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「私の素晴らしさ」ちゃんと見えていますか?
日々カウンセリングをしておりますと
「自分の良さというか強みや魅力がわからなくなってしまった」
というご相談をお受けすることがあります。
例えば
仕事のトラブルでまいってしまった
恋愛や結婚生活がなぜかうまく行かない
友達と揉めてばかり
家族との折り合いが悪い
そんな現実を前にして、いつしか「自分の良さや強みがよくわからなくなること」はたしかに起き得ることです。
だからこそ「自分の素晴らしさ」を感じられるようになることはとても大切な癒やしのひとつなのです。
ということで、今日は「私の素晴らしさ」を見つけておくといい理由と、その見つけ方をコラムにしてみようと思います。
よろしければどうぞ。
自分の素晴らしさが見えなくなると、できること・やりたいことを見失う
さて、
「自分の良さというか強みや魅力がわからなくなってしまった」
というご相談、そのお声って実は
「今の自分にできることがわからなくなった」
という意味である場合が少なくないのですけどね。
もし、「自分が解決したい出来事に対して、自分にできることが分かっている」ならば、自分の素晴らしさをさっぱり感じられなくなるということはあまり起きないのでしょう。
つまり、僕たちが「自分の良さが見えなくなる」という状態を、少しだけ深く見つめると
「自分自身が周囲にいい影響力を与えられなくなったから」
という場合が少なくないんですよね。
例えば、仕事がうまくいかなくなるということは
「自分自身が仕事や周囲にもたらしている良い影響が見えていない」
という状態だと思いませんか?
頑張っても頑張っても周囲に良い影響を与えられず、自分を取り巻く自体が悪化したとなれば、それこそ「自分の素晴らしさを見失う理由ににもなりえる」と思うのです。
逆に、物事がうまく行っているなら、自分の素晴らしさは比較的感じやすいはずなんですよね。
だから「自分の素晴らしさ」が一時的にであれ見当たらないと感じるとき
「自分では何もできない」
「何をしても意味がないのではないか」
なんて風に感じることが増えるのでしょう。
そもそも私の素晴らしさって何?
では「私の素晴らしさ」ってなんでしょうね?
私の魅力?能力?経験?存在そのもの?
おそらくそれらすべてが自分の素晴らしさになると僕は思いますよ。
ただし、「一つ条件を加えれば」の話なのですけども。
ここでの「私の素晴らしさ」は、定義することがかなり困難ですが、いわば「自分の価値」という意味合いだと思っていただくといいでしょう。
自分には価値があるんだ。
自分には人を喜ばせられる力やマインドがあるんだ。
ときには自分自身は誰かにとって大変な価値があるのだ。(若干、他人軸的発想になるかもしれませんが、しかし人との関わりの中では大切な視点だと僕は思います。)
僕たちは「私の素晴らしさ」をどこかで感じ取れているからこそ、胸を張って誰かに与える意識を持つことができるもの。
そして、目の前の人を理解しよう、支えようと思えるようになりやすいものですしね。
つまり、本当に「できること」「やりたいこと」を感じ取れる確率が高まるといいますかね。
誰かのためになれない自分を感じると素晴らしさを見失う
また、先にも書きましたけど
僕たちは「今の自分にできることがわからなくなる」ということが悩みになるほど
「他者に良い影響を与えていたいと思う側面がある」わけです。
かつ、僕たちは人との関わりの中で生きていますから
例えば「自分が素晴らしい行いをしたい」と思ったとして
その結果や反応も、人との関わりの中から見えてくるものですよね。
だから、いわゆる自分軸「自分が決めたことなんだから」という部分を確立させておくことも大切なんだろうと思いますが
「(誰かにとって)自分は素晴らしい存在になれる」という感覚を得られないのもまたしんどい話になるのです。
その結果「自分の良さを見失う」ということにもなるわけですしね。
ただ、自分軸、もとい
僕の表現では「アカウンタビリティ(自分の選択は自分の責任である)」という考え方を用いれば
「うまくいかずに凹むことも自分の責任の範囲」
となるわけでして、ここはねぇ、現実をどう受け止め乗り越えるかって大きなテーマになりやすいんですよね。
このとき、やはり「私の素晴らしさ」をなんとなくでも感じ取れていると乗り越えやすいのですが、そうでない場合はかなりしんどくなっちゃうんです。
「うまくいかないってことは自分がダメだったのよね」
そう思うことで自分を責めてしまう人も少なくないんじゃないかなー
その実感が僕にはあります。
むしろ、僕たちは究極的に「誰かの幸せのため」に自分を磨いている側面もあると僕は思うのです。
だからこそ、誰かのためになれなかった自分を感じたときの落ち込み方って、結構強いと思うんですよ。
そこもまぁ自己責任と言えばそうなんです。
だけど、ただねぇ・・・。
まぁここは個々のカウンセラーによってスタンスが変わる部分かなとは思いますけどね。
本当の「私の素晴らしさ」を探す視点・方法
さて、ざざっと話を最初に戻します。
例えば、僕が「自分の良さというか強みや魅力がわからなくなってしまった」というご相談を受けたとしましょう。
その際、僕から
「じゃあ、本当の意味での自分の素晴らしさを感じ取っていく方向で癒やしを進めてみてはどうでしょう?」
といったご提案をさせていただくことがあるのですよ。
それはなぜか。
僕たちは「誰かのためになれない自分を感じると素晴らしさを見失う」からです。
つまり
自分自身が本当に喜ばせたい人は誰で
その人に何を向けたいのか
そこが腑に落ちていれば、自分の素晴らしさ、自分の価値はちゃんと取り戻せることが多いからです。
逆に、全くその意識がない、もしくは、全く行動ができていないとしたら
自分の良さだけ見ていても、いわゆる自分を満足させるだけで終わってしまうことが少なくないんですよね。
具体例
例えばの話。
不慮の仕事中の事故で体が不自由になったお父さんがいるとしましょう。
今までのように働けなくなったお父さんは、いつしか
「俺は一体何のためにこの家族と一緒にいるのだろう、自分がこの家族に存在する意味はどこにあるのだろう」
と考えこむようになったとしましょう。
多くの場合、このお父さんに「そんなことないですよ」「今まで頑張ってこられたじゃないですか」「前向きな気持でいましょうね、ご家族のためにも」とお声掛けすることは容易にできると僕は思うのです。
それもきっと間違いではない選択だと僕は思うのです。
が、ここでこのお父さんがご自分を見失っているとしたら。
きっと今の現実を受け止めることが辛い、という部分だけでなく
「自分自身が周囲にいい影響力を与えられなくなったこと」
ここも意識されているだろうと思うのですよね。
だから、もし僕がお話を伺わせてもらうならば(十分にお話を伺った上で)
「あなたには大切なご家族のためにしてあげたいことが、まだまだたくさんおありなんですね」
とお伝えしたいかな、と思います。
これは僕からの
「あなたの本当の素晴らしさ、その自分を、心のレベルで取り戻していきましょう」
というサジェスチョンなのです。
「あなたは今も、苦悩の中で大切な家族に何かを与えようとしてるのではないですか?
心の中では、大切なご家族のためにしてあげたいことがたくさんあるのですよね。
それができないと思うからこそ苦しい。
だからこそ、自分には何もできない、自分に意味があるのだろうか、と自分を否定的に見てしまうこともあるかもしれません。
できないなら意味がない、と考えてしまうかもしれません。
ただ、それは自分を否定する行為で、自分にできることを見出す行為ではないのです。
今の苦しみのムコウには、本当のあなた、その姿があるのではないでしょうか。
あなたがそこまでたどり着けるように、一緒にこの葛藤と自己否定の波を着実に乗り越えていきませんか」と。
これは
『僕たちは「私の素晴らしさ」をどこかで感じ取れているからこそ、胸を張って誰かに与える意識を持つことができるもの』
という考え方からも、大切な視点だろうと僕は思っているわけですよ。
もちろん、実際にお伝えすることは、文字で書くほど簡単なことではないと僕も思いますよ。
本当の「私の素晴らしさ」を見つける方法
最後に、本当の「私の素晴らしさ」を見つける方法を一つ書いて、今日は終わりにします。
「あなたが本当に喜ばせたい人は誰でしょう?。」
「この社会・世界に貢献したいことは何でしょう?」
「あなたが勇気づけ、励まし、応援したい人はだれでしょう?」
「あなたは大切な人に何を向け、何を与えたいのでしょう?」
例えばこれらの質問を自分自身に向けて、その答えが明確に出たとき。
きっとあなたは「本当の私の素晴らしさ」を感じ取ることができると僕は思いますよ。
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