恋愛・夫婦の心理学

パートナーに「もう愛せない」と言われたときに読むコラム

パートナーに「もう愛せない」と言われたら

もう愛せないと言われて凹む女性

「彼からもう愛せないし、一緒にいることは難しいと言われました」

「彼女からあなたとは一緒にいないほうがいいと思うと言われてショックなんです」

このような「パートナーからもう愛せないと言われた」というお話を伺う機会があります。

こういった状況になること自体、誰も望まないでしょうし好ましいことではないかもしれませんけれど、しかし実際に起こるパートナーシップでの問題の一つです。

そこで今日は「パートナーからもう愛せないと言われたとき、どう考えていくか」についてまとめてみたいと思います。

もう愛せないと伝える人の心情などを含めてまとめていきます。

よろしければどうぞ。

(※「もう愛せない」という言葉を自分の愛情の限界という意味ではなく、相手の気を引くために使う人もいます。また、少しでも自分の思い通りにならないと傷ついて「もう愛せない」という言葉で相手を批判する人もいます。この場合は今回の話は当てはまりませんので念の為。)

パートナーが「もう愛せない」という理由

話し合う男女

もしパートナーが「もう愛せない」と伝えてきたならば、それは「これ以上頑張って愛し続けることが難しい」と伝えている可能性が高いでしょう。

言い換えるなら、パートナーは「今までずっと(パートナーなりに)愛していた」と感じている可能性が高いということです。

これは一つの「挫折感」を示しています。

僕たちにとって何より辛いことは「自分なりの愛情、好意、善意が届かず、逆に文句を言われてしまうこと」でしょう。

例えば

「彼のためにご飯を作っても、いらない、そういうの求めてない、と言われる」

「彼女や家族のために深夜まで残業しつづけているのに、私のこと何も考えてない、と言われる」

あえて分かりやすい事例にしてみましたけど、流石にこんなことを言われ続けると心が折れますよね。

つまり「もう愛せない」とは「自分なりの愛情や好意を示しても、二人の関係が良くなるどころか逆に悪くなっている」と感じているときに出てくる言葉であり、その言葉を伝える側の気持ちは折れてしまっている可能性があるのです。

だから、今まで愛してくれていた人が「もう愛せない」と伝えてくるということは、相手はかなり傷ついている可能性があると見たほうがいいだろう、と思うのです。

パートナーの愛情を受け取らない人たちにもまた事情がある

ただ、パートナーから「もう愛せない」と言われた側のみなさんが、常に相手の愛情にケチを付けるような意識があったのか、つまり、悪意で相手の愛情にケチを付けていたのか、というと、意外とそうとも限らないのではないか、と僕は考えています。

確かに自分自身の不安から相手に文句を伝え、それでも自分が愛されているかどうか試す人もいますけどね。

むしろその逆、「愛しているから揉めているケース」も少なくないのです。

パートナーから「もう愛せない」と言われるまで、文句を言い続けた事実はあるのかもしれないのですけど、心情として「私だって(俺だって)君のために頑張っているんだ」という気持ちから文句を伝えていて、相手の愛情にケチを付けるつもりなんてなかったといった方が非常に多いんです。

これは一つの「競争の心理」から生じる衝突なんですよ。

どちらが上手に相手を愛せているか、どちらのほうが強く相手のことを(今の関係を)大切に想っているかを証明したくなっているから、相手の愛情や行動にケチを付けたくなる人がいる、ということなんですけどね。

この競争の背景には「ちゃんと愛せていないと愛されない」「がんばれていないと愛されない」といった思いがあり、そのさらに裏側には「自分のほうが相手よりも愛し上手・貢献している状態でないとまずい」という不安が隠れています。

どうしても「私は(俺は)ちゃんとパートナーのために機能しているのかどうか」と気にしてしまい、相手より(ちゃんと役に立っているという意味で)優位な立場に立ちたいと感じて島う人もいらっしゃるようなんです。

理想的なパートナーシップのあり方としては「お互いがお互いの思いや行動(動機)を理解し、尊重しあえている」というカタチなのですけどね。

そういった関係になっていかないと、まぁパートナーのやることなすこと気に入らない、なんて状態になるのかもしれませんね。パートナーの行動が自分の不安を煽ったり、プレッシャーになってしまうと、「どう愛されても気に入らない」となってしまうようです。

パートナーに「もう愛せない」と言われるまでパートナーの愛を求めない人たち

ただ、一つ不思議な話があるんですよ。

パートナーに「もう愛せない」と言われて不安を伝えてくださる方の多くが、「もう愛せない」と言われるまで「愛されること」を求めておらず、しかし「愛せない」と言われた途端に「愛されたい」だとか「謝りたい」といった気持ちになることが少なくないのです。

客観的に見れば「普段からパートナーの気持ちを信頼しておけばよかったのに」「普段から相手の気持ちを大切にしていたらこんなことにはならかったのに」といった話なんですけどね。

ただ、僕としては「そうなるしかなかったのかな」と考えてしまう部分もあるのです。

それは「相手の気持に気づけなかった」にも事情があるのだろうな、と考えているからです。もちろんいいか悪いかは別の話として。

ポイントは先程出てきた「競争の心理」と、その背景にある「不安」です。

人が不安を動機として「誰かに愛されたい」「誰かの役に立ちたい」と行動すると、その自分の行動は相手によって肯定されない限り不安が消えないわけです。

また、相手より自分のほうが「より上手に愛せている」ということを証明したくなることが「競争の心理」の特徴ですから、自分が相手より愛しベタであることを認めることは、自分の敗北を意味するのですよ。

だから、自分の愛し方を磨くならまだ前向きなんですけど、ついうっかり「相手の愛情の価値を下げる」という「引き下げの心理」を使ってしまう人もいるんですよね。

特に「私はそこまで魅力がない」「俺はそこまで男としての包容力がない」と、なぜか自分をネガティヴに見すぎている人の場合、頑張って愛してもパートナーの愛情と釣り合ったり、上手に愛せていると感じられなくなることが起こるのです。

それはひとえに「自分なりの行動、愛情の価値を認める」という意識があまりなかったからこそ起きることなんでしょう。

ただ、「自分の不安は変わらないし、どう変えればいいかわからないから、とりあえず相手の価値を引き下げよう」と思うと、お互いがどれだけ「パートナーのために頑張ろう」としても、コミュニケーションのレベルでは「相手の愛情にケチを付ける」ことが繰り返されてしまうわけです。

だから、どんどん二人の間に喜びや充実感が無くなっていき、そばにいるだけで傷つく、つらい思いをする、と感じるようになる,というわけです。

この話をさせていただくと「え、世の中にはパートナーのことを悪く言っても信頼しあえている人もいますよね?」というご質問をいただくことがあります。

もちろんそういったカップルもいらっしゃいますよ。そういったお話を伺うことも稀ではありませんから。

例えば、「君はダメだなぁ(それぐらいかわいいってことだけど)」とか「あなたってだらしないわね(でも愛しているけど)」といった言葉がパートナーに向けられる場合もあるでしょう。

ただ、この場合は、二人の間に信頼関係・絆があり「相手の言葉よりその裏にある気持ち」を理解し合えているからこそ、問題にならないのでしょう。

また、たとえ普段は相手の価値を貶めるような発言をしていても、また別の日常のシーンで「相手のことが大切なんだ」という言葉や態度を示している人が多いものです。

いつも本気で(自分の不安から)相手の価値を削るような言葉を投げているわけじゃないから、相互理解が成立するのだと思うのです。

一般的に仕事などで「不安(怖れ)を動機にして行動するとロクなことが起きない」という話がありますけど、この話もその典型的な事例なのです。

パートナーに「もう愛せない」と言われたとき、どう立ち振る舞うか

もし、あなたのパートナーが今まで愛してくれていたのに「もう愛せない」と伝えてきたのであれば、パートナーに挫折感を感じさせるほど、パートナーの愛情の価値を否定してしまったのかもしれない、と考えてみる必要はあるかもしれません。

それがあなたの本意ではなかったとしても、「そんなつもりじゃなかった」と伝えても、なかなか相手の気持ちは変わらない可能性が高いです。

実際に、パートナーから「もう愛せない」と言われて不安になって「そんなつもりじゃなかった、ごめんなさい」と伝えたけれど、相手の気持ちは頑なで変わらないんです、というご相談を受けることもありますよ。

これ、「もう愛せないと伝えた側の気持ち」を考えてみれば、なぜそうなのかが見えてくると思うんですよ。

「あなたに『そんなつもりじゃなかった』と言われるようなことで、傷つき挫折感を感じている相手」ってどんな気持ちなんでしょうね。

「そんなつもりじゃなかった」と言われるようなことで、ここまで頑張って、しかし苦しみつづけた自分が馬鹿なのか、と相手は考えてしまわないでしょうか。

ここで何がお伝えしたいかといいますと、「自分の愛情も文句も、パートナーには自分の想像以上に強く響くもの」なんですよ。

これは僕たちの「影響力」そのものです。

もちろん今回のようなケースでは、「もう愛せないと言われた側」もショックなのですよね。

なぜなら、こちらも相手のことを考えていたから。

多くパートナーとの対立って「自分なりの考え、相手への向き合い方」がぶつかっている状態ですから、「もう愛せないと言われた側」も心外、といいますか、ショックを受けるんです。

こんなに考えていたのになぜ?

こんなに思っていたのになぜ?

こんなに頑張っていたのになぜ?と。

ここで、自分には影響力がなかった(思いが届かなかった)と感じるので、より強く相手に気持ちを伝えないと、と考えがちなのです。

が、ここで注目すべきは「今までのコミュニケーション」「今までお互いが表現してきたこと」であって、その影響力なんです。

「もうこれ以上頑張れない、愛せない」となった時点での影響力について考えても、ちょっとしんどくなってしまうと思います。

特にあなたのそばにいる人や愛してくれる人には強く響くのです。相手はあなたのこと(あなたの幸せ)を考えていたかもしれないわけですから。

お互いが今までの愛情も行動も、そして今「辛い」という気持ちを込めて伝えた「もう愛せない」も、伝わっていないと感じている。

だから、これ以上自分の価値を見失いたくないために、別れを考える人も出てくるし、「どうして別れなきゃいけない?」と思う人も出てくるのではないか、と見ています。

それがいいかどうかは別にして、ですよ。

もちろん「もう愛せないと言われた側」としては、相手の気持ちを否定したくなるでしょう。そう思いたくなるお気持ちは分かります。

だから「そんなつもりじゃなかった」と伝えたくなるし、その気持ちを僕も否定したいわけじゃないんです。本当にそんなつもりじゃなかったし、そこまで相手が傷つくとは思っていなかったんですよね。

きっとあなたにも悪意などなかったのかもしれない。

だから「もう愛せない」と言われるまで、相手の気持ちの変化に気づけなかったのかもしれませんよね。

ただ、繰り返しになりますけど、現実として起きていることは「あなたにとってそんなこと程度のことで傷ついた相手の気持ちが目の前にある」ということなのです。

ここを考えずに、復縁や関係修復って難しいと思いませんか?

もっと言えば、本当に自分が「そんなつもりじゃなかった」のであれば、相手をそこまで深く傷つけるつもりがなかったのであれば、相手のことをこれ以上軽く扱うような言動は避けたほうがいいと思いませんか?

そもそも「もう愛せない」と伝えるしかないと思うような人って、これ以上自分をちっぽけにすることができないから、そう伝えてくるのでしょう。

君といても、あなたといても「自分の価値が無くなってしまうだけ」と感じているから、もう無理だと言い始めるのでしょう。

だとしたら、相手の価値を認めるだけでなく、そんなつもりじゃなかったとしても、自分が与えた影響力については認めて、自分の非は認める必要も出てきますよね。

ただ、自分の非を認めて謝罪したら、それ以上自分を罰しないことも重要です。ここで自分が相手に許されようとすると「無意識的に相手を加害者(謝ったのに私を許さない人)にしてしまう」ので、余計揉めます。

自分を罰するよりも大切なことがあるとしたら、相手の気持ちを受け止めたり、自分の気持ちを丁寧に伝えていくことがポイントなんです。

できる限り早い段階で、自分の気持ちを整理して、落ち着けて、相手と向き合える自分になっておくこと。これがモアベターな選択です。

だから、自分の不安な気持ちや「そんなつもりじゃなかった」という思い・言葉は、パートナーに伝えるのではなく、信頼できる話を聞いてくれる人やカウンセラーなどに伝えて、気持ちを整理していくほうがよりリスクがない選択になると思いますよ。

普段から「相手の愛情のカタチ」を理解しておこう

ただ、最も大切なことはこのような状況にならないようにすることではないでしょうか。

あなたのことを真剣に考えていたパートナーに「もう愛せない」と言わせる状態を作らないことなのだろうと思うのです。

普段から、お互いが信頼の視点を持って、相手の気持ちを受け止め合い、自分の気持ちも伝えていく、素直なコミュニケーションを心かげておくことって大切です。

いわば、普段から「相手の愛情のカタチ」を理解しておくことは重要なんです。

たとえ二人の間に意見の相違があったとしても、相手の考えを否定するのではなく「あなたはそう考えているんだねぇ」「私はこう考えているのよねぇ」「で、どうしよっか」といった二人の答えを出せるように心がけたいですね。

 

・・・え?私のパートナーがいつも私の意見を否定的に見てくるんですけど、ですか?

だとしたら、そのパートナーさんはどれだけ「あなたより上手に愛せている自分でないと意味がない」と考えているかに気付いてみてください。

そこで腫れ物に触るように相手の価値を認めようとするよりは「何そんなに不安になってんの、私が(僕が)いるのに」と思えるぐらい、あなた自身が自己肯定感を高めておくといいですよ。

いわば自分自身の「包容力」を高めておくことが重要なんです。

この包容力は自分に何ができるかではなく、自分が自分の存在をアテにできればできるほど、発揮できるようになってきますから、ホント自分を認める、自分のあり方をまるっと受け止めておくことがポイントになりますね。

多くの大人なみなさんは「自分の愛情の価値を認めてもらいたい」とは素直に言えません。言えないぐらい自立しています。

口では「認めてほしい」とは言わないけど、でも「自分が相手のために役立っているか」を気にしているものです。

だから、包容力を発揮して、相手の愛情やそれに伴う行動を喜んであげることに価値が出てくるわけですよ。

そして、もし相手の行動動機が不安で、つい否定的な言動をする人がいるなら、真正面から喧嘩するのではなく、相手の不安の存在を否定せず、「あなたは不安になってるけど、でも私(僕)がいるよね」といった態度をとることが重要でしょうかねー。

相手が望んでいないのに、相手の不安に手を突っ込んで変えようとするよりは、相手の不安を理解して、より成熟した態度で接していることがポイントなんです。

それこそまるっと相手を愛するという視点につながると思いますしね。

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