恋愛・夫婦の心理学

「わかってるけどできない」を解決する方法を考える

「わかってるけどできない」という悩みは本当に多いもの

長くカウンセリングをさせていただいていると痛感するのです。「分かってるけれどできない」というご相談は本当に多いものだ、と。

かつ、その内容は様々、本当に多様だと言えるのです。

例えば

  • 今の仕事が辛いし、自分に合っていないと分かっているんですけど、なかなか辞めることができずに悩んでいます。
  • 今のパートナーと別れたいんだけど、でも別れられないんです。
  • 今のパートナーとはもう関係が冷え切っているのは分かっているんです。でも手放せないんです。別れたくないんです。
  • 恋愛したいからもっと積極的に異性に関わればいいって分かっているんですけど、でもできないんです。
  • お金を貯めようと思うんですけど、でも気がついたらなくなっていて。
  • 母親の許せば自分が癒やされるって分かっているんですが、それができないんです。
  • 自分の問題だってわかっているんですけど、つい人のせいにしてしまうんです。
  • ダイエットしたいんだけど食べちゃうんですよねー。
  • 会社の人とうまく付き合いたいと思っているんですが、キツくあたってしまうんです。
  • 婚活を進めようと思うんですけど、なかなかその気にならなくて。
  • 今のままではマズイということは分かっているんですが、何をどうしたらいいのか?

10年以上カウンセリングをさせていただいていますけど、この手のご相談はやはり消えることがないものだな、と思うのです。

また、一つ乗り越えてもまた別のレベルの問題に出会うことで、「あーもう、またかー」と思われている方も少なくない、という実感が僕にはありますよ。

例えば、恋愛が苦手だったけどようやく結婚できた〜と思ったら、今度は嫁姑問題かよ!とか、子供を持つ持たないの話で悩ましい、とか、離婚の話が出ちゃった、などなど、まぁ一難去ってまた一難、のようにお感じの方も少なくないのかもしれません。

ただこの「わかってるけどできない」という問題は、まぁクリアしないといつまでもついてくる可能性が否定できない部分もありまして、なんとも悩ましいことでもあるわけですね。

では、どうしたらこの「わかってるけどできない」をクリアできるのかを考えてみたいと思います。

「わかってるけどできない」は「腑に落ちない」と理解する

さて、多くの「わかってるけどできない」って、平たく言えば「やりたくない」「そうしたくない」と感じていることばかりじゃないでしょうか。

心の面で言えば「受け容れたくない」となります。自分自身で「わかってる」と思うことを、何かしらの事情から「受容したくない」と感じているのです。

だから、ここでの「できない」とは「アタマで理解していることを行動に移すことで感じるであろう感情を受け容れたくない」と解釈するのが妥当かな、と僕は考えます。

今ある状況や、自分自身の置かれた環境、また今の自分の気持ちなどを心から受け容れると、別のなにか感情と出会ってしまい不都合が起きると想像していて、それだけは避けたいと思っている、といった感じかな、と。

そして、わかっているけどできないと感じている自分を否定的に見つめているのは、他人より自分なんでしょうね。

いわば、わかっていることができない自分を嫌っているのは自分ってこと。

それが投影として跳ね返ってくるので、「自分は人からショボいと思われてんじゃないの?」と、被害者のポジションを取りやすく、つい悪気はなくとも人の気持ちを疑うこともなるのでしょう。

それぐらい「わかってるけどできない問題」は、放っておくと肥大化して別の問題になっちゃう事が多いんです。

例えば、今の仕事が合っていないと分かっていてもやめられない、って現実があるとしたら「辞めたくない」ということなんでしょう。

今の仕事を辞めることに付随するリスクを負えないと思うから、辞めたくないと思われるのではないでしょうか。

ただ、このように感じているときも「今の仕事が自分に合わない」ということはなんとなくご自分で理解されている。だから「わかってる」という認識になると思うんです。

この状況を僕が見ると、いわば「腑に落ちていない」という言葉がピッタリかな、と思うわけです。

イメージとしてお伝えするなら、自分の頭は理解している方向に進んでいるけれど、体は全く逆の方向に進もうとしている、もしくは、ビタット止まって動かない、といった感じです。

つまり、「心からの理解がまだ進んでいない」もしくは「心からの理解をすると実際に行動してしまうから、そうしないようにしている」という場合が多いと考えるのです。

今の仕事が合わない、というケースなら、明らかに「合っていない」と腑に落としてしまうと、今度は自分が次の仕事、合っている仕事を探すことになるわけですよね。(人によっては探さなきゃいけなくなると思う)

しかし、もし次の仕事探しに自信がなかったり、今よりも収入が減っちゃったらと不安を抱えていたり、もし仕事がなくなっちゃったら?と思っているなら、さてどうでしょうか。

おそらく「不安(怖れ)」の影響で、「今の仕事が合っていない」という理解を腑に落とし納得しようとはしないのではないでしょうか。

また、恋愛の事例「今のパートナーとはもう関係が冷え切っているのは分かっているんです。でも手放せないんです。別れたくないんです。」と思っているならどうでしょう。

今のパートナーとの関係が冷え切っている、ということを腑に落としてしまうと、まぁ別れしか残ってないな、と思っちゃうんでしょうね。

しかし、その人の中に「別れることへの怖れ」が強く存在しているとしたら、どうでしょう。

だから「今のパートナーとの関係が冷え切っている」とアタマでは理解していても、そこを腑に落とすことはしないのかもしれません。

その結果、「関係は冷え切っているけど、でもなんとかならないだろうか」と考えたり、とりあえず今の人と付き合いながら別の人と、なんて考えちゃうことも(いいか悪いか別にして)起こり得るのではないでしょうか。

つまり「わかってるけどできない」の「わかってる」は、おそらく「今の状況を理解している」という意味や「自分が取るべきベターな行動は理解している」という意味で使われているのでしょう。

しかし「心からの理解」「腑に落ちている」という意味では、そうではない。

むしろ「腑に落とすこと」が怖いから、心からの理解をしないように何かしら抵抗しているのではないか、と見ることができるわけです。

僕はこのように考えるので「わかってるけどできない」と伝えてくれている人の全てが「わかってない」「やる気がない」とは理解していないのです。

もちろん中には「わかってるけどできない」を行動しない言い訳に使っている場合もあるのでしょうが、そうであるならちょっと切ない話になるわけですよ。できるのに自らの意思でやらないわけだから。

しかし、多くの方が「できるとはどうしても思えない」から僕に相談してくださるのです。その「できない」という気持ちを無視するなんて僕には「できない」のです(うまいこと言った?・笑)

むしろ心から理解することが怖い、どうにかなりそうで怖い、と感じるから、今がいくら苦しくても、自分にメリットがない状況だと理解していても、なかなか「できない」という結果を導くのではないでしょうか。

そんな自分を責めてもまぁあまり良い結果は出ないのではないか、というのが僕の見解でして、だとしたら「一体何をそんなに怖れているの?」と僕は見つめるわけでございますな。

「わかってるけどできない」は「心の整理」によって解消できることもある

さて、もし「わかってるけどできない」が、「今ある状況や、自分自身の置かれた環境、また今の自分の気持ちなどを心から受け容れると、別のなにか感情と出会ってしまい不都合が起きる。それだけは避けたいと思っている」という状態なのだとしたら、こう考えられませんか?

「その不都合だと思う感覚や、出会ってしまう別の感情は、その人の内面に存在する」と。

だから、他人があれこれ言ったところで、その人の内面で変化が起きない限り、まぁ「わかってるけどできない」という状態は変わらないってことになります。

しかし、逆に考えればこうも言えます。

その人の中で「その不都合だと思う感覚や、出会ってしまう別の感情を手放したり、受け容れることができる」ならば「わかってるけどできない」という状態は解消するのではないか、と。

いわば「今の自分の理解を心から腑に落とすことができる」から、それに沿って行動をすることができるようになる、という感じですよ。

もちろん物事をうまく進まない理由を全て感情と理解するのは「違うよな」って僕は思っているのですけどね。(言い訳という意味よりは、環境的要因、身体的要因、社会的要因など別の要因もあり得るだろうという意味ですよ。)

しかし僕自身、実際に「どうしても避けたい感情、受け容れたくない気持ち」があるから、わかっているけれどできない、と悩まれている人と出会ってきたのです。

そして多くの場合、その方がいまだ抱え込んで、なかなか処理できない感情、過去の体験、思いこみなどが影響して「どうしてもムリ」「どうしても怖い」といった思いを抱えることになっているようなのです。

例えば、以前に「今の仕事が合っていないと分かっていてもやめられない」というご相談を実際に受けたことがありますよ。(これはネタにしてOKと許可を頂いている話です。)

その方は両親がとてもお金に困っている姿をずっと見て育ってこられたのですね。

だから、その方にとってお金とはものすごくパワーのあるもの(いい意味でもそうではない意味でも)という価値観がありました。そもそもパワーのあるものは怖いですからね。

つまり、その方はいいか悪いか別にして「お金」を怖がっていたのです。

そうなると、自分自身がお金を稼ぐことも「怖い」はずです。

かつ、自分自身がお金によって苦しめられることも「怖い」はずなのです。

今、自分に合わない仕事だけれども、お金を失うこと自体怖いと思うなら、おそらく収入源を絶たれることを怖れるでしょう。

しかし同時に「稼ぐ」ということにも怖れを感じているとしたら、より稼げたり、より自分に合った仕事に向かうことも「怖い」ってことになります。

辞めても怖い(今後の不安が消えない)、仕事して稼いでも怖い(インパクトとして怖い)。

このような「怖れ」の板挟みの状態で合わない仕事を続けているとしたら、仕事して稼ぐこと自体に緊張感が漂うでしょうし、仕事自体を怖いものとして捉えかねないんですよね。

だから「とりあえず怖れを引き受けない(見ないように)今の仕事を頑張れるうちは頑張ろうか」と考えても不思議ではないのではないでしょうか。

しかし、それにも限界が来てしまったとき、体感的に「合わない」と理解している仕事を手放すことも、新しい自分にあった仕事で稼ぐこともできずに苦しまれていたのですよ。

そして僕にこう伝えてくれたのです。

「決断できない自分が悪いと思うんですけど」

しかし僕の見立てはこうでした。

「決断できないことが悪いのではなく、今、決断できないような事情があるのだと思いますよ。そもそも、そんなに仕事やお金自体に怖れを感じていたら、自分も力を発揮できないし、仕事を続けても辞めても地獄のようなイメージが湧き出してきませんか?」

その方には素直に怖れを認めていただいたり、「お金」に対するイメージや、両親に対するイメージを変えるというプロセスをご提供しましたっけね。

その結果、その方は自分に合った仕事を選ぼう、とされていったのです。

これは「お金」に対する「怖れ」が強すぎる(男性性的要素に対する傷、怖れの影響)から、「合わない仕事をやめたい」「自分に合った仕事を探す」、どちらの気持ちも腑に落ちずにいたというケースです。

 

このようなケースは恋愛でも同じように存在しています。

実際に「今の関係が辛いけど別れることができないと悩んでいた女性」の話ならば、「恋をする(始める)のも怖い」「別れるのも怖い」といった怖れに板挟みになっていた、という話も実際にあります。

ここで扱うべきは「わかってるけどできない」ではなく、「できなくなっている本当の理由を理解して解消する」ことなんでしょうね。

そう考えますと、いわゆる「わかってるけどできない」は「心の整理・理解・癒やし」によって解消できることもあるのではないか、と僕は思うのです。

「わかってるけどできない」は「何かをやりたい」という気持ちから生じる

さて、最後になりますけど簡単な心の話をまとめておきます。

そもそも「わかってるけれどできない」の「わかってる」は「思考」です。

また「できない」「やりたくない」は「やりたい」という気持ちの否定形です。「できない」「やりたくない」と感じる事情こそが感情や思い込み、観念といったものになります。

そして「本当はなにかをやりたい」は「感情」や「欲求」です。

心の面から考えれば、やはり「思考」は「感情」にはなかなか勝てません。いや、それは相当難しいことなのです。

例えば、「この料理が嫌い」という気持ちや、「この人が生理的に受け付けない」という気持ちがあったとしたら、いくらアタマで好きになろうとしても難しいですよね。

実際に料理を食べて「美味しいかも」とか、嫌いだと思った人と接して「相手には意外ないい部分あるかも」といった経験があるなら別ですけどね。

逆に「この料理が好き」「この人が死ぬほど好き」と思っているときに、無理やり嫌いになろうとしても難しいですよね。

「嫌い」「好き」といった感情は、思考ではなかなか処理できない、ということなのです。

つまり「わかってるけどできない」と感じているとき、僕たちは「何かをやりたい」と感じていることがある可能性が大なのです。

しかし、その「やりたい」という気持ちに、フルブレーキをかけるように思考で抵抗しているわけですよね。

だから、めちゃめちゃしんどいんです。

今が最悪の事態ではなかったとしても喜べないし、燃え尽きた感覚ばかり感じるんです。

だとしたら、「わかってるけれどできない」と悩むより、自分が「何かがやりたい」と感じていることを洗い出し、かつ、それができないと感じるほどの「怖れ」に着目して理解を深めていくといいのではないかな〜と僕は思うのです。

少なからず「わかってるけどできない」と感じている自分を責めるとしたら、「何かがやりたい」と感じている自分を責めることになるので、より自信を失いそうではないでしょうか。

こんなときは少なくとも自分を責めるより「やりたいことを怖れている自分」っていないだろうか、と考えてみるといいでしょうね。

そのあたり、しっかり見つめていくと「ほほう、自分にはこんな思い込みがあったか」と理解できたり、「これが本当にやりたいことだったんだ」と理解できたり、実は「未だ本当にやりたいことと出会っていなかったのだ」と気付くこともあるでしょう。

だから、この手の悩みにハマったら「何をそんなに怖れているの?」と考えてみてもいいかもしれないですね。

また僕のようなカウンセラーはその怖れをコツコツ手放す方向でお話やセッションを進めるので、まぁ気になった方がいるなら、そういった癒やしを体験されてみてもいいのではないでしょうか、なんて思いますけどね。

 

その上で「自分が怖れていることを怖れない人(自分が抱えている怖れの向こう側にいる人)」と触れ合って、その価値感を学んでみてもいいでしょうね。

愛することが怖いなら、愛することを怖れない人とふれあい、そこから学ぶ。

稼ぐことが怖いなら、稼ぐことを怖れない人とふれあい、そこから学ぶ。

これ、結構な効果があると思うんですけどねー。

ただ、あまりに怖れが強いときは、どれだけ素晴らしい人から学んでも、どこか今の自分とかけ離れている感覚がして「自分にはムリだ」と感じることもあるでしょう。

それも「怖れ」の影響なんです。怖れに触れること自体、怖いと感じているのでしょう。

そんなときはきっと目指した目標、ハードルが高すぎるので、とりあえずできることからはじめてみるといいと思いますよ。

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