恋愛の心理学

「彼にとって私はどんな存在だったの?」と思ったら読むコラム

「彼にとって私はどんな存在だったの?」と気になって仕方がないあなたへ

「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」

これ、恋愛カウンセリングの中でお聞きするご質問の一つですね。

どこか気持ちを残して別れることになったとか、あれだけ情熱的な恋愛をしていたのにも関わらず別れることになったとか、昔の自分がちょっと自分勝手で相手の気持ちを考えずに別れを切り出したとか、そんな経験があると、つい「相手にとって私は?」という疑問を抱えることもあるのかもしれませんね。

ま、もちろん僕はカウンセラーでありまして、見えないものが見える能力を持っているわけでもないので、そのお気持ちはお気持ちとして伺わせていただいているところです。

ただ、僕から「そうですよねぇ、彼にとってどんな存在だったか気になりますよねぇ」とお伝えするだけで気持ちがスッキリされる方の方が稀かな、とも思っているところでもあります。(それだけでスッキリされる方もいらっしゃいますけどね。)

だから、クライエントさまから求められれば、心理分析をしながら「一つの可能性として」、そのお二人の間に起きていたであろう感情の話をさせていただくこともあるんですけどね。それはまだ難しくないことでもあるんですよ。だから、そうお尋ねいただければ僕なりにお答えしているところです。

ただ、ぶっちゃけた話をすれば、いくら相手の気持ちにある程度検討をつけたとしても、なかなかこの疑問が解消されず、モヤッとした気持ちがスッキリされない方も多いのではないだろうか?と僕は感じているところです。

これは「彼にとって私はどんな存在だったのか」という疑問が持つ、本当の意味を消化できていないときに生じるものです。

そこで今日は「彼にとって私はどんな存在だったのだろうか?」という気持ちが生じて、なかなかスッキリしない気持ちをどのようにスッキリしていけばいいか、について考えていきたいと思います。

よろしければどうぞ。

※今日のコラムはわかりやすさのためにストレートな表現を使いますが、全て「何が良くて何が悪いという視点では書いていません」ので、その点ご理解いただいた上で読んでみてくださいね。

「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」は加害者意識である

さて、このようなお話をいただく多くの方が「相手は私のことをどう思っているのか」を気にされています。

が、「私が相手のことをどう思っているのか」は、あまり意識されていないのかもしれないな、と思うことがあるんです。

もちろんいいか悪いか、という話ではなく、ですよ。

だから僕から「あなたにとってその彼ってどんな存在だったのでしょうか」と伺うと、うっと言葉に詰まられる方も少なくないような、そんな実感が僕にはあります。

この「私が相手のことをどう思っているか」がなかなか意識されず、相手が私のことをどう思っているのかが強く気になるとき、実はその深層心理で「加害者意識を取り除きたい」と感じている可能性があるのです。

言い換えるならば、「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」は、未だ拭えずにいる(意識され難い)加害者意識である、と言えるでしょう。

 

例えば、どこか気持ちを残して別れることになったとか、あれだけ情熱的な恋愛をしていたのにも関わらず別れることになったとか、昔の自分がちょっと自分勝手で相手の気持ちを考えずに別れを切り出したとか、そんな経験があったとしましょう。

すると、つい「彼にとって私は?」という疑問を抱えることもあるのでしょうが、これは「私が相手と関わったこと、その事実が彼にどのような影響を与えたのか」を気にしている状態なのです。

よく「彼は私のことを愛してくれていたのでしょうか」というカタチでご質問をいただくこともありますが、これも同じで「私は彼にとって喜びや癒やしになれていたのでしょうか?」と僕に聞いてくださっているのだろうと思いますしね。(一見すると「彼は私を好きだったの?」という依存的な質問のように思えますけど、本当は違うことが多いですよねー。)

それぐらい「私が彼と関わった意味」を気にしている状態だ、と言えるわけです。

 

このときに、どこか自分に自信がない人は「彼にとってより良い存在だと思っていて欲しい」という思いをお感じになるのかもしれません。

また、自分と関わった人にはいい影響を与えたいと思う「与えたい人」にとっては、「私と関わったことを後悔してほしくないし、できれば意味あるものであってほしいと願う」のかもしれません。

だからこそ、私が彼と関わったことがもし間違いだったとしたら、それは取り返したいし、過去を書き換えたいと思われる人も出てくるわけです。

例えば、いつまでも昔の彼のことを気にする場合もあるでしょうし、仕事が辛くなったり、今の彼との関係がうまくいかなくなると急に連絡を取りたくなったり、彼があのとき私のことをどう思っていたのか聞きたくなったりされる方もいるようですよ。

ときには十数年の時を経て、お互いに既婚者になった状態でも、昔の恋愛のことが未だ忘れられずにいたり、うっかり再開なんてした日には、相手の気持が知りたくて深く関わってしまう、なんてケースも実際にはあるわけですよ。

もちろんこれ以上具体的な話は書きませんけども。

ここにある気持ちをあえて言葉にするならば「その彼に私が悪い存在だと思われたくない」なのかもしれませんよね。

これを言い換えるならば、私が彼と関わったことに全く意味がなかったり(彼に何の影響も与えていなかった)、むしろ関わったことがマイナスに影響しているならば、それは受け容れたくない事実だ、と感じている可能性があるということなんですよね。

このとき、自分自身が(意識としては”if”というカタチではあるのですけれど)「昔の彼に対する罪悪感(加害者意識)」を感じている、ってことになるんです。

例えば、あのときの私は彼を上手に愛してあげられなかったとか、うまく関わってあげられなかった、などなど、そんな気持ちが湧き出してくると「彼にとって私は」という疑問が生じるというわけです。

それぐらい「私が彼と関わったことに意味があってほしい」という願いがそこにあるのかもしれませんし、裏を返せば「私が彼と関わったことが彼にとって全く意味のない、もしくは、悪影響だったとしたら、私は自分のことが許せなくなったり、もっと嫌いになるかもしれない」と感じている可能性もありそうなのです。

「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」を消化できるのは自分自身だけ

ただ、このように「彼の気持ち」を気にしているときって、「相手のこと、相手の幸せを願っているか」というと、あまりそうではないようで「自分がどう思われているかを気にすること」の方が多いんじゃないでしょうか。

ここにハマるとなかなかもやもやが消えてくれないんですよね。

実はこのような「自分が抱えている加害者意識」を「彼がどう思っている(た)か」という要素で打ち消そうとしてもなかなか消えてはくれないのです。

なぜなら「彼がどう思っていたか」を知ったとしても、加害者意識を持ち続けているのが自分であるならば、彼がどう言おうとそれを素直に自分が信じない限り(受け容れない限り)自分を許すことはないからです。

結局、「でも、自分は彼のことをを喜ばせられなかったし、上手に愛してあげられなかった」と思うことになったり、「自分の気持ちを彼はちゃんと理解しているのだろうか」といった彼に対する不満や疑いを感じることになったりするわけですよ。

人によってはカウンセリングの中で「浅野さんのおっしゃることはよくわかりました。でも、彼がどう思っているか確かめない限りは気持ちは変わりそうにありません」とおっしゃる方もいますしね。

また、自分の中に存在する加害者意識そのものになかなか気づいておられない方もいます。

だから、「彼のことを上手に愛してあげられなかったな」という気持ちが「愛や思いやりである」と認識し、別れた彼のことを気にしていたり、今も「上手に愛してあげれられなかったな」と思い出すことを、「相手への思いやり」の代わりに使っている人もいます。

こうなると、更にもやもやが続きますし、なかなかその気持ちに決着をつけることができなくなるわけです。

 

つまり、もし「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」という気持ちが加害者意識であるならば、自分が過去の自分を受け容れる姿勢を持たない限り、この気持は消化できないんです。

この思いに決着をつけられるのは、やはり自分自身だけです。

うまく愛せなかった・関われなかったことを悔やむ気持ちがあるのは、それだけ「上手に愛したかった」という気持ちの裏返しですし、「どうしてあのとき、私は彼にこんなことを伝えてしまったのだろう」という後悔があるならば、本当に伝えたかった言葉はそうではなかったことをきっと自分でご理解されているのだと思うのです。

だとしたら、今の自分がその「本当に表現したかった自分になること」が、このモヤモヤを解決する方法なんですよ。

あなたがその彼との関係を通じて、何を感じ、何を学び、成熟した自分へのプロセスを歩むこと。

これができたとき、おそらく「あなたにとっての彼」は、自分を成長させてくれる何かを届けてくれた人、になると思うんですよ。

こうなって初めて感謝できるし、本当の意味で彼を手放せるようになるでしょう。

 

そう考えると、もし「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」と気にしているのであれば、あなたはその彼のことを「自分を罰する材料」に使っている可能性があるわけです。

そして、自分自身も「あのときうまく愛せなかったのは私」と自分を責めているのかもしれません。

が、そんな加害者意識なんて感じていたくないからこそ、「彼はどう思っているの?」という部分に気持ちの置き場所を見出しているのかもしれませんね。

まぁ、人の気持ちってそんな感じ〜と言ってしまえばそうなので、これもまた自分を責める理由にするよりは、しゃーないなぁ、と思うことを僕はおすすめしていますけども。

「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」と思ったときにできるセルフワーク

僕は個人的にこのように感じているんです。

「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか」というご質問は、「私は本当にあの彼の喜びや幸せになれていたのでしょうか」というご質問だ、と。

だとしたら、あなたはきっと、あなたのそばにいる人をちゃんと愛したい人だってことになりはしないでしょうか。(それが現実で表現できたかどうかは別にしてね。)

そんな「本当は大切な人を愛したいと思う自分」が、なぜあのとき別れになるような選択を選んだのか、に気付いて、受け容れることが必要になるでしょうし、「自分も相手も後悔するような選択を取らなければよかった」という気持ちを、ちゃんと自分の人生に学びとして反映させることがポイントになるのではないでしょうか。

だから、もしあなたが「彼にとって私はどんな存在だったのでしょうか?」と気にしてしまうとしたら、その彼のことを考えてもいいんですけど、一度自分にこう問いかけてみてはいかがでしょうか。

「私がその彼に見せたかった私って、どんな自分だったのか」

それがスーッと腑に落ちて、「自分が本当に表現しようとしていたこと」に気づき、受け容れることができるならば、きっとここに隠れた加害者意識を手放せる日も、そう遠くないと僕は思いますよ。

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