恋愛・夫婦の心理学

別れて1年。今、新しいカレができても、元カレに執着してしまいます

はじめまして。海外在住の学生です。

1年半ほどお付き合いした方(海外在住の日本人同士、相手が歳上)と別れて一年になります。

あまりにも喧嘩が多い、というのが振られた理由です。

海外というあまりにも孤独な環境の中、彼しか頼る人がいなかったため依存していたと思います。また大好きだったのになぜかイライラしてしまっていることが多かったです。

ただ別れてから1年間は週3回ぐらい会っていました。基本的には体の関係でしたがたまにご飯を食べたりということもありました。たまに大喧嘩がありましたが翌日には普通に過ごしているという不思議な関係でした。

ただ元彼に戻る気はなさそうで、体の関係だよ、とか、まだ好きなの?とよく言われてました。

また別れてから、被害者意識を持ってしまい、彼の友達に愚痴を言っていたところ、それを全て彼と彼の周囲の人にバラされました。

そのせいで関係が悪くなりつつも彼が引越すまでは会い続けていました。

今現在、私は遠距離の彼氏ができ、連絡もマメ、手を繋いでくれる、結婚したいとも言ってくれます。今の彼氏とは一緒にいて何故かイライラしません。遠距離だからかなあとも思います。

しかし何故か元カレへの執着が手放せないのです。

彼氏の隣で寝ている時も元彼が夢に出てきてしました。内容自体はそんなにポジティブなものではありませんでした。

先日、周りの友達から元カレの評判が良くないことや私のことを性的にしかみてないという発言をしてるよ、と聞かされ、失礼すぎない?と元カレに連絡をとってしまいまた大喧嘩になってしまいました。

もう関係改善は無理だと、お互いブロックをしましたがその後メールで謝罪しました。返信はありません。

電話では別に付き合ってないし向き合う必要はない、ダメな男と付き合ってましたと思え、と言われましたが、実際はそんなにひどい人じゃなく、自分がそうしてしまったんだと思い自分を責めてしまいます。

ただ、何故か毎回自分が謝ることになっていることに疑問を感じ、彼に何度許せばいいの?と言われ、怒ってたのは私なのになあと思うことがあります。

彼は謝る必要性を感じないと言っており、そこを指摘するとそういう価値観の違いだから別れたんだろと言っていました。

無関心になれず好きと嫌いを行ったり来たりして、たくさん愛情を注いでくれたのに自分が悪かったんだと思い、でもやっぱり向こうも非があるのではないかと思いイライラしたり、頭から離れてくれません。

たまに話すと前向きなアドバイスをくれたりすごく頼りになる一面も持っています。

海外なので日本人はほぼ知り合い、向こうの恋愛も今後知ることになると思います。遭遇することもゼロではないと思います。

ちなみに今の彼とは次はいつ会えるのか未定です。電話もよくしてますがそこまで会話はなくお互いの好きなことをやっています。

元彼のことを忘れたい一方で今のこのグチャグチャな関係からいい関係になれないかなとも思ったり、それは今の彼に失礼だなと思ったり、どうしていいかわかりません。

ただもう頭の中を元彼でいっぱいにはしたくありません。どうすればいいでしょうか?

ネタ募集ネーム:すずさん(一部内容を編集させていただいています)

すずさん、ネタのご協力ありがとうございますm(_ _)m

おまたせしました。今日はあなたのご質問にお答えします。

ご質問は「別れて1年が経ち新しい恋人ができても元カレへの執着が手放せない」ということですね。頭の中を元カレ出いっぱいにしたくない、と。

そうですよね、たとえ元カレのことがすごく好きだったとしても、今は別れていて、新しい彼がいらっしゃるならそう思われますよね。

ただ、すずさんが書いてくださっているように、もう別れているのに、とか、もう会えなくなっているのに、なぜか元カレへの未練や執着が残ることってあるんです。

人によっては別れているのに「まだ好き」と思い続けて、未だ関係を戻すことを望み続ける場合もあります。もちろんすずさんの場合はそこまでではないようですけれど。

では、どうしてこのような執着が残るのかについて考えていきます。

よろしければお付き合いくださいね。

 

元カレへの執着が手放せない理由と「認知的不協和」

まず執着とは何かというところから解説します。

執着とは「一つのことに心・気持ちがとらわれて、そこから離れられないこと」です。

また、執着心とは「何かを失うことを怖れ、しがみつきたい気持ち」という意味になります。

よって、執着(心)は愛ではない、ということになります。

愛とは何かを失うことを怖れるようなものではないですし、愛ならば、何かにしがみつくのではなく、自分や相手に自由を与えるものですからね。

 

また、多くの場合、執着になる対象は「相手、もしくは二人の関係においてのいい要素」なのですね。

例えば、相手のいいところ、二人がいい関係であった時期の記憶、愛してくれた経験やそこに伴う相手の言葉など。

もちろん自分が一生懸命に愛情を注いだ経験も同じです。

このような「いい部分」に対して執着するわけです。

認知的不協和とは

さて、執着について深く見つめていくと、これは一つの「認知的不協和」だと言えなくもないと僕は思うことがありますね。

認知的不協和とは「自分の中で矛盾する2つの認知が生じたときにあらわれる不快感」を表す言葉です。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガー氏によって提唱されました。

認知的不協和から生じる不快感によって、人は自らの態度や行動を変容させていると考えられています。

ただこれ、ちょっと難しい概念ですので、解説のためにたとえ話を使いますね。

例えば、あなたが夏の暑い日差しの中、友達と人気のイタリアンレストランに2時間並んで入店したという事実があったとしましょう。

それだけの労力を費やして入店したお店であれば、自分の中で「2時間並んだ人気店の料理がおいしくないはずがない」と思いたくなっても不思議ではありませんよね。だから、人気店に並んでいる人ほど不快感を感じないようになる傾向がある、なんてことが起きるのです。

しかし、実際食事をしてみたら、うーん、自分の口には口に合わなかった。

そんな状況と出会ったら、どうでしょうか。この時はさすがに不快感を感じないでしょうか。

このとき、料理の評価はさておき、自分の味覚を信じて「少なくとも自分の口には合わなかったんだよな」と思えれば問題にはならないでしょう。そもそも万人の味覚に合う食事ってほぼほぼないわけですから、そういったことは起こりえることですよね。

しかし、「雑誌やネットのレビューで高評価連発のお店だった」など、事前に手に入れていた情報の影響や、「暑い中2時間並んだ」という自分の行動や労力を無駄にしたくない気持ちが芽生えたり、一緒に食事した友達がそばで「すごく美味しかったよね!」と喜んでいたとすれば、「さすが人気店だけあって美味しかったんだ」とか「自分の味覚の問題だ」と考えることで不快感を解消する人が出てくるわけです。

このように自分が不快感を感じたくないことが理由で、人は自らの認知を歪めることがあるという考え方ですね。

ただまぁ、このようなことは起こり得ることであって、これが即問題というわけではないんですよ。

元カレへの執着と認知的不協和

この考え方を「元カレへの執着が手放せない」という事例に当てはめてみると、次のようなことが言えると僕は思うのです。

例えば、切ない話ですけど、彼とたくさんケンカした、ひどい言葉を沢山いわれた、放置された時間が長かった、浮気された、相手は遊び人だった、といった事実があって、「彼はそういう人だ」と自分で自覚しているなら、それは超不快ですよね。

しかし、その彼に対して「私なりにめちゃめちゃ頑張って愛した」だとか「相手が関係が始まった当初は優しかったし、めちゃくちゃ愛してくれた」といった事実があるとしたら、自分が頑張った度合いや、相手が優しくしてくれた事実を使い、自らの認知を歪めて不快感を感じないようにする可能性がある、ということです。

もちろん常にそうなるとも思いませんが、なくはないケースだと言いますかね。

もちろん本気で愛したとか、心から受け容れた経験があるなら、元カレのことをそう簡単に忘れられないと思うんです。それは気持ちが入っていればいるほどなおさら、なのでしょうね。

ただ、この状態で現実的に別れを迎えたとしたら、なかなか現実を受け止められないなんて場合もあるかもしれません。

そのとき、ついつい恋愛の中で経験した「いい部分・要素」に対して執着するようになる、と考えられるんです。

これは「彼は私のことを上手に愛してくれなかった」とか「彼は私にとってのベストパートナーではなかった」といった「実感」や「事実」と向き合うことで感じる不快感や、悲しみ、喪失感などの感情を受け容れられないときに起きることだ、と言えそうです。

これが「元カレへの執着(記憶・思いなど)が手放せない」という状態になるだろうと僕は考えています。

 

ただ、もちろんこれも「だってニンゲンダモノ」という話であってね(^^;

どこまでが愛でどこまでが執着なのかって、意外とわからないものだな、と僕は思うんですよ。その線引はやっぱり難しいものです。

だから「手放せないのはあかん!」のではなく、いわば「しゃーない」といいますか、このようなことは多少なりとも誰にだって起こり得ることではないか、と僕は考えているところです。

ただ、ここにいわゆる「問題」があるとしたらは、人はなにかに執着しているときほど(現実を受け止められないときほど)苦しい思いをしますし、自分自身が自由でないし、次の幸せに向かって前に進めなくなることが多いんです。

それゆえに執着は手放すほうが自分自身や、今後、自分と関わる人のためにもメリットがありますよ、という話になるとご理解くださいね。

執着を手放せないことで起きる罪悪感と依存心の連鎖

さて、すずさんがおっしゃる『実際はそんなにひどい人じゃなく』という言葉が示している「彼の良さ」は、きっとあなたがご存知なのでしょうね。

僕はその男性とお会いしたことがないので、正確なことは申し上げられないですが、カレには頼りがいがあるとのことですし、その彼の良さを誰よりもご存知なのは、元カレのそばにいたあなたなのでしょうね。

そして、すずさんは『自分がそうしてしまったんだと思い自分を責めてしまいます。』と書いてくださってありますよね。

僕はこれが元カレへの執着が手放せない理由ではないか、と考えています。

もしすずさんが「彼は本当はいい人なのに(私がうまく彼を愛せなかったせいで)関係がだめになってしまったんだ」と思っているとしたら、それはあなたが元カレのことを本当に受け入れようとしたり、傍にいようと覚悟されたからではないでしょうか。

だから今も、元カレさんのことを、良い面とそうではない面の両面から認識するよりも、元カレを上手に愛せなかった自分に原因があると責めておられるのかもしれません。

アタマでは自分を責めなくていいと思っても、心がそう感じている、といった感じかな、と思いますけれどもね。

もしそうだとしたら、それはあなたがいまだ元カレに本当に伝えたかったこと、示したかった行動を取れなかった自分を責めている、ということになりそうですよ。

例えば、「あの時私はもっと彼のために頑張れていたらこんな結末にはならなかったのに」「もっと私が素直になっていればこんな事にならなかったのに」といった後悔がまだあるのかもしれません。

もしそうだとしたら、こんな事も考えられそうです。

あなたが「ちゃんと愛せていなかったの私」と自分を責めているのは、どこかで「自分の存在や、自分の愛情を元カレに許して受け止めてもらいたいと感じているから」かもしれない、と。

しかし、「もう元カレとは別れたし」とご理解されているならば、ついつい「元カレのことを(未だ好きなのに)嫌いになろうとする・無理やり忘れようとする」なんてことは恋愛の中でよく起きることなんですよ。

しかし実際に忘れることができないと(元カレへの思いを残していると)どうしてもまた元カレのことを思い出したり、会いたくなっちゃうのかもしれません。

ただ、実際にモヤモヤしたまま会ったとしても、かなりの確率でケンカすることになるようですけどね。

例えば「私はあなたのことをいい人だと思っていて、こんなにも自分が悪かったと思っているのに、どうして私の話を聞かずに自分勝手に振る舞うんだ!」なーんて怒りが湧き出す可能性は否定できないんですよ。

それはお互いに、ですけどね。

 

その結果、「自分が愛した人が間違いだったんだ」と思いたくなる人もいます。そう思うことで元カレを忘れようとされる方もいるでしょう。

しかし、そういった思いを強めることは、今までの自分が元カレを愛してきた事実を、自分の中で否定することにもなるわけですよね。

こう感じることがまぁ辛いし、自信を失う理由になるんですよ。

だから、実際に元カレに対する「執着」や「会いたいと願う気持ち」が消えないままになるんです。

つまり執着を手放すと「更に自信を失うのではないか」「自分の価値がなくなるのではないか」といった感覚がやってくるような気がするのです。

だからなかなか手放せないわけですね。(実際は逆で誇らしい自分と出会えるようになるのですが。)

それはどこかで(元カレと会うことで)自分のプライドを取り戻したくなっているような状態とも言えるかもしれませんね。だから、また別れているのに関わりたくなるわけです。

かつ、元カレに執着していると、今の彼に愛してもらうことにも抵抗感が出ると思うのです。

どこか「今の彼に悪いし」と思うからこそ、今の彼の前で平気なふりをしたり、いい人を演じたりと、また別の切なさも抱えやすくなりそうです。

この状態を続けると(ここからが深層心理の不思議なのですが)、なぜか「今の彼に対しても許されなきゃいけないような状態を自ら作り出してしまうこと」があるんです。

そこで使われる理由こそが「元カレに執着している私(執着を手放すと自信を失ってしまいそうで怖がっている私)でいること」なんですよ。

今付き合っている彼がいるのに、自分が未だ元カレに対して執着しているなら、やっぱり罪悪感を感じますよね。

今の彼にも申し訳ないような、謝らなきゃいけないような気分になってしまう。

そのこと自体が、なんともわかりにくい、しかし確実に存在する罪悪感の罠なんです。

その結果、今の彼に向き合いづらくなったり。

そんなあなたの姿を見た今の彼もまた寂しさや不信感を抱くようになる。

といった恋愛の切ない展開を僕は何度も見てきたように思いますよ。(だから、老婆心ながら、今のまま自分を責めているとしんどいよ、なんて思っちゃわけでございますな。)

つまり、「元カレへの執着心」や「それに付随した今の彼に対する罪悪感を放っておくと、今後の恋愛自体に影響し続けますから、やはり自分が向き合うといい課題に気づいて、しっかり対処するほうが得策かな、と僕は思うのですよね。

元カレへの執着を手放すには事実を認め真実に近づくことが必要

では、ここからは元カレを手放す方法についてお伝えしていきたいと思います。

そもそも執着とは「元カレや二人の関係の中に存在した(私にとっての)いい部分・要素」に対して向けられる、と先に書きました。

つまり、「元カレとの別れ」をキチンと受け入れるということは、元カレとの間で感じたいい要素も自らの意思で手放すということになるわけですよ。

だから、なかなか手放せないし、忘れられないんです。できればその思い出や記憶に浸っていたほうが楽だと思う人も少なくないでしょう。

しかし、それは「楽しさ」「嬉しさ」「充実する感覚」「親密な感覚」を感じられるものではないんです。

だから、ちょっと勇気を出して事実と向き合うことが必要です。

「彼との関係は終わった」とキチンと自分の気持ちにけじめをつけ、認識することです。

いわば、もう元カレからは愛されない、ということだけでなく、自分も昔のように元カレを愛せなくなっていることを受け容れてみてほしいのです。

ここがまずチェックポイントの一つですな。

ここで自分の気持ちを整理するために使えるセルフワークが「元カレへの出さない手紙を書く」です。

これが最も手軽にできることではないでしょうか。

最初は元カレに対して抱いている文句を書きなぐる、なんてことになるかもしれませんし、それはそれでいいわけですよ。感情を吐き出すという意味でね。

ただ、ある程度自分の気持ちが落ち着いてきたら、「元カレと出会えたこと」「付き合えたこと」への「感謝」や、「自分から元カレに心からしてあげたかったこと」など、与えたかった気持ちを丁寧に手紙としてまとめてみるんです。

ここで登場する「感謝」には感情や事実を完了させる効果があります。ちゃんと「ありがとう」と伝えることで、気持ちの面で区切りがついていくんですね。

これを何度も繰り返すことによって、徐々に気持ちに整理が進み、かつ自分自身の「愛や感謝」を実感することができるでしょう。

このようなエクササイズをまずは2週間程度続けてみて、気持ちの変化を見てほしいなと思います。何もしないよりは気持ちが整理できるかと思いますよ。

 

そもそも執着を手放すのプロセスで欠かせない要素は「怖れをどれだけ手放せるか」です。

怖れとは愛の対極にある感情で、僕たちが愛を選べない時に感じるもの。

例えば「相手のために愛してあげたい」という気持ちを選べない時に、「私が愛しても十分じゃないかもしれない」と怖れを選んでしまうわけです。

つまり、素直に愛せない人というのは、怖がりさんである、とも言えるのです。

だから、怖がらず自分の愛情や伝えたかった気持ちなどを、しっかり自覚することで、手放しの準備が整っていくのです。

さて、十分に気持ちの準備が整ったら、次は実際に手放していきます。

それはまさに「元カレの幸せを願える私」に変化していくようなプロセスです。

例えば

「私は元カレのことを幸せにしてあげられなかったけれど、元カレが誰か素敵な人と出会って幸せに暮らしていけますように」

このように「元カレの幸せ」を心から願える大きな自分になる、と決めていくのです。

自分と相手の幸せを選んで願うことこそ、手放しですからね。

ちなみにこの「手放し」を、どこか犠牲的な行為のように感じる方もいるかもしれませんが、それはまだ自分の気持の整理が済んでいないときだと僕は思いますよ。無理して手放そうとしてもしんどいのでね。丁寧に準備をしてから手放していきましょう。

また、この手放しを進める時、一時的に自分の負けを認めることにもなりますが、その負けを受け容れることによってより心の広い自分へと変化していけますよ。

かつ、自分の心の中にいる元カレを手放し自由を与えることで、自分自身も元カレの存在や、別れに至った関係に縛られることがなくなり、心が自由になるので、気持ちがスーッと軽くなり、楽になります。

ただ、ここで実際に何度も手放しのプロセスをサポートさせていただいてきた僕の個人的な感覚をお伝えするならば、「いくら別れをキチンと受け容れることが大切でも、しかしただ単純に『別れという事実』と向き合っただけではうまく手放せない場合が少なくない」と思っています。

やはり真実と向き合ってなんぼ、真実と向き合ってこそ手放せるものではないか、と僕は考えているんです。

では、その真実とはなにか。

それこそ「あなたが元カレのことを愛したり、好きになったり、元カレのいい部分をしっかり見つめたこと」ではないでしょうか。

元カレがあなたを愛したことはあなたではなく元カレの真実です。そこに自分の気持ちを乗せるとただの期待や執着になってしまいます。

そうではなく「私は元カレのことを愛したし、彼のために頑張ったこともあった」とちゃんと認めることです。

いわば「エラいぞ!私!」「すげーぞ!私!」「なかなかやるじゃないか!私!」と声をかけてあげてほしいわけです。

実際のカウンセリングでも、何度も何度も涙を流しながら「私はちゃんと彼のことを好きだったし、彼のことを自分以上に大切な人だと思えたよね、私、エライよね、頑張ったよね」と自分を承認されていった方の姿を見てきました。

それは確かに切なく映る姿ではあるのですが、一方で今まで抱え込んできた気持ちがスーッと溶けてなくなっていくような瞬間でもあるんです。

このようにしっかり自分や自分の大切な気持ちを認めることで、最後はスッキリとされた表情になられる方も少なくないんです。

無論、うまく愛せなかったこともあったのかもしれませんが、それは今後の恋愛の課題と捉えていけばいいことです。

このように自分を扱うことができると、次第に執着心は薄らいでいくでしょう。

 

これが僕から(ブログ上で)お伝えできる手放しの考え方です。

この記事がすずさんのお役に立てばいいなぁ、と思っております。

最後になりますが、すずさんは今回のご質問の中で明確に「元カレへの執着が手放せない」と書いてくださってありますね。

僕はこのように「執着が手放せない」と表現できる方ほど勇気をお持ちなのだろう、と感じているところです。

人間、なかなか弱さを認めることが難しいものです。自分が何かに執着していても、つい隠してしまうことのほうが多いものではないでしょうか。

しかしあなたはしっかり認めてくださっていますよね。その勇気は素晴らしいものですし、その勇気が手放しのプロセスでモノをいいますからね。

 

そう思うと、もしあなたが好きな人と恋愛するならば、やっぱり本音で、素直に、自分らしく、が、後悔の少ない恋愛、幸せな恋愛の秘訣になるのではないでしょうか。

手放しも同じで「今の自分の気持ちには嘘がつけない」からこそ、ちゃんと自分の気持ちを丁寧に認めて感じて見てはいかがでしょうか。

そして、どうか今の彼さんを大切にして、素敵な時間を過ごしてくださいね。そして彼を信頼して、たくさん愛して、たくさん受け取ってみてください。

これもまた執着を手放し、自分の愛情を選んでいくことに繋がるかもしれませんね。

 

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