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無力感という感情 ~無力感から抜け出すことは、今の自分と出会うこと~

何もできないのではなく、何ができるのかを見つめてみよう

何もできないという感覚が強まると、やっぱり辛いししんどいものです。自分が今ここにいる意味を自分自身が感じ取れなくなってしまうこともありますからね。

ただ、長い間カウンセリングをしていますと、この「何もできない」という無力感を感じやすい人と、そうでもない人がいるようで、そのあたりの話を今日はまとめて見ようと思います。

前回のコラムと合わせて読んでいただくといいかも、なんて思っています。

よろしければどうぞ。

「何もできない」という無力感

僕たちは生まれてから今まで「無力な自分」を感じ続けている部分があるのかもしれないですね。

恋愛や夫婦関係、物事がうまく行っているときは感じないものですが、なにか望まない自体、うまくいかない現実を前にすると、自分には何もできないような気がしたり、目の前にある現実・問題を乗り越える力が無いような気がしたりするものかもしれません。

また、日常の中でとてもありがたい話をいただいたとしても、なぜか遠慮し受け取り切れなかったり、周囲の評価は悪くないのに、実は自分は誰の力にもなっていないのではないか、と感じることってないでしょうか。
これは「無力感」を感じるときに起きる現象です。

そもそも無力感とは、誰かを助けられない、守りたいけれど守れない、などの感覚を作り出すものです。

自分には力がない、何もできない、役に立てないと感じている分だけ、ついつい自分を責めてしまうのですね。

また、無力感が強く出てきているときほど、自分を肯定できなかったり、受容できない状態が続きます。だから、今、自分にできることに関して何の価値も感じなかったり、自分の考え、行動に何の意味も見出せなくなる場合もあるわけです。

世の中には、一つの謙虚さの表現として(自分なりの価値を感じられているけれど)「自分は大したことないですよ」と伝える人がいますが、無力感が強い人はガチでそう感じている、というわけです。

さて、もしこの「無力感」という感情が、「自立」が生み出すもの、と聞いたらどう思うでしょうか?

無力感は、どこか「怖いもの知らず」だった幼少期には感じにくいもの、といえます。

つまり、僕たちが思春期以降に感じ始めるもの、僕たちが心理的・精神的な「自立」をはじめたころから出てくるものだ、といえるのです。

今、もしあなたが強い無力感を感じているとしたら、今のあなたは強い自立状態にある(いかに傷つかないかを考えている)のかもしれませんね。

心優しき優等生タイプほど無力感にハマりやすい?

僕の臨床経験上での話ですが、いわゆる「無力感」を感じやすい人は、「目の前のことをしっかり頑張れる」人に多いと思っています。

特に僕が「優等生タイプ」と呼んでいる人に多い、と思うんですね。
ここでいう「優等生タイプ」とは

・人の期待にはきっちり応えようとする
・ルールや節度を守る意識が強い、模範的な人
・そもそも優秀で、頭がキレる
・誰かの笑顔を強い作りたいという思いがつよい

そんな傾向がある人をいいます。

つまり、基本いい人です、めっちゃくちゃ。努力家でもありますし、誠実です。

では、なぜこの優等生タイプさんが無力感を感じやすいかといいますと

・基本的に大きな失敗・リスクは侵さない
・自分にできないと思うことに対してはチャレンジ意欲を失う
・一つの失敗が大ダメージ、強い無力感になる

そんな傾向を持つことが少なくないからですね。

要は、できないことを恥にする意識が強いんです。

いわゆるちょっとばかり強まった「自分はできていないとダメ」という思いがあるわけです。

「何かしらの物事ができている」ことに自分の価値基準がありますから、できない、ということによって、内面的に強い自己否定が起きるんです。

だから、できない自分は誰かの喜びになれない、と感じてしまうのです。

その人の存在そのものに価値がある、という客観的事実が存在しても、その人の内面の中では価値がなくなるのです。

よって、優等生タイプの人ほど「目の前にあること(危機・問題)を自分で解決すればいい」と考えます。いわゆる自分次第という考え方が強いといいますかね。

まぁ、麻雀でいうならば、対戦相手が何を考えていて、どんな状態にあるのかという「場読み」「人読み」はしない。

基本、「自分がいい手を作り、負けそうなときは降りればいい」とだけ考えるような感じです。

自立が強いので、相手の状況を見極め、ときには相手の状況や力を借りるという発想が少ない。

すなわち、あからさまな駆け引きを嫌がり、いつも真っ直ぐなんです。

そのとき、たまたまツイている相手がバンバンアガリを重ねて、自分は全く放銃していないのに何故か負けてる、みたいな状態になって、自分は弱いなぁ・・・と感じるようなイメージでしょうか。

事実としては、相手が強い、もしくはツイてるだけなんですけど、そうは感じない。

つまり、相手の価値やツキを認めないのです。どこか隠れた競争心を持っている。

なぜなら・・・めっちゃ羨ましいから、なのですが、おそらく本人はその自覚がないのです。

だから「だったら自分も!」と考え、自分のアガりだけ考えて手を作っているうちに、思い切りでっかい声でロン!と倍満申告されちゃって、めっちゃ凹む感じ。

なんで自分は・・・とか、やっぱり自分は弱いなぁ・・・と感じる、みたいな。

え?麻雀のたとえではわかりにくいですか?

・・・ですよねぇ。

では、もう少し家族関係の話(カウンセリングで扱う話)にシフトしてお話すると

このタイプは、家族を助けたい、家族の笑顔が見たいと思い、めっちゃいい子、優等生を続けているわけです。

その人の思いに触れるたびに、僕は頭が下がる思いすらしますし、そこまで大切な家族がいるのだなとも思うのです。

その「自分が家族を助けたい気持ちばかり見つめてしまう」のが特徴です。

愛すべき助けたい相手、つまり家族にも意思や気持ちがあるのですが、そこに意識が向かない感じです。

だから、自分がどう努力すればいいか、とだけ考える。

それが全てで、それが自分にできること、と感じている。

相手が(家族が)自分のことをどう思っているか、という気持ちのつながりが切れちゃってるんですね。

これが「自立」と呼ばれるものです。

ゆえに「信頼できるのは自分だけ」となります。誰に支えられても、褒められても、自分でできなきゃ意味がない、と感じるわけです。

ただ、優等生タイプは「優等生でい続けること」が自分の意味と価値だと感じています。

だから「失敗の可能性があること」「できないこと」に対してはチャレンジする意欲を持ちにくいのです。

むしろ「怖い」と感じます。

つまり、「今の自分にできること」、手持ちのカードだけでいつも勝負していて、他力を信頼するという発想を持つこと自体、負けであったり、申し訳ないこと、と感じるのです。

言い換えれば、世界に対して自分だけで勝負している感じ。

例えば、恋愛なら、一つの失恋やパートナー愛されない事実がある、自分「だけ」が特別劣っているような感じを抱えるのです。

そこではまるで「自分は役立たずだ」と言わんばかりの感覚を感じます。この感覚から逃げたくて、望まない関係を持ったり、そもそも恋愛自体を望まなくなることもあります。

夫婦関係でも同じで、関係がうまくいかないときも、自分の力不足だ、としか感じません。状況や相手の気持ちに気づこうとする発想が持てないので、どんどん追い込まれていきます。

それぐらい自分の力で「助けられない」「愛せない」「満足させられない」ということを怖れています。

ね、無力感そのものでしょう?

だから、といってはなんですが、優等生タイプが人を非難するときがあるとしたら「相手の価値を全否定」することが多いでしょう。

そもそも相手はなってない、どんな育ち方してんだ、何を食ったらそうなるんだ、とまるで論点がずれているような発言が出てきたり、相手の存在を全く認めないような態度に出る人もいますよ。

そもそも優等生タイプが感じている(内面の)世界とは、そのようなものだから。

その反面、「自分がどれだけ頑張ってきたのか」に誰かに気づいてほしい、と感じています。

誰かに「あなたは間違ってないよ」と言ってもらう、つまり「正解」がないと、自分で自分を肯定できないという弱点を持ち合わせています。

本来ならば誰も突っ込みようのない「自分が感じていること」「自分なりの思い」ですら、「それでいい」と思えない分だけ、他者の承認を求めるようにもなります。

それほどまでに「自分」ではなく「他人の気持ち」を基軸に生きているのですが、「他人の気持ち」にはなかなか気づけない、という状態になるのです。

いわゆる「受け取れない」状態ですね。

無力感から抜け出すことは、今の自分と出会うこと

無力感と聞くと、たいそうなもののように感じるかもしれませんが、実は誰しもが感じるものですよ。

例えば、子供の頃、兄弟が多かったり、家庭の経済的な理由で、どれだけおもちゃがほしくとも買ってもらえなかったとか、おやつをいっぱい食べたくとも、それが叶わなかった、自分ではどうすることもできなかった、という状態があったとしましょう。

ここにも一つの無力感があるわけですよね。

だから、自分が親になると、やたら子供におもちゃを買い与えたり、大人になった今、ポテチの袋を抱えて独占し、全部一人で食べることに得も言われぬ充実感を感じる方がいます。

これは一つの反動のようなものです。

ただ、この話、よくよく考えてみれば「過去の自分ではできなかったことが、今はできるようになっている」ということでもありますよね。

これが無力感を癒やす鍵なんです。

当たり前のことと思われると思いますが、かつて子供のころは難しかったことも、今の自分ならばできることってたくさんありますよね。

自分は成長しているし、当たり前ですができること、愛せること、与えられることも増えているのです。

しかし、心の時計が止まったまま、無力感を残して自立を強めていると、なかなかそうは思えません。

僕の学ぶ心理学では「未処理の感情・記憶」と呼びますが、自分の過去にあるインパクトの強い出来事、そこに伴う感情って、意識して癒やすことに取り組まないと、なかなか消えてくれません。

だから、今の自分に十分に能力も経験もあるにも関わらず、自己評価がめちゃくちゃ低かったり、自分を肯定できずにいる場合もあるのです。

その結果、今も昔と変わらず諦めてしまう事が多かったり、自分自身を信頼できず、自分を諦めてしまうことが増えることも少なくないのです。

だとしたら、『今、自分は何もできないという思い込みや誤解をしているのかもしれない』と、自分を見つめ直してみることが無力感を乗り越える一つのきっかけになるものです。

だから僕は「無力感から抜け出すことは、今の自分と出会うこと」と表現しています。

無力感が強まっていると、自分が今、手に入れているもの、できることに対して、価値や意味を感じられなくなります。

その結果、目の前にあるもの(持ち物、経験、家族、パートナー、お金など)を粗末に扱うだけではなく、あなた自身を粗末に扱ってしまうことになるのです。

もし、あなたが無力感を強めている自分からの卒業を望まれるなら、今の自分をしっかり見つめていくことが、無力感の解放プロセスになりますよ。

具体的な癒やしのプロセスとは

まず、今の自分の中に無力感・自己否定感があるなら、それも今の自分の気持ちをして認める勇気を持つことです。

無力感を手放すためにすごくなろうとしても、結局のところ無力感に追いかけられます。逃げても感情は消えてくれないし、覆い隠しても一時的に安心できるだけ、という場合が多いものです。

無力感を感じやすい自分。

それが今の自分なのですから、その自分を嫌わないこと。

そもそも、無力感に苛まれていても毎日必死で生きてきたのはあなた自身ではないですか?

その上で、今の自分にあるもの・できることをコツコツ見つめていくのです。

ないもの・できないことに意識を向けるより、あるもの・できることに意識を向けていきましょう。

ここの区分は明確にしたほうが、気持ちが流されなくて済みますよ。

・今、身の回りにあるものや生活。
・今までの自分自身の経験、立場。
・今のあなたにできること。

ここをコツコツ認めていくことです。

自分にはこんなにも「ある」ということを見つめるのです。

もちろん、今の自分にあるものが、自分で稼いだものじゃないかもしれません。また、今は仕事を失っていたり、彼と別れたり、離婚が成立したばかりという場合もあるかもしれません。

すると、途方もない孤独感に苛まれていて、とてもじゃないけど自分のできることに目を向ける気にならないこともあるでしょう。

そんな状況にあって、もし「自分の価値など何の意味もない」「焼け石に水だ」と感じるなら、自分がまだ捨てきれない「誰かを助けたい(助けられなかった)」「どうせ自分の思いなど誰にも伝わらないのだ」という気持ちにこだわっているのかもしれません。

それは、過去の自分に力がなかったから、勇気がなかったから、自分は大切な誰かを助けることができなかった、自分の気持ちがわかってもらえないのだ、という罪悪感。

これは、今の自分にどれだけの能力や経験、また人を思う気持ちがあったとしても「そんなもの意味ない、自分はあの人を助けられなかったじゃないか、誰も本当の気持ちをわかってくれなかったじゃないか。そんな自分は一生悔い改めて苦しむべきだ」と語りかけてきますからね。

そんなとき、うっかり他人から「お前はろくでもないわ」なんて言われると、強烈にその罪悪感が強化されます。

でも、一個人の意見は法律でもなんでもない。そもそも赤の他人に一生悔い改めろと言われても、そりゃその人の意見なんです。

そこから何を学ぶかはできますが、それ以上でもそれ以下でもない。

それ以上に問題なのは、他人の意見を鵜呑みにしてしまう自分なんですよ。

だから、自分のことにフォーカスしてみる。

すると、「自分が誰かを助けたかったんだ、それぐらい大切に想っていたことを誰かに理解されたい」という気持ちが眠っていることに来づける場合もありますよ。

もしそんな状況があるなら、一人で癒やすより、信頼できる誰かと歩んだほうが癒やしは速いかもしれませんよ。もちろんカウンセラーでもいいですし、あなたが信頼できる人に、素直な気持ちを話すことがポイントですね。

ちなみに僕の仕事は、どんな状態の中からでもその人の良さ、素晴らしさを見つめるサポートをすること。特に、人の思いとはなんとも美しいものだ、といつも感じています。そういった美しい部分を見せていただける仕事をしていることが、何より僕の喜びでもあります。

だから、そのあなたの美しさに気づいていただくことも、また一つの癒しなのではないか、と思っています。

そしてまた自分を認めることを繰り返していきます。

・今のあなたが持っているものをじっくり見つめてみましょう。どんな価値がありますか。
・できないことは横において、今の自分にできることはなんですか。
・あなたが愛し、助けたかった人は誰ですか。そこに込められた思いはどんな気持ちですか。

全部認めて、大切にすると決めてみてください。

その一歩を続けることが無力感から卒業し、今の自分と出会うプロセスそのものになるでしょう。

ぶっちゃけ、人にいくら承認され、励まされても、自分が自分にYESと言えないなら、なかなか自分は変われません。

しかし、コツコツ自分を見つめていけば、きっと変化を実感できますよ。

そもそも優等生タイプの人も、無力感が強めの人も、人への気遣いってめちゃめちゃできてますからね。その今までの自分が、無力感の解放とともに強力な優しさや、人を愛する力として感じられるようにもなります。

癒やしを進めるということは、今までの自分をより活かすことでもありますから。

もし、無力感を感じて切ない気持ちを抱えているなら、自分をコツコツ認めてみてはいかがでしょうか。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。
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