問題は解決した。しかし、幸せだと言い切れないあなたへ
こんにちは。
心理カウンセラーの浅野寿和です。
今日は、ちょっと不思議な悩みの話をします。
「望んでいたものが手に入ったのに、なぜか満たされない」
そういう感覚、心当たりのある方、いらっしゃるんじゃないでしょうか。
これ、普段は見過ごされがちなんですけど、気づいてしまうと気になり続けてしまうものの典型例ですね。
厄介なのは、その満たされなさの理由がなかなか見えないことでもあるんですが。
では、よろしければお付き合いくださいませ〜。
Index
確かに関係は良くなった。でも・・・
たとえば、こんな方がいらっしゃいます。
少し前まで、夫婦関係が最悪だった。
でも、相談したり学んだりして、関わり方を変えてみた。
すると、夫との関係がそこそこいい感じに戻ってきた。
今では会話もあるし、一緒に出かけることもできる。
昔のことを思えば、格段に良くなった。
うん、素晴らしいですよね!という話です。
・・・ところが、です。
「今、私は幸せ?」
と自分に聞いてみると、素直に「はい」と言い切れない自分がいたりする。
もちろん表面的には、そう振る舞うんですけどね。
そして、こう思うわけです。
「あれだけ関係を良くしたかったのに」
「それが手に入ったのに」
「どうして、こんなふうに感じてしまうんだろう」
しかも、厄介なことに。
ここで自分が沈んでしまうと、「今までの努力はなんだったの?」と自分でも思うし、夫をがっかりさせてしまうかもしれないわけですよ。
夫の中に、自分を想う気持ちがあったこともちゃんと分かった。
だからこそ、自分の今の気持ちを出せないこともまた苦しい。
贅沢な悩みかな、と割り切れば一瞬忘れられるけど、消えたわけじゃない、みたいな。
うーん、切ない話です。
問題解決のためのノウハウは正解だった
念のため言っておきますけど、関わり方を学んで実践したこと、それ自体はまったく間違っていません。
相手のために頑張る。理解しようと心を尽くす。相手の気持ちを受け止めようとする。
それこそ、いわゆる「ノウハウ」が指し示すことを、しっかり実践してこられたわけです。
その結果、関係は良くなった。これは事実だし、価値のあることです。
ただね。
ノウハウで関係を整えることはできても、それだけでは届かない場所がある、という話なんですよ。
「私だって」という、後回しにしてきた気持ち
おそらくこの方は、どこかでずっと、自分の気持ちを後回しにしてきたんだと思うんです。
たとえば、こんな気持ちを抱えている人がいます。
私だって、泣きたかった。
私だって、いつも強い自分でいられるわけじゃない。
夫のことは大切だけど、たまには「ちょっとツラ貸して?」くらいの気持ちになることもある。
優しくしてほしいし、わがままも受け入れてほしい。
めんどくさい態度をとっても「かわいいよ」と言ってもらえたら、どれだけ楽だろう。
でも・・・
「それは、私には無理なことなんじゃないか」
そう、ずっと思ってきた。
そんな自分をどこか小さく扱うクセが残っている感じ。
そしてこれは、なにもご主人さまとの関係だけの話じゃないことが多いんです。
今までの人生の中で、ずっと続いてきた感覚。
誰かのために。誰かの利益になるように。
それが、ある意味「普通」だったのかもしれないですね。
やってきたのは、「私が私のために生きる」という問い
だから僕は、こういうとき、こんなふうにお伝えすることがあります。
「やっと、あなたが“あなた自身の気持ち”や、そこにある違和感に目を向けたのだと思いますよ。それは、とても意味のあることだし、価値のあることじゃないでしょうか」
でもね、と続けます。
「慣れないし、どうしていいか分からないし、迷いますよね。だから、“自分の好きなことでもしたら気が晴れるのかな”とか、考えませんでした?」
たいてい考えてるんですよ、これ。
ただ、正直に言うと、好きなことをするのは全然アリなんですけど、たぶん、物足りないと感じたり、何かが違う、と感じる人が少なくないのかもしれないですよ。
その違うと感じる「何かの正体」も見えないかもしれないんですが。
ただ、あなたはもう、「自分を満たすだけ」では満足できないところに来ている可能性があるんですね。
ここには、もっと深い問いがあるんです。
「私が何をしたいのか」でも、「誰を愛したいのか」でもなく、
今、この時を生きている私が、本当の意味で、どう生きたいのか。
その問いが、湧き上がってきているのかもしれないんですよねぇ。
うーん、哲学的で壮大ですね。
でも、この答え、自分の外側に転がってることなんてなかなかないですよ。
参照先はあっても、答えは転がっていない。
よって、この手のカウンセリングでは、僕は壁打ち相手として機能することになるんですよね。
リフレクション、ですね。
何かを話す、すると、こちらが何かを返す。
その間に、間もあれば、深い問いも転がれば、気づきもある、みたいな。
なので、この問いの答えは、出すものでもなく、知るものでもなく、自然と出てくるもの、という感じになるんです。
・・・ま、たまに余計なこといいますけど(^^;
「夫婦の危機を乗り越えた」がプロセスだったと気づいたときに見えること
こうなると、「夫婦の危機を乗り越えた」ということが、一つの“通過点”にしか思えなくなるんですよね。
それが何につながっているのか、感覚的に見えない。
だから、「だから何?」くらいドライに感じる人もいれば、「この先は、どこにつながっているんだろう」と立ち止まる人もいる。
これ、「自己没頭は停滞」という状態に近いんです。
夫のこと、夫婦のこと、家庭のこと。
そこに没頭すると、次が見えない。
むしろ、停滞しているようにすら感じるというパラドックスです。
ともすれば、「今までやってきたことに、価値があったんだろうか」という問いさえ、浮かんでくる。
でもね。
それは、あなたのやってきたことに価値がなかった、という話じゃない。
今の自分が、どれほどの価値があって、どれほど人を幸せにできるのか。
そこを、もう一度見つめ直す時期に来た、ということかもしれないんです。
これまでのように、何かに没頭して愛するだけでは、次が見えなくなる。
そういう状態なのかもしれませんね。
おわりに
もし今、「望んでいたものが手に入ったのに、なぜか満たされない」と感じている方がいたら。
ひとつだけ、お伝えしたいことがあります。
その満たされなさは、いわゆる欠陥や問題ではないのかもしれません。。
ずっと誰かのために生きてきたあなたに、ようやく「私はどう生きたいのか」という問いがやってきた。
その合図なのかもしれない。
そして、贅沢な悩みなんかではないです。
むしろ、自分が決めたことをきちんとこなしてきた、その先にある問いなんです。
そもそも「悩みの根っこには、たいてい愛がある」のです。
そしてその愛は、これからきっと、あなた自身にも、そしてより大きな視点で向けられていくことになるのだろうと思うのです。
そういった視点で自分を眺めてみると、どう思います?
怖くなりますか?
自分らしくないと思いますか?
それとも、もしかするとその先に笑っている私がいるとイメージできますか?
こちらの記事も続きにどうぞ
ここまで読んでくれたあなたへ。
「期待しないほうが楽なのかな」「職場にいづらいな」「私って人と違うのかな」
そんなことを、なんとなく考えながら読んでいた方もいるかもしれませんね。
それ、軽い悩みのようで、案外ずっと一人で抱えてきたことだったりしませんか?
一人で抱えている人ほど、自分に厳しく、他人に優しい。
そんなこともあるのかもしれませんね。
でもね、そのしんどさの根っこには、必ず愛や優しさがあるんですよ。
だから、もし何かあったとしても、自分を無理に追い込まなくていいんですよ。
まずは僕の考え方、スタンスを読んでみてください。
たしかに悩んでいることはある、けれど相談するほどのことでもない。
そう思えるのはきっと幸せなことなんですよね。
自分でなんとかなる、どうにかできると思えるって素晴らしいことですから。
でも、もし、あなたが一人で抱えきれなくなったなら、これ以上自分を追い込まないでほしいなと願っていますよ。
一人で抱え込まなくていいと思えるだけでも、問題解決の道筋が見えることもありますからね。
東京(品川駅前)/名古屋(金山駅前)で対面式カウンセリング・全国向けにオンラインカウンセリング(ZOOM)を行っています。
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そう思いながら週3回書いています。
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