こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今朝、コーヒー飲みながらぼーっとしていたら、ふと「人の強さってどこでできるんだろう」と考えてしまいまして。

なんかこう、

「がんばって人を助けたとき」でもなく、
「正しく愛せたとき」でもなく、

むしろその逆側・・・

うまく愛せなかったとき
弱さを受け入れたとき
誰かにそっと救われたとき

そこに、人の“底の強さ”が宿るんじゃないか……。

そんな話を、今日はゆるく書いてみようと思います。


「自分が誰を救ったか」を語る人と、「自分が誰に救われたか」を語る人

世の中には、

  • 「私は◯◯さんを支えてあげた」
  • 「私の愛情で彼は変わった」
  • 「私が頑張ったから関係が続いた」

このように、“救った側の物語”を語る人がいます。

もちろん、その人なりの努力や優しさがあってのこと。否定する必要はありませんし、実績を語ることはとても大切なことです。

ただ、カウンセリング現場で長く人の物語を聞いてきた僕は、どうしてもこう感じる場面が多いんです。

本当に心が安定している人は、「救った話」より「救われた話」を語れる。

いや、かなりスカした話のように見えると思うんですけど(^^;

どうしても、そうとしか思えない瞬間がたくさんあるんですよ。


「救った話」は“強さの物語”/「救われた話」は“無力さを受け止めた物語”

「誰かを救った話」は、言い換えれば“できた自分の物語”

これ、恋愛でもよくありますね。

  • あの人を支えた
  • 彼を変えた
  • 関係のために尽くした

もちろん素晴らしいことなんですよ。

ただ、その裏には

「強い自分でいなきゃ」「どれだけ愛せるか」

という、いいか悪いか別にして”自分へのプレッシャー”が強く存在することも少なくありません。

もちろん、自分を厳しく扱い、懸命に愛する人が悪いなんてことはありえないわけで、それはそれとして意味あることなんですよ。

ただ、わゆる「救われた話」は違うんです。

  • うまく愛せなかったんだよなぁ、あのとき・・・
  • まだ自分が弱かった・・・
  • そんな自分を、誰かが支えてくれた・・・

これは“弱さを認めた私の物語”でもあるんですよね

自分の弱さを認められる人ほど、強い人はいないと僕は思うのです。

僕もしみじみ「自分ってアホやなぁ・・・」と思うことがあるんですけどね。

昔はそれ故にプライドを高くしていましたけど、「まぁしゃーないなぁ」と思えるようになって肩の荷が下りた感じを覚えたんですよね。

そして、弱さを認められる人は、他人の弱さをバカになんてしない、というか。

「わかるわ〜、私もそうやねん」みたいに、寛容になれるんですよね。

これは決して、同調や同類の哀れみのようなものでははいんです。

相手の弱さを見ても「それでええやん」と素直に思える気持ち、というか。

この自分の弱い部分を受け入れているという部分に、心の安定が生まれていることも少なくないんですよね。


救われた経験を語れる人は、自分の“人間性”にOKを出している

僕は職業柄、たくさんの人の“本音の瞬間”に立ち会ってきました。

そこでよく思うことがあります。

人は、自分の弱さを語れた瞬間に回復が始まっていくのではないか。

逆に、心が不安定なときほど、

  • 私は頑張った
  • 私が救った
  • 私が支えた

と“実績”で自分を守ろうとする傾向があるんじゃないか、と。

カウンセリングを通じて、自分を受け止められるようになり、心が落ち着いている人ほど、淡々とこう言うんですよねぇ・・・。

「あのときの私は弱かった。でも〇〇に救われた。」

そう言えることって、心の余裕を示すんじゃないかと思うんですよ。


恋愛でも「救われた経験」が深さになる

恋愛において最も痛く、しかし自分の深みを生む視点は、

「どう愛したか」より「どう愛せなかったか」。

誰よりもうまく愛したかったからこそ、痛い。

でも、その痛さを感じながらも「私(俺)、愛したかったんだよなぁ」と思えるって深い自己受容だと思うんですよね。

だから、そこを受け入れた人は、次の恋でちゃんと相手と向き合えるようになる傾向があります。

逆に、

  • 私だけが頑張った
  • 尽くしたのに報われなかった

という物語に偏ると、同じ苦しみを繰り返しやすい、というか。

もちろん頑張った事実は認められるべきことだと思うんです。そこは勘違いしてほしくないんですよ。

ただ、心理的な“深さ”は、受け入れ、救われた経験から育つ部分があるという話をお伝えしたいだけなんですよねぇ。

僕たちは、「救われたとき」に本当の優しさを知る・・・。

誰かに救われた経験のある人は、他者に優しくなります。

その優しさは努力ではなく、体験からにじみ出るもの。

つまり、救われた経験は、人を強くし、人を優しくする。

これは揺るぎない事実だと僕は感じています。


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最後に──あなたはどんな「救われた話」を持っていますか?

今日のテーマは静かですが、恋愛にも人生にも深く関わる話です。

「誰を救ったか」より「誰に救われたか」。

とはいえ、誰にも迷惑をかけたくない優しい人ほど、なかなか救われないようにするかもしれませんが・・・。

しかし、たとえ些細なことでも、そのような記憶を丁寧に思い出せる人ほど、心は穏やかで、他人にも柔らかくなりやすいのかもしれません。

そして、そういう人がまた誰かを救ってしまうんですよね(^^;

いや、救うというより「勝手に力になってしまう」という感じですが(笑)

そんな優しさの輪が広がるといいなぁ、と思いながら書きいてみました。

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浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
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