恋愛・夫婦の心理学

パートナーと衝突してしまう理由とその癒やしについて 〜人は自分が選んだ感情にふさわしい行動を取る〜

浅野さんへのお礼と再度質問

以前、うまく愛せないことはやっぱり辛いものでお世話になりました。むつみです。

うまく愛せないことはやっぱり辛いもの ~不安をぶつけてしまい夫の態度が急変したときの対処法~今日は、不安をぶつけてしまい夫の態度が急変したときの対処法についてまとめています。まぁ誰しもうまく愛せないことはやっぱり辛いもの、ということなんです。そう考えられるかどうかが鍵ですね。...

取り上げてもらって嬉しかったです。ありがとうございました。そして毎日ブログ楽しみにしています。

私なりに頑張ってはみたものの、旦那とは毎日顔を合わせるしいろんなことが目についてしまうし、子どもが2人いて手伝ってもらえないと虚しく悲しくなってしまうしでダメだとはわかっているものの気持ちをぶつけてしまって、どんどん悪化してしまいました。わかってはいるものの自分のこととなると難しいものですね。

旦那を許そう許そうとしていたんですが、多分一番許して欲しかったのは自分ですね。旦那が悪い行動をすればするほど私は許されてないっていう感じがして、だから私も旦那を責めてしまって…それでまた旦那も罪悪感を感じて、私も罪悪感を感じて。悪循環ですね。

私には悪いことをされても許すことができる器がなかった。どんどん悪化してしまい、女性の影もちらつかせられ、下の子のお宮参りにもきてもらえずわたしは不安になり責めに責めてしまいました。でもそれも仕方なかったのかなと。
いろんな気持ちわかって欲しかった。それは私のわがままかも知れませんね。産前産後の精神状態もわかって欲しかった。お互い好きなだけだったのにどうしてここまでなってるんだろうと悲しくなり、反省してます。

別居を言い渡されてしまいました。悲しい気持ちはありますが、不思議と冷静になってる自分がいます。3週間実家に帰り気持ちを落ち着けたことが良かったのかな。

実家帰省から自宅に戻ってきて旦那に直接は話しができなかったのでラインで
「大好きだから帰ってきました。お互いに辛い思いも悲しい思いもたくさんしたと思う。私はずっと一緒にいたいと思ってるけど、それがあなたにとって辛いのならあなたが幸せなことを選んだらいいよ。たくさん辛い思いさせたのに頑張ってくれてありがとう。」と送りました。
あとは悪いことされても見守ろう、なにを言われてもそうなんだと受け入れようと思いました。

そのラインから1週間ほどたち別居したいとのこと。
・もう一緒には住めない
・俺にも原因があるけど、いろんなことがあってもう好きではない
・子どものことがあるから、我慢しようともおったけど締め出されたので限界だ
ということです。
朝帰りムカついて一度締め出してしまいました。これはすごく反省してます。絶対やっちゃいけなかった。

もう一度、私は一緒にいたいけどというのを伝え、でも気持ちは決まっているということなので、それがあなたの幸せならと別居を受け入れることにしました。ただお金の問題があり、私もまだ働いていない状態で子ども2人もいるからそこはどうしたらいいのか考えて欲しいことは伝えました。
旦那はアパートを借りるようですが、別々に住むとなるとお金が全然足りないんですよね。
別居したいは旦那の気持ちなので私が自分から動くのは違うよね、と思いお金のことを考えて答えが出たら、また話しましょうと言って終わりました。

妙に冷静な自分に驚いています。

旦那は罪悪感感じすぎちゃったんですよね。私は別居したとしてもまた一緒になれると信じて自分磨きを頑張ればいいんですよね?毎日たのしんでいればいいんですよね?ワークや手放しをやったらいいんですよね?

離婚になるのかもという不安がないわけではありませんが、なぜかならない!という自信がちょっぴりあります。

私自身の罪悪感も結構手放せてるのかなと思います。あとは旦那の罪悪感に巻き込まれないように気をつけながら生活いいんですかね?

まとまりない文章ですが取り上げてもらえたら嬉しいです。

むつみ

むつみさん、ご感想と再度のネタ募集へのご協力ありがとうございますm(_ _)m

なるほど、ご主人はそうおっしゃっているんですね。

今日はコラムというより、いただいたご感想とご質問から感じることを書き綴ってみたいと思います。

よろしければどうぞ。

 

人は「自分が選んだ感情」にふさわしい行動を取る

私なりに頑張ってはみたものの、旦那とは毎日顔を合わせるしいろんなことが目についてしまうし、子どもが2人いて手伝ってもらえないと虚しく悲しくなってしまうしでダメだとはわかっているものの気持ちをぶつけてしまって、どんどん悪化してしまいました。わかってはいるものの自分のこととなると難しいものですね。

前回のご質問も合わせて読み返させていただきましたけど、むつみさんが気持ち的に追い詰められて、ついつい感情的になってしまったことは、やはり事情があることなんだろうな、と思いますよ。

あなたにとって、それぐらいのことが起きたといいますか。

ただ、むつみさんもおっしゃるように、ついつい気持ちをぶつけてしまうことで関係はどんどん冷たくなるものですね。ダメだと理解しても、ついそうなるもの、といいますか。

なんとも切ないことですけどね。

それこそ「ハートブレイク」や「不安」「怖れ」の影響とも言えるんですよね。自分自身が最も受け容れたくない感情と出会うと、途端に分かっていることもできなくなるものですね。

 

旦那は罪悪感感じすぎちゃったんですよね。

たしかにそうかも知れませんね。または罪悪感を感じすぎて傷つきすぎてしまったか。

だから、一緒にはいられない、とお伝えになっているのかも、と感じたりもします。何がいいとか悪いという話ではなく、ですけども。

それこそ罪悪感の効果ともいえます。

例えば「私が悪い」「相手が悪い」などの意識から、罪悪感や罰、それに伴う怒りを感じるシーンでは、どうしてもお互いが自分を傷つけてしまい、その結果、相手を傷つける分だけ自分をより良い存在と感じられず、またその痛みを相手に理解して、と言いたくなるものですから。

どこか相手に助けてほしいし、自分からも相手を理解したいと思うけど、心が言うことを聞かなくてついつい感情的になってしまうこともあると思いますしね。

もちろんお互いに傷つけあう関係になることを望んでいないのでしょうが、ついそうなってしまうものかもしれません。

その根っこでは「自分の本当に云いたいことの表現を許せず」にいることが少なくないと僕は見ているんですけどね。

妙な考え方ですけど、罪悪感やそれに伴う怒りを感じているときほど、「どれだけ傷ついたか」「どんなに辛いか」は言えるけど、まさか愛を語るなんてできなくなってしまうわけでね。

罪悪感や怒りを表現している自分にふさわしいことは、何度も何度も相手に文句を言ったり、傷ついたと伝えたり、ってことなのかもしれません。

愛してるとか、あなたのことは理解しているよ、なんて伝えてしまえば、罪悪感や怒りにふさわしい自分ではいられなくなりますもんね。

これが「自分の感情は自分で選んでいる」「自分の選んだ感情にふさわしい行動を取る」という考え方ですね。

いわゆる怒りまくってしまったあとで、しまった!と思っても、自分で一度挙げた手をどこでどう下ろしたらいいかわからなくなること、みたいなものですね。

そこが問題になりやすい部分なんですよね。

 

許しは自分を解放するためにある

パートナーに怒りを向け、それを表現し、相手を責めている自分に、愛にふさわしい価値をなかなか感じられないものです。

だから、自分で選んでいて心地よくない感情を選び続けたり、罰や攻撃といった感情を選びるつけること自体、「自分は愛にふさわしくありません」と宣言しているようなもの、と考えることができます。

これは自分にメリットがない、ということであって、その観点から「人は許したほうが自分のためになりますよね」とお伝えすることが圧倒的です。

もちろん「怒りを感じているあなたがダメ」ということではありませんよ。

それだけのことが起きたのだから怒りが出たり、傷つくこともあるでしょう。

ただ、人は時に怒るし、傷つけば苦しむし、相手を責めたくなることもありますが、それら全て自爆的な要素が強い、ということ。

その自分でい続けることがリスクなんですよね。

 

たとえば、自分のパートナーの裏切りがわかればやっぱり僕たちは傷つきます。

だから、パートナーにとんでもない怒りを感じることもあるわけですけど、同時に、傷ついた自分を助けてほしいわけですよね。

しかし実際は、自分を裏切ったパートナーのことをそう簡単に許せないし、相手からいくら優しさがやってきたとしても、素直にその手を握れないでしょう?

だって、それは相手の罪を許すことになるような気がするから。

自分が傷ついたことがなかったことになる、と思うから。

相手の行動で傷ついて、すごく辛い気持ちになった私が報われないと思うから。

自らが「傷ついた私」を続け、その自分を選び続けることになる。

すると、まわりに自分を助けてくれる人がいても、その手は絶対に握れないものです。その割に、誰も助けてくれないって思うんですけど、まぁそれはそれとして・・・。

相手の手を握れば、もう傷ついた私、裏切られた私のままではいられないですから。

それが嫌だから、傷ついた自分のままでいる、ということもあり得ることです。

ただそれは、自分には愛がないという感覚や、自分には傷がふさわしい、という状態を自ら選んでいる、ということでもあるんですよね。

 

我慢ばかりするとで癒やしは起きない?

ただ、この話を書くと「だから辛くても頑張って我慢しなきゃ」とお考えになる方が多いのかな、と僕は思っていますが、僕のお伝えしたいことはそうではありません。

傷ついたなら、その傷を癒やすこと、誤解を解くこと、感情を解放することが求められていて、愛のない自分になるのが嫌だから、と、ハートが傷ついているのに我慢することをオススメしているわけじゃありません。

そもそも我慢ばかり続けると、つい相手の感情を受け止める余裕がなくなってしまいますし、自分の感情も支えきれなくなってしまうことが多いものです。

だから、分かっていてもつい感情が漏れ出る、ということは起こり得る話なんですよね。

そうご理解いただけますでしょうか、特に愛深き忍耐女子の皆さま。

我慢も一時的には有効な手段でしょう。そして我慢することもあなたの愛情なのかもしれません。

ただ、そこまで我慢できるあなただからこそ、愛にふさわしいあなたを取り戻してほしいと願っています。

もちろん愛しているから痛むことも、苦しむことだってあるわけですよね。

ただ、愛は苦しみを与えるものではないですから、それはうまく愛せない痛みであったり、自分への疑いであることが多いんです。

だから、自分を癒やさず我慢するほうが、自分にふさわしい愛を選択できなくなるので、後々問題が起きやすいのですよね。

 

自分が愛を選択し、愛にふさわしい自分を選ぶことに尽きる

妙に冷静な自分に驚いています。

私は別居したとしてもまた一緒になれると信じて自分磨きを頑張ればいいんですよね?毎日たのしんでいればいいんですよね?ワークや手放しをやったらいいんですよね?

一度、相手を受け入れますよ、とお伝えになっているんですよね、むつみさんは。

このように相手を受け容れたり理解する、つまり愛することができると、罪悪感ではなく相手への思いを選択することになり、気持ちが穏やかになることもありますよ。

少なからず自分が愛ではない選択肢をとっていないという意味で、心は落ち着きやすくなるわけです。

自分自身が愛や理解、許しを選択できる分だけ、気持ちは落ち着いていきますよね。

 

だから、むつみさんが書いてくださっていることを含め、自分が愛や優しさ、許しを実感できるような毎日の過ごし方を心がけていくと、自分自身の気持ちも落ち着き、自分の良さを実感できるようにもなっていくと思います。

時々後悔も出てきますけど、その後悔こそ、自分が本当に与えたかったものを暗示するものですからね。

そんなにも自分には愛や優しさがあるんだなぁ、という理解と癒やしにつなげていただけるといいのかなと思います。

カウンセリング・セミナーのご案内
カウンセリングを受ける

なりたい自分になるカウンセリングが人気!
心理カウンセラー浅野寿和のカウンセリングのご利用方法はこちら。

カウンセリングのご案内ご予約可能時間のご案内

 

ブログ上であなたの質問にお答え

ブログ読者の皆さんからのご質問に浅野がブログ上お答えする「ネタ募集コーナー」は現在も継続中。よろしければあなたの訊いてみたことを↓のページから送ってくださいね。

ネタ募集企画のお知らせカウンセリングサービス・心理カウンセラー浅野寿和です。 いつもご覧いただきましてありがとうございます。 さて唐突ですが、この度このブ...