こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日のテーマは、

「私は幸せになれない」という無意識の思い込み。

ときどき、セッションでも、こんな言葉をお聞きすることがあります。

  • 「私、幸せになれない気がするんです」
  • 「幸せになりたいのに、信じきれない」
  • 「未来のことを信じきれないんです」
  • 「良い方向に行きそうになると、なぜか自分で止めてしまうんです」

この話、少し厄介なんですよね。

なぜなら、「じゃ、前向きに考えよう!」と言われた瞬間、

もっと苦しくなる人がいるからです。

なので今日は、

勢いよく励ましたり、考えを無理に書き換える話ではなくて、

そもそも「私は幸せになれない」と思うことに、罪はあるのか?

そして、

もし少しでも生き方を楽にしたいと思ったとき、何に興味を向けるといいのか。

そのあたりの話を整理してみます。


いただいたご質問ははこちら

浅野カウンセラーへ

いつもお世話になっています。燃え尽き女子です。
自家発電が出来ずバタバタしてます。

身も蓋もない話ですが、「私は幸せになれない」といった思いが無意識にあるようです。
幸せな未来を信じきれていないのです。

あらゆる場面で自分を貶めてしまうような、価値を感じさせない方法を選択している気がします。

この部分がスピンをかけていて、頑張っても自分が全く進歩していない気がして仕方ありません

人と関わる事で感じる喜びとは別の、自家発電(自分を好きになる)できる機能を取り戻したい。

そして問いかけても、自分がこの人生で何していきたいのかさっぱり浮かんでこないんです。

この状態から抜け出す為のご意見を頂けると嬉しいです。

ネタ募集ネーム:ATさん

「私は幸せになれない」と思うことに、罪はあるのか

まず最初に、これははっきり書いておきます。

「私は幸せになれない」と思うこと自体に、罪はないと思います。

それは、誰かを傷つけるための考え方ではないし、
怠けるための言い訳でもないし、
ましてや「心が弱い証拠」みたいな話でもありません。

むしろ、そう思いながらも毎日をやってきた。

その時点で、十分にしんどいはずなんですよね。

だから、まずはここ。

「そう思ってしまう自分」を裁かない位置に、一度戻しておきたいのです。


「幸せになれない」という感覚は、諦めではなく生存戦略だった

「幸せになれない」と聞くと、諦めに見えることがあります。

でも、実際は諦めというより、生き延びるための位置取りだったことが少なくありません。

たとえば、過去に大きな喪失や、救えなかった感覚や、
誰にも言えない痛みがあったとき。

心はよく、こういうふうに生き方を作ります。

  • 期待しない(期待すると壊れるから)
  • 喜びすぎない(喜ぶと落とされる気がするから)
  • 先に引く(傷つく前に撤退する)

こういう慎重さは、「弱さ」ではなく、むしろ知恵です。

その知恵がなければ、当時はやっていけなかった人もいます。

だから、「幸せになれない」という感覚は、
あなたを不幸にするためにあるのではなく、

抱えきれない感情と共存しながら生きるために必要だったのかもしれません。


その位置に立ち続けると、何が起きやすくなるのか

ここ、すごく大事なポイントです。

「私は幸せになれない」と思うことは罪ではない。

ただ、その感覚を握ったままだと、本来の立ち位置がズレることがあります。

これは、いわゆる「現実を引き寄せる」みたいな話とは別です。

そうではなくて、もっと地味で、もっと切ない形で影響が出ます。

  • 何かを選ばなくなる
  • 挑戦の前に、先に諦める
  • 関係が良くなりそうな場面で、自分から引く
  • 「このままでいい」を繰り返す(それしか安全がない)

つまり、

「幸せになれない」という観念が必要な生き方になっていく。

それが切ないのは、

本当は愛せるし、愛される可能性もあるのに、
そこに立たない選択が増えてしまうからです。


「幸せになれない」という観念が、人生を縛る仕組み

この観念が強いとき、心の中ではこんな仕組みが起きやすいです。

「幸せを前提に行動しない」

たとえば、

  • 期待が生まれそうな場面を避ける
  • 望みが強くなる選択をしない
  • 大切にされても、受け取りきれない

そして、こういう動きが続くと、

「幸せになれない」という感覚が、ますます生活に馴染んでいきます。

ここで厄介なのは、

心は「内面」と「外側」が一致すると安定するという性質を持っていることです。

だから、外側が少し良くなっても、

内側が「私は幸せになれない」のままだと、

どこか落ち着かない。

むしろ、

「やっぱり私、幸せになれないよね」と感じる出来事のほうが、
変な安心感をもたらしてしまうことがあります。

…ここ、切ないですよね。


それでも、その生き方が「悪い」とは言えない理由

ただ、ここで僕は、簡単に「手放しましょう」とは言いません。

なぜなら、その観念は、

あなたがたくさん抱えた悲しさや寂しさとともに、毎日を生きるための装置だったかもしれないからです。

「そう思い込むことで、生きてこれた」

そういう人もいます。

それを、今さら「間違い」として扱うのは、乱暴です。

だから、ここではこう整理します。

「私は幸せになれない」と思ってきたことは、あなたの“過去の知恵”だった

その知恵は、あなたを守ってきた。

だから、そこに罪はない。


もし少しでも生き方を楽にしたいと思ったら

ここから先は、変化の話です。

ただし、変わることを強要する話ではありません。

変わらなくていい。

手放さなくていい。

今のままでも生きていける。

その前提の上で、もし、

「少しでも楽にしたい」「少しでも良くしたい」という願いがあるなら。

いきなり前向きになるより先に、こういう問いが役に立つかもしれません。

  • 私は、なぜ「幸せになれない」という位置が必要だったんだろう
  • その位置に立つことで、何を守ってきたんだろう
  • 今の私は、まだそれが必要なんだろうか

答えが出なくても構いません。

ここで大事なのは、自分を責めるための問いではなく、理解のための問いにすることです。


「幸せになれない」と感じる気持ちの向こう側にあるもの

「幸せになれない」の奥には、

罪悪感があることも多いです。

でも、その罪悪感の根っこに眠っているのは、

罰したい気持ちというより、

愛だったり、純粋さだったり、守りたかったものだったりします。

たとえば、

  • 助けたかった
  • 守りたかった
  • 間に合いたかった
  • 「自分が何とかすべきだった」と思ってしまった

こういう思いが強い人ほど、

「幸せになっていい」という感覚が、どこかで引っかかることがあります。

なぜなら、幸せになることが、

過去の誰かを置き去りにするように感じてしまうことがあるからです。

この感覚は、外から見るよりずっと根が深い。

だからこそ、乱暴に前向きにしないほうがいいのかもしれません。

もし扱うなら、

「幸せになれない」ではなく、

「そこに立つ必要があった」という形で、

丁寧に見ていくほうが安全なことが多いですよ。


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最後に、この記事の着地点です。

僕が言いたいのは、

「今すぐ幸せになりましょう」でも

「その観念を捨てましょう」でもありません。

ただ、もしあなたが今、少しでもしんどいなら。

もしかするとこれからの私は、

「幸せになれない」という位置に、立ち続けなくてもいいのかもしれない。

そう思えるだけでも、心は少し楽になるかもしれません。

立ち続ける自由も、今はその位置で生きる選択もある。

でも、もし可能なら、ほんの少し横にずれてみる自由もある。

「私は幸せになれない」と思ってきたあなたが、それでも今日まで生きてきたこと。

そこには、ちゃんと理由があったのではないでしょうか。

その理由を、悪者にしないまま、少しだけ自分の心を楽にする方向へ。

この記事が、そんな“立ち止まりの支点”になれば幸いです。

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