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恋愛・夫婦の心理学

問題は「もう愛せないこと」と同じ意味である

多くの問題はこのようにして生じる

例えば、取引先の社長の機嫌を残ってしまい「もううちとは関わらないでくれ」と言われて辛いとき。

例えば、夫から「もう愛せない」と言われて辛いとき。

例えば、彼に連絡をしても一切返事がなかったとき。

例えば、長くそばにいたパートナーと別れるとき。

例えば、子供のことを心配しても「うぜぇな、寄ってくるな」と言われて突っぱねられたとき。

例えば、親に心配をかけて申し訳ないと思い、なかなか家に帰ることができずにいるとき。

例えば、浮気がバレてどうすればパートナーと向き合えるか悩んでいるとき。

例えば、親友が遠い土地に引っ越して、会えなくなってしまうとき。

例えば、長く勤めた会社を離れなければいけない事情ができたとき。

例えば、遠距離恋愛の恋人が自宅に帰る姿を見送るとき。

例えば、体に宿った命が生まれる前に天に召されたとき。

例えば、大切なペットがゆっくりと長い眠りについたとき。

例えば、自分が大切な家族を残して、どこか遠い場所に移り住むとき。

 

このような自体に陥ったとき、つい僕たちはこう考えるのかもしれません。

「自分は大切な何かを失った」と。

愛する人、愛したい人、ずっとずっと大切に思っていたい誰かを失ったと思い、喪失感にさいなまれることが多いのでしょう。

もちろんこの喪失感は癒やされるべき感情だと僕も思います。

ただ、私は大切な何かを失った、と考えているとき、問題がやって来ることが多いようなのです。

もう私は愛する人と出会えないのではないか。

もう私は幸せになることは難しいのではないか。

私には幸せになれないのではないか、と。

大切な何かを失った悲しみが、そう感じさせることもあるのかもしれませんね。

 

問題の在り処・癒やしの在り処

ただ、長いカウンセラー生活の中で、ありとあらゆるご相談を伺う中で、僕はそう考えるようになりました。

『実は僕たちの問題は「大切なものを失ったこと」だけで生じているわけではないのではないか』

僕たちはなにか大きな問題に出会うと「大切な自分を失った私は、きっと幸せから見放された存在だ」と感じることが多いようです。

ときには、自分には幸せになる力はなかったのだ、と感じることもあるでしょう。

そもそも自分が幸せになるなんて考えるべきでなかった、と自分を罰する人がいても不思議ではありませんよ。

 

でもね、それはきっと真実ではないと僕は考えているんです。

問題が起きたとき、私達はたしかに「大切な何かを失った」と感じているのでしょう。

それはきっと間違いのないことです。

ただ、私達が大切な何かを失ったとき、失った事実よりも辛いことがあることにお気づきでしょうか。

それが「もう二度と愛することができない」という思いです。

失ったパートナー、子供、親、兄弟、仲間、取引先、信頼・・・。

失ったことがなぜそこまで辛いのかの理由は「二度と自分の手で愛することが叶わない」と感じるからです。

できることなら、愛したかった、もう一度向き合って相手を大切にしたかった、この手で相手を抱きとめたかった、誠実に向き合って相手に喜んでもらいたかった。

その気持ちを、どうにかもう一度相手に届けることができないだろうか、と考えるのが私達の本音ではないでしょうか。

そして、それが叶わない、いや、もう二度と会うことができず、自分の愛を届けることができないと知ったとき、私達は深く悔やむのではないでしょうか。

そして、「どうしてもっと早く愛を届けなかったのだろうか」と思い、自分を罰しているときに「自分は愛されるべきではない」「幸せになってはいけない」といった罪悪感に駆られるのではないでしょうか。

 

このとき「何がしたいの?」「どんな夢を描きたいの?」と聞かれたって虚しいだけではないでしょうか。

自分を好きになろうったって、好きになれないものではないでしょうか。

人から「大丈夫だよ、また幸せになれるって」という温かい励ましをもらっても、なかなか喜べないし受け取れないものではないでしょうか。

人の幸せや成功が眩しくて嫉妬してしまうのも、このような罪悪感を感じているからではないでしょうか。

ただ、僕はいつもこう思うのです。

「あなたは確かに大切な何かを失ったのかもしれません。

そして、あなたは喪失という深い悲しみを抱えているのかもしれません。

その気持ちは丁寧に癒やすべきものだと思います。

が、忘れていることあるのではないでしょうか。

「あなたが大切なものを失って傷ついている」のは、「もう愛せないから」なのです。

あの彼を、彼女を、夫を、妻を、子供を、仲間を、取引先を、もう愛せないと思っていることが辛くて苦しいのではないでしょうか。

自分にできることがあっても、もう何もできない、もう何もしてあげられないことが辛いのではないでしょうか。」

 

全ての問題は「もう自分から愛せない」ということからはじまる。

僕はそう考えていますよ。

私達の深層心理には自尊感情がある。誰かの喜びになり、相手を愛したいという気持ちがあるから、愛せないことで自分を責める。

だから、大きな問題を抱えるとこう思うことってないですか?

「いったい自分は何のために生まれてきたのか。何を「する」ために生まれてきたのか」と。

 

失ったことよりも辛いことは、自分のこの手で大切な人に触れられなくなってしまうこと。

そして、触れられなくなった事を忘れてしまうために、自分の愛を忘れてしまうのかもしれません。

 

だとしたら、もう一つ忘れてほしくないことがあるのです。

「自分に愛があったから、愛せないことが辛いと感じるのだ」

だから、あなたは罰や罪悪感にふさわしい人ではないわけですよね。

自分を罰する必要はないのです。無理も犠牲も攻撃も必要ないのです。

もう一度自分を許し、その愛を取り戻して、誰かを心から愛することを考えればいいだけなんですよ。

だから人生は何度でもやり直せる。

時間はかかっても、きっともう一回幸せになることは可能だと僕はお伝えしているのですよね。

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