役割はこなせるのに、中身が空っぽな気がするとき
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日は、ちょっとだけ、心理学の話をしてみますね。
といっても、難しいことは書きませんから、お茶でも飲みながら、ゆるっと読んでください。
こんなこと、ありませんか。
みんなといると、ちゃんとできる。気もきくし、空気も読めるし、いい人でいられる。
なのに、ふとした瞬間に、「あれ、本当の私って、どこにいるんだっけ」と、わからなくなる。
役割は、こなせる。妻として、母として、職場の自分として。
でも、その役割を全部脱いだときをイメージすると、中身がなんだか空っぽな気がする。
・・・この感覚、分かる人には分かる、というか、心当たりのある方もいらっしゃるんじゃないかなと思います。
「ちゃんとしてる私」は、実は鎧かもしれない
昔、ウィニコットというイギリスの精神分析家が、おもしろいことを言ったんです。
人には、「本当の自己」と「偽りの自己」がある、と。
・・・あ、「偽りの自己」って言うと、なんか悪いもの、嘘つきの自分、みたいに聞こえますよね。だましてる自分、みたいな。
でも、ウィニコットの話は、そういうことじゃないんですよ。
偽りの自己っていうのは、分かりやすく表現すると、本当の自分を守るために作った、鎧みたいなものなんです。
柔らかくて、傷つきやすい本当の自分。
それを、そのまま外に出したら、傷つくかもしれない。
受け入れてもらえないかもしれない。
だから、その上に、ちゃんとした自分、いい人の自分、という鎧をまとう。
それで、世の中に適応していく。
悪いことじゃないんですよ。
むしろ、誰でも多少は持っているもので。やりたくなくても礼儀正しくするとか、空気を読んで合わせるとか。
これがないと、社会では生きていけないですからね。
鎧をまとい続けることで起きること
で、ここがちょっと切ない話なんですけど。
この鎧、いろんな事情で着込んだままになってしまうと、それが生きづらさにもなるんですよね。
「私の本当の気持ちは、どうやら、出さないほうがいいらしい」。
そう思うようになることもあってね。
そして、無意識に、まわりに合わせるほうを選ぶ。いい人でいる。手をかけさせない。気持ちを引っ込める。
そのうちに、自分がよくわからなくなる、というお声もあれば・・・
「誰にも見つけてもらえない感じが強い」というお声になることもある。
このね、「誰にも見つけてもらえない」という感覚、積み重なると闇になるんですよね、心の。
抱えているとけっこうしんどい。
そんな実感が僕にはあります(ということは、闇を抱えたことがあるってことですね、僕も)。
この鎧、あんまり長い時間着続けていると、だんだん脱ぎ方を忘れますしね。
鎧と素肌の区別がつかなくなる、みたいな。
どこからが「ちゃんとしてる私」で、どこからが「本当の私」なのか、自分でもわからなくなる。
よって冒頭の話に戻るんです。
「役割はこなせるのに、中身が空っぽな気がする」
「本当の私って、どこにいるんだっけ」
鎧を脱ぐのは、ちょっと、こわい
じゃあ、鎧を脱いで、本当の自分でいればいいじゃない。
・・・と、簡単に言いたいところなんですけど。
正直に書きますね。
これ、いわゆる心が軽くなるだけ、とは限らないんです。
ずっとフタをしてきた「本当はしんどかった」「本当は寂しかった」が、いっぺんに出てくることもあります。
鎧でいるあいだは、ある意味、安定してたんですよ。
「いい人」をやってれば、場が回る。
役割もある。
それを下ろすと、その安定が、いったん崩れる。
「じゃあ、本当の私って何?」っていう、足場のない感じが来ることもあります。
他にも、今まで自分の中で気づいていなかった気持ちや観念に出会うこともあります。
え、私の中にそんな気持ちが・・・みたいな。
場合によっては、一時的にまわりとの関係が揺れることもあります。
今まで「手のかからない私」でいたのに、急に「実はしんどい」と言い始めたら、まわりも戸惑いますからね。
だから、本当の自分につながるって、いいことだし、結果的にラクになることもあるんだけど、そのプロセスが、いわば温泉に使って癒される〜みたいなものとは限らない。
ここは正直に言っておきたくて。
「本当の自分に戻ればハッピー!」みたいな、簡単な話じゃないのでね。
だから、安全な場所がいる
だから、本当の自分に戻るプロセスって、たった一人で通るのは、ちょっとしんどいんです。
安全な場所が、いるんですよ。
そこはウィニコットも言っていてね。
鎧の奥の本当の自分が出てこられるのは、「ここなら大丈夫」という安全な場所があるとき、なんだ、と。
裁かれない。否定されない。
「いい人」でいなくても、ここにいていい。
全てではないにせよ、でも自分のことを気づいてくれている人がいる。
そういう場所でなら、本当の自分が徐々に出せる。
そこまでいくとカウンセリングの領域になっちゃうんですが、日常の中だったら・・・
ただ、一日のうちのちょっとだけ。
あるいは、誰か信頼できる人の前でだけ。
「演じなくていい私」でいられる時間が、あってもいいんじゃないかな、と。
おわりに
「ちゃんとしてる私」は、嘘の私じゃないんですよ。
ずっと、本当の私を守ってきてくれた相棒みたいなものでね。
だから、感謝こそすれ、責める必要はない。
ただ、もし最近、その鎧が、ちょっと重たくなってきたなら。
どこかに、ちょっとだけ、鎧を置ける場所を、作ってみてもいいのかもしれません。
もし、そのプロセスを一人で通るのがしんどかったら、まず、あなたにとって安心できる場所が見つかるといいですよね。
僕のセッションがそうであればいいですし、そう心がけて場をご用意しています。
ただ、こればっかりは相性があるからなぁ・・・というのが本音(笑)
こちらがそのつもりでも、不安になる方もいれば、僕と合わないとお感じになる方もいるかもですし。
・・・そう言うこと書くから馬鹿正直の商売ベタって言われちゃうんですが、嘘はつけないですよ。
そういった方にとって、自分にあった、理解してくれる誰かが見つかるといいなぁと願っていますよ。
あなたが自分らしいなと感じながら、毎日を過ごされること。
それが何より大切なことですからね。
ここまで読んでくれたあなたへ。
「期待しないほうが楽なのかな」「職場にいづらいな」「私って人と違うのかな」
そんなことを、なんとなく考えながら読んでいた方もいるかもしれませんね。
それ、軽い悩みのようで、案外ずっと一人で抱えてきたことだったりしませんか?
一人で抱えている人ほど、自分に厳しく、他人に優しい。
そんなこともあるのかもしれませんね。
でもね、そのしんどさの根っこには、必ず愛や優しさがあるんですよ。
だから、もし何かあったとしても、自分を無理に追い込まなくていいんですよ。
まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。
たしかに悩んでいることはある、けれど相談するほどのことでもない。
そう思えるのはきっと幸せなことなんですよね。
自分でなんとかなる、どうにかできると思えるって素晴らしいことですから。
でも、もし、あなたが一人で抱えきれなくなったなら、これ以上自分を追い込まないでほしいなと願っていますよ。
一人で抱え込まなくていいと思えるだけでも、問題解決の道筋が見えることもありますからね。
東京(品川駅前)/名古屋(金山駅前)で対面式カウンセリング・全国向けにオンラインカウンセリング(ZOOM)を行っています。
カウンセリングがどんな場所か、実際に来られた方の声も読んでみてください。
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そう思いながら週3回書いています。
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