ほぼ30代からの心理学

好きなこと・人と生きていきたい人に読んで欲しい「好きなことがわからない」と感じる心理とその処方箋

好きなことがわからない理由とその心理

カウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。

いつもありがとうございます。

今日は「好きなことがわからない」がお題。

多くの方が好きなことを仕事にしたい、好きな人と過ごしたいと願われますよね。

しかし、実際に「自分の好き」について考えてみても、なぜか思いつかなかい、だとか。

好きなこと、好きな人は何となく分かるけど、そこに近づけない、だとか。

僕のカウンセリングでもセミナーでも伺う「好きなことがわからない」というお声について解説し、処方箋まで考えてみます。

よろしければどうぞ。

好きなことがわからなくなるとき

「好きなことが分からなくなってしまいました、思いつきません」というご相談。

もちろん「自分って何が好きなんだろう?何が好きだったかな?」と考えることは必要なんですが、考え込むとどんどん「好き」よりも「わからない」にフォーカスしちゃうものですよね。

だから、うーん・・・と考え込んでしまうことも少なくないのではないでしょうか。

そんなときは

「自分が今まで好きだったこと・夢中になれたこと・興味を持てたことなどを、リスト化してみるといいかもしれませんよ」

というご提案をすることもしばしばです。

自分がかつて夢中になれたこと、好きだったことを思い出すと、そこに付随した感情を感じることができる場合があるんです。

あの時、すごく楽しかった。
すごく充実していた。
すごくワクワクしていた。

そういった気持ちを思い出すことで、「好き」という感情を呼び覚ませる場合があるんですよ。

そもそも「好きなことがわからない」という状態は、何かしらの事情で「好き」という感情を感じられなくなっている状態です。

自分の中から、好きがなくなったわけでも、好きという感情が消えたわけでもないんです。

人それぞれの事情で、好きを感じられない、感じない状態ができあがっているのです。

ちょっと理屈っぽい話を書くと、

僕たちにとって、ある特定の感情だけ感じないようにと、感情をブロックすることができないのです。

もし、自分の内面の感情を抑え込むなら、まるっと全体を抑え込むことになるわけです。

つまり、嫌な気分になりたくないと感情を抑圧していると、嫌な気分を感じない代わりに、素晴らしい感覚をもたらす感情も抑圧することになるのです。

その結果、どこか無感動な自分になったり、物事に興味関心を失ってしまうことも起こり、「好き」「喜び」という感情を行動動機にすることが難しくなっていくんですね。

しかし、僕たちは日常の中で何かしらの行動することを求められますし、自分自身も生きていくために行動したくなるわけですよ。

そういったときほど、好きや喜びという感情ではなく、別の動機を使って行動していることが多いものなんですね。

 

行動動機を生み出す「べき思考」

好きや喜びという感情以外に、私達の行動動機になるもの。

その最たるものが「べき思考」です。

「〇〇するべき」というものですね。

これは「正しさ」や「判断」とも言い換えられられるものでもありますね。

例えば・・・

社会人だから、〇〇するべき。
家庭をもっているのだから、〇〇するべき。
婚活をするのだから、〇〇するべき。
彼だから、彼女だから、〇〇するべき。
妻だから、夫だから、〇〇するべき。

いいか悪いか別にして、僕たちはこのように考えて行動していくこともできるのです。

きっと皆さんの中でもそのように考えて行動することってないでしょうか?僕の中にもありますよ、この行動動機。

実は、この「べき思考」って、とても便利なものとも言えるんです。

「〇〇だから、〇〇すべき」と考えている間、自分の中で行動動機が消えませんし、自分が行動するための大義名分が常に思いつくからです。

僕たちの学ぶ心理学ではこれを「役割」「義務感」と呼ぶことも多いですよ。

例えば、

私は妻だから、家事をすべき、と考える。
私は夫だから、もっと稼ぐべき、と考える。
私は今から婚活と向き合うのだから、もっと自分を変えなきゃ、と考える。
私と彼の関係がいまピンチだから、もっと優しくして彼を受け止めなきゃ、と考える。

こう考えるから頑張れる、ということもたくさんあると僕も思うのです。

ただ、この「べき思考」の根っこに眠る心理は「怖れや罪悪感」である場合が多いものです。

「〇〇だから、〇〇すべき」ということは、「〇〇すべきなのに、〇〇できない」という失望と隣り合わせ、となりはしないでしょうか。

その失望の結果、自分を責めたり、自分を情けなく思ったりしないでしょうか。

その結果、辛い気分や嫌な気分になりやすく、自分を否定的に見たり、ボキッと心が折れたときに「もういいわ・・・」と諦めやすくなってしまうことも起こりやすくなります。

また、「〇〇すべき」という行動動機を使い続けると、自分から物事や人に積極的に関わっている、という意識が薄くなるものです。

例えば、「私は妻だから、家事を一生懸命頑張るべき」と考えているとき、自分が家庭を大切に思っていること、愛していることを忘れてしまいがちです。

例えば、婚活をするから〇〇すべき、と思っているとき、実は自分が幸せになり誰かを喜ばせたいと願っていることや、これから出会うパートナーに喜びを与えたいと願っている自分を忘れてしまいがちです。

むしろ「できて当たり前なのに・・・」と感じ始めるんです。

これ、しんどいですよね。でも続けちゃう人もいませんか?

これが「自分から積極的に関わっているという意識が薄くなる」という状態なんです。

だから、頑張っても何故か喜びを感じられなかったり、好きなこと、人と向き合っているはずなのに感動しないといったことが起きます。

つまり、「べき思考」は、自分が「〇〇を行うべき」という行動動機をもたらしてくれるというメリットがありながら、同時に主体性を失っていたり、自分の本当の気持ちと繋がれなくなってしまいます。

同時に、「できなくなることへの怖れ」も強く感じますから、自分の失敗に寛容になれず、失敗から何かを学ぶことも難しくなりやすいですし、やる気のない自分を責める理由をつくる、ともいえるのです。

もちろん、べき思考が悪いものだ、といいたいわけではありませんよ。

自分自身が「〇〇すべき」を選ぶか、「好きだからやりたい」を選ぶか。

この違いで、その後の自分が変わってくるというわけです。

 

なぜ「べき思考」を使うのか そこに好きなことがわからない理由がある

そして、この「べき思考」を使う本当の動機・深層心理に「好きなことがわからなくなる理由」が眠っているものです。

ここをもう少し解説します。

そもそも「べき思考」は、怖れを動機にしているもの。

そこまで自分に怖れを向けなければ、自分は行動しない、そんな評価を自分に与えているのは誰なのでしょう?

・・・そう、自分です。自分が自分に対して、そう感じ、思っているわけです。

ここに自分に向けられたネガティブな感情があるということはおわかりいただけますでしょうか。

この「べき思考」は「こうすることが正しい」という感覚をもたらしますが、では、どうして自分の行動にそこまでの「正しさ」を求め、必要とするのでしょう?

そもそも大人の私達は、社会のルールを守っていさえすれば、自分の好きなことをしていいはず。正しいかどうかなど考えなくてもいいですよね。

あえてこのように考えてみると、少しその向こう側が見えてきませんか?

そう。

「べき思考」を行動動機として多用し、どこか正しさを求めたくなるほどに「自分は間違っているのではないか」「自分に価値がないのではないか?」という感情の影響が見えてくるのです。

間違っている自分、実は正しさがないと無価値な自分、そんな自己概念があるわけです。

ここに「罪悪感」「無価値感」と呼ばれる感情の影響が見えてきます。

※一方、好きなことを分かち合いたい、誰かの喜びになりたい、と感じる行動動機は、自分の心と体を使って相手を喜ばせたい、となることが多いですね。主体的に関わることが目的で、正しさが目的ではないわけです。

このような無意識下の感情の影響は、顕在意識ではなかなか捉えられないものです。

無意識下に抑圧されて存在する「感覚」である場合が多く、ときに感情として感じることもあるものです。

ただ、僕たちは見えない無意識の影響を受けますから、無意識的に「この感覚から逃れたい、感じたくない」と感じ、そこで「べき思考」や「正しさ」を求めている、ということなんです。

つまり「べき思考」や「正しさ」は、罪悪感や無価値感をブロックするもの。

この状態を続けると、日常の中でも、どこか漠然と、習慣のように、自分の「正しさ」や「自分が何かしらの行動する大義名分」を求めている状態になるのです。

だから、「妻だから」「夫だから」「彼だから」「結婚するから」「仕事だから」「誰かが求めているから」という、自分以外のなにかに役割や正しさを求め、それを行動動機にすることになります。

***

例えば、よく恋愛や夫婦関係の中でありません?

「ねぇ、俺、頑張ってるよね、こう言ったよね。何か間違っている?間違ったことした?」

と聞く人。

これはその人が正しさを求めている、ということ。
自らが罪悪感や無価値感を感じたくないための「自分の正しさ・判断」に同意してよ、と相手に求めている、ということです。

原理としては、相手が間違っていると伝えたいわけではないのですが、現実としては、まぁきっとそういった言い方になることが多いですし、受け取る側も責められていると感じるでしょうね・・・。

その根っこの「罪悪感」「無価値感」の影響があるから、相手に強く「正しさ」に同意してほしいと、こだわるのでしょうから。

***

あと、自分自身がとっても疲れているときほど「べき思考」や役割って使いませんか?

「こうすべき」と思うこと、「役割を意識すること」で、恐れを使ってモチベーションを作り、短時間ですがやる気や気力が戻ることがあるんですよ。

この方法、疲れているときほど便利ですよね?

僕は本当に便利だなぁって思うんですよ(笑)めっちゃ疲れているときに、やるべきことをこなせる場合も多いのでね。

ただ、この方法を使い続けることは、常に心のなかで短距離走のダッシュ!を続けているようなものなので、更に疲れを感じ、喜びや好きが感じられなくなります。

必要なのは休息、心と体を整えることなのですが、どうでしょう・・・自分の中に罪悪感や無価値感が無意識的にでも強まっているなら、休めないって思いません?

もっと頑張らないと・・・って思いません?

だから「べき思考」を使うんですよねぇ。

***

こう考えていくと、また少し見えてきませんか?

・「罪悪感」「無価値感」を感じたくないと感情を抑圧しているから、好きという感情わからなくなる、ということ。

・「罪悪感」「無価値感」を感じている自分に「好き・喜び」という感情を感じることが許せなくなる、ということ。

・そのため「べき思考」「役割」「義務感」を行動動機にすることが多くなりがちである、ということ。

そのために「好きなことを考えてもわからない」と切ない気持ちになる、というわけですが、この状態を心のあり方として表現するとしたら

「深層心理の罪悪感・無価値感の影響で、自分が好きという感情を抑圧しており、感じられない状態である。」

「罪悪感・無価値感の影響で、自ら「好き」なものに積極的に関わることが難しくなっている」

となります。

だから、「べき」or「したい」?という選択で、「べき」を選んでしまう、というわけです。

この状態で、自分の外側に、好きなことや、喜びや楽しさを探してみても、自分が感じられない、積極的に関わることに抵抗感を感じるのでよく分からないと感じるのです。

***

しかし、それでも「自分の中に好き・喜び・楽しさ」という感情が消えたわけではないんです。

好き・喜び・楽しさを感じようと、感情の抑圧を緩めたり、好きなこと・喜びや楽しさを感じるものに触れようとすると、同時に抑圧していた罪悪感や無価値感が湧き上がってきてしまうことが、この「好きなことがわからない」という悩みを引き起こす理由です。

自分に好きや喜び、楽しさといった感情を許可することで、嫌な気分になったり、ものすごい不安が襲ってきたり、申し訳ない気持ちが湧き出してくるのです。

その結果、起きることが

・自分から好きな人・ことから遠ざかる
・休みをもらっても休めない、なにかしていないと不安。
・休むこと自体が申し訳ない気がする(だから逆に開き直ってしまう)
・パートナーから愛されるとむず痒くなる。逃げたくなる。
・誰かの誘いを受けると断りたくなる、冷たくしたくなる。
・自分の楽しみを遠慮し、やるべきことばかり優先する。
・楽しそうにしている人たちを見ると、遠ざかりたくなる、仲間になれない。

などなどの現象なのです。

罪悪感・無価値感を癒やすことが好きを取り戻すカギ

「好きなことを考えてもわからない」と感じるとき

おそらくそこで考えていることは「無難なこと」「安全なこと」「正しいこと」であることが多いもの。

でも、それはワクワクしないので、好きじゃないと感じちゃうのかもしれません。

そんなときほど、「罪悪感」「無価値感」「怖れ」などの影響が強まっていることが多いのです。

まず、この状態に「気づくこと」が、第一歩です。

罪悪感や無価値感、怖れは誰しも感じる感情です。そして、なくなることはない感情です。

そういった感情を感じていること自体、恥ずべきことでもなんでもありません。あなたが劣っているわけでもないんです。

ただ、苦しさや、つまらなさ、喜びを感じられない毎日になってしまう可能性がある、ということなのす。

もし、自分に大きく影響を及ぼすほど、そのような感情の影響が強くなっているならば、「正しい感情の量に戻す」ようなイメージを持って、自分癒やしに取り組んでみることをオススメしたいですね。

ここに気づかずに、闇雲に「好きなことだけ」を探すと、場合によってはものすごく嫌な気分になったり、急にやる気や自信を失ったり、強い怖れに襲われてしまうことも考えられます。

頑張ってみたのに尻込みしてしまった、諦めてしまった・・・。

そんな自分と何度も出逢えば、好きなことを生きるモチベーションを失ってしまいますよね。

ここには一定のリスクがある、と僕は考えますから、すべてのクライエントさんに「好きなことを探したらいいですよ」とはご提案させていただいてはいないのです。

確かに「好きなこと」の中で生きていると最高に気分がいいですし、そこを自分の目標にしていただくことは素晴らしいことです。それはオススメしたいことですよ。

ただ、毎日頑張っている自立的である方ほど、「べき思考」「正しさ」を求め、それを動機に頑張っておられる方がとても多いものですからね。

例えば、自立的な方、努力家さん、忍耐女子さん、愛させろ女子、愛したい女子のみなさんには、好きなこと探しも続けていただいていていいですが

「まず、自分が心地よい、元気になる、癒やされる人や物事と触れ合ってください」

とお願いすることが多いでしょうか。

もちろんカウンセリングの中で癒やしを体験していただくセッションをご提供することも多いです。

そもそも強い「べき思考」や「正しさ」は、罪悪感や無価値観などの感じたくない感情をブロックするもの。

急に手放すと、強烈に嫌な感情を感じるリスクもあれば、しかし癒やしを進めないと「好きなことが分からないまま」という、まぁ矛盾する要素。

そんなときこそ、まずは自分をいたわり、自分に優しさを向け、よい感情を感じられる機会をつくることが最善手になることが多いです。

ご提案としては

「とりあえず2週間ぐらい旅行に行けるといいですね。場所を変えるだけで気分も視点も変わりますしね。」
「頑張って楽しもう、好きなことを見つけようとするよりも、自分のケアしませんか」
「とりあえずボーッとする時間も悪くないですよ」
「あなたの魅力ってこうだと思うんですけど、セッションでちょっと感じてみます?」
「頑張っている自分にご褒美をあげてくださいね」
「とりあえず僕とまた話してみます?きっとあなたのよさをお伝えできると思います」

そんなお話をすることも多いですよ。

また、

・より深く自分を理解したり。
・自分の中にある優しさや人への愛情に気づいてみたり。
・周囲にいる仲間や家族など、できる人からでいいので、理解してみたり、優しく接してみたり。

こういった体験は罪悪感や無価値感を癒す効果もありますからね。

もちろんカウンセリングやセミナーでのセッションを受けることもいいですね。

この積み重ねで、好きなことに触れても「大丈夫」と思えたり、好きなことが怖くなくなるのですよね。

また、好きな物事、好きな人と関われることの喜び・楽しさを感じられるようになります。

もちろんその癒やしの道中で、大きな自己変革をお望みならば、抱えてきた罪悪感や無価値感と向き合うことにもなりますけど、先に自分に優しくしておくと向き合いやすくなりますし、そこは僕もしっかりサポートさせていただきますしね。

この罪悪感や無価値感の向こう側で、本当の自分、素晴らしい自分と出会うこともできます。

そもそも罪悪感や無価値感こそ間違いであり誤解なんですけどね。

僕たちは人間だから、そう感じてしまうこともある。

自らの感情の影響を強く強く受けるものなんですよね。

***

僕が思う「好きなことをして生きている私」って、喜びの中で生きている私ですが、言い方を変えれば、「私は人や物の価値や意味、愛情を拒絶していない私」です。

つまり、人との関わり、物事との関わりを拒んでいない私、なんです。

逆に、拒めば拒むほど、罪悪感や無価値感が強まって、べき思考や判断が必要になります。

この物事や人に対して「積極的に関わること」ができる私になれるかどうか。

これが「好きなことをして生きる私」そのものなんです。

この状態を「コミットメント~なにかに積極的に関わることを決意している状態~」といいます。

だから、心理的に人や物事との分離を促進する、過剰な罪悪感・無価値感・べき思考、正しさは手放すほうが自分も幸せになるし、人も幸せになるし、まぁお得!ということなんです。

ただ、コミットできないにも、人それぞれ理由があります。

そこには簡単には割り切れない気持ち、思いがあるでしょう。

それは、ゆっくり解きほぐしていけばいいんです。

だから、好きがわからない自分を残念に思ったり、「べき思考」や「正しさ」でガチガチに自分を縛ることは、手放したいところですね。

自分をよりよく知り、時には自分に優しさやいたわりを向けてみてください。

そして、自分の心と体を惜しみなく使い、誰かに愛や優しさを与えられる私と出会ってみませんか。

まず、そんな自分になってみたいと願い、一歩を踏み出してみると、その道は開けますよ。

僕も皆さんのなにかお力になれたら、ちょっと嬉しいです。

・・・いや、嘘つきました。めっちゃ嬉しいですね(^^)

このテキストがなにか皆さんの参考になれば幸いです。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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