定された感覚、自分でも受け入れられなくなっているような感じになっていることが多いんです。

この状態で何かを頑張っても、すぐ息切れしたり、もう無理だ、という思いに押しつぶされてしまいやすいわけです。ある意味自分を支える気持ちも弱まっている事が多いので。

こうなると自分で自分のことを否定的に見ちゃうので、そんなときはまず心のケア。そこから始めてみてほしいんですね。

 

実は「期待に応えようとしている」ことに気づく

さて、ここからはいただいたご質問にお応えしていく感じになりますが

アキさんのお話を読ませていただくと、アキさんって「人の期待に応えたい」と願われているのかな、と感じたのです。

お兄さんのお話も、会社でのことも、あなたにとって辛いことですよね。

だから私はとっても傷ついたのかもしれません。

しかし、文章を全体的に読ませていただくと「〇〇することができない」という思いでとてもつらい思いを抱えたり、私なんて・・・と感じていらっしゃるのかなぁ、と僕は思うんです。

たとえば、お兄さんのようにモテる人であれば、人に愛される、認められる。

入社してきたばかりで優しくできる人は、愛される、認められる。

でも私はそうじゃない・・・と思うと、すごく辛い気持ちが溢れ出してきませんか?

その結果、自分を責めちゃうんですよね。

どこか「私は周囲に求められているようにできない」という気持ちの中でご自分を判断されているのかなぁ・・・と僕は思うのです。

あなたは、ご家族や仲間、お友達などに「がっかりさせないために期待に答えなきゃ」とお考えになっていないでしょうか。

もしそうであれば、あなたは誰かを喜ばせたい方なのかなぁ・・・と推測しています。

ただ、それがうまくできないから「私なんて・・・」となっているとしたら、あなたの中に「私なんて」という気持ちを止める要素はなくなってしまいませんか?

周囲の反応があなたの価値基準になっていないでしょうか。

もしそうだとしたら、僕はまず「あなたが人の期待に応えようとしている」ということに気づかれるといいかな、と思います。

人の愛情や思いを期待として捉え続けると、とにかく不安を感じます。

そもそも僕たちが想像する他人の期待って、考えれば考えるだけおばけのように膨らみませんか?

どれだけやったら期待に応えたことになるの?と先が見えなくなるんですよ。

だから、どれだけやっても自分が十分だと思えないし。

人から親切にされても「でもあなたの期待に応えつづけないと喜ばないんでしょ?」と感じやすくなって、人の気持ちを素直に受け取れなくなってしまうものです。

それぐらい「人の期待に応えればうまくいく」という考え方は、失望に変わることが多いってことです。

そもそも人の期待にいつも応えつづけることは不可能ですし、人の期待なんてあやふやなものに正確に応えつづけるって難しいですよね。

ただ、あなたが「誰かに期待に応えたい」と思えるぐらい、それがうまくいかなくて自分を責めちゃうぐらい、あなたは誰かの喜びでありたかったのかもしれないですね。

そんな自分の根っこをまず取り戻してみてください。軸を自分に戻すために。

自分に人に対する思いがなかったら、人の期待に応えようともしな
いはず。

ただ、このまま人の期待に応え続けることは難しいですから、あなたなりに「今、できること」に意識を向けながら過ごせばいいんだと僕は思いますよ。

まずは自分を許すことですね。

自分を縛っているルール・思い込みを解き放ってみるといいと思います。

 

勇気を持って人を愛することにチャレンジするために

では、そもそもどうして人の期待にそこまで応えようとしていたんだろう?という疑問も残ると思いますが、これはおそらく「分離への怖れ」だと僕は思います。

言い換えれば、孤独を怖れるということですね。

「私なんて・・・」モードになっているときほど、孤独を感じている人も少なくないのかな?と思うのですけど、おそらくその孤独はどこか「気が楽だ」と感じられる部分が強くないでしょうか。

寂しいし孤独だ、と思いつつ、そちらのほうが人と関わるより気持ちが安定する、といったような。

だとしたらこれは防衛で、本当の孤独を受け入れているわけではないのかもしれません。

大人にとっての「孤独」とその克服とは、自分一人で何かを決めて、自分の責任でやりきること、だと僕は思います。

いい意味での自立ってことなんですけどね。

この孤独を何らかの事情で引き受けられないときに、補償行為(埋め合わせの行為)として、「人の期待に応えて人に必要とされよう」とすることも多いわけです。

ただ、こういった孤独を克服する経験を幼い子供ができるのか、というとそうではありませんよね。

子供時代というのは「いかに愛されるか」を学ぶ時代、とも言えるわけです。

子供は親から抱きしめられることで孤独を克服する、という話もあるくらいですし。

もし、何かしらの事情があって自分から親と距離を取る子供がいるならば、この愛される経験が希薄になってしまいます。もちろん親に事情があって近づけなかった場合もありますけどね。

すると子供は寂しさを我慢することになるでしょう。

ここで素直になって「寂しかった」といえたならいいんですが、「寂しくなんてないもん」と拗ねるように我慢すると、それこそ人にやさしくされると「腫れ物に触られている」ような感覚になっていくんですね。自分が我慢している感じたくない寂しさを感じさせられるような気がしてね・・・。

この感覚をさらに切り離そうとすると・・・

そう、「どうせ私なんて・・・」という気持ちにつながると思いません?

そう考えると、「どうせ私なんて・・・」と自分を責める気持ちって、自分を理解しなかった誰かへの怒りであり、もう苦しい・・・というヘルプメッセージでもあり、自分の中の感じたくない気持ちを押し殺すための手段、ともいえますよね。

このあたりが孤独が克服できない理由になっていたり、「私なんて・・・」が消えない理由になっていることは少なくないですよ。

と、このような考え方から僕のカウンセリングでは

「もっと自分の素直な気持ちと向き合ってみましょうか。気持ちを楽にしていきましょうね。」

というご提案をさせていただくわけですね。

それは自分や人、恋愛などにポジティヴなイメージを持っていただきやすくするためのサポートでもあるわけです。

ずっと私なんて・・・と思う事情を抱えていては、なかなか前向きな気持ちになれないものでしょう?

ちなみに、よくセッションで使われるアプローチは「インナーチャイルド」

内なる子供)へのアプローチを使った感情の解放や観念の手放し。

あとは、仲間やパートナー(カウンセラーも入れてね)などと関わり、話し合ってみるのもいいですね。

セルフワーク的には「感情日記」をつけてみたり、「自分を肯定していく」なんてことがオススメ、ということになります。

このように気持ちを整理していくことで、より自分らしく生きてみたいという気持ちが溢れてくることもありますし、前向きに人と関わってみようという勇気も湧いてきます。

つまりは、前向きに恋愛(人を愛すること)にチャレンジしてみたいと思いやすくなるわけですね。

そういった勇気や意欲が湧きやすくなります。

ただ、この癒やしのプロセス、できれは一人ではなく誰かと共に癒やすことがオススメかな。一人でいるとつながりがないので、女性性の要素が若干薄まってしまうので。

キチンと女性性を整えるから、前向きな決断、愛するチャレンジができるようにもなるわけです。

なにも自分を甘やかしてダメにしてしまうために感情の解放・整理をするわけではないし、時間を使って自分を癒すわけでもないんです。

我が師匠曰く

「感情とトイレは溜め込まないこと!」

だそうですけどね。

いや、うーん、まぁ、はい。

その比喩はわかりやすいわけですけど、まぁそういうことです(笑)

自分をもっと幸せなステージに押し上げるために行うことだと思ってみてくださいね。

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