ほぼ30代からの心理学

「これぐらいしかできなくて、ごめんね」という犠牲とその手放し方

「これぐらいしかできなくて」はしっかり言い換えよう

実に謙虚な方だと、僕は思うんですけどね。

仕事や家事、育児の中で「これぐらいしかできなくて、ごめんね」と思いながら、毎日がんばっている方がいらっしゃいます。

誰かに「いやー頑張ってますよね」と言われても、これぐらいしかできないんですけど、とおっしゃる。

お子さんに対しても、「これぐらいしかできなくて、ごめんね。もっと〇〇してあげたいんだけど、ごめんね」と思っていらっしゃるお父さん、お母さんもいらっしゃる。

もうね、こういった話を伺うと、カウンセラーとしてではなく、人として、胸がつまりそうになることがありますよ。

いや、あなたはきっと素晴らしい!だから・・・と、つい言いたくなっちゃう自分がいます。

ただ、カウンセラーとしては、そのお気持ちを受け止めさせていただきたいといつも感じているとことです。

 

「これぐらいしかできなくて、ごめんね」の意味を考える

これぐらいしかできなくて・・・という思いを感じやすい人って、どこか遠慮がちであったり、自分の価値を悪意なく落とす傾向があるんですね。

心理的には「犠牲」に近い感じです。

犠牲とは「Lose-Win」の関係を作るイメージですよ。自分が負けて、相手が勝つようなイメージ。

もちろん犠牲であっても、誰かを思う気持ちには違いがないのだから、そこにある本当の気持ちは大切にしてほしいんですけどね。

ただ、この感覚を持ち続けていると、自分の価値、意味を感じにくくなることもあるので、もっと前向きな選択肢としてこの「犠牲を手放す」ことをご提案させてもらうこともありますね。

この犠牲的な感覚を手放していくと、自分自身の気分が上がり、モチベーションも高めやすくなりますし、毎日楽しんで過ごせるようになっていきますからね。

 

そもそもこの「これぐらいしかできなくて、ごめんね」という思いって、僕は「私はもっと(こんなにも)愛してあげたいんだけどね」と解釈します。

それぐらい愛してあげたい、喜ばせてあげたいと思う人が、このような思いを抱えるのでしょう。

愛してあげたい、という気持ちがなきゃ、「これぐらいしか」なんて表現にはならないでしょうから。

そこ、めっちゃ大事にしてほしいんですよ、ホント。

 

ただ、犠牲的なマインドは自分を肯定的に見ることを阻害しますから、「もっと愛してあげたいとしても、私にはこれぐらいしかできなくて・・・」と、自分の想いを否定する感覚がついてくるんです。

言い換えれば「自分を許さない」感覚ですね。

だから、僕も様々なご相談として、「もっと頑張れると思うんですけど」「もっとちゃんと向き合ってあげたいんですけど」「そんな自分が残念で」「もっとうまくやらなきゃって思うんですよ」なんてお声を伺うこともあるんです。

この話がいいか悪いかは別にして、ここにある感覚、めっちゃ切ないですよね。

ドラマや小説などでこのような気持ちを持った登場人物がいると、一気に感情が入りやすくなるぐらいの切なさですよね。

この切なさを生むものが、犠牲ってやつなんです。

「自分は報われなくていいから、自分の大切な人が幸せになってくれれば」なんて、もう健気すぎるっしょ!と思える感じです。

自分よりも大切な人を思える気持ちには頭が下がります、僕も。

ただ、自分の影響力という観点からみれば、自分が犠牲的であることで周りの人が喜べない、という事実もあるわけですよ。

だから「いや〜あなたが気持ちを楽にして、笑顔になって、自分でOKと言えることが、あなたのことを大切に想う人にとっての宝物になると思いますよ?そう思いませんか?」なんてお話をさせてもらうのです。

 

「これぐらいしかできなくて」は、こう言い換えよう

その一歩として、こんなお話をさせていただくことがあります。

「もし、あなたが大切な人を思って『私にはこれぐらいしかできなくて』と思うなら、こう言い換えてみてください。

『私はこれだけできる』

これ、同じ現実・事実を言い表しているのですけど、全く印象が違うと思いませんか?」

僕たちって自分のことを一番わかっているようで、実がよくわからないと感じているところがあります。

自分にとってそんなにすごいことではないと思うことでも、やっぱりそこには価値があるものです。

自分では「全然足りてないな」と思うときも、しかし、できていることには意味があるものです。

そう分かっていても、なかなか自分のことを認める習慣がないと、つい「これだけしかできない」と感じてしまうものかもしれません。

だから、意識して「これだけ・・・じゃなかった、これだけできている」と自分の思い、言葉を修正することを心がけてみてほしいんです。

それだけですっと気分が楽になったり、少なからずその瞬間だけ気分が落ち込まないことに気付けるかもしれませんよ。

 

と分かっていても、「でもなぁ、自分のことを認めるなんてなんだか悪いような、恥ずかしいような、申し訳ないような・・・」と思われる、超絶謙虚な方もいらっしゃるでしょう。

そんなみなさんは、この心理法則について知っておかれるといいと思いますよ。

 

ネガティブな感情はポジティヴな感情より強く響く

僕が学ぶ心理学では「エゴの声はとても強く、真実の声はなかなか聞こえない」なんて表現をすることがありますけどね。

「ネガティブな感情とポジティヴな感情なら、ネガティブのほうが強く響く」ものなんです。

例えば、貧乏って言葉がありますよね。

貧乏って何ら悪いことじゃないんです、そもそもは。人によって好き嫌いはあるでしょうが、悪いことじゃない。

しかし、何かしらの理由で自分が貧乏であることを悪い、申し訳ない、などと感じていると、そのネガティブな感情は、強く周囲の人に響きます。

例えば、親御さんが様々な事情で金銭的なことで困っていたとして、その状態をネガティブに見ているとしたら。

どこか子供が親に気を使ってお金を使わないようにと、行きたい学校よりお金がかからない学校を選んだり。

食べたいものがあるのに、食べたいと言わなかったり。

子供さんが、親御さんのネガティブな感情に反応して、自分の気持ちをおさえることがあります。

その親御さんがどれだけ子供さんを大切に思っていても、それよりもネガティヴな感情が強く響くんです。

そこで親御さんか「ごめんね、もっと愛してあげたいんだけど」と伝えると、子供には「愛が伝わる以上に、犠牲や罪悪感が伝わる」ものです。

その言葉にどれだけの想いが込められていたとしても、伝えている言葉、感じている気持ちがネガティブなら、ポジティブな感情はなかなか届かないものなんです。

 

だから、僕たち自身のこととして、ちゃんと自分を認めて、「自分の感情を整える」視点を持つことに意味が出てくるわけですね。

これだけしかできない、という思いを誰かに伝えるより、「これだけできる」と感じて、そこから思いを伝えたほうが、恋愛、夫婦、親子などの関係性は良くなるものです。

えーそれって偉そうじゃない?勘違いしてない?ってツッコミこそ、罪悪感の声ですよ。

相手を立てても自分を下げる必要はないわけですし。(自分を下げるから犠牲になるってことですね。)

だから、遠慮せず「これだけできる」と言い換えてみませんか。

それだけで、あなたから周囲に伝わる気持ち、思いが変わってくるものですよ。