こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

「愛し疲れ」という言葉、聞いたことありますか。

恋愛でも夫婦関係でも、ときには家族との関係でも起きる、あの感覚。

知っている人は知っているって感覚ですが。

愛しているのに、関わっているのに、なんだか全く幸せじゃない。

報わるために愛しているわけじゃないけど、でも、悲しい気持ちが溢れてくる。

そんなご相談、カウンセリングの現場でも受けることがあります。

特に、努力家さん。誠実に頑張っておられる方。人の支援に携わっている方。

いわゆる「忍耐女子」さんからよく伺う話でもあります。

今日はこの「愛し疲れ」について、一緒に考えてみたいと思いますよ。


愛し疲れている人は、だいたい真剣

愛し疲れている人って、だいたいすごく真剣なんですよ。

なんというか、アスリート気質というか。

根気強く、諦めずに、自分への要求水準も高い。何でも積み上げていくことを好む。

そういうスタンスで生きてきた人が多いんですよね。

それ自体は本当に素晴らしいことだと思うんですけど。

ただ、そのスタンスのままで恋愛を続けると、ちょっと独特のしんどさが生まれやすい。

今この関係で起きていること、うまくいかないこと、伝わらないこと。

それが全部「自分が乗り越えるべき課題」に見えてくる。

課題があるなら、解決しなきゃ。

そういう着想になりやすいんですよね。


課題への意識が強くなりすぎると、何が起きるか

課題に意識が向くこと自体は、悪いことじゃないし、むしろそれで乗り越えてこられたことも多いはずなんですよねぇ。

ただ、ゴールが「課題の解決」になってしまうと、今この瞬間の幸せが少し遠くなるんです。

常に「幸せは課題を乗り越えた先にある」という設定になってしまうから。

言い方を変えれば、ずっと「おあずけ状態」というか。

自分で自分を焦らしまくってる、みたいな話。

頑張って預金残高は多くなったけど、使うと怖いので使えない、みたいな感じ。

・・・余計に分かりにくい比喩になったかもしれませんが(^^;

しかも、アスリート気質の人は「何を解決すれば幸せになるのか」という着想になりやすい。

彼がもっと話を聞いてくれれば。私がもっとうまく伝えられれば。

この問題さえクリアできれば、きっと幸せになれる。

そう思って、また頑張る。また愛する。また伝えようとする。

でも、解決したと思ったら次の課題が見えてくる。

ゴールが動き続けるマラソンを、全力で走り続けているような状態ですよね。

そりゃ、疲れます。

まぁ、これは明らかな余談なんですけど・・・

「今の私では何かが足りない」とおっしゃる方ほど、結構足りていて。

「今の私でいいはずなのに」と思う人ほど、実は足りていないことから目をそらせてる。

これ、「真面目な人は自分が真面目だという自覚が薄い」という話に似ていてね。

だから、私に何が足りないんだろう?と考えることは間違っていないけど、その位置に居続けることが問題を肥大化させてることも多いんです。

なので、僕は、こういったご相談をうかがうと、「足りない」という部分で物事を見なくなりますよね。

・・・ね、足りない部分が知りたかったのに、足りてますよと言われても、困りますわなぁ(笑)

「焦らしてんのは浅野さんのほうじゃん」

そう思われることも結構あるみたいですね。

まぁ、嫌な性格をしているわけですね、あたしも。

・・・もとい。

でも、その「困り感」が小さくなることが大切かもしれないですよ。

「あ、今の私でいいんや」

そう思える回数が増える方がいいというか。

・・・本当に何かを足すほうがいい場合は、そう言いますので、僕は。


「愛し疲れ」の正体

もう少し心理的な話をすると、愛し疲れが起きているとき、そこには「悪意のないコントロール」が働いていることが多いんです。

悪意のないコントロール、というのは、別名「悪意なき加害」と呼ばれるもので。

自分が愛した結果まで、自分の思い描いた通りでなければ「私が愛したことにはならない」と感じている状態。

たとえば、一生懸命作ったご飯があったとして。

それを彼が「おいしい」と言ってくれなければ意味がない。

十分に喜んでくれなければ、作った意味がない。

そう感じてしまう、というか。

もちろん、喜んでほしいという気持ち自体は自然なことです。

そこは否定したいわけじゃないんですけどね。

この「意味がない」という設定が、自分を苦しめている、という話というより(それは自ら選んでいる選択の結果なので)

あなたがそう思うことでパートナーが辛くなるかも、という話なんですねぇ。

・・・はい、また余計なことをサラッと書きましたよ(^^;

「相手の反応が自分が思う通りでなければ、私がどれだけ愛しても、それは愛したことにならない」

この設定が悪意のないコントロールなんです。

だから、自分も毎回全力疾走しなきゃいけない感覚になる。

と同時に、相手も同じ感覚になるんでしょう。

しかも、相手がうまく受け取れなかったとき、「私の愛し方が足りなかったのかも」と自分に向かっていくわけだから、相手の視点ではけっこうしんどいかもね、と。

「そんな、君を苦しめるためにそばにいるんじゃないんだけど・・・」

パートナーにあなたを思う気持ちがあるなら、そう感じても不思議ではない、というか。

これが積み重なって、お互いが「どれだけやっても報われない」という感覚になっていくんですよね。


愛し合うことはキャッチボールだから

愛することって、キャッチボールに似ているんです。

どれだけ丁寧に、気持ちを込めてボールを投げても、相手がうまく受け取れないときは受け取れない。

相手の調子が悪ければ、投げ返せない日もある。

昨日飲みすぎて全く余裕がない日もあれば、毎月のバイオリズムの変化で受け取るべき相手の気持ちを場外ホームランにしてしまうこともある。

たしかにそこで起きているのは衝突なんだけど、そのとき「私の投げ方が悪かった」と思う必要は、本来ないんです。

まぁそういう日もある。

でも、ちゃんとキャッチボールできる日もある。

この、キャッチボールできる日をなんとなく増やすことなんですよ。

ただ、アスリート気質の人はそうは思えないことが多いのかな、とも思います。

なぜならいつも全力だから。

「どれだけしんどくても、ちゃんと投げ続けなきゃいけない」

そう思って、相手の調子に関係なく、全力で投げ込んでいく。

相手は、受け取りきれなかったボールに囲まれて、少しずつ

「自分といるとあなたを疲れさせてしまっている」という感覚を持ち始める。

本人は全く無自覚なまま、罪悪感を感じ始めることもあるんです。

あなたは一切加害者なんかじゃないのに、そうなっていくこともあるわけですよ。

これ、お互いにとってしんどい状況ですよね。


今この瞬間も、幸せを受け取っていい

じゃあ、どうすればいいのか。

「課題に意識を向けるのをやめろ」ということじゃないんです。

乗り越えたい課題があること、それ自体は素晴らしいことだから。

ただ、バランスを取る必要がある、ということ。

あと、そもそもの「ゴール」の設定を少し見つめ直してみるといい。

たとえばね・・・

旅行に行くとして、旅行に行って楽しめれば結果OKと考えるのか。

それとも、行くからには全力で楽しまないと、と考えるのか。

このゴール設定の違い、みたいなものですよ。

つまり、課題を解決した先に幸せがある、ではなく。

今この時点でも、幸せを受け取っていいわけです。

もっと今を味わって生きていてもいいともいません?

ただねぇ・・・。

これ、言葉にすると簡単そうに聞こえますが、アスリート気質の人には結構難しかったりしますよ。

「でもね、浅野さん。私にはまだ解決できていないことがある」

「私、もっとうまくできるはずなのにできていないんです」

そうおっしゃる方のお話を聞くと、その気持ちに敬意を抱きながらも、ちょっとだけ「あぁ、なんか彼の気持ち、分かるかも」と思う自分がいないわけでもないんです。

・・・いないときは本当にいませんけどね。

そもそも愛することって、素晴らしいことであって、完璧さを伝えるものじゃない、と僕は考えています。

でも、「完璧にできないと意味がない」と考える人がいるのも知っています。

どちらが正解云々、という話ではなく、もうここまで来ると個人的な哲学の話なんですよね。

だから、何がいい悪いって話ではないんです。

ただ、愛し疲れて自分が参ってしまうなら、まぁちょっと考えてもいいかもね、というご提案ですよ。

「ちゃんと愛せなかった」じゃなくて、「今日も関わり続けた」でいい場合も結構ある。

でも、もし、相手がピンチを迎えているなら、そんな悠長なことを言ってられないわけですよね。

なんというか、強弱?ケースバイケース?

その場面に合わせて柔軟に考え方を変えていく感じかなぁ。

それに慣れることって結構大切かもしれない。

そういう視点に変わると、愛し疲れは少しずつ手放せていくものだと思います。


「愛していないと不安」という気持ちの正体

ただ、ここまで読んで、「でも、愛することをゆるめると不安になる」と感じる方もいるかもしれませんね。

その気持ち、個人的によく分かります。

・・・その不安、実はとても大事なサインなんです。

愛し続けなきゃいけない、与え続けなきゃいけない、という感覚の裏側には、「そうしないと自分には価値がない」という思い込みが隠れていることが多いものですよ。

つまり、愛し疲れを作っているのは、愛することへの熱量じゃなくて、その裏にある無価値感や無力感だったりするんです。

「私ってすごくいい人だよね」「ちゃんと愛せている部分もある」と自分を見つめ直すことが難しい。

その状態こそが愛し疲れの根っこにあるものだったりします。

だから、もし「愛し疲れているかも」と感じているなら、頑張り方を変えようとするより先に、自分自身への見方を少し整えてみることの方が近道かもしれません。


最後に

愛し疲れって、愛情が足りないから起きるんじゃないんです。

むしろ、誰よりも真剣に愛しているから起きていることが多いですよ。

そのことは、ちゃんと受け取ってほしいな、と思います。

ただ、その真剣さを「課題の解決」だけに向け続けると、今の幸せを後回しにし続けることになるのでね。

解決するものばかりに意識を取られる必要はない。今この時点でも、幸せを感じていい。

そういう視点が持てたとき、関係がぐっと良くなったという話は、結構あるあるな事例なんですよね。

一人で見つめ直せればそれで良し。

それが難しいとか、今の関係がギスギスしていてちょっとやばい、という話であれば、カウンセリングで一緒に整理してみてもいいかもしれないですね。

自分の見方を整える感じで使ってもらえれば、と思います。

まぁ、ちゃんと愛せる人ほど、ちゃんと愛せていないと思ってますから。

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