こんにちは。

心理カウンセラーの浅野寿和です。

今日のコラムのテーマは

「別れたあとも、まだ彼を理解しようとして苦しくなってしまう理由」

別れたのに、なぜか、

頭の中ではずっと「彼の気持ち」を追いかけてしまう。

  • 彼は今何をしているんだろう
  • 結局、彼は私のことをどう思っていたんだろう
  • どこがダメだったんだろう
  • あのとき、言い方を変えていたら違ったのかな
  • 「私がこうしていれば」と考える

そんな、なんとも言えない気持ちになるとき、ありますよね。

これ、確かに”執着”と言えばそうなのですが、

それだけでは片づけにくい「答え合わせ」の側面もあるんですよね。

ただ、答え合わせをして、理解が進んで、

自分の気持ちが軽くなっていくなら、それは「納得」や「手放し」。

でも、理解しようとするほど苦しくなるなら、

そこには、別の心理が混ざっている可能性があるんですよね。

今日はこの「苦しさ」の正体を、できるだけ丁寧に言語化してみます。

いただいたご質問はこちら

浅野さん

こんにちは。
先日3年半お付き合いした彼(バツイチ)とお別れしました。
当方30代後半です。
私としては結婚したかったのですが、
彼としては、あんまり自然体で付き合えていない、価値観が違う、タイミングが合わない事が多い、すれ違いが多い、考えている事が分からない、あまりガツガツするのはしたくない、と何か揉めた時にいつも言います。

私と彼の考え方の違いも、あって当然なのですが、彼としては受け止めてきれない事が多かったのかもしれません。

今は、彼が感じていた違和感やすれ違いを、私がどう受け止めたらよかったのか考えていますが、とても漠然としているようで、消化しきれません。

時間が経てば、落ち着いて振り返る事もできるとおもうのですが、浅野さんのこちらのブログを知ってしまったからには相談せずにはいられません。笑

よろしくお願いします。

ネタ募集ネーム:SORAさん

「もしあのとき…」と考えてしまう心のクセ

みなさんは、

「もし私が、あのとき〇〇していたら」

そんなふうに、頭の中で何度も同じ場面を思い返してしまうことはないでしょうか。

別れたあと、もう終わったはずの関係なのに、

なぜか気づくと、

  • あのとき、もう少し違う言い方をしていたら
  • あんなふうに距離を詰めなければ
  • 逆に、もっと踏み込んでいたら

そんな「選ばなかった可能性」を、頭の中でなぞってしまう。

これって、未練というより、

心が必死に出来事を理解しようとしている状態なんですよね。

人は、ショックな出来事を経験すると、

そのまま感情として抱えきれず、

いったん「分かる形」にしようとします。

だから、

「もしあのとき…」と考えてしまうのは、

決しておかしなことでも、弱さでもないのだろうと僕は思っています。

ちなみに、心理学では、このような思考を

反実仮想思考(counterfactual thinking)と呼びます。

中でも、

「もし〜していたら、もっと良い結果だったはずなのに」

と考えてしまうタイプは、上向きの反実仮想と言われていますよ。

(ま、これはこういう言葉があるんだね、程度で流して読んでおいてください。)

もちろん、この思考そのものが問題なのではありません。

・・・問題になるのは、

そこに「自分を罰する要素」が混ざってくるときなんですよね。


理解しようとして、楽になるとき/苦しくなるとき

同じ「彼を理解したい」でも、内側で起きていることが違います。

理解で軽くなるとき

  • 「なるほど、そういう事情だったのか」と整理が進む
  • 相手と自分を分けて見られる
  • 「それはそれ。私は私。」という線が引ける
  • 悔しさや悲しさは残っても、落ち着きが増える

これは、理解が“現実を受け取る方向”に働いています。

理解で苦しくなるとき

  • 答え合わせをするほど「私が悪かった」へ寄っていく
  • 理解が進むほど、自己否定が増える
  • 「あれもダメ、これもダメ」と修正点探しが止まらない
  • 最後は“自分という人間”への判決みたいになる

この場合の理解は、現実を受け取るためというより、

「自分を責めるための材料集め」になっていることがあります。


どうして、理解しようとするほど苦しくなるのか

ここからが本題です。

「彼を理解したい」は表のテーマ。

その下に、よくある“心の目的”がいくつかあります。

1)理由が分かれば、少し安心できる気がしてしまう

別れは、かなり強い“喪失”です。

しかも恋愛の別れは、「説明がないまま終わる」ことも多い。

だから人は、理由が分かれば、

  • 次は避けられる
  • 納得できる
  • もう一度同じ痛みを繰り返さずに済む

と、頭を働かせます。

これは自然な反応です。

むしろ生きる知性でもあります。

ただし、理由探しが「自分への裁判」に変わると苦しくなります。

2)相手を理解することで、なんとか自分を保ってきた人もいます

人によっては、ずっとこうやって生きている場合があります。

  • 相手の事情を理解して、波風を立てない
  • 自分の感情より、相手の都合を優先する
  • 関係が壊れないように、先回りして整える

この癖があると、別れたあとも同じ動きをしてしまう。

「彼を理解する」ことで、かろうじて自分の心を保つんですね。

でも、このやり方は、自分の痛みを後回しにしやすいので、後から苦しさが出てきます。

3)後悔することで、誠実でいようとする心

これは少し生々しい話ですが、大事なので書きます。

別れたあと、

「私が悪かった」「私が未熟だった」

と自分を責め続けることで、心のどこかがこう言うことがあります。

「苦しめば、償える」

いわば、後悔が“贖罪”みたいになっているんです。

本当は、償いでは何も戻らないのに、苦しむことで誠実さを証明しようとしてしまう。

このタイプの苦しさは、執着というより誠実さの暴走に近いんですね。


本当は、誰を責めているんでしょうか

彼を理解しようとして苦しくなるとき、

責めているのは「彼」ではなく、

実は“愛せていない自分”であることがあります。

ただ、ここで言う「愛せていない」は、

単純に「愛情が足りない」という話ではありません。

むしろ多くの場合、こういう意味です。

“愛せていない自分”とは

  • うまく愛せなかった(正解の愛し方ができなかった)
  • 相手にとって「ちょうどいい人」になれなかった
  • 相手の心を守りきれなかった(壊した気がする)
  • 自分の気持ちを整えられず、関係を乱した気がする

つまり、

「愛したかったのに、うまくできなかった自分」

を責めている。

もっとうまくできたはずだ、と。

これがあると、理解は“癒し”にならず、

「私に何が足りなかったのか」という結論に向かうための推論になりやすいんです。

なぜそれが苦しいのか

ここには、いくつかの心理が重なっています。

  • 責任感を、自分ひとりに集めすぎてしまうこと
    関係がうまくいかなかった理由を、「私の力量」に全部回収してしまう。
  • 自己価値を、結果で決めてしまうこと
    うまく愛せた私は価値があって、失敗した私は価値がない、という感覚になってしまう。
  • “良い人で終わりたい”という誠実さ
    雑に終わらせたくない。相手を悪者にしたくない。だから自分が引き受けようとする。
  • 本当の悲しみに触れるのが、あまりにもつらいこと
    喪失の痛みを感じる代わりに、思考の中に逃げ込んでしまう。

ただ、最もきついのは、「その答え合わせが終わらない」ことなんでしょうね。

恋愛はテストではないから、答えがあるようでないんですよ。

相手の事情、タイミング、価値観、成熟度、体力、人生の優先順位。

いろんな要素が絡むので、「唯一の正解」にはまぁたどり着かないと思います。

だから、みなさん”自分なりの落とし所”を探すわけですよね?

それを”答え”と呼ぶ人もいるのかもしれませんけど。

ただ、「答えなき答え」を探し続けるほど、

自分を責める材料だけが増えていくのかもしれませんよ。


「もしあのとき…」が止まらなくなるとき

「もしあのとき〇〇だったら・・・」

そんな気持ちが止まらなくなっているとき、

多くの場合、心はこう言っています。

「これが自分のせいでないことが”怖い”」。

・・・ここ、ちょっと難しいですよね。

つまり、こういうことなのです。

あの恋愛・関係が終わった理由が

  • 自分のせいなら、次は頑張れば変えられる
  • 自分のせいなら、改善点がある
  • 自分のせいなら、起きたことは理解可能になる

という“安心”があるんです。

でもその安心を得る代わりに、

代償として「自分を責める痛み」を引き受けることになる。

だから、苦しいんです。

でも、やめられない。

この矛盾が、別れたあとの苦しさを長引かせます。


この苦しさと、どう付き合えばいいのか

「考えるのをやめよう」では止まりません。

このタイプの思考は、意志で止めるというより、

“自分を裁く流れ”を止めるほうが現実的です。

ポイントは1つだけ

「私は理解したいのか。裁きたいのか。」

同じ“分析”でも、方向が違うんですね。

  • 理解:現実を受け取って、整理して、落ち着く
  • 裁き:自分に判決を出すために、材料を集め続ける

苦しくなるときは、だいたい後者が混ざっています。

そして、その裁きの根っこには、

「愛したかった」

「大切にしたかった」

という願いがあることが多い。

ここは、ちゃんと認めていいと思うんです。


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最後に、ひとつだけ

別れたあとも、彼を理解しようとして苦しくなる。

それは執着という面もあります。

でも同時に、

「ちゃんと大切にしたかった」

「雑に終わらせたくなかった」

という誠実さの表れでもあることが多いんですよね。

ただ、理解が「自分を裁くため」になってしまうと、

答え合わせは終わりません。

そのとき大事なのは、彼の気持ちを当てに行くことよりも、

「私は何を失ったように感じているんだろう」

「私はどんな願いを踏みにじられた気がしているんだろう」

と、自分側の痛みを回収していくことです。

もし今、思考が止まらないなら、

あなたの心は、まだ必死に整理しようとしている最中なのだと思います。

だから、急いで終わらせなくていい。

ただ、裁きの方向に行きそうになったら、少し戻す。

この記事が、

「彼を理解するため」だけではなく、

あなたがあなたを回収するための視点になれば幸いです。

ABOUT ME
浅野寿和 | 心理カウンセラー/トレーナー
恋愛・夫婦・仕事・生き方の中で、「ちゃんとやってきたはずなのに」そんな感覚を抱えやすい人のご相談を多くお受けしています。 個々のご相談を心理学の視点で整理して、明快に言葉にしていくカウンセリングが人気。 キャリア17年・臨床実績10,000件/東京・名古屋・オンライン対応。リピーターさまが多いカウンセラー。口癖は「どんなことにも事情があるよね」。
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