自分を傷つける人をパートナーに選んでしまう心理的な理由を解説する
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どうしれ自分を傷つける人をパートナーに選んでしまうの?
今日はカウンセリングの中でも「何故そうなるのかが分からない」と、さっぱり訳がわからない不思議な話としてご質問いただく話をしましょうか。
「自分を傷つける人をパートナーに選んでしまう理由」
僕たちはなぜか分からないのですが「自分を傷つける人をそばに置く、パートナーに選ぶことがある」ようです。
パートナーが全く愛してくれない、むしろDisばかり_| ̄|○
私の批判ばかりで、感謝したり認めることなんてまったくない。
いつも私のそばにいなくて、どこかに行ってばかり。
私に全く興味を抱こうとしない。もちろん抱いてもくれない(抱かせてくれない)。
そんな問題があるわけです。
友達に聞くと「あのカレ(カノジョ)でしょ、やめときなよ。好きならしょうがないけど・・・」と言われる、とか。
自分でも別れたほうがいいと思うこともあるけど、なぜか離れられない、とか。
何度新しくパートナーと付き合っても、似た人ばかりで自分でも怖い、とか。
どうして私を傷つける人ばかり選んじゃうの?という話ですね。
まぁパートナーを愛さない態度を取る側にも問題があるといえばあるのでしょう。が、それは愛さない側の課題でありテーマであるはずですよね。
なので今回は問題を切り分けて考えたいと思います。
(愛してくれない相手が悪いと責めたい気持ちもわかるのですが、相手を責めても「自分のパターンは変わらない」という意味で。)
今回はいつもながら長文で、難しい話をできる限り簡単に書かせていただくつもりですが、しかし読んでも「え?どういうこと?」と思う話になろうかと思います。
そう僕も自覚しつつ書きますが、よろしければどうぞ。
自分を傷つける人をパートナーに選んでしまう心理的な理由
自分を傷つける人をパートナーに選んでしまう心理的な理由。
その代表的な理由が「対人関係で抱えたハートブレイク(傷心)」です。
対人関係で抱えたハートブレイクの影響とは
いいか悪いかは別にして、対人関係・恋愛関係・家族関係などで、自分が自覚している以上に痛い思い、つらい思いを抱えて、その気持ちを消化できていないというケースですね。
例えば、いつも放っておかれた、理由なく責められ続けた(いじめとか)、辛いときに関心を持ってもらえなかった、愛してもらえなかった、大切な人がいつもそばにいなかった、などなど。
こういった事情で生じた感情、特に痛みや悲しみが未だ癒やされていないと、何らかの別の刺激でごまかしたくなっちゃうことがあるのですよね。
例えば、失恋を経験した途端、もうひとりでいられない!誰かそばにいて欲しい!と急に異性を(いいか悪いか別にして吟味せず)求めてしまう、なんてことが典型例ですね。
親子関係や対人関係で痛い思いをすると、自分の価値ってちっぽけかも?なんて感じやすくなることがありますけど、だから「誰でもいいからそばにいたい」なんて思う人がいても不思議ではないわけです。
こういった「別の刺激で痛みをごまかしたくなる」なんてことが起きるということですね。
自分の内面で抱えている痛みなどが耐え難いレベルで影響する場合、なかなか自分の感情を向き合うことが難しい場合があるのです。
一方、たとえ失恋したとしても「まぁ当分他の男性はいいわ」と思って距離を取る方もいるかもしれません。
実際、カウンセリングにお越しいただく方の中には「当分男はいいけど、今の自分の気持ちはスッキリさせたい」なんておっしゃってくださる方もいます。
この場合は、まだ自分の感情(痛み)を受け止めきっているわけじゃないけど、自分自身を整えることに意識を向けようと思ってくださっているんだと僕は思うのです。
だから、今すぐ他の男性を、とはなかなか思わず、むしろ「今好きな人と向き合ったってちゃんと愛せそうにない」とお感じの方も少なくないんです。
例えば、「肩が凝っていて辛い」という状態あったとき、それが「うまく付き合っていける程度の痛み」なのか、「もう耐え難く眠ることさえ難しい痛み」なのか、で自分の反応も変わりますよね。
まだうまく付き合えそうな痛みなら、おそらく自分を傷つけるような無理はしない場合が多いと僕は思うのです。
が、激痛が走っている場合は、もうどんなことをしてでもこの痛みから逃れたい、と思う場合もあると思うんですね。
また、強い痛みが走ることが再現された場合なら、さらにうんざりしちゃうかもしれません。せっかく良くなっていたのにまた・・・といった風に。
こうなると、なかなか自分と向き合うということが難しくなってしまい、ついつい痛みを忘れられる何かを探してしまうかもしれません。(もちろん肩がいたいなら治療が一番なのでしょうが)
そこで、無理をする、という行動が出てくるわけです。
無理して、むちゃして、自分を傷つけて、それで痛みから目をそらそうとする、といいますか。
その結果、お酒などの刺激を必要とする人もいるかもね、というね。
この考え方を恋愛の話に戻すならば、痛みを抱えているから好きでもない男性との関係を求める人も出てくる、と考えられるんですね。
更に深層心理を見つめていくと罰が見えてくる
このような「痛みから意識をそらす」という状態にあるときに、その深層心理で何が起きているかを考えていくと
実は「罰・罪悪感」という刺激を求めている
という場合も少なくないんです。
いわば自分が傷ついてしまうかもしれない相手を(無意識的に)選ぶことで自分に罰を与えている、いや、罰を選んでいるという状態です。
分かりやすく例えるならば
「元カレと別れたのは私が魅力的じゃなかったから」
「私じゃ元カレを受け止めきれなかったから」
「私は結局愛する人に選んでもらえないんだ」
「私はいつも放っておかれるんだ」
なんて思いがあって、その自分の思い(観念)を証明するために傷つくような相手を選ぶ、いや、傷つきそうな人に意識が向いてしまう、ということなんです。
もちろんその渦中にいる方に、そんな自覚がある場合のほうがまれ、といいますか。
逆に「そんな人選ばないほうがいいよ」「もっといい人がいるよ」と他人から言われるたびに、「自分の思い(観念)を否定されている気分」になりめっちゃ腹が立つ!
なんて人のほうが多いんじゃないかと思うのです。
チェックポイントは「私が証明したい自分」
ここでのポイントは、いい悪いではなく「私が証明したい自分」という部分。
素晴らしい自分、価値ある自分、愛される自分を証明したいと多くの方がお考えないのでしょう。
が、実際は
「元カレと別れたのは私が魅力的じゃなかったから」
「私じゃ元カレを受け止めきれなかったから」
「私は結局愛する人に選んでもらえないんだ」
「私はいつも放っておかれるんだ」
といった部分を証明しようとするのです。
意識としては「こんなにそっけないカレに愛されたら私は本物」と考えたり。
「いつも会ってくれない彼に会いたいと言わせたい、そしたら彼によって私は癒やされるんじゃないか」と思ったりするケースが多いんじゃないでしょうかねー。
そこで証明するのは自分の素晴らしさではなく、自分が愛されない事情を抱えていることとなるわけですよ。
もし、ここで自分が愛される理由を証明するならば、そもそも愛してくれない彼なんていらないわけだから。(ここが理解できるかどうかが運命の分かれ道かも?)
痛みであれ、それを否定したくないと思うのが僕たちの気持ちの動き
こういったネガティヴな自分の証明を例えるならば
心の傷に塩を塗り込んで、レモン汁ぶっかけてヤスリでこするような行為とも言えるのですよね。
もう痛いってば!痛すぎるってば!というね。
いわば「痛みの証明、自分に価値がないことを証明しても切ないだけ、苦しいだけ」
なのです。
が・・・。
同時に僕たちは
「今の自分が感じていることを否定したくない」と思うことがめちゃくちゃ多いんです。
ここがネックになって、なかなか自分の扱いを変えられない人も少なくないんです。
例えば、自分が愛されないという不安を抱えている人が「愛される自分になりたいなー」と思う場合、そこで登場しやすい考え方のパターンはおおまかに2つ。
- 愛される自分の材料を集めようとする人
- 愛されなかった自分にしがみつきながら、自分が愛される証明をしようとする人
愛される材料を探す人は、超前向きで建設的です。
今までの自分の考え方、感じ方は横において、私が愛される理由を受け止めようとするのですから。
しかし、愛されなかったという自分を変えず、それにしがみつきながら「愛されたい」「自分にもいいところがあるんじゃないか」と探す人は、どこかで「そもそも私は愛される人ではない」という部分を変えようとしていないことが少なくない、という罠があるんです。
つまり、愛される自分を証明するのではなく、愛されない自分のまま誰かに愛されることを考えるということです。
結局、自分の評価を変えようとしない、自分を自分で救おうとはしないことがあるよ、ってことです。
だから「あなたには価値があるよ」「あなたなりに素晴らしい部分があるよ」と言われても、華麗なファンタジスタレベルでのスルーをぶちかますわけですね(^^;
それ、受け取ったら「愛される自分を証明してしまう」からですね。
・・・。
まぁ、愛される自分を感じて、自分の中で証明したほうがラクなんですよ、明らかに。
しかし、自分を変えたくない人ほど、愛される自分になろうとはしないよ、ってことなんです。
なぜならば
「じゃ自分はどうしてこんなに痛い思いをしたり、苦しい思いをしたのか」
という、痛みなどの自分の感情、過去の出来事、自分自身への評価、と自分の価値の存在が真っ向から対立し、自己矛盾が生じてしまうのです。
心理的には葛藤状態になっちゃうんですね。
だから、自分が慣れ親しんだ感覚、観念を証明し、それをひっくり返そうとするわけです。
痛みが強いから自分を変えられない
こういったことは「心の痛みがあるがゆえに生じること」とも言えるんです。
痛みがあるから、愛されない、と思う。
難しい分析をなしにしてシンプルに考えればそれだけ、といいますか。
なので、僕としては「痛みのケア」って大切だと思うのです。
が、抱えた痛みが強すぎると、それがつらすぎて「自分をめちゃくちゃにしたい気持ち」にかられてしまうことがあるのです
かつ、その救いを自分以外のなにかに求めてしまうことがあるのです。
そこで求めるものは「今度こそ愛されること」だと思うのです。
が、痛みがあり、愛されない自分を証明しようとしている心の動きがある以上、何度も自分を傷つける人を選んでしまう。
そういう意味では、私を愛してくれない人を選ぶことも、一時的な気持ちの置き場所にはなる(結果的にダメージは増加しますが)ということかもしれませんね。
もちろん僕としては、その痛みや痛み止めを選び続けることをおすすめするわけではないのです。
が、そうなってしまうこともありえることだ、と僕は考えるのです。
だからでしょうか。
カウンセリングを通じて気持ちを整えたり、ある程度時間が経過してその時期を抜けると「私、なんであんなことをしてたんだろう?」という人もいらっしゃるのです。
許せないのは痛みを抱えている自分だったりする
また、罪悪感や罰の視点で考えると
「何度も自分を傷つける人を選んでしまう」ということは
「痛みを抱えた自分を自分で許せない」という状態に近いんです。
痛みを受け止められない、だけでなく、今の自分が嫌で嫌で仕方ない。
だから、その状況にあった人をパートナーに選んで乗り越えようとする、といいますかね。
この状態になると人からの承認や励まし、理解がめちゃくちゃ鬱陶しく感じることも多いんです。
「あんたに何が分かるんだ」「どうせ私のことを痛い女だと思ってんでしょ」なんて思っちゃうこともあるかもしれないですよ。
もちろん心の底ではそういった声をかけてくれる人に感謝している部分もあるのだけど、痛すぎてそう思えなくなる、といいますかね。
だから、更に自分を傷つけて後悔することもあって、逆に言えば「そこまで傷つけないと気付かないことがある」とも言えなくもないのです。
恋愛や結婚生活で言えば「激痛が走るまで『私が私を苦しめる選択をしていた』と気づけないこともある」ということ。
もちろん「傷つきまくって気づく」という方法もおすすめはしていませんよ。
そうなってしまうことは仕方ないとしても、それを推奨することはありません。
むしろ、「このままじゃもっと傷つきそう、自分を嫌いになりそう」という予感はきっとあるはずなので、その時点で手を打って(ご相談)いただきたいと心から願っているところです。
何より痛みを重ねるのは自分なので、どうしても自分がきつくなるし、自分を好きになりづらくなるからですね。
できる限り早い段階で、自分が苦しんでいること、悲しんでいること、もやもやしたり行きづらいと感じたり、自分をいいと思えないという部分に気づいたら、自分のケアを優先していただければ、と切に願う次第です。
最後に
ここからは余談ですけどね。
僕がこのようなご相談をいただくとき、例えば「今の相手はあなたを幸せにしない人かもね」「もう自分を傷つけないでください」とお伝えすることはある、といえばあるのですが、それはかなり状況として危険が迫っている場合です。
そうではない場合(一般的な恋愛や夫婦関係の問題の範疇であるならば)
僕から「今の相手はあなたを幸せにしない人かもね」「もう自分を傷つけないでください」とはあまり言わないです。
むしろ「好きなんだからしょうがないよね」というスタンスでお話を伺うのです。
それはあなたにとって好きな人を否定したくない、という意味だけではないのです。
今、自分に痛みがあって、辛くて切なくてどうしようもなくて、自分を傷つけなきゃ苦しい。
そんな現実があるとも言えると思うのです。
だから、自分を傷つけたり、自分の傷を作る相手を選ぶ事情もまた理解されるべきことではないか、と僕は考えるのです。
何より、自分が傷つく恋愛を作る事情が、これ以上その方の中で大きな影響力を持たなくなるように癒やしをすすめていただくことが先かな、と僕は思うのです。
*
実はあるとき(これはネタにしていいと許可を頂いた話です)
「浅野さん、私の話を聞いてヤバい女だって思ってません?だって浅野さんのブログは真面目だし、私みたいな女性って浅野さん的にはかなりマズいって思われるんじゃないかって。」
と不安そうにお伝えいただいたのですけどね。
僕はそこで「そんなことないですよ」とは答えないんです。(たまに言うかもしれないけど(^^;)
そもそも僕がその方をどう見るかは、僕個人の問題で、僕が解決するべきことだから。
むしろ
「あなたは痛みの中にいて、自分を傷つけたくなくても止まらないのかもしれない。そこにはきっと自分を傷つけてしまう理由があるんじゃないだろうか」
そんな意味で
「そう思うにもきっと理由があるんですよ」
って感じてお話させてもらってます。
むしろ「そう思う今の自分も認めて、許してあげましょう」なんて感覚で向き合わせてもらっています。
*
僕はよくこう思うのです。
多くの人が自分をボコボコにしたくてするんじゃないのだろう。
ボコボコにしたくなっちゃうほどの事情がそこにあるのなら、それもまた否定されるべきことじゃないのではないか。
だから、まずは今の気持ちの整理や癒やしを続けていくことは重要なんじゃないか、と。
その癒やしの途中で
「私、自分を傷つけたくなっていたんだ」
「いつも傷つける人を使って自分を罰していたんだ」
そう気付けたら、きっとその自分を傷つけるパターンは止まっていきます。
それに気づくと、急に不安を感じることもあるでしょう。
「やばー!私、今までめっちゃ遠回りしてた!自分の叶えたいことの逆を走ってた!」
そうて気づいちゃったから「今からでも幸せになれます?」なんて不安も出てくるし、戸惑っちゃうのですよね?って思うのです。
ただ、そんな不安が出てくるのは、痛みで自分を責めるプロセス、その大きな山を超えたからでは?と僕は見ています。
そんなプロセスを僕は応援させていただいているし「僕でよければ背中押すよ〜」って思ってます。
これが僕のスタンスと言えるでしょうかね。
*
そう考えると「私が傷つく相手を選ぶこと」にも事情があるといえると僕は思うのです。
その痛みを抱えた自分とは責めるべき、罰すべき、恥じるべき自分ではなく、痛みを抱えながらも必死こいて生きてる自分ではないでしょうか。
だとしたら、自分を蹴飛ばすより、理解して許して、一旦受け止めることが必要なのかもしれませんね。
そして気持ちの整理や癒やしを続けて、少しずつがんばれそうな自分に回復してきたら、「自分が望む幸せ」を目指してみてはいかがでしょう?
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