こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日はこのブログにいただいたご質問をベースにコラムを書いていきます。

テーマは、

「女性として意識されることが、なぜか気持ち悪いと感じてしまう」

そんな感覚についてです。

この手の話は、「女性性の問題」や「自己受容の問題」として説明されることが多いのかもしれません。

ただ、今回は

「その瞬間、身体の中で起きている反応」に一度だけ目を向けてみると

そんな視点から整理してみたいと思います。

いただいたご質問はこちら

浅野寿和様への質問

浅野先生、ブログ本当に楽しみにしてます。大事な所はノートに書いてます!
もし、ブログのネタになりましたら悩み相談にのってもらえると幸せです!

私は30代になるのに付き合った事がありません。それは幼少の頃、母がカップル、女性らしい格好な女性を見ると怖い顔をして「男好き、汚い」と言っていたので、男性と近付くことですら、大罪を犯した気持ちになります。

また、男の様に育てられた為、自分が男性から異性として見られる、というのが想像がつきません。私は人一倍、女性として見られたいのですが、罪悪感、気持ち悪くもなります。

お聞きしたいのは、男女交際、女性として意識される、が汚い、男好きなどのイメージから良いイメージ、見方などできたらアトバイスよろしくお願いいたします。(意味がわからなかったらすみません)

ネタ募集ネーム:メイさん

「女性として意識されることが気持ち悪い」という感覚

セッションやご相談の中で、こんな言葉を聞くことがあります。

  • 男性から異性として見られると、ゾワっとする
  • 褒められても、嬉しさより違和感が先に来る
  • 近づかれると、理由のわからない不快感が出る
  • 本当は恋愛したいのに、身体が拒否する感じがする

このとき多くの方が、

「私の考え方が歪んでいるのでは」
「どこかおかしいのでは」

と、自分を責めてしまいます。

ただ、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。

この感覚は、本当に「考え」の問題なのでしょうか。


これは「嫌い」ではなく、「反応」の可能性があります

まず大前提としてお伝えしたいのは、

この感覚は、好みや価値観の問題というよりも、

「刺激に対して、身体が先に反応している状態」

そう捉えたほうが、腑に落ちる方も少なくないかもしれません。

意識的に選んだ感情ではなく、気づくより前に、

身体が緊張したり、距離を取ろうとしたりしている。

つまり、

  • 「女性として見られるのが嫌い」なのではなく
  • 「見られた瞬間に、身体が緊張・硬直してしまう」

その結果として、後から

「気持ち悪い」「嫌だ」

という言葉がついてくる。

意味付けは後で起きている可能性がある、という視点ですね。


見られることで、身体に何が起きているのか

心理学的な視点から見ると、この状態は、

神経系の防衛反応として理解できる場合もあります。

必ずしも全員が同じ反応をしているとは限りませんが、ひとつの見立てとしては十分に考えられるものです。

簡単に言うと、

  • 逃げることもできない
  • 闘うこともできない
  • でも、どこか危険を感じている

そんなとき、人の身体は

「止まる」「固まる」という反応を選びます。

いわゆるフリーズ反応です。

この反応が出ているとき、

  • ドキッとする
  • ゾワっとする
  • 身体の感覚が遠のく
  • その場から意識を引き離したくなる

といった感覚が出やすくなります。

これを、頭で理解しようとすると

「気持ち悪い」
「嫌だ」

という言葉になることが多いのかもしれません。

もちろんこれは一つの考え方であり、他にも様々な考え方ができると思います。


「見られる=安全が失われる」という学習

では、なぜ「見られる」ことが、これほど強い反応を引き起こすのでしょうか。

多くのケースで背景にあるのは、

過去に、「見られること」と強い緊張や怖れが結びついた経験がある場合、この反応は起きやすくなります。

特に影響が大きいのは、言葉そのものよりも、

相手の表情や空気、感情の強さです。

たとえば、

  • 怖い表情で見られた
  • 嫌悪や緊張が一気に伝わってきた
  • その場の空気が張りつめた

こうした体験は、「どう考えるか」より前に、身体に刺激として刻まれやすいものです。

こうした経験があると、

「見られる=危険」

という回路が、思考より先に脳や身体に刻まれます。

これはいいか悪いかという話ではなく、

自分自身がそういった環境に置かれることで生じた学習の結果、という側面が強いと思います。


この反応が、特定の関係性の中で強まることもあります

ここまで、反応そのものについて整理してきました。

もう一つだけ、
この反応がどんな環境で強まりやすいかという視点にも、軽く触れておきたいと思います。

たとえば、

  • 誰かの視線や評価に、強い緊張が結びついていた関係
  • 近づくことで、相手の感情が大きく揺れる環境
  • 安心よりも、「察する」「合わせる」ことが優先されていた関係

こうした関係性の中では、

「見られる」「意識される」という出来事自体が、刺激になりやすいことがあります。

今回のご質問のように、

幼い頃から身近な大人の強い感情や価値観に触れてきた場合、

「どう感じるか」以前に、身体が先に反応を覚えてしまう、ということも珍しくありません。

ただし、ここで大切なのは、誰かのせいだとか、無理に過去を掘り下げなければならない、という話ではないという点です。

あくまで、

「この反応が、そういう文脈の中で形づくられることもある」

その可能性を、ひとつの視野として持つ、という位置づけです。

「気持ち悪い」という感覚は、評価ではなくサインかもしれません

ここで一つ、大事な整理をしておきたいと思います。

「気持ち悪い」という感覚は、対象そのものをどう評価しているかという話ではない場合が多い、という点です。

むしろこの感覚は、

「これ以上刺激が入ると、今の自分には負荷が大きい」

ということを、身体が先に知らせているサインに近いものかもしれません。

緊張が一気に高まったとき、

距離を取らなければならないと感じたとき、

その理由を言葉にする余裕がないまま、「気持ち悪い」「嫌だ」という感覚だけが残る。

そうして生まれた言葉が、あたかも自分の本音や判断のように感じられてしまうことがあります。

でも実際には、嫌悪感は原因ではなく、反応の結果であり、

言い換えれば、これまで自分を守るために機能してきた安全装置とも考えられるのです。

この視点に立てると、

「気持ち悪いと感じてしまう自分」を、少し違う目で見られるようになるかもしれません。

「本当は女性として見られることを望んでいるのに、身体が拒否する」という矛盾

このテーマで苦しくなりやすいのは、

ご本人の中に、ちゃんと「望み」があるからです。

  • 恋愛したい
  • 大切にされたい
  • 親密な関係を持ちたい

それなのに、近づかれると反応が出る。

これは、苦しいですよ。

この矛盾、自分でもいかんともしがたいと感じるかもしれません。

ただ、どの反応も、その人にとって本物なんです。

そこに全く”変”とか”嘘”と解するべきのはない、といいますか。

なので、この感覚に対して、

  • 慣れればいい
  • 受け入れればいい
  • 考え方を変えればいい

そう言われると、余計に苦しくなる方も少なくないんですよね。

ご本人にとっては、意識でどうにかなるようなことでもない。

そんなケースが多いからです。

なので、僕は女性性云々という視点で語ることは避けたいと考えた次第です。


立ち止まるための一つの視点

もし今、

「女性として意識されることが気持ち悪い」

そんな感覚に悩んでいるなら、

まずやってほしいのは、無理に変わることじゃないんです。

今の自分をむやみに評価しない位置に、意識を一度置くことです。

  • 私はおかしいのか
  • 私は歪んでいるのか

もしこんな問いが浮かんで辛い時があるなら、そこから一度降りてみてください。

何度でも思い浮かんでしまうこともあると思いますが、思い浮かんだらまた距離を取る、でいいんです。

あ、またそう思ったな、で止めること。

そして、ある程度余裕があるときに、こんな問いについて考えてみてもいいかもしれません。

「この反応は、私を守るために何をしてきたんだろう」

そんな風に、自分を見つめる目、その立ち位置を変えてみる感じです。

もちろんそれが万能な方法だとは申しません。

が、視点が変わって捉え方が変わると、緊張が少しずつ変わっていくことがあります。

少なくとも、「女性として云々」「気持ち悪いって感じてしまう・・」という部分で立ち止まるよりは、自分の心に余裕ができる可能性があると思います。


こちらの記事も参考にどうぞ

まとめ

「女性として意識されることが気持ち悪い」と感じてしまうこと。

多くの場合それは、考えるよりも前に、身体が先に反応している状態です。

そう反応する事情があるということなんでしょう。

だから今の自分を、無理に直そうとしたり、「こうあるべき」と押し込める必要はないのだろうと僕は思います。

繰り返しになりますけど。まず大切なのは、

評価しない位置に、意識をいったん置くこと

無理に進まなくていいし、無理に今の自分を受け入れようとしなくてもいいのかもしれません。

ゆっくりと丁寧にご自身と向き合ってみてください。

この記事が、

「変わらなきゃいけない私」から一度だけ降りて、

「そう反応してきた私が、確かにいた」

そう振り返るための、ひとつの視点になればと思います。

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必要だと感じたタイミングで、ご覧ください。