恋愛・夫婦の心理学

これ以上彼を追いかけちゃいけないのかも?と感じたときの処方箋

彼を追いかけるかどうかより、自分の目的設定を考えてみよう

「これ以上彼を追いかけちゃいけないのかも?でも、まだ好きだし・・・」

「もうこの彼とは難しいかも。でもまだ諦めきれないし・・・」

このようなご相談を伺うことがあります。

これはほんと悩ましい問題ですよね。もしかして別れたほうがいいかも、と思いながらも、想いはまだ残っているという感じですから。

だから、彼に振り向いてほしい、向き合ってほしいと思うこともあると思います。

そんなとき、さてどう考え、どのように自分や相手を見つめていけばいいか、今日はちょっと大人な視点でコラム化しようと思います。

よろしければどうぞ。

 

「好き」を禁止すると苦しさを感じるもの

そもそも僕たちは好きなものを禁止すること自体に苦しさを感じるものです。

好きな人のことを好きだと思わないようにすること自体、やはり苦しいのです。

だから、これ以上今の関係を続けていても私が辛いだけかも、とわかっていても、もう好きな人と会えない、愛せないことが、その理解をぶっ飛ばしてしまうほど「好きでいたい」「会いたい」と感じることがあるかもしれません。

たとえば、ダイエットや体調管理のために大好きな甘いものを禁止する、といった経験をされた方がいるとしたら、きっとお分かりいただけるのではないでしょうか。

大好きな甘いものが食べられない・・・。そう強く思っているうちは、なかなか苦しいものですね。いくら「それもこれも自分自身のため」と理解していても。

さらに「禁止は欲求を作るの法則」から、余計に甘いものが食べたくなって、我慢できずにドカ食いしちゃったり。

しかし、ある程度「自分のために」という部分を理解して、行動を続けていくとそれに慣れていきますから、「甘いものを食べなくてもいい」と思えるようにもなっていきます。

※ちなみに、一人で自分をしっかり管理できる方はいいですけど、そうでない方の場合、最初は誰かと一緒になって頑張ったほうが、楽に甘いものを手放せるかもしれませんね。意外と他人の目があると頑張れちゃう人も少なくないので。

昨今のコロナ禍での行動自粛もそうですよね。家にいることが「大好きなお出かけができない」という禁止だと理解していると、つい外に出たくなり、外に出られないことでストレスを感じやすくなります。

これも「禁止は欲求を作る」から、余計に外に出たくなるんですよね。

このようなことが恋愛でも同じように起きる、というわけです。

もし、自分のパートナーのことを諦めて手放したほうがいいのではないか?と考え始めた時、「彼のこと、もう好きでいてはいけない」と思うと、とても苦しいことになるわけです。

特に、今までなかなか好きと思える人と出会えなかった、数年ぶりにときめいたし恋愛してもいいなと思えた、という場合、一度感じ始めた『好き』という感情を抑えられなくなるんです。

「いやいや、もう彼はやめておいたほうがいいって」と禁止という意味での気持ちのブレーキを自分自身でかけると、さらに「好き」でいたくなるんですね。

だから、なぜかその気持ちを伝えたくなるし、なんとか彼のハートを打ち抜きたくなったり、もっと受け入れてあげたいと思うようにもなります。

今の二人の関係ではうまくいかないから、もうこれ以上「好きでいてはいけない」と考える分だけ、自分が傷ついたっていい、もう一度彼とやり直したいと思うようにもなるでしょう。

ただ、きっと女性の皆さんならおわかりいただけるのではないでしょうか。

やっぱり「好き」という気持ちを抑えるにはそれなりの覚悟が必要ですし、一度好きという気持ちを本気で抑えたら、もう元の気持ちに戻れなくなることも。

だから、好きという気持ちを禁止しながらも、どこかまだ好きでいたほうが自分も楽だ感じている人も少なくないようです。

が、この状態はいわゆる「葛藤」になるので、とにかく毎日落ち着かないし、気持ちの面での消耗も激しくなるでしょう。

※ちなみに、男性は自由に戻せる(気が変わりやすい)と感じている人が多いので、女性の「なんで?」の意味がわからない人も多いんですよね。なので話が通じないというケースも多発していますが、それはそれとして。

 

禁止よりも「目的=幸せ」にフォーカスする

だから、実際に「今の彼とうまくいかないから次に、と思うんですけど、なかなか気持ちが決まらない。まだ好きだし、彼のことも傷つけたくないと思うんです」というご相談を伺うこともあるわけです。

基本的に僕は「好きでいていいんじゃないですか」とお話します。

もちろん相手をひどく追いかけ回していいという意味ではないですよ。

そもそもあなたが誰を好きでいるか、に関しては自由ですものね。

また、好きを禁止すると苦しいだけでなく、気持ちが暴走する可能性があるので、いつまでも自分が納得しない状態になることも多いんです。

だから、「好きなものは好きでいいじゃないですか」とお伝えしているんです。

そもそも「好き」という気持ちを嫌う必要もないだろう、とも考えてのことなんですけどね。嫌いになる努力も辛いですからね。

 

ただ、同時に「今、彼のことが好きかどうかよりも、もっと大切なことがあるかもしれません」ともお伝えしています。

それが「自分自身の目的」です。

そもそも僕たちが何かに取り組んだり、頑張ったり、究極的には「よりよく生きる」事を考えたとき、その目的は「自分と大切な人の幸せ」のはずです。

もし、自分は幸せ、誰かが不幸とか、自分が不幸で相手は幸せ、というカタチを目的にすると、それなりに不満や辛さを感じたり、こんなつもりじゃなかった、という気持ちになることが多いんです。

だから、僕がご提供しているカウンセリング・心の癒やしも、「幸せ」が目的であって、今の状態を何とかすることだけを目的にしているわけじゃありません。

だから、ぶっちゃけた話をすれば、今カレと別れてから、ガチで幸せになっていく人も意外と多いんです。(だから今カレと別れなきゃいけないとか考えないでね〜)

自分自身がそもそもの「目的」を取り戻せば、自ずと「どうすればいい」の答えは自分の内面から出てくる、ということです。

今は信じられないと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、しっかり「自分の目的」を取り戻すために、自分の感情をカウンセリングなどで整理し、癒やすことで、みなさん自身が未来を決めていかれます

つまり、カウンセラーである僕があなたの未来を「こうすればいいんじゃないですか?」と決めているんじゃないんです、当たり前ですけど。お話を伺って、あーだこーだ話しながら、ときには感情のサポートをさせていただいて、よりベターな方向性をサポートさせてもらってる感じですね。

だから、「これから彼との関係をどうしていけばいいんだろう」という疑問があるとしたら、まず直近の目的として「彼と関わり続けることで自分が幸せかどうか」、言い換えれば「自分が(今以上に)傷つき、自分を見失わないかどうか」が大切なことだと思うのです。

いや、私はどれだけでも頑張れる!多少なりとも傷ついたっていいし、今までだって傷ついてきたんだから、と思われる忍耐女子さんやガッツのある女性もいらっしゃるんですが、そんな愛の深いみなさんこそ、ぜひこの先の話を読んでください。

 

更に深い深層心理に迫ると「疑い」に出会うことが多い

少なからず恋愛関係は一人で構築できるものではありません。

常に相手が存在します。

つまり、自分が傷つけば相手も苦しい思いをする、罪悪感や無力感を感じる、という視点は必要になると思いませんか?

特に自立的な人ほど、いい意味で「自分の頑張り次第」と考えがちのようなので、改めてこの話を書いている次第です。

自分が頑張ればいい、相手のためなら何だってできる、という気持ちは尊いものです。むしろ素晴らしい、美しいとさえ僕は思います。

しかし、あなたが一人で頑張り続ければ確実に傷つきます。頑張ることとは、自分が傷つくこととまぁ同じようなことなのです。

だから、あなたが傷つきつづければ、あなたを思う人やそばにいる人はおそらく苦しみはじめるでしょう。

つまり、あなたの意思で頑張って相手に近づいて、その結果、自分が傷つく(間接的にでも相手があなたを傷つける)という状態になるなら、それは「幸せ」を目的にしているのかどうかを一度見つめ直す必要があるとも言えそうですね。

※ちなみに「傷ついていなフリ」は、一時的であればいいですが、そもそも自分も辛くなりますし、長く一緒にいれば必ず看破されますから、僕はあまりオススメはしていません。

もう少し深い深層心理の話をご紹介するならば、これこそ「無意識の復讐(加害)の心理」といえるんです。

好きな彼のために頑張りたいという気持ちが存在しながらも、深層心理に「私のことなんて大切に思っていないんでしょ」という思いを隠し持っていると、このパターンが生じます。

そして、このパターンこそ「私は大切な人の喜びになれていないのではないか」という自分自身に対する疑いと、本当は「大切な人(彼、彼女、親、家族、親友など)の喜びになろうとしたけれど、なれなかった」と感じている「嘆きを抱えた愛のかたまりのような自分」そのものなんだと思うんです。

だから僕は「あなたの中にはめちゃめちゃ愛がありますよね〜」とか思っちゃうんですけど、まぁその考え方自体ちょっと特殊ですよね(笑)もちろん僕自身に見に覚えあり、なのですけども。

 

このような気持ちを抱えておられる方にとって、「彼のことを本当に好きになる」「彼が私のことを必要としてくれた」「相手は私に弱さを見せてくれた」という事実は、めちゃめちゃ意味のあることになるとは思いませんか。

だから、今度こそ好きな人の喜びになりたい、と頑張っちゃっても不思議ではない、といいますか。

そもそも「好き」という気持ちを抑え込むこと自体に抵抗を感じるし、もしここで自分が諦めたとしたら、それこそ自分はひどい人間、愛のない人間なのではないか、と感じてしまうというわけです。いわば罪悪感を感じるのです。

だから、「諦めきれない」「自分がこれから彼とどうしたいのかすらもよく分からない」と感じ始めるというわけです。

と同時に、これから彼と関わる「目的」が自分が罪を償うような、自分の幸せは後回しになってしまうようなものになってしまう場合もあるんです。

あなたがそんな状態になったなら、きっとあなたの友達や仲間、家族は「そんなに無理しなくていいんじゃない」と言ってくれるでしょう。

なぜなら、周りの人は、あなたに罰や不幸がふさわしいと思っていないから、ですね。

 

さて、この周りの気持ち、あなたは素直に受け取れるでしょうか。

「そうだよね、ありがとう、私は私の幸せを目的にするよ」と思えるでしょうか。

もし、あなたの深層心理に自分に対する疑いが強く存在していると、意識ではわかりませんけど、つい「私の気持ちを理解されていない」と感じるものなのです。

私は好きな人のために頑張っているのに、喜びになりたいのに、と感じるはずなのです。

すごく分かりにくい話なのですが、ここがまだ癒やされていない、自分の幸せを目的に設定しきれていない部分、ということなんですね。

 

なので、僕のカウンセリングでは、「あなたは誰の幸せになれなかった」と感じていたんでしょうか。それは誰で、その人にどんな感情を向けているのでしょうか、といった癒やしのプロセスをご提供することがありますね。

心には時間軸がないので、それがたとえ遠い過去であっても、もう忘れてしまっていたと思うことであっても、自分が誰かの喜びや幸せになれなかったという後悔や自分への疑いは、様々な感情や観念を作り出し、自分自身を「喜びではない」と疑い、それを償い、埋め合わせるべき、と感じる要因になるのですよね。

 

「愛と信頼」に相応しい私の成熟

だから、究極的な癒やしの目標は「私はそもそも誰かにとって喜びの存在」という事実を認めて、受け入れることになります。

何かを頑張っているとか、誰かのことを強く想うこと以上に、自分自身は人に喜びを与えられる存在ということを受け取ることが求められます。(自尊感情)

ここでのポイントは、一人で頑張るではなく、受け取る、気づく、ということなんです。

ここが受け取れるようになると、自分が相手のことを好きでいるかどうかや、彼のことをどんなことがあっても好きでい続ける、ということ自体が問題の本質ではない、ということが見えてきます。

喜びである自分が、そう簡単に犠牲的になってはいけないとも思えますし、逆に愛をケチるとロクなことが起きない、とも理解できます。だから、いつもベストを尽くせます。

「好き」という気持ち以上に「愛と信頼」を選択できるようにもなっていきます。

つまり、「喜びである私がここまで愛しているのに受け取らない相手。しょうがないなぁ・・・」と思えるようになるんです。

自分を疑うことも、相手のことも責めなくなる、といえばそうなんですよ。

だから、「次の目的」がすっと選べます。

まだ彼のことを喜ばせていたいと思うか、それとも私の喜びを受け取ってくれる人と素敵な関係を構築する方向に進むか、と。

こうなると、どちらも「自分のやりたいこと」なので、まぁ自分が報われない目的ではなくなるんです。

 

そういう意味での「私、彼のことが気になって仕方がないんですよね」というご相談も、ありがたいことにいただいております。

すると僕も「あなたはもう全てわかっていらっしゃるわけですよね。本当に彼のことを愛していらっしゃるんですね。なんて素晴らしいことでしょうか」とお話するしかないといいますか。

「でもまぁ一人で考えると、悶々としたり、つい自分を疑ってしまうかもしれませんよね。僕でよければお付き合いいたしますm(_ _)m」とお話させていただいております。

ちなみに自分が喜びだという感覚を「受け取る心」は、「与えること」によってひらきます。

どんなことでも、本気で想い、心から取り組むこと、愛すること、信頼することによって、自覚なき我が身の一部が拓かれていくものです。

そんな自分に出会えたとき、僕たち自身が気持ちいいですし、何故か物事もうまくいくようになるものなのですよね。

ABOUT ME
浅野 寿和
カウンセリングサービス所属心理カウンセラー。名古屋を中心に東京・大阪・福岡で〜旅人のように〜カウンセリング・セミナーを開催。心理学は現実で使えてなんぼ、がポリシー。