恋愛・夫婦の心理学

彼を強く責めた私。その後悔が拭えないときの処方箋

どうして彼をあんなに責めてしまったのか?という後悔

カウンセリングをさせていただいてると「どうして彼をあんなに責めてしまったのだろうか」という後悔について伺うことがありますよ。

例えば、私が彼を責めてしまったから別れることになったことを今でも後悔している、とか。

元カレとは別れて正解だったと思っているけれど、ただ彼を強く責めた自分のことが気になって、それから恋愛で自分らしく振る舞えなくなった、とか。

今でも彼を責めたことを後悔していて、そんな自分に驚いていたり、許せずにいたりする、とか。

まぁありとあらゆるカタチの後悔を伺います。

そんなときの考え方のヒントをさらっとまとめておきます。よろしければどうぞ。

 

彼を強く責めてしまう理由とは

一般的に考えて「彼やパートナーを責めてしまう人」ってあまりいいイメージがないですよね。

どこか自己中心的、他罰的、自分さえ良ければいい、未成熟、なんてイメージが付きまといやすいのかもしれません。

確かに自分のことだけを考えて彼を攻めてしまう人もいます。いわゆるワガママといいますか、相手の気持ちを全く考えずに一方的に責め立てる人もいます。

これは責めているというよりマニピュレーション(自分を変えずに相手を操ろうとする行為)に近いですよね。

ただ、僕が長くカウンセリングをさせていただていると「そりゃ相手を強く責めるよね」と、責めたことの是非よりも、そうせざるを得なかった状況を感じることがありますよ。

もうこれ以上耐えられない、相手を責めるしかなかったといった状態になっておられた方も少なくないということですね。

その典型例がいわば「自分の愛情を軽んじられているような、価値がないように扱われたとき」なのかもしれません。

更に言い換えるなら「自分の愛情や思いが彼に全く伝わっていないと感じる時間があまりに長かった」という事情があったということでしょうか。

 

愛せないVS愛が届かない

さて、「好きな人を愛せないこと」と「好きな人に愛が届かない状態を続くこと」を比較したら、どちらが辛いと思います?

どちらも辛いことですけど、おそらく後者のほうがダメージが深まりそうだなと僕は考えています。

なぜなら自分の行為(好意)を拒絶される時間が長いから。

自分から好きな人を愛さないと決めることも辛く苦しいことですが、頑張っても思いが届かないなら、自分から愛さないと決めるほうがまだマシだと感じてしまうことってあり得ると思うんですよ。

それぐらい愛が届かないという状況は「自分の価値を削る状況」とも言えるんです。

「そんなの自分がしっかりしていれば大丈夫」といった考え方もあると思いますし、それが間違っていると思いませんけれど、でも辛いよ、愛が届かない状況に居続けてみればわかると思うんですけど。そうそう耐えられるようなものではないです。

そもsも僕たちの心には自尊感情があって、誰かの喜びになりたいと願っているもの。だからこそ、誰かの喜びになれないという経験をすればするほど自分を信じられなくなってしまうこともあり得ると僕は考えているんです。

そう考えると、もし「本当は愛せるものなら愛したかったし、相手を責めたくなかったけれど、つい強く責めてしまった」という事実があるならば、それは「もうこれ以上自分の愛情の価値を下げることは難しいと感じた」ということなのかもしれません。

頭では「自分の価値を下げなくていい」と理解していても、そりゃ自分の好意を跳ね除けられれば、ものの見事にザクザク自分の自信を削られるってもんじゃないでしょうか。

そんなときに「上手な怒りの伝え方、怒らないで伝える方法」って役に立つのかな?とか僕は思っちゃう。

そこまで我慢して、自分の気持ちを譲って、それでも彼のことを好きでいることって、もはや犠牲に近い気がしますし。僕は「本当に好きなら頑張れるでしょ」とは思わないんですよね。

だから、あとになって後悔するほど彼を責めたということにも、それなりの事情があったってことなんじゃないかな、と僕はいつも捉えています。

 

後悔は「もっと上手に愛したかった」という気持ちから生じる

こんなときは、自分の事情を理解しながら、気持ちを整理して、その事実を学びにしていくことが次の幸せにつながるプロセスになります。

ただ、なかなか許せないものなんですよね。

好きな人を責めたという事実は、その本人さんにとって何よりも重い感覚になるものでしょう。

だって、好きだったのだから。本当は愛していたかったのだから。

そして「もうこれ以上は無理だ、もう耐えられない」と思って彼を責めたのであれば、それ以前から「私は上手に彼を愛せていない」と責めていた可能性が高い気がしますよ。

どれだけ頑張っても自分の思いが伝わらない状況に陥ると、多くの人は「自分は愛されない、ダメだ」と思っていますが、本当は「私は十分に相手を愛せていない」という加害者意識を感じているのです。

「私だから相手は幸せじゃないんだ、喜ばないんだ」

そう思いながら自分を責めて、責めて、責めて、もう責めきれなくなったときに人を責めるものなんですよ。

つまり「相手を責めている時点で既に限界だった」なんてケースも少なくないんですよ。

だから僕は「相手を責めたことの後悔は分かります。ただ、それだけのことが起きていたんじゃないですか」とお伝えすることが多いんです。

そして、そのあなたの気持の根っこには「相手を幸せにしたい」という願いも存在しているものなのです。だから、それが実現できない自分を責めていたのでしょうから。

そう考えますと、「相手をつい強く責めてしまった後悔」とは、「もっと上手に愛したかったけれど、それができなかった自分への批判」ではないでしょうか。

そこをゆっくり緩めて、自分を理解し、気持ちを整理していくことで、この後悔は手放していくことが可能になっていくのだと僕は思うのですよね。

もっと自分を理解して、大切にしようってことなのだと思うのです。

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